表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第9章 戦時の大和~1945年
125/182

第119話 束の間の幕間(後)

 第119話『束の間の幕間(後)』

 

 

 1945年6月2日

 シベリア社会主義共和国/チュメニ州


 ユーラシア大陸を南北に貫くウラル山脈を乗り越えんと、一心不乱に疾駆する一両の列車。政府専用列車であるその列車の客車内には、シベリア社会主義共和国初代指導者、レフ・D・トロツキーの姿があった。そしてそのトロツキーの前には、一人の日本人が向き合う形で座っていた。車窓には、銀色に輝く草や漆黒に染まった木立が走り、朝陽に投射された列車の影が追い駆け続けていた。やがて列車の両側に白っぽい岸壁が伸び上がり、程なく渓谷に差し掛かった。川底は干上がって砂に覆われ、あちらこちらに大きな岩が転がっている。10キロも行かないうちに、左右の岸壁はその姿を消し、視界が開け始める。そしてその眼前には、針葉樹林(タイガ)に包まれた広大な高原地帯が広がっていた。

 「ようやく、スヴェルドロフスクか……。長いな」

 高原の地平線の彼方、朝陽が地平線と重なり、黄金の滝の如く朝の光を迸らせ続ける偉観のなかで、茫と複数の影が立ち昇っている。シベリア社会主義共和国スヴェルドロフスク州、州都スヴェルドロフスクの街影だ。それを目の当たりとしたレフ・D・トロツキーは、静かに前の男の方を向いた。

 「ですな」

 前の男――『大和会』の一員にして帝国陸軍駐独武官、原茂也大佐はカンカン帽を外し、頭を掻いた。「いや、しかしシベリア鉄道は素晴らしい。これだけの規模な鉄道を敷けたのは、ひとえにロシアの国力と愛国心の賜物でありましょう」

 極東はウラジオストクから西は欧州・ヘルシンキに至るまで、全長約9300kmに及ぶこの世界最大の鉄道こそ――ロシアが誇る『シベリア鉄道』である。シベリア鉄道の歴史は長い。その計画は1850年から始まり、全線開通は1904年のこと。即ち、その歴史は約54年間にも及ぶのだ。母なるロシアの大地を東西に貫きながら、中央アジアや北欧にまでその線路を延ばすというその姿は、全てを掌握せんとするロシアの姿勢が垣間見える。しかし、その存在は超大な国土を有するロシアにとっては、必要不可欠なものであり、無くてはならない重要な“足”だったのである。

 「ああ。だが、そのシベリア鉄道建設の影には、その礎とされた幾多もの人民の、悲哀の物語がある」トロツキーの瞳に、怨恨に満ちた光が宿った。「シベリア鉄道は確かに、広大な国土を誇るロシアには欠かせなかった。だがしかし、そこに資本主義の介入が必要不可欠であったことは、疑うまでもない事実なのだ。インフラ整備による国家交通網の完成は、結果としてそれに恩恵を受ける数多くのブルジョワ階級層を生み出してしまった。それがやがてロシアを内側から病むこととなってしまったのは、言うまでもない。強きを助け、弱きを挫く――それがロシア帝国のやり方だった」

 と彼は呟き、憂いに満ちた顔を浮かべた。

 「とは言え、今回は……」

 「ああ。分かっている。祖国復興には、帝国主義の活力も重要だということはな」

 1945年4月。ソ連に代わる社会主義国家――『シベリア社会主義共和国』樹立が全世界に向けて表明された後、その新たな国家を巡る世界の動きはとても目まぐるしかった。5月上旬には、英仏日伊のEU加盟主要参戦国4ヶ国がシベリア社会主義共和国の存在を認めたのである。無論、どの国も寛大な心を以て、このシベリア社会主義共和国へとアプローチを仕掛けたのだ。

 「シベリア社会主義共和国――かつてのソ連に比べれば小規模な国家だが、だからこそEUの馬鹿連中どもは、我々が完全に戦意を喪失し、降伏したものだと思い込んでいる」トロツキーは続けた。「だがそれは違う。我々は降伏したのではない。国内で革命を起こすべく、戦争に負けたのだ。だからこそ私は……いや、我々は負けない。泥水を啜ってでも、“この時”を生き延びてやるつもりだ」

 「“小さくとも針は呑まれず”――と、言いますからな」

 原が深みのある声で言った。

 「成程。確かに我々は“針”かもしれん」トロツキーは頷いた。「東シベリアは裁縫針の起源地と唱えられている。今から……そう、3万~4万年も太古の話だが。しかし、この厳寒なシベリアの地においては、“火”のように人類史においては世紀の大発明だったのだろう。だが針も火も、使い方一つで命を救いも奪いも出来る。問題なのは、それを使う当人が過信し、判断を誤ることなのだよ」

 「閣下の仰る通り。このシベリアは――針です」

 原は静かに頷いた。「欧州と極東に延び渡る『シベリア鉄道』を繋ぐ裁縫針であり、同時に両地域の補給の中間点に位置し、EUの伸び切った補給線を貫く鋭利な針でもあるのです」

 ソ連亡き今、ユーラシア大陸の覇者となったEUだが、その実権を握るのは欧州各国である。そしてその欧州各国が頼りとしているのが、自国の植民地領――アジアであった。そのアジアと欧州を陸路によって直接繋いでいる鉄道――それがシベリア鉄道である。だがそのシベリア鉄道の中継地とも言えるのがシベリア――即ち、シベリア社会主義共和国だった。AA線以西や極東に走る全てのシベリア鉄道網は、EU主要加盟国によって合同経営下にあるのだが、このシベリア地域における鉄道の権益の全ては、シベリア社会主義共和国が未だに握っていたのである。そこで、果たしてこのシベリア鉄道を封鎖すれば、どうなるかは想像に難くは無かった。そしてそれは、シベリア政府が生き残る生命線でもあった。

 「祖国復興には、シベリア鉄道の権益が第一に必要となるでしょう」原は言った。「EUに尻尾を振るのは癪でしょうが、そうも言ってられませんからな。それに戦争の時代が区切りを迎えたとはいえ、次の戦火は既に燃え広がりつつある」

 原は少しの間、考えていた。

 「今回の『ヘルシンキ講和会議』もそうですが、ルーズベルトとベリヤが結んだという『アラスカ密約』も然り、米国とEUの関係は急速に悪化しています。米国内は世界恐慌以降、空前となる経済成長と好景気を見せていますが、戦後処理が終了してしまえば、アメリカは再び経済不振に陥る。となれば、アメリカに残された道は――」

 「“戦争”か」

 トロツキーは言った。「それが事実だろう。ソ連を下し、事実上ユーラシア大陸の全領土をその手中に収めているEUに、恐れるべき敵は居なくなった」更にトロツキーは続けた。「だが、逆にEUを恐れる敵は増えた。それがアメリカや、独立を保つアフリカ・アジアの小国家だ。特にアメリカは、ソ連という防波堤を失ったばかりか、包囲網を形成されてしまったも同然だろう。EUオブザーバー加盟国のカナダに、親EU寄りの南米諸国。大西洋のロイヤルネイヴィーに、太平洋の大日本帝国海軍連合艦隊。東西南北に敵を持ったアメリカは、最早袋の鼠も同然だ。だが……そこが問題だ」

 「そう……。問題はそうなのです」原は頷いた。「“窮鼠猫を噛む”――という諺もあるように、追い詰められた相手が何をしでかすか、分かったものではありません。まして相手は世界最強のアメリカ合衆国。一方で、EUも世界を制する覇者ではありますが、単一国家ではない。複数の国家思想・宗教・社会・人種・経済格差を持つ共同体です。1つの物事を決めようとしても、そこに各々の思惑と事情を抱えている以上、円滑な対応は難しいでしょう。先の対ソ戦でもそうだったのです。フィンランドは開戦1ヶ月、EUによる全面的な支援を受けられず、ドイツや日本のように積極的な国と、自国の精強な軍隊を以て、強大なソ連軍を退けていたのですから」

 更に原は続けた。「そして次の相手は恐らく、アメリカでしょう。豊富な経済力と圧倒的な軍事力を誇る侮り難い相手――いや、勝てるとは思えない相手です。そして今回、ルーズベルトの死によって大統領に就任したトルーマンは、EUとの宥和を示す一方で軍備増強を進めています。戦争を見越してのことでしょう」

 「どうやらEUにとって、アメリカとの戦いは類を見ないものになりそうだな」

 「でしょうね。アメリカ大陸は太平洋と大西洋に阻まれた大陸です。欧州と陸続きだったソ連よりも、防衛には適しているのは事実でしょう」

 トロツキーは頷いた。「侵略を仕掛けてくる可能性はどうだろうか?」

 「十分に考えられますね」原は頷いた。「メキシコとの戦争然り、今回の対ソ戦然り、米国民の反戦世論は次第にその色を薄めています。カナダや南米諸国とのゴタゴタもありますし、そこから大義名分さえ見出せれば、戦争を起こすことは十分有り得るでしょう」

 「チュクチやフィリピンもある」トロツキーは言った。「アメリカが戦争を起こすとすれば、まずはEU主要加盟国にとってのアキレス腱であるアジアを狙う筈だ。その時、真っ先に矢面に立たされるのは、案外貴国かもしれないな」

 「確かに……そうかもしれませんね」

 原は唸り、顎をしゃくった。

 アジア――旧ソ極東地域や中国、東南アジアには潤沢な資源と豊富な人的資源が眠っている。もし、アメリカがEUに対して戦争を起こすとすれば、大西洋と強大な軍事力によって阻まれる欧州よりも、国力的にも人種的にも劣るアジア諸国に侵略戦争を仕掛けた方が、妥当というものだろう。問題は太平洋という超大な海洋と、そこに立ち塞がる帝国海軍だ。戦艦『Y』の公表以降、米国は連合艦隊の評価を改め直していたが、既に米海軍は新型戦艦である『モンタナ』級の建造と就役を進めている。その中には、戦艦『Y』同様の46cm主砲を搭載している艦もあるため、そこで米国が帝国海軍を再評価し直し、過小評価をする可能性は高いだろう。そうなれば、米軍を阻むものは居なくなったも同然であり、チュクチやフィリピン、太平洋の諸島を介し、侵略戦争を仕掛けるのも容易いというものである。



 「米軍の本土攻撃。歴史は……また同じ轍を踏むのか……?」




 原は呟き、静かに車窓の外を見張った。

 

 

 

 

 


ご意見・ご感想等お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ