第110話 スターリングラードの通り魔(前)
第110話『スターリングラードの通り魔(前)』
1945年2月17日
ソビエト社会主義共和国連邦/ヴォルゴグラード州
ヴォルゴグラード州都スターリングラード。ソ連指導者ヨシフ・スターリンの名を冠するその街は――地獄の街だった。かつて首都モスクワ、レニングラードに次ぐソ連第3の都市として、栄光を誇っていた筈のその街々は、EU空軍による大爆撃によって跡形も無く打ち壊されていた。そんな、果てしなく続く廃墟の間を縫うようにして張り巡らされた街路には、必ずといっていい程、爆弾によるクレーターが穿き残されていた。そんな破壊し尽くされた道路には、民生や軍用を含めた乗用車・トラックや、ソ連軍が廃棄した装甲車輛、履帯を粉砕されて擱座する戦車の残骸が転がっていた。その他、焦げ臭い焼死体や死後数週間を経過して腐りつつある遺体も、道端へ無造作に放置されている。まさに死地だった。今や、スターリングラードの大地に立つのは、EU軍とソ連軍の兵士のみである。馬や犬、猫といった類の動物達は、両軍の飢えた兵士達の腹を満たすべく、その命を絶たれていたのだ。
1944年11月。イタリア軍を主力とするEU南部方面軍――EU第7軍団は『ブラウ作戦』を始動。カフカース地方の潤沢な資源を目指して一路、ソ連南部へと侵攻を開始した。その中において、カフカース地方攻略の鍵――とはいえなくはないが、さほど重要ではないスターリングラードの制圧がイギリス側から持ち上がる。これは、ソ連指導者ヨシフ・スターリンの名を冠する街を陥落させ、ソ連側の厭戦世論を刺激、戦争の早期終結に誘導させるための戦略的行動の一つだった。
だが、首都モスクワを陥落させても根を上げなかったことからも分かるが、スターリングラードの陥落によるソ連側の降伏の可能性は、限り無く低かった。時期のこともあった。11月といえば、ソ連には既に『冬将軍』の猛威が迫る時期だった。必然的にEU全戦線の進軍速度は極端に低下、両軍は膠着状態に陥っていたのだ。この間、ソ連軍が再建を図るのは、言うまでもない。そんな状況下でソ連側に降伏を承認させるのは、至難の業といえた。
ともあれ、EU南部方面軍は止む無くカフカース地方への本格的侵攻を中止した。そして第1攻撃目標がスターリングラードへと変更されたのである。1944年12月、EU軍による大空襲と準備砲撃を開戦の幕開け――とした『スターリングラード攻防戦』は、おびただしい数の民間人を無差別に虐殺してのスタートとなった。しかし、無数の地下壕と塹壕群が張り巡らされ、要塞化されたスターリングラードの街は外側こそ悲惨であったが、内側はその頑強さを保っていた。この大爆撃に対しソ連空軍は、東部に疎開した航空機工場が突貫で作り上げた戦闘機を次々と空に飛ばし、EU空軍に応戦した。その中には、全要員が女性という第586戦闘機航空連隊のような、女性戦闘機航空隊も含まれていた。しかし女性の華奢な身体に、戦闘機操縦で掛かるGが、想像を絶する苦痛を与えたのは言うまでもない。だがそこはソ連の女。母なる大地で男女平等などと謳われつつ、疲労と苦痛を伴う家事と工場勤務を兼務していた彼女達の肝っ玉は据わっていた。死に物狂いでドイツ空軍やイギリス空軍のエース達に対抗したのだ。
また地上では、人海戦術に物を言わせたソ連陸軍の大反撃が続けられていた。廃墟や市街に張り巡らされた地下連絡線を利用したゲリラ戦術と、『冬将軍』の到来がEU軍に予想以上の損害を被らせたのである。補給線が伸び切っていたことも要因の1つに挙げられる。またソ連兵や民間人による特攻が、EU軍に予想外の損失を与えていた。どこからともなく爆弾を背負った人間が現れ、戦車や兵士を巻き込んで自爆する――その恐怖がもたらす精神的苦痛は、想像を絶するものだった。EU軍内ではこの特攻を受け、多数の兵士が精神的疾患を患った。そしてその大部分が戦線離脱を余儀なくされたのである。
ソ連軍の激しい抵抗の末、EU軍の攻勢は停滞し、『スターリングラード攻防戦』は膠着期に陥った。質・量ともに勝るEU軍に対し、ソ連軍が優位に立ち振る舞えたことは、ソ連国内の士気を大きく向上させることに繋がった。12月中旬の『オムスク空襲』により、自身の身体が危険に晒され、終始苛立っていたスターリンでさえ、この善戦の前には口許を綻ばせざるを得なかった。ソ連軍が優位であり、しかもその防衛都市が自身の名を冠する街なのだから、当然といえば当然である。スターリンは早々にスターリングラードを『英雄都市』に指定し、スターリングラードの今は亡き街並みを描いた戦時国債を発行、資金調達に精を出していた。
そんな『スターリングラード攻防戦』の膠着期が破られたのが、1945年2月。後方からの追加増援軍を受けたEU南部方面軍は、大規模攻勢を展開したのである。そしてそんな攻勢の戦端を開いたのが、ドイツ空軍の戦略偵察機――Me100『ゾネ』による戦略偵察飛行だった。
メッサーシュミット社が製造するMe100『ゾネ』だが、元々は“一〇〇式司令部偵察機”――言わずと知れた大日本帝国陸軍の戦略偵察機である。1940年、『日独伊三国科学・技術協定』の締結とともに、帝国海軍の酸素魚雷や戦艦『大和』の設計図とともにドイツへと届けられた一〇〇式司令部偵察機は、“戦略偵察機”――という、当時どの列強諸国も想定した事の無い運用思想を持った航空機として注目された。また、時速600km以上という高速性能もまた、ドイツ空軍上層部の興味を惹かせるには十分な性能であった。1941年、ドイツ空軍総司令官のヘルマン・ゲーリング国家元帥は、一〇〇式司偵の製造元である三菱重工業からライセンス生産権を購入、制式採用することを表明した。
その性能諸元は――。
■『メッサーシュミットMe100F-1』性能諸元
全長:13.00m
全幅:16.40m
全高:4.08m
主翼面積:35.00㎡
自重:4,850kg
全備重量:6,300kg
最高速度:680km
航続距離:3,800km(増槽有り)
実用上昇限度:10,200m
発動機:BMW801空冷二重星型14気筒エンジン×2基
(出力:1,700馬力)
兵装:
機首:MG151/20mm機関砲×2基
写真機:Rb50/30航空カメラ×2
無線機:FuG-17-VHF長距離用無線機×1
:FuG-16-VHF戦闘機用無線機×1
乗員:2名(操縦員1名・偵察員1名)
――である。
これまでハ-112――帝国海軍では『金星』――航空エンジンのライセンス生産品を利用し続けてきたMe100『ゾネ』だが、『Yak-9』や『La-5』といった、ソ連空軍の新型戦闘機には対抗出来ないことが、戦争の推移とともに明らかになってきていた。そこでメッサーシュミット社は、ドイツ空軍側の要求性能に合わせるべく、ハ-112から新型のBMW801へと換装することを決定したのである。しかし大型のBMW801を搭載するには、従来のMe100では不十分であり、大幅な機体設計の見直しが行われることとなった。見直しは基本、Me100の機体大型化・速力性能の維持・防弾性能の向上に重点が置かれ、行われた。
その結果、誕生したのがMe100F型である。かの新型主力戦闘機『Fw190』も採用した航空エンジン、BMW801を採用、最高速力は680kmまで向上が図られた。また機体大型化に伴って、これまで不足していた防弾性能向上が図られ、航続距離はある程度低下した。とはいえ、2000km以上という航続距離は当時のドイツ空軍内では破格の性能であり、それで十分な防弾性能を維持できているのだから、Me100F型は満足のいく機体だった訳である。
かくして産声を上げたMe100F型。だが、そこに至るまでのMe100『ゾネ』の物語もまた、興味をそそられるものだった。1942年8月、ドイツ空軍で制式採用されたMe100だが、その機体番号は元々はハインケル社の試作戦闘機『He100』に付けられていた筈のものだった。ところが、日本贔屓のドイツ第3帝国総統ヒトラーは、日本の顔を立てるべくドイツ空軍に圧力を掛け、この機体番号を変更してしまったのである。そもそもHe100は高速の単発レシプロ戦闘機だが、そもそもドイツ空軍では制式採用されていなかった。公式発表においても、『He100』ではなく、『He112』や『He113』という名称で呼ばれていた。いわば――“幻”の番号であった。何しろ100番台の最初を飾るのだから、その機体番号に特別な想いが抱かれているのは当然といえば当然である。
とにもかくにも、100番台の頭番号を頂いたMe100は、ドイツの新聞・ラジオ各社で華々しい賞讃の声を浴びつつ、制式採用の運びを執り行った。日独友好の象徴――と謳われるMe100に対するドイツ軍部、ドイツ国民の期待は大きく、ゲッベルスやヒトラーはそれを利用したプロパガンダ宣伝を次々と行い、EUやドイツ国内での支持を得ていった。またドイツ国内の各所でMe109とMe100の速力性能の違いを見せ付けるアピールイベントが開催された。
かくしてドイツ色に染め上げられた一〇〇式司偵――もとい、Me100には『ゾネ』なる渾名が冠されることとなる。この『ゾネ』とは、ドイツ語で“太陽”を意味する言葉だ。言うまでもないが、太陽=大日本帝国、という意だった。
1945年2月17日、そんなMe100『ゾネ』双発戦略偵察機は、灰色に染まったスターリングラードの寒空の上を悠々と駆っていた。それを確認し、迎撃機を飛ばすソ連空軍だが、時速600kmの高速飛行に着いてこれる迎撃戦闘機は殆ど限られていた。その間も、Me100は胴体部に搭載されたRb50/30航空カメラでスターリングラードの廃墟に蠢くソ連兵や、T-34中戦車部隊の車列、前方から迫り来る新型戦闘機『La-7』を次々と激写し、その情報を蓄積させていった。
――“我に追い付くイワン無し”
そんな他愛無い電文をEU空軍司令部に送信しつつ、Me100を操るパイロットも中には居た。それほどにMe100の性能は高く、パイロットに安心感を抱かせたのである。無論、稼働率の低いBMW801から生じる墜落事故、整備不良に頭を抱え、『殺人機』と忌み嫌うパイロットも居た。Me100は、操る人間によって大きく意見の分かれる機体だった訳である。
ソ連空軍はこのMe100『高性能機』と評価した一方で、反撃の策を打たなかった訳ではなかった。確かにMe100は時速600kmを超す俊足で空を駆ける高速偵察機だったが、戦地の偵察任務の一環である写真撮影のため、撮影目標近くで高度を下げ、一定時間直線飛行を与儀無くされる――という、偵察機が故の“弱点”を持ち、その弱点が高性能機Me100の足を引っ張ったのである。幾ら高速でソ連空軍の戦闘機が追い付けないとはいえ、一直線に飛行するMe100を待ち伏せ出来ない筈がなかった。そしてソ連空軍はそこを突き、この戦略偵察機の息の根を止めたのである。
ドイツ空軍第7教導航空団所属のハインリヒ・プリンス・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン少佐は、攻勢の前準備となる航空撃滅戦の先陣を切った。彼が操るは、高速偵察機のMe100『ゾネ』――しかも、燃料量調節機能や制御システムを搭載するBMW社の技術力の結晶、BMW801を新たな心臓とするMe100F型であった。スターリングラードの空を駆るその俊翼は、毎度ながらもヴィトゲンシュタインを驚かせた。元はドイツ最大の同盟国にして、東洋の島国である大日本帝国の機体である。しかしそんなことを考えるのも馬鹿馬鹿しく思えるその高速性能は、本物だ。そのくせ、航続距離は2000km以上を誇るというから、驚きだ。ドイツ空軍にはそれほどの長距離を飛ぶ機体は少ない。
「さぁ、ヤクのお出ましだ」
ヴィトケンシュタイン少佐のそんな言葉に、機体後部に座る無線手のヨハン・B・イェーガー軍曹は、待ってましたとばかりに右拳を振り上げる。彼はMG131/13mm旋回機銃を握り締め、その照準をスターリングラードの灰色の空に合わせた。後は、敵機の攻撃を待つだけである。それが防空戦闘機型のMe100Gとヴィトケンシュタインに与えられた使命だった。
Me100G。高速戦略偵察機たるMe100に邀撃・護衛戦闘機としての戦闘能力を付加した派生型である。高速性能、防弾性能等には手は付け加えられてはいなかったが、大きく変わったのが兵装だった。通常固定兵装のMG151/20mm機関砲の他、ドイツ空軍が誇る55mm空対空ロケット弾『R4M』8基を搭載可能とし、機首部にはラインメタル社製BK5-50mm機関砲1門が据え付けられていた。その破壊力はB-17を始めとする重爆撃機を一撃ないし二撃で仕留める。何しろ元となるのが『Ⅲ号戦車』の50mm戦車砲であるのだから、当然といえば当然だった。そのBK-5機関砲が咆哮すれば、爆撃機編隊でさえ壊滅は必至である。まさに『空飛ぶ戦車砲塔』――である。
しかしBK-5機関砲は量産の難しい兵器であり、大半のMe100Gは、MG151/20mm機関砲を両翼にそれぞれ2門、計4門装備している型が多い。かくいうヴィトケンシュタインの機体も同じくそれで、計4門のMG151/20mm機関砲が主翼から突き出ていた。
「各機、攻撃開始ッ!!」
敵機はLa-7戦闘機。ソ連空軍の新型主力戦闘機であり、ラボーチキン設計局期待の新鋭戦闘機である。その性能はMe109を上回り、かのMe262『シュヴァルベ』ジェット戦闘機さえも手こずるという。そのLa-7が今、Me100G双発戦闘機部隊と雌雄を決しようとしていた。両者は互いに正面に立ち、睨み合う形となっていた。ソ連空軍は虎の子のLa-7を始め、BIロケット迎撃戦闘機、そしてP-40やYak-1といった旧式戦闘機が軒を連ね、これに迎え撃たんとしていた。それほどにソ連空軍は切羽詰っていた。
ソ連空軍を始め、ソ連兵達にとって、Me100は忌むべき存在だった。その高速性能で高空を悠々と疾駆するだけならまだしも、その姿を見たすぐ後には、必ずといっていい程、ドイツ空軍による怒涛の猛攻撃が実行されるのだ。故にMe100は『死神』と恐れられていた。特に激戦地だったスターリングラードでは、Me100の渾名は『スターリングラードの死神』である。
「同志諸君……死神狩りの始まりだッッ!!」
一機のLa-7を駆る男――イヴァーン・コジェドゥーブ大尉は無線機を堅く握り締め、開口一番叫んだ。戦場の空――という現実離れした環境において放たれたその一言は、狂気に満ちていた。口許はニヤリと緩められ、全身が疼く。彼は“狩られる”存在であるソ連空軍において珍しい、“狩る”側に立つ人間だった。史実における計62機の撃墜記録が有名なソ連空軍のトップ・エースの彼だが、EUという強大な敵を相手とする今物語では、現時点で103機の撃墜記録を誇っていた。103機といえば、撃墜数200機でやっと一人前と認められるドイツ空軍においては取るに足らない数字だが、諸外国からしてみれば、驚異的な数値だった。
「速いだけが取り柄のヤポンスキーの飛行機など……」
コジェドゥーブが駆るLa-7戦闘機は大きく空中を翻り、高空を征くMe100G『ゾネ』の背後に張り付く。それは、華麗なるインメルマンターン。相手のMe100は成す術も無く、ジンキング機動を繰り返した。が、それは焼石に水というものだった。刹那、La-7の主翼が一閃し、ShVAK20mm機関砲が咆哮する。鋼鉄の洗礼を受けたMe100は長くは持たず、末期の悲鳴を上げて爆散した。
「俺の敵じゃねぇッッ!!」
ドイツ空軍のお家芸『インメルマンターン』をあろうことかイワンに繰り出され、撃墜されたMe100。皮肉だった。しかしコジェドゥーブやドイツ空軍パイロット達が繰り広げるこの戦いは、皮肉などではなく――現実だった。
翼と翼、銃弾と銃弾、意地と意地がぶつかり合う空戦。ソ連空軍とドイツ空軍に違いは無かった。互いに自分達の勝利を、神とも総統とも同志ともつかない人物に祈り、操縦桿を握り締める。鋼の嵐を避け、応酬の一撃を相手に喰らわせる。
「……ッ!? イワンにも骨のある奴がいるようだ」
Me100を駆るヴィトケンシュタインが視線を向ける先にあるのは――Yak-1戦闘機の機影。これを駆るのは、『スターリングラードの白百合』こと、リディア・U・リトヴァク中尉だった。彼女は史実における、史上2名しかいないとされる女性エース・パイロットの一人である。愛機たるYak-1には、純白の百合のパーソナルマークが描かれており、それが渾名の由来だった。
「射線に捉えた!」
リディアは叫び、操縦桿の機銃スイッチを力一杯押し込む。刹那、一閃した後、Yak-1の両翼に備え付けられたShKAS7.92mm機銃計4門が、一斉に火を噴いた。ヴィトケンシュタインは巧みに操縦桿を操り、その攻撃を回避した。一方のYak-1は大きく旋回を始め、体勢を立て直しつつあった。両機がすれ違い、ヴィトケンシュタインが振り返ると、その視界に『白百合』のパーソナルマークを捉えることが出来た。彼女――『スターリングラードの白百合』の由縁だった。
「まさか相手は女だったとはな……」
「例の『白薔薇』ですか?」
イェーガー軍曹の問いに対し、ヴィトケンシュタインは不本意そうに頷いた。『スターリングラードの白薔薇』――ドイツ空軍内で噂程度に囁かれていたその存在が今、自らの目と鼻の先に居る。この風防越しにだが、確かに彼女は存在していて、自分はその『スターリングラードの白薔薇』と戦っている。
「まぁいい、これはこれでチャンスだ」
ヴィトケンシュタインは言った。だが言葉とは裏腹に、彼はこの戦いが熾烈なものになると予想していた。相手は旧式機のYak-1――なのだが、既に相手に一歩リードされている。それはひとえに、彼女自身が持つ技量が、旧式機の性能不足分を補っているのだ。そう、ヴィトケンシュタインは分析した。
「喰らいなさい!!」
リディアとYak-1は角度を付け、急降下してくる。速力において劣るYak-1の苦肉の策。それは、急降下による速力付加であった。これにより、本来は速力面で負けるMe100に対し、Yak-1と同等若しくは上に立とうという寸法だ。
だが、たかが7.92mm機銃ではMe100には傷は付けられない。BMW社によって新たな命を吹き込まれたMe100の防弾性能は本物だった。むしろ、被害を受けたのはYak-1の方だった。背後から迫ったのまでは良かったが、イェーガー軍曹の構えるMG131/13mm旋回機銃の弾幕をもろに喰らっていたのだ。Yak-1の機体は穴だらけとなり、ちょろちょろと白煙を漏らしていた。これには当のリディアも驚いた。速度計に示される針は徐々に低下しており、エンジンは不気味な音を立てている。エンジン自体が古いものなのだが、いつも聞いている音とは違っており、事の重大さはよく理解出来た。
「ちッ、やるわね……」
リディアが舌打ちをしてそう呟くと同時に、Yak-1は大きく崩れ落ちた。機首が真下を向き、両翼からは悲鳴のような金切り音が響き始めた。機体はギシギシと軋みを上げる。リディアは悟った。このYak-1は助からない。そして自分も――助からない、と。それはあまりにも呆気無い最期だった。イェーガーの放った13mm機関銃の銃撃が運悪くYak-1のエンジン部分に直撃し、エンジンの機能を殺したのだ。
M-105液冷エンジンはウンともスンとも動かず、ただただ煙を吐き続けるのみだった。それを確認したリディアは何も言わず、口許を真一文字にきつく結ぶと、瞳を閉じた。刹那、閃光と衝撃が彼女に襲い掛かり、その身体を、魂を焼き尽くした。
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