第120話 大艦巨砲の黄金期(前)
第120話『大艦巨砲の黄金期(前)』
1945年7月23日
東京府/千代田区
移りゆく車窓に仁禮景範中将の銅像が過り、藤伊一中将はようやく海軍省に到着したことを悟った。思えば、EUとソ連の戦争が始まってからは、帝都と横須賀を行ったり来たりの毎日だった。『欧ソ戦争』終結後にしても、戦後処理の問題からやはり帝都に長居することは無かった。海軍の再建と増強、新造艦の視察、海上護衛任務の統括、対米戦略の構築、独伊両国や『帝機関』との交流等々……。山積みとなった仕事の数々は、本来であれば齢60を越える藤伊には酷と言える量だった。ところが、『大和会』当主たる藤伊は自らの責任の大きさを自覚し、休むことをしようとは思わなかった。日々、軍務に勤しむ毎日であり、休暇などは滅多に取らない。そしてその休暇にしても、『大和会』の誰かを招き、大日本帝国と『大和会』の今後を語り合う。それは、妻と子を失った――捨てた男、藤伊一が見出した自分の心の拠り所であり、彼の余り少ない人生を支える“意義”であったのである。
「いやはや……お疲れ様です」
海軍省ロビーの階段を厳かに上り切り、海軍大臣室に入室した藤伊を温かく迎えたのは、現海軍大臣である山本五十六だった。彼の顔には喜びと不安が表れている。藤伊はそんな山本に微笑を浮かべながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、深く座り込んだ。
「閣下、これが例の……」
山本は頷いた。「今朝、届きました。艦政本部の連中には、少々酷でしたかな」
2人の眼前――マホガニー製の応接机の卓上には、巨大な戦艦の模型が載せられていた。その姿は非常に威圧的であり、2人に幾ばかりかの恐怖と不安を与えた。
「――H級戦艦。いや、『フリードリヒ・デア・グロッセ』級戦艦」藤伊は呟いた。「ドイツ国防海軍が約20年間のブランクを乗り越え、建造した超弩級戦艦。『大和』同様の46cm砲を主砲として備え、且つ45口径から47口径へと長身化されていると……」藤伊はそう言い、渋面を浮かべた。「全く、これだからドイツという国には驚かされる」
「いや、本当にその通りですな」
と、山本は言った。「ドイツという国は、全くもって怪物じみている。1919年の『ヴェルサイユ条約』締結以降、天文学的な借金と不況を抱え、荒んでいた筈のあの国が今や、EUの影の支配者であり、あのソ連にEUが勝ち得るに当たっての、最大の功労者なのですから」
「そして、最悪の敵になりつつある」藤伊は言った。「ソ連に勝利した今、もはや世界はドイツの味方。ヒトラーは笑い転げながら、世界の“厚意”を集めて、“敵意”に置き換えているのでしょうな。あの男ならば、強ち間違ってはおらんでしょう?」
山本は静かに頷いた。
「ともあれ、H級は『大和』にとって、現時点では最大の強敵でしょう。あくまでも、“現時点”ではありますが……ふーむ……。しかし、これは対独戦略の見直しを進めなくては……」
と、H級戦艦の模型を細目で見張りつつ、山本は低く唸った。1941年の戦艦『Y』の世界公表以降、確かに『大和』は世界最強の戦艦として、それから4年間、その頂点に君臨していた筈だった。ところが、今回のH級戦艦の情報開示である。これは元々、宣伝省大臣であるヨーゼフ・ゲッベルスの提案したことだったのだが、その華麗としか言い様のないプロパガンダ技術は、まさにその手の“達人”が成せる業に違いなかった。
2人の眼前に置かれたそのH級戦艦の模型はその公表された情報と、ドイツ国防軍情報部『アプヴェーア』筋を通じ、入手した設計図を基に製作されたものであった。その模型は500分の1、外部は勿論のこと内部に至るまで、非常に精巧で狂いの無い模型だった。“模型”――とはいえその実、H級戦艦の本物の設計図を用いて製作されたのだから、当然と言えば当然である。
その性能諸元は――。
■『フリードリヒ・デア・グロッセ級戦艦』性能諸元
基準排水量:65,000t
全長:282.0m
全幅:40.0m
吃水:10.4m
機関
主機:MAN式ディーゼルエンジン×12基
3基3軸推進
(出力:165,000hp)
最高速力:28ノット
航続距離:19ノットにて19,000海里
兵装
47口径45.7cm連装主砲:4基8門
55口径15cm連装速射砲:6基12門
65口径10.5cm連装高角砲:8基16門
83口径37mm連装機関砲:8基16門
65口径20mm四連装機関銃:15基60門
装甲
舷側:330mm
甲板:152mm
主砲防盾:380mm
艦橋:350mm
搭載機:4機
このドイツ国防海軍が建造した恐るべき戦艦の最大の特徴は、弩級戦艦としては初となる“全ディーゼル機関推進艦”であることと、『大和』型戦艦のみが配備していた46cm砲を主砲として搭載したことにある。ディーゼル機関はドイツの技術力の粋を集め、開発された新型機関で、46cm砲については『大和』さえも持たない“47口径”という長身砲となっていた。この点を鑑みれば、H級戦艦が『大和』型戦艦を凌駕しているということがよく分かるだろう。無論、高速性能や防御性能等、『大和』型に劣る部分は多いが、同時に上回る部分の多いのである。とりわけ、艦歴において老齢を誇る『大和』型よりも、産声を上げたばかりのH級戦艦の方が優れているように思えるのは一目瞭然であった。
そのH級戦艦の歴史は1935年の『英独海軍協定』にまで遡る。ドイツにとっては忌わしき『ヴェルサイユ条約』の呪縛を『再軍備宣言』という狂気によって断ち切ったヒトラーは、第一次世界大戦の再来を恐れるイギリスから様々なものを勝ち取った――その一端が、『英独海軍協定』であった。この協定締結によりドイツは、英海軍が保有する戦力の35%を、また潜水艦においては45%に相当する戦力の保有が認められたのである。一見、英海軍の3割程度しか戦力を持てないのかと思うかもしれないが、この数値は当時のフランス海軍総戦力に匹敵するものであり、ドイツ国防海軍は事実上、フランス海軍に匹敵する戦力の保有が認められたことになるのだ。
とにもかくにも、イギリスのお墨付きを頂いたヒトラーは海軍拡張計画――通称『Z計画』の大幅な拡張を唱え、そのための大規模な予算を組むこととなったのである。そしてその推移の中において誕生したのが、H級戦艦であった。史実では1939年に起工を迎えることとなるが、今物語では一旦、建造が中断されることとなる。無論、『大和会』と戦艦『大和』による影響だ。この46cm主砲を誇る6万トン級戦艦を一目見たヒトラーは愕然とし、ドイツ国防海軍にH級戦艦の設計見直しを下命する。その後、1年に及ぶ試行錯誤と『大和会』からの技術提供の結果、1941年に建造を再開する。
そして1945年6月、H級戦艦は就役を迎えた。『ヘルシンキ講和会議』の只中のことである。この新型戦艦の発表に世界が恐怖したことは疑いない。主砲46cmと言えば、これまで帝国海軍の戦艦『Y』のみが持つ唯一無二の艦砲であるというイメージが強かったからである。その結果、世界各国は唖然とするととなる。仮想敵国のアメリカはおろか、EUの英仏でさえ、祝電よりも先に警告を発したほどであった。
「世界は戦々恐々としておるようですな」
藤伊はそう呟き、H級戦艦の模型を眇めた。
「そうでしょうな」山本は陰鬱な顔で頷いた。「H級戦艦はヴェルサイユ体制に束縛されたハッタリ艦ではありません。我が帝国海軍が誇る戦艦『大和』の設計図や建艦技術の粋を手本とし、ドイツが誇る世界最先端の科学技術で生み出された新鋭戦艦――いや、新時代の戦艦です」
「ですが戦艦は総じて――航空機の前には無力なのです」
藤伊はその事実を、時間逆行の発端となる1937年から約8年間、主張し続けてきた。だから、その事実を肯定することに対しては手慣れたものだ。無論、“防空戦艦”や“局地的な砲撃戦”という観点からは十分に使えるということも理解しており、戦艦の存在を頭ごなしに否定はしなかった。
「そして、ドイツは更なる巨大戦艦の建造を目論んでいる……」
それはH41――『グロース・ドイッチュラント』級戦艦である。主砲に20インチ砲を搭載したこの怪物は、まさに世界最強の戦艦足り得る存在だった。1対1とならば従来の各国戦艦は勿論、『大和』型戦艦でさえ、勝負にならないの明らかである。
「ですが――」山本は言葉を切り、力強く言い放った。「こちらには『紀伊』がある!」
『紀伊』型戦艦――それは帝国海軍の技術と経験の粋を結集し、建造が進められている次世代戦艦である。それ自体は保守的な設計ではあるが、その隅々に新機軸の技術が詰まっていた。
その性能諸元は――。
■『紀伊型戦艦』性能諸元
基準排水量:81,500t
全長:293.0m
全幅:42.6m
吃水:11.3m
機関
主缶:ロ式艦本式重油専焼缶×12缶
主機:艦本式オール・ギヤードタービン×4基4軸
(出力:270,000hp)
最高速力:28.5ノット
航続距離:18ノットにて7,500海里
兵装
45口径51cm三連装主砲:3基9門
50口径三式12.7cm連装高角砲:2基
60口径ボ式40cm四連装高角機関砲:25基
60口径九六式25mm三連装高角機関銃:20基
三式12cm二八連装噴進砲:2基
装甲
舷側:420mm
甲板:220mm~340mm
主砲防盾:650mm
艦橋:500mm
搭載機:7機
――であった。
1940年、帝国海軍が発案した第六次海軍軍備充実計画――通称『マル6計画』において、『紀伊』型戦艦はその生を授かった。第1番艦『紀伊』、そして第2番艦『播磨』。この計2隻の戦艦――『マル6戦艦』が同計画に承認された訳だが、実はマル6計画は立案当時、十分な予算を組まれておらず、その計画艦の大半が1943年を以て予算が承認され、ようやく建造が開始されるという手筈になっていた。何しろマル6計画は超弩級戦艦である『紀伊』型2隻に加え、超甲巡4隻、超弩級空母2隻、大型・中型空母8隻、軽・護衛空母4隻の建造が予定されており、史上空前といえる規模の建艦計画であった。『日ソ戦争』の戦後処理の問題もあり、予算は取り難い状況にあった。
だがこの『紀伊』型に至っては、既に2隻の建造予算が承認されていた。2隻は呉海軍工廠と横須賀海軍工廠の船台にその身を置いており、現時点では20%ほどの進捗が認められる。言って見れば、船体は形のみを何とか保っているという状態だった。戦艦というには弱々しく、軍艦というにもいえない。そんな状況がここ3ヶ月、続いている。原因は色々とあるが、やはり戦争や技術開発の遅延にあるのは間違いなかった。『日ソ戦争』の復興予算に建造費と資材が吸い取られ、肝心の51cm主砲は未だに改良を求められる不満足な性能に留まっていた。また心臓部である機関でさえ、満足な出力を出せずに実用化の目途が立っていなかったのである。
「確かH41型戦艦の起工は今年でしたな?」
山本の問いに対し、藤伊は頷いた。「ようやく……という所でしょう。元々、借金だらけの国ですから、金喰い虫の戦艦など建造する余裕は無かった筈です」
その藤伊の考えは、まさにその通りだった。
「とはいえ、油断は禁物」山本は言った。「ドイツは今、戦争の勝利によって勢いに乗っています。このまま勢い付いてしまえば、『紀伊』よりも先にH41型が完成するでしょう。何しろ、ヒトラーの野心は限界というものをしりませんからな」
そして2人は静かに頷き合い、再び卓上の模型を見張り始めた。
1945年7月24日
アメリカ合衆国/ハワイ準州
陽光が燦々と煌めくハワイ、オアフ島。その島の西方10kmの地点には、世界最強を誇る米合衆国海軍太平洋艦隊の投錨地――紺碧色の母港“パール・ハーバー”があった。日々、数万名単位の人間が関わり動くその海軍基地は、美しさと同時に残酷さをも覚えさせる。湾内を前駆する超弩級戦艦――『モンタナ』を見れば、それも納得がいくだろう。
■『モンタナ級戦艦』性能諸元
基準排水量:68,500t
全長:282.0m
全幅:37.0m
吃水:11.3m
機関
主缶:P&W式重油専焼ボイラー×8基
主機:GE式高温高圧式ギヤード・タービン×4基4軸
(出力:232,000hp)
最高速力:30ノット
航続距離:15ノットにて12,000海里
兵装
50口径45.7cm連装主砲:4基8門
54口径12.7cmMk39連装速射砲:12基24門
60口径ボフォース40mm四連装機関砲:20基80門
78口径エリコンFF20mm連装機関銃:30基60門
装甲
舷側:407mm
甲板:162mm
主砲防盾:580mm
艦橋:450mm
搭載機:4機
全長282m、全幅37m、基準排水量68,000tを誇る超弩級戦艦『モンタナ』は、『大和』や『フリードリヒ・デア・グロッセ』を抑え、世界最大規模の戦艦の座を掴んでいた。機関にはプラット・アンド・ホイットニー社製重油専焼ボイラーを採用。またギヤード・タービンはゼネラル・エレクトリック社製の新型タービンを搭載しており、23万2000馬力の出力を発揮することが可能だ。そしてこの大馬力により、モンタナ級戦艦は最高速力30ノットという、図体に似合わぬ俊足を得たのである。
また兵装については、50口径45.7cm連装主砲塔を計4基、前部甲板と後部甲板にそれぞれ2基ずつ配備しており、その周りを対空火砲によって埋め尽くしていた。50口径45.7cm主砲は、米国の技術の粋を集めて開発された長身砲であり、その最大射程は46kmを誇る。が、その分、砲身寿命が著しく短く、“工兵泣かせの主砲”と渾名されるのにそう時間は掛からなかった。
装甲は対大和を想定し、対18インチ用の改良が加えられている。また、水中防御については『ノースカロライナ』級を基としつつ、艦底に三重構造を採用しており、雷撃に対応している。
そんなモンタナ級第1番艦『モンタナ』は現在、米海軍太平洋艦隊の旗艦へと就役し、オアフ島は真珠湾に投錨している。今年、拡張工事のなされたパナマ運河を通過し、辿り着いたばかりのモンタナとしては、その重責は身に余るものだったかもしれない。しかし、そのために旗艦設備の拡充が進められた現在のモンタナは優れた指揮管制能力を有し、旗艦として申し分の無い性能を誇った。
「ここは随分と涼しいもんですな、キンメル太平洋艦隊司令長官閣下殿?」
そう皮肉っぽく言い放ったのは、米海軍第3艦隊司令長官ウィリアム・F・ハルゼー大将である。戦艦『モンタナ』の主人である米海軍太平洋艦隊司令長官、ハズバンド・E・キンメルとは海軍兵学校の同期に当たり、階級も“大将”と同格である。彼自身の性格もあるが、ハルゼーが一片の恐れも抱かず、太平洋艦隊司令長官に皮肉を言えるのは、そういった裏付けがあるからだ。
「ああ……ウィル。よく来たな」
司令長官室に籠り、執務にあたっていたキンメルは、ハルゼーにそう言った。なんとも素気無く、愛想も冗談の欠片も持ち合わせていないその言い草は、彼の女房と、親友レイモンド・A・スプルーアンス中将を連想させる。そのイメージに苦笑いを浮かべつつ、彼はキンメルと向き合った。
「見たか今日の新聞?」
「勿論だ……いや、驚いたよ」渋面を浮かべつつ、キンメルは頷いた。「ONI(海軍情報局)の連中、何も報告が無かった……“何も”だ。分かるか、この意味?」
ハルゼーは頷いた。「奴らが役立たずってことだろ?」
「ジャップの裏庭を穿り返すのも結構だが、いい加減、穴掘り遊びにも卒業して貰いたいんだよ。我々は祖国を守る第1線上の人間なんだ。どんな些細なことでも見落とせば、後々に何万、いや何百万という人間の命を危険に晒してしまうことになりかねんのだ」
「……家事も程々にな、“ハズバンド”(主夫)さん」
また皮肉を漏らすハルゼーだったが、キンメルはそれを明後日の方向に受け流す。
「とにかく、ONIもOSS(戦略情報局)も充てにならん。ドイツやイギリスはともかく、今ではジャップの『エンペラー・インテリジェンス』にも出し抜かれている。何をどこで間違ったら、アジア人に頭脳戦で負けるのか、逆にこっちが奴らを攻め立てたくなったよ」
「トルーマンも無能だしな」
事も無げに新大統領を罵倒するハルゼーに対し、キンメルは呆れるしかなかった。
「君が出世しないタイプだというのが、常々理解出来たよ」
「おいおい、俺は天下の第3艦隊司令長官だぜ?」
ハルゼーは言った。
「……あぁ、そうだったな」キンメルは頷いた。ハルゼーは身体の99%を皮肉と不満で占めているような男だ。それでも手腕は素晴らしく、自由の国アメリカは彼の奔放さを妥協している。果たして彼から短気というものを取ったらどうなるのだろうか。末は合衆国海軍司令長官――いや、あながち大統領かもしれない。
「ドイツの『フリードリヒ・デア・グロッセ』は確かに強敵だがよぉ」ハルゼーは言った。「こっちには『M』がある。ジャップの『Y』にも負けねぇ無敵の戦艦だ。心配はねぇさ」
その確証の無い余裕はどこから出てくるのだろうかと、キンメルは少し不思議に思った。ハルゼーのそれは自信過剰というレベルを越え、暗示とも性格とも言うに等しいものだった。確かにモンタナは米海軍と米国の工業技術を用いて建造された最新鋭戦艦。約20年以上のブランクのあるドイツ海軍が、この戦艦を撃破するのは無理だと一目見て判断した。それだけこのモンタナ級戦艦には、“可能性”がある。だからこそ……。
ふと、キンメルは書類の1枚を卓上に下ろし、司令長官室の窓を開けた。外は一面を紺碧の絨毯によって敷き詰められており、のどかな昼間の陽光は、冷房に馴染んだ肌を滑ってこそばゆかった。
1945年7月24日
ドイツ/シュレースヴィヒ=ホルスタイン州
蒼空に積乱雲が差し、灰色に変貌してゆくバルト海。何をかもを飲み込む荒波と、漆黒の空を切り裂かんばかりに迸る稲妻に、ドイツ国防海軍長官エーリヒ・レーダー元帥は、苦虫を噛み潰したような表情を顔に浮かべていた。今日は午後から、ヒトラー総統の視察が入る。そこで不具合も事故を起こす訳にはいかなかったのである。さもなければ、明日には“死”が待つのみであった。
「流石の我らが総統閣下も、天候までは操作出来ないと見える」
レーダーは溜め息混じりにそう呟いた。ヒトラーはドイツ国民にとっては神様のような存在だが、神から見れば彼など一人のしがない男に過ぎないのだろう。所詮、ヒトラーは人々を言葉で巧みに操る――“詐欺師”のような男であり、自分はそんな男に頼らなければならないのだ。と、レーダーは内心で呟き、頭上を覆う積乱雲を見張った。
「式典は屋内……いや、艦内で行おう」
レーダーはその言葉を、隣の副官に伝えた。
「了解しました」
「すまんな……。だが、総統閣下の機嫌を損なう訳にはいかん」レーダーは言った。「海軍の人事・予算・戦略を決めているのは総統閣下だ。いずれかを海軍側に任せたとしても、最終的には自分好みに塗り替えてしまう。だから機嫌を損ねる訳にはいかんのだ」
そんな愚痴を漏らすレーダーだが、新造の超弩級戦艦の建造に掛かる膨大な予算を獲得するためにも、ヒトラーのご機嫌取りは必要不可欠だった。
その超弩級戦艦の性能諸元は――。
■『グロース・ドイッチュラント級戦艦』性能諸元
基準排水量:83,300t
全長:306.0m
全幅:43.0m
吃水:11.8m
機関
主機:MAN式ディーゼルエンジン×12基
:3基3軸推進
(出力:275,000hp)
最高速力:30ノット
航続距離:19ノットにて19,500海里
兵装
47口径50.8cm連装主砲:4基8門
55口径15cm連装速射砲:8基16門
65口径10.5cm連装高角砲:10基20門
83口径37mm連装機関砲:10基20門
65口径20mm四連装機関砲:15基60門
装甲
舷側:380mm
装甲:180mm
主砲防盾:400mm
艦橋:380mm
搭載機:4機
――であった。
H41型戦艦――『グロース・ドイッチュラント』級は、H級設計案の中でも集大成というべき新型戦艦だった。全長306m、全幅43.6m、基準排水量88,300t。主砲は連装で4基8門それまでに多くの設計案が検討されたが、20年以上に及ぶ戦艦建造経験の開きがあるドイツは当初、第一次世界大戦以前の旧式戦艦を基に戦艦を行ってきたが、それが無意味なことであったと、レーダーは内心気付いていた。世界は日々、日進月歩を続けている。一度、その歩みを止めた時間を取り戻すのは、大変なのである。その点でいえば、20年も歩みを止めていたドイツ国防海軍はもっとも大きな苦労を負わされることとなった。
「全ては明日の為……明日の我が身とドイツ海軍の為だ」
レーダーはそう呟き、荒れ狂うバルト海を見張り続けた。
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