第117話 革命の鐘は鳴る(後)
第117話修正。
第117話『革命の鐘は鳴る(後)』
1945年4月21日
大日本帝国/沿海州
『大和会』の謀略の渦は、静かに拡大しつつあった。まだ始まりに過ぎなかったが、それが過熱し、一気に膨張するのはもはや目に見えたことだった。それは元ソ連重鎮にして、ボリシェヴィキ革命家である男、レフ・D・トロツキーを指導者に仰ぐ新社会主義国家――『シベリア社会主義共和国』の建国宣言。それは1945年4月、突如として表明された米国対ソ宣戦布告を受け、実行に移された『大和会』の計画の一環であった。米国宣戦布告以降、混迷を極めるソ連対EUの全面戦争。ソ連は完全に押され、敗戦は必至の状況ではあったが、『大和会』はみすみすアメリカの手の平に踊られるつもりは無かった。この頃、EU各国は戦争の継続によって経済は衰退し、国力は低下していた。そこに無傷のアメリカが図々しくも割り込み、脅迫じみた外交を展開してくるのは目に見えていた。そこで『大和会』は先手を――『屠号作戦』という名の先手を打ったのである。
――『屠号作戦』。ドイツ国防軍情報部『アプヴェーア』の反ナチス派の関係者達とともに実行された同作戦は、2つの目的を秘めていた。1つは、対ソ戦争の終結。そしてもう1つは――トロツキーを指導者とする『シベリア社会主義共和国』の樹立。それは存続したソ連を介し、EUとの対立を強めんとするアメリカの企みを悉く打ち砕き、『大和会』の手駒として動かせる戦力を確保するための布石であった。
『アラスカ密約』――からも見て取れるように、米国とソ連は水面下で共謀していた。米第32代合衆国大統領フランクリン・D・ルーズベルトは『対EU問題』の解決策として、戦争準備とソ連との秘密同盟の締結にその力を注いでいた。即ち、EUとソ連間の終戦処理の席に割り込み、EUにソ連への仕打ちをある程度緩和させ、ソ連を存続させる。そして来たるべき時が来た時、同盟に従って米ソは再び、EUに対して宣戦布告を突きつけるのだ。ルーズベルトとラヴレンチー・P・ベリヤの見立てによれば、ソ連はAA線以西、及び極東地域は必ず手放さなくてはならないが、多額の賠償金請求や更なる領土の喪失は免れると推測していた。即ち、シベリアの全地域はその存続が許される訳である。それは2人にとってすれば、十分であった。
ところが、ルーズベルトが死去し、ベリヤが粛清された今、その謀略は宙に浮いたも同然となっていた。主導者を失い、計画は推進力を失った。そこを『大和会』は見逃さなかった。既にシベリアへと送り込まれていたトロツキーに、計画実行を伝えたのだ。シベリアにはスターリン体制下で苦しむ多くの民衆と、党や軍内に潜む反スターリン派が大勢いた。トロツキーは『第4インターナショナル』や大日本帝国の庇護下、それらの勢力を短期間のうちに纏め上げ、『解放軍』を設立。民衆にも武器を与え、スターリン政権打倒の矛として、存分に利用したのである。
4月に入ったとはいえ、已然として寒風吹き荒ぶウラジオストク。帝国海軍連合艦隊旗艦『大和』の司令長官室で『大和会』当主たる伊藤整一中将は、海上護衛総隊の新拠点地視察の為、このウラジオストクを訪れていた。零式輸送機に揺られること約7時間。本州から外地ウラジオストクへと到着した彼は、帝国海軍によって大改装が進められているウラジオストク軍港を視察に訪れた。そんな折、偶然にも連合艦隊司令長官である吉田善吾海軍大将と会い、現在に至っている。
「閣下が御元気そうで何よりです」
伊藤のその言葉に、吉田は思わず顔を綻ばせた。連日に渡る軍務が多忙過ぎて、寝る暇さえ吉田にはなかったのだ。目元にどす黒い隈を浮かべ、皺でしわくちゃになった吉田の顔に精気は無かった。伊藤はそんな吉田の様子を見て、心配になった。
「少し軍務を休まれては?」
「とんでもない。ソ連との戦争は続いているのですぞ」
そのことは海上護衛総隊司令長官たる伊藤も承知していた。確かに、ソ連海軍太平洋艦隊はこの頃には完全消滅していたが、次に脅威として北方には米海軍第3艦隊の姿があった。つい数週間前には、米海軍アジア艦隊が日本近海を無許可で航行したがために、戦争の一歩手前まで迫ったこともあった。その事後処理、対策、戦力再配置等、決めなければならない案件は多々あり、それを捌くのが吉田の仕事だった。だがその量は膨大で、とても1人では達成出来そうにないものだった。無論、こういう場合には補佐が付いているものだが、それでも最終的に判断を下し、責任を取るのは連合艦隊司令長官たる吉田善吾の仕事である。その重い責任と過剰な仕事量が、ストレスとして彼に伸し掛かっていた。
「……ルーズベルトの死から10日。時の流れとは早いものです」
伊藤のその呟きに、吉田は静かに頷いた。
「思えば、私が時間を逆行してから8年が経過します」伊藤は言った。「私はこれまでやってきたことを恥じることも、後悔することもありませんが、もっと時間を有効的に使えれば……と、最近になって思うのですよ。そうすれば、もっと善き歴史に導けたのではないか、と」
1937年から始まった『大和会』の歴史改変。1937年7月の『盧溝橋事件』回避から始まり、1938年の技術・国力基盤の構築、1939年の帝国陸海軍合同諜報組織『帝機関』設立、1940年のトロツキー保護・英首相2名の暗殺といった謀略と、日英同盟・戦艦『大和』の復活、1941年のヨーロッパ同盟(EU)の結成、1942年の『冬戦争』開戦、1943年の『冬戦争』終結と対ソ戦争の拡大化、それに伴う『日ソ戦争』の開戦、1944年の対ソ全面戦争の開始と戦争の形勢逆転……。
そして――1945年。今日に至る訳だが、現在の大日本帝国は史実のそれを凌駕する繁栄を見せ、世界はソ連という共通の敵の打倒にその力を注がんとしていた。しかし、それは『大和会』の意とする所ではない。そもそも『大和会』は、米国の原爆実験によって沈没の運命にあった戦艦『大和』を救い、日本人の手に再び戻すことを本来の目的としていた。各界有識者を集めたのも、歴史改変などではなく、戦艦『大和』を取り戻すための手立てに過ぎなかった。だが、結果として歴史改変という事業が、彼らの目的である戦艦『大和』の存続に繋がってくるのは、言うまでもない。何故なら、また同じように歴史の轍を踏み、日本を軍国主義に引き摺り込めば、必然的に2度目の敗戦に至るからである。アメリカ――という大国を敵に回した時点で、彼らの目的は達成出来なくなる。だが拡張政策を取らねば、大日本帝国は一生、辺境の島国から脱却する手立ては無い。そしてその脱却と称し、帝国陸海軍が暴走するのは必至だった。だから彼らは、親米寄りの政策を取りつつ、アメリカという国を世界の中心の座から蹴落とすべく、謀略を巡らせた。そして生まれたのが、英国の反米意識とEUの結成であった。
「これ以上があるでしょうか?」
吉田は驚いたように言った。伊藤閣下は何を仰っているのか? 極東のソ連領の悉くを掌握し、米国が勝手に自滅して世界からの信用を失い、国力を衰退させている今、この現状以上を望めるだろうか。それは贅沢では無いだろうか。彼はそう思い、かぶりを振った。
「閣下。全ての物事には、いずれ終わりが訪れます。この歴史もそうです」伊藤は言った「考えてもみて下さい。例えば地球は46億年の歴史を歩んできたが、対して人間の歴史など精々が数十万年。その間、無数の大国が繁栄を享受してきたが、滅んできた。歴史などそんなものです。戦争と衰退と戦争と繁栄。戦い、栄え、堕ち、また戦い、また栄え、また堕ちる。この繰り返しですよ。そして我々も、そんなことを続けているに過ぎないのです」
吉田は静かに頷いた。沈黙を保ったまま、伊藤の顔を見据え続けた。
「では、我々はその轍を踏まないようにしなければなりますまい」
「えぇ、その通りです」
2人は互いに顔を見合わせ、ウラジオストク軍港に広がる紺碧の海を見張った。
1945年4月22日
ソビエト社会主義共和国連邦/ノヴォシビルスク州
西シベリア平原の南東部に位置する都市バラビンスクは、エルティシ川支流のオミ川の左岸に聳える街だ。バラビンスクの周りは、広大なステップ地帯が続くため、オミ川という水源は生活には欠かせない。1年365日のバラビンスク市民の生活の支えとなっているその水源だが、現在、このオミ川を最大限に利用しているのは、『シベリア社会主義共和国』首都オムスクから川を下るようにして侵攻してきた“反乱軍”――通称『シベリア赤軍』の兵士達であった。オムスクから進撃を続けてきた彼らは、この街で補給品を確保すべく、防衛していたソ連赤軍と戦火を交えていたのだ。
シベリア赤軍はレフ・D・トロツキー国防人民委員(国防相)の下、ソ連軍や一般市民から徴兵し、設立された軍である。その根幹を担うのは、反スターリンを謳う離反ソ連軍とその将官達であるが、その兵力の大半を占めるのは、鍬や猟銃ぐらいしか持ったことの無い農民、工場労働者、収容所囚人達である。EUとの戦争を経て、連邦軍へと昇華しつつあるソ連軍に対し、新兵を寄せ集め、それを古参のソ連軍兵によって固めているシベリア赤軍は、まさに“革命軍”の色が強い。その兵装も、IS『スターリン』重戦車のような新鋭兵器から、モシン・ナガンM1891狙撃銃やPM1910重機関銃といったロシア帝国時代の骨董品まで、多種多様だった。なかにはろくに銃も与えられなかった部隊もある。
そんなシベリア赤軍は大日本帝国軍の航空支援を受けつつ、西はオムスク、東はクラスノヤルスクからソ連新首都ノヴォシビルスクに向け、猛攻を加えていた。そのうち、機械化率の高いオムスク方面軍は手早くタタルスクを占領、余勢を駆ってバラビンスクに突撃していた。オミ川の川辺に陣を敷き、旧式の火砲を有した砲兵隊が、市街地に向けて準備砲火を放ち続ける。
一方、ソ連軍から離反した戦車部隊を集め、編制されたシベリア赤軍第1戦車師団は、ステップ地帯を猛然と突き進んでいた。砲撃を加えられた穴ぼこだらけの道を、重厚な車体によって駆け抜ける。第1戦車師団はT-26軽戦車とT-34中戦車、KV重戦車、そして少数のIS重戦車で編制されていた。そのうち、もっとも踏破性の高いT-34が先陣を切り、その勢力圏を広げ進めていた。
派手が花火が上がったのは、T-34の先頭車輛がバラビンスク市街地の入り口に差し掛かった時である。刹那、ソ連軍のIS-2重戦車の122mm戦車砲から噴き上がった砲炎がT-34の車体を舐め回し、撃破に至らしめたのだ。砕けた車体の破片が宙を舞い、第3中戦車大隊の頭上に降り注いだ。T-34は前進する。猛然と燃え続ける戦車の残骸を背に、十数輌のT-34は一斉に咆哮した。さしものIS-2も、多勢に無勢のこの状態の前にはどうすることも出来なかった。履帯を破壊され、擱座する。次の瞬間、前部装甲が粉砕し、爆発とともに砲塔が吹き飛んだ。砲塔が抜け、車体のみとなったIS-2は燃えに燃え、煌々と暖かい光を迸らせ続けた。
続けて走った『カチューシャ・ロケット』の閃光が、ソ連軍の防御陣地を直撃し、一挙に叩き潰した。T-34に砲口を向けていた対戦車砲は沈黙し、コンクリート製のトーチカはまるで飴細工か何かの様に砕け散った。防御陣地を叩き潰し、舞い上がる火の粉と黒煙の向こう側に、中戦車の妖しげな影が揺らめいた。恐らくソ連軍のT-34だろう。それに気付いたシベリア赤軍のT-34戦車部隊の面々は、散乱する炎と破片を避けつつ、市街地深くへと踏み込んでいった。
シベリア社会主義共和国指導者であり、シベリア赤軍最高司令官たるレフ・D・トロツキーは、戦火燃え盛るバラビンスクの街並みを小高い丘の頂上から眺めていた。紐に吊るした双眼鏡を首に提げ、万年筆と書類片手に前線視察を続ける彼の顔には、一抹の不安は感じられなかった。指導者というものは常に人民の先頭に立ち、何者にも臆してはならない。それがトロツキーの自論である。
「バラビンスクはあと3日もあれば、陥落するだろう」
卓上に広げられたバラビンスク市街の地図を見つつ、トロツキーは言った。
「問題は同志カリーニン率いるクラスノヤルスク方面軍です。同志」
その右隣に立つ男――ニキータ・C・フルシチョフ政治委員は言った。彼はトロツキーの側近の1人であり、史実ではソ連第4代最高指導者なる男だ。1956年に『スターリン批判』と呼ばれる、ソ連にとってのタブーを犯し、スターリン体制を崩壊に導くこととなる。そんなフルシチョフは非常に有能な政治委員でもあり、已然として体を成さないシベリア赤軍の補給体制を影で支えていた。
「無線機の不調もあり、連絡が取り辛い状況が続けています。それに、クラスノヤルスク方面軍の志主力は強制収容所から解放された囚人達です。栄養失調やメンタルケアの部分での気苦労が多く、また実戦経験にも乏しいため、ろくな戦力にはなっていません」
「ああ、それは問題だな」
そう言ってトロツキーは、双眼鏡に手を伸ばした。
「また西部戦線ですが、EU軍が押しているようです」フルシチョフは1枚の電文を手に取った。「どうやら今回の一件によってソ連中央も混乱しているのでしょう。第2次スターリン・ラインに配備されていた兵員の後退と前進命令が立て続けに行われているとのことです」
「EU軍に背を向ければ防衛線を突破される。かといってそのまま留まっていては、ノヴォシビルスクが危ない、とまぁ、そんな所で悩んでいるのだろう」
現在、ソ連軍の大部分はAA線に築かれた絶対防衛線――『第2次スターリン・ライン』上に配備されていた。ここを突破されることは、ソ連中央部への侵攻を許すことに等しい。そのため、シベリアにおける反乱が起こった後も、ソ連軍は戦力移動が出来ずにいたのだ。
一方、戦争の趨勢が決したEU軍は進撃の手を緩めていた。資源確保を最優先目標とするドイツ軍は南部へと転進しており、第2次スターリン・ライン突破の主力を担っていたのはイギリス軍であった。無論、イギリス軍の戦力だけでは突破することも難しく、第2次スターリン・ラインでは両軍が膠着状態となっている。
「進退窮まるとは、まさにこのことですね」
フルシチョフのその言葉に、トロツキーは頷いた。
「いずれはその膠着状態にも終わりは訪れる。スターリンが自己保身のエゴを剥きだせば、第2次スターリン・ライン上のソ連軍はこちらに向かってくることだろう。それが我がシベリア赤軍にとって、最悪の状況だ」トロツキーは更に続けた。「だがしかし、それは同時に我々にとって最高のチャンスでもある。スターリンが己の保身に走り、その本性を露わとすれば、ソ連人民は自ずと悟るだろう。それまで自分達が支持していた指導者の正体を」
「そして望むだろう……新たな体制への転換を」
1945年4月23日
ソビエト社会主義共和国連邦/ノヴォシビルスク州
ソ連第2代最高指導者のヨシフ・スターリンにとって、この1ヶ月は、憤慨と衝撃と恐怖に彩られた日々だった。4月5日の米国による極東侵攻、南部戦線におけるソ連軍の大敗北、『第2次スターリン・ライン』までのソ連軍完全撤退、そして最も信頼していた側近――ラヴレンチー・P・ベリヤの裏切り。特に最初と最後の案件は、スターリンに途方も無い憎悪と恐怖を与え、彼から冷静な判断力を奪い去る最大の要因となった。第2次スターリン・ラインが完成し、対日交戦用の極東防衛線を設置している最中のことだ。『米国の本格参戦』――という形で、順調に進むかに見えた総力戦の準備が、音を立てて崩れ落ちたのだ。しかもそこにはソ連No.2、側近中の側近であるベリヤの影があった。腹心の反乱を最も恐れていたスターリンにとって、ベリヤのアメリカとの内通とクーデター計画の画策を聞かされた時、彼がまず最初に覚えたのは、抑え難い“憎悪”ではなく、耐え難い“恐れ”であった。そしてその恐れは、『1945年大粛清』という形で、疲弊したソ連の主導者達の命を奪っていくこととなる。
「同志スターリン、バラビンスクが陥落しました」
ソ連3番目の首都ノヴォシビルスクの地下要塞司令部。その地下3階に位置する書記長執務室で、ヨシフ・スターリンはソ連赤軍参謀総長のアレクセイ・I・アントーノフ上級大将のその報告を聞いていた。然し彼の顔は何時にもなく、憎悪に満ちていた。歯茎は剥き出しになり、目は大きく見開かれていた。握り締められた拳は鈍い音を上げ、エネルギーを溜めこんでいった。
「何故だ?」
スターリンは心底不思議そうに訊いた。
「戦力が不足していたものと思われます」アントーノフは言った。「或いは……」
「或いは?」
アントーノフは哀しげな表情を浮かべた。「或いは――寝返ったかと」
「寝返った……だと……」スターリンは唖然とした。「……何故だ。何故だ! 何故だ! 何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああッッ!?!?」
気が触れたようにスターリンは絶叫した。彼はその理由を大方、理解していた。だが、その現実を理解しようとは思わなかった――いや、思えなかったのだ。そんなことをすれば、自分自身を否定することにも繋がりかねないからである」
その様子をアントーノフはただ沈黙し、見つめるのみであった。
「同――」
「何故だ……。何故なのだ……」
「同志スターリン。進言しても宜しいでしょうか?」
壊れたテープレコーダーのように、同じことを何度も口走るスターリンに対し、アントーノフは言った。
「……進言、だと?」
スターリンはその言葉を聞き、眉を顰めた。
「はい、同志。悪いことは言いません。今すぐ降伏して下さい」
「……今、何と言った?」
愕然と口を開き、スターリンは訊いた。
「ですから……降伏して下さい」
2人はようやく、向き合った。それまでベッドで仰向けとなり、虚空を眺めながらアントーノフの戦況報告を聞いていたスターリンは、ようやく事の重大さに気付いたのである。この男――ソ連軍参謀総長アレクセイ・I・アントーノフが裏切り者であるということに……。その事実は、アントーノフの右手に握られたトカレフTT30/33自動拳銃が大いに物語っている。その銃口の先には勿論、スターリンの胸元があり、慄然とするスターリンの顔があった。
「こ……降伏など許さん! 認めん!」スターリンは怒鳴り散らした。「いいか。まだ反乱軍共とこの首都ノヴォシビルスクとは200キロ以上もの距離がある。それに反乱軍の戦力などたかが知れておる。分かるか、同志――いや、アントーノフ。反乱など十分に抑え込める。それなのに降伏しろなどと、貴様は無能で役立たずのようだな。罷免……いや、銃殺刑に処してやる!」
参謀総長のアントーノフは、スターリンが半分正しく、半分間違っていると感じた。確かに反乱軍は雑兵の寄せ集めであり、その戦力は乏しい。そして既に先日、第2次スターリン・ラインからその駐留戦力の一部をシベリアへと派兵、反乱鎮圧のため、差し向けたのである。スターリンへの怒りを原動力とする彼らに対し、第2次スターリン・ライン上に配備されていた精鋭部隊が到着すれば、この反乱を抑え込めることが十分に可能だろう。だが一方で、200キロという距離が機械化の進んだ近代戦争においては、大した距離ではないこともまた事実である。クラスノヤルスク方面軍はともかく、機械化の比較的進んだオムスク方面軍であればものの数日で踏破出来る距離だろう。だが彼にとって、そんなことはどうでも良かった。
「私が言っているのは同志スターリン、貴方のことです」アントーノフは言った。「貴方が最初から、ドイツの挑発などに乗らず、無茶な侵攻作戦を立案しなければ、祖国はこんなことにはならなかったでしょう。いや、戦争をやるなとは言いません。しかし時期が早かった。もう少し時期を延ばしていれば、ソ連赤軍は今頃、ベルリンに赤旗を掲げていたことでしょう。貴方は諸悪の根源だ」
史実では1945年4月23日、ソ連軍は初めてベルリン市の郊外へ侵攻を果たしている。そして奇しくも今日は、その日と同日であった。
「き……貴様……!」
「同志。ご決断を」
アントーノフはTT30/33の銃口を掲げ、威嚇した。
「わ、わわ、分かった。貴様の言う通り、降伏する」スターリンは両手を上げ、戦々恐々とした表情を浮かべながら言った。「そうだ。今すぐEUと停戦し――」
「何を言っているのです?」
「……な、何とは……何だ?」
スターリンは理解出来ない、と首を傾げた。
「それは新たなる指導者、同志トロツキーの役目。貴方に出番はありませんよ」アントーノフは言った。「せいぜい、後悔するが良いでしょう。無数の罪をない人々の命を奪い去ったこと、自分のやってきた過ちのことを……裁判の場において」
「き……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッッ!?!?」
気付けばスターリンは叫んでいた。やり場の無い怒りと、後悔と、恐怖。その全てが入り混じり、一挙に彼に伸し掛かったのだ。そして、受け入れ難い現実に背を向けようとする一心で、喉元から沸き上がったのが――耳を聾するばかりの絶叫だった。
「…………」
アントーノフは真一文字に口を堅く結び、ただただTT30/33自動拳銃を構えるのみだった。スターリンの絶叫が執務室を揺るがす中でも、彼はその毅然とした態度を崩さなかった。そしてその数分後、反スターリン派に属するであろう兵士達が小銃を抱え、執務室へと雪崩れ込むと、スターリンは拘束された。
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