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時空戦艦『大和』  作者: キプロス
第8章 戦時の大和~1944年
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第106話 スターリン爆撃指令(前)

 第106話『スターリン爆撃指令(前)』



 1944年12月3日


 同年11月、極東で大日本帝国がモンゴルへの一大侵攻作戦である『寇』号作戦を実行し、モンゴル人民共和国を占領下に収める中、欧州ではドイツ第3帝国がソ連の衛星諸国に大規模な侵攻を仕掛けていた。ソ連首都モスクワを占領したEU北部方面軍はそこから南下し、ベラルーシに侵攻。西部から進軍を続けるエルヴィン・ロンメル元帥指揮下のEU中央方面軍とともに、超大な包囲網を形成して同国を包囲した。1944年11月10日、ソ連首都モスクワ陥落6日前にはベラルーシの首都ミンスクが落ち、ソ連ベラルーシ方面軍は降伏する。

 11月12日、ベラルーシにおける戦闘は一部のソ連軍残党によるゲリラ攻撃を除いて、終結した。今回の戦いでEU軍は30万名近い死傷者を出し、多数の機甲・航空戦力を喪失したが、その損害はソ連軍に比べれば微々たるものであった。何しろソ連ベラルーシ方面軍側は全体戦力60万名のうち、約40万名もの死傷者を出しており、残りは殆どが捕虜となったのである。もはやソ連ベラルーシ方面軍に継戦能力は残されてはいなかった。

 そもそも11月の時点で、ソ連軍は“絶対防衛線”をアストラハン-アルハンゲリスクの『AA線』まで後退させていた。前線の防衛拠点としてゴーリキー(ニージニー・ノブゴロド)を設定し、大規模な要塞防衛線の構築に精を出していた。要塞防衛線は『第2次スターリン・ライン』と命名され、ベラルーシ・ウクライナのそれを超えるものを指導者スターリンは望んでいた。しかし残念ながら、ソ連には『第1次スターリン・ライン』並の要塞防衛線を築けるだけの余力は残されておらず、資材の無駄使いとなったのは、後世の戦史書籍においてもよく指摘される点だ。

 かくして総力防衛戦に移行するソ連だが、その政治・軍事の中枢部は既に首都モスクワから完全に撤収し、シベリアの西端に位置する街、オムスクに移転する。この結果、臨時首都だったオムスクが正式にソ連第2の首都へと昇格していた。EU軍はこの都市の攻略を検討はしているが、両都市間の距離は2000km以上にも及ぶ。AA線以東が未だソ連の勢力圏内である以上、ここを横断しての直接侵攻は非常に困難な作戦であった。そのため、EU各国はこのオムスクになかなか手を出すことが出来ず、目の上のたんこぶ状態となっていた。

 しかしその中で唯一、このオムスクに対して大規模攻撃を提案したのが――イギリスだった。落日の帝国、大英帝国は今回の『対ソ戦』で満足な戦果を出したものの、その莫大な戦費は第一次大戦以降、植民地経営も成り立たなくなっているイギリスにとっては深刻な問題だった。これは『ヴェルサイユ講和条約』で全てを制限されながらも借金を重ねて復活を果たしたドイツや、『マジノ線』の構築で疲弊しているフランスにも言えることだった。その中でイギリスが高らかにオムスク爆撃を決意したのは、この街にソ連最高指導者のヨシフ・スターリンの存在があったからである。

 スターリンの所在が確認されたのは1944年10月。『モスクワ攻防戦』真っ最中の時だった。イギリスの諜報機関『MI6』の諜報員からもたらされた情報だった。諜報員はソ連軍に潜伏しており、反スターリン派のグループの庇護を受けつつ、諜報活動に従事していた。そんな中、スターリンが臨時首都であるオムスクに腰を据えていることと、その正確な所在地の情報を入手、すぐさま本国に連絡を入れたという訳であった。情報の信憑性についてはMI6でも意見が分かれていたが、スターリンの度を越えた臆病さとおスクが正式に首都になったという事実から、政府はこの情報を“本物”だと判断したのである。

 この情報の報告を受けたアンソニー・イーデン英首相は、すぐさま英空軍の幹部連中を呼び付け、緊急の軍事戦略会議を開催した。そこでイーデンは英空軍の将官達に対して、「クリスマスまでに戦争を終わらせる」べく、このオムスクに大規模な戦略爆撃を仕掛けることを命じたのである。それもただ単に爆弾をばら撒くのではなく、ソ連最高指導者ヨシフ・スターリンの命を奪い去るという大胆な作戦だった。

 『クリスマス作戦』――なる秘匿名を付けられたその作戦は、英空軍の『アブロランカスター』戦略爆撃機をインドから発進させ、ウズベク・ソビエト社会主義共和国のサマルカンドを補給地として経由して、オムスクへと送り込む。そしてスターリンが潜伏しているとされる施設に対し、精密爆撃を仕掛けるというものだった。ウズベク・ソビエト社会主義共和国――ウズベキスタンは元々、ソ連の勢力圏にあったが、英印軍による攻撃を受け、現在は英国の占領下にあった。その首都であるサマルカンドを補給中継地点として利用し、アブロランカスターの約1700kmにも及ぶ旅路を支えるのだ。しかしこの距離は、巨大爆弾『トールボーイ』を抱えるアブロランカスターにしてみれば、過酷なものであった。

 英国の技術者バーンズ・ウォーリスが開発したこの新型爆弾『トールボーイ』は、重量5tを誇る大型爆弾だった。その破壊力は凄まじく、通常の爆弾が備えることの出来ないであろう貫通力を秘めていた。何しろ、着弾時には3万㎡もの面積を更地にし、深さ24m、直径30mのクレーターを作ったほどだ。これは高度約6000mから投下した時の威力だが、コンクリート構造物に対しても非常に高い破壊力を見せていた。史実における戦艦『ティルピッツ』撃沈や、Uボートのコンクリート・ブンカー破壊等がその証拠である。

 今回、その『トールボーイ』が使用されるのだが、それはスターリンが潜伏している施設が原因だった。反スターリン派グループからの報告によると、その施設は地下にその構造物を有し、厚さ約8mにも及ぶコンクリートで覆われていたのだ。これを破壊するのは、通常の小型爆弾ではほぼ不可能だった。

 そこでトールボーイを使用することになったのだが、英空軍の中にはこの新型爆弾の破壊力を疑問視する声が少なからず挙がっていた。確かにトールボーイは5t爆弾として破格の爆破能力と貫通力を秘めていたが、それでも厚さ約8mのコンクリート構造物を破壊出来るとは限らなかった。航続距離の短さ及び敵の制空権下であるため、アブロランカスターは長く滞空することも出来ず、命中率はおのずと下がることだろう。そうなれば、トールボーイはその威力を大きく落とすことになる。ウォーレスは更なる新型爆弾『グランドスラム』を提案しているが、これは未だ試作もされておらず机上の計画に過ぎなかった。これは搭載する爆撃機の関係や、予算の問題が影響している。

 そういったリスク――情報の信憑性や爆弾の威力――から、英空軍上層部が作戦の必要性を疑問視する一方、これに意欲を見せるのがイーデン英首相だった。彼は戦争終結の一手として『クリスマス作戦』の必要性を重要視していた。

 それは英国の世論が生み出した答えだった。英国はEUの理事国として『冬戦争』開戦初期から欧州派遣軍を編制し、戦ってきたが、その長きに渡る対ソ連戦争に反対する国民の声は徐々に高まっていた。1943年7月の『ヘルシンキ講和会議』時には80%を超えた内閣支持率も、現在では50%台を切り、最近ではその間を浮き沈みしていた。しかしこの50%台という数値はイーデンと内閣の面々を大いに困らせるものだった。国民の半分が戦争に賛同し、もう半分が反対している。言って見れば“中途半端”――だった。そこで迫られるのが、“休戦”か“継戦”である。下手にどちらかの決断を下せば、今後の戦争や世論に反映しかねない。だからこそイーデンは悩んだ。悩んで悩んで悩んだ末に編み出したのが、スターリンの死という形で締め括られる“終戦”であった。

 そもそもこの戦争を起こしたのはスターリンである。ソ連の言い分ではフィンランドの卑劣な越境攻撃によって始まった『冬戦争』だが、その発端はスターリンの過激な野望と意思決定に他ならない。そしてその『冬戦争』から発展したEU対ソ連の全面戦争もまた、『バグラチオン作戦』という独裁者スターリンが描いた帝国主義からの解放作戦からもたらされた結果だった。スターリンの死はすなわち、これらの戦争の意味を破綻させることになる。そうなればソ連にとって戦争の必要性はなくなり、自然と戦争は終結に進む事だろう。それがイーデンの答えだった。

 今やEUとソ連との雌雄を決する戦争は北欧から極東、欧州東部、中東、中央アジアへとその戦火を広げている。既に数百万の兵士の命が失われ、民間人にも数千万人規模の犠牲者が出ていた。EU軍の補給線は伸び切って限界に達し、加盟国は多額の戦費に国庫を押し潰されつつあった。各国での物価は高騰し、物不足が始まりつつあった。このまま戦争を続けたとしても、メリットはデメリットを凌駕することはないだろう。そう考えるイーデンは、この決断を決定することとなった。



 1944年12月3日

 ドイツ/ベルリン


 ベルリン郊外の町、ショイデフルに聳え立つ豪邸――『カリンハル』。そこはドイツ空軍最高司令官であり、ドイツ第3帝国の事実上のNo.2である男、ヘルマン・ゲーリング国家元帥ご自慢の狩猟用別荘であった。それは亡き前妻カリンを偲んで名付けられたゲーリングの私邸であり、ドイツ第3帝国特権階級の栄華を象徴するかのような存在だった。但しそれは外見だけで中身を伴わない。ドイツ第3帝国が多額の負債によって首が回らない状況であるのと同じように、このカリンハルにも外の人間に知られることのない現状が広がっていたのである。

 「……旦那様、旦那様。お起きになってくだせぇ」

 「う……む」

 この邸宅の主人であるヘルマン・ゲーリングは唸りながらその身を起こした。ぼやけた視界に最初に飛び込んできたのは、南部訛りが特徴的な侍女エマの姿と、分針が“11”を指す振り子時計だった。目が覚めて間もないということと、モルヒネや酒の副作用から頭が重かった。

 「うーん……くそッ……!」

 まるでブリキバケツを頭に被せられ、思いっきり叩かれているかのような感覚だった。彼は必死に頭を押さえつつ、モルヒネと酒の二日酔いを直すためにアスピリン4錠を口の中に放り込むと、コップに注がれた水で一気に飲み下した。

 「エマ。どうした、何があった?」

 「それぇが、副官さんがこれをお渡ししろって頼まれましてぇ……」

 と、エマが両手に抱えた電話に視線を下ろした。ゲーリングは電話に一瞥をくれた後、ズキズキと頭を蝕む二日酔いに歯軋りを立て、黙ったまま立ち上がった。

 「もういい、下がれ」

 ゲーリングは手を振り、エマは一礼して静かに扉を閉め、部屋を後にした。

 「……もしもし?」

 『ゲーリング、私だ』

 受話器を取ったゲーリングは瞠目した。相手はドイツ第3帝国総統ヒトラーだった。私邸カリンハルに籠るゲーリングをこれまで無視し続けてきた彼が、突然連絡を取ってきたということは何かよからぬことがあるのではないか。ゲーリングはそう思った。

 「総統閣下、お早う御座います」

 『腑抜けておるな、ゲーリング』ヒトラーはどこか苛立っている様子だった。

 「は……はぁ……」

 そんなゲーリングの間の抜けた声を聞き、受話器の先から溜め息が漏れ聞こえる。『ゲーリング、すぐに『ヴォルフス・シャンツェ』まで出頭しろ』

 「はッ……、『ヴォルフス・シャンツェ』ですか……?」

 『そうだ。速やかにだ』

 そう念を押し、ヒトラーは電話を切った。


 

 1944年12月3日

 ドイツ/東プロイセン州

 

 ラステンブルクの東約8kmの森林の奥深くにひっそりと建つヴォルフス・シャンツェは、東部戦線の作戦指揮を行うべく建造された総統大本営の一つである。ヴォルフス・シャンツェの施設は居住棟・厚生棟・管理棟が40棟、コンクリート製大型掩蔽壕(ブンカー)が7棟に小型のものが40棟と、その規模はかなりのものだった。ブンカーのコンクリートの厚さは6~8mに達していた。

 独ソ戦を想定して設計・建造されたこの施設は現在、対ソ戦の前線拠点として大いに機能していた。『冬戦争』時はベルリンの総統官邸で職務をこなしていたヒトラーだったが、今やこのヴォルフスシャンツェを第2の総統官邸として、国家経営とドイツ国防軍の指揮を執っていた。

 東プロイセン州の辺境に築かれたこの『狼の巣』だが、ヒトラーはここを気に入っていた。ヴォルフスシャンツェには約2000名もの保安要員が詰めており、専用の発電所や引き込み線の駅、2つの飛行場、郵便局と何から何まで揃っていたのだ。何より――“安全”である。彼は『大和会』との繋がりを持っていたが、ドイツ第3帝国を危惧する『大和会』は史実の『ヴァルキューレ作戦』については教えていなかった。もしヒトラーがそのことを聞いていれば、今頃はシュタウフェンベルク大佐とその一派は皆粛清され、このヴォルフスシャンツェは忌むべき地として抹消されていたかもしれない。しかしそんな史実を知らないヒトラーは、このヴォルフスシャンツェを愛していた。

 そんなヴォルフスシャンツェのブンカーの一つには、奇妙な顔触れが揃っていた。

 ドイツ第3帝国総統ヒトラーを始め、ドイツ空軍総司令官のヘルマン・ゲーリング国家元帥。SS(親衛隊)長官のハインリヒ・ヒムラー。『金髪の野獣』ことSD(親衛隊諜報部)長官のラインハルト・ハイドリヒSS大将。その部下であり、SD第6局局長のヴァルター・シェレンベルクSS少将。『ロシア解放軍』設立の立役者であり、対ソ諜報活動の中核を担う『国防陸軍参謀本部東方外国課』課長のラインハルト・ゲーレン陸軍少将。アプヴェーア(国防軍情報部)長官であり、反ヒトラー派のヴィルヘルム・カナリス海軍大将。その他、空軍の要職に就く面々と対外諜報活動を担う面々が揃っていたが、国防陸軍や海軍の将官達の姿は無かった。口煩い宣伝省の人間も居なければ、第3帝国の利権を貪る軍需企業のお偉方の顔も見えなかった。それだけでもおかしなことだったが、突如としてヒトラーに呼び出された彼等にしてみれば、彼の真意こそが最大の興味をそそるものであり、同時に恐怖を駆り立てるものでもあった。

 「諸君」

 ヒトラーの声は冷やかだったが、芯に怒気を帯びていた。

 「私はイギリス人が好き“だった”。機が熟すまでは手を出さないつもりだった」ヒトラーは淡々と、しかし憎しみに言葉を詰まらながら語った。「だが、奴等は我々の障害になるようだ。先日、私は英首相のアンソニー・イーデンから信じられん話を聞いてしまったのだよ……」

 ヒトラーの拳が振り上げられ、一同は息を呑む。

 「スターリンを“爆殺”するとなッッッ!!!!」

 振り上げられた拳は机を爆ぜ、ヒトラーは奇声にも似た声を発した。スターリンの死。それはドイツ第3帝国が欲する“ソ連との戦争”を集結させかねない一大事である。先日、そのことをEUの極秘会談で耳にしてしまったヒトラーは、その場では何も言わなかったが、今やその憤りは絶頂に達していた。ヒトラーとはそういう人間である。自分の思い通りにならないことに対しては、感情を表に出して反撃する。普段は澄ましたヒトラーも、自身の計画を掻き乱された日には黙っていられなかった。

 「……私は失望した」

 ヒトラーは冷めた声で呟いた。

 「総統閣下、ではイギリスと?」

 ゲーリングが恐る恐る訊くと、彼は不敵な笑みを漏らした。

 「馬鹿者。そのようなことをして何の得がある?」ヒトラーは言った。「第3帝国の国庫は危機的状況だ。今はソ連から掌握した地域から資産を集め、充てるのが先決なのだ。イギリスとの戦争はソ連との戦争を終わらせ、帝国の体制基盤を整えた後でも遅くはあるまい」

 イギリスなどすぐに下せると、ヒトラーは考えていた。『大和会』から聞いた情報によれば、史実における対英戦の敗北は『アメリカ』の存在があったからこそである。アメリカが物資を送り、支えたからこそイギリスは戦い抜けた。しかし今、EUという組織の長となったイギリスは宿命的にアメリカと敵対関係にあった。そもそもEUが結成されたのは英国の反米意識が頂点に達したからである。

 「では、何を?」

 「うむ。今日はその件について諸君らを呼び付けたのだ」

 ヒトラーは言った。「いいかね、諸君。どうやら英空軍は占領地のウズベク・ソビエト社会主義共和国からランカスター爆撃機を出撃させ、『トールボーイ』なる5t大型爆弾でスターリンの潜む地下要塞施設を粉砕する気でいるらしい。これがもしも成功してしまえば、スターリンはその命運を絶たれ、ソ連はおのずと講和を持ちかけてくるだろう。それを否定しても良いが、孤立はよくない。それにもしも無条件降伏などしてこようものなら、強制的に戦争は終わってしまうだろう」

 一同は頷き、ヒトラーの方を向き続けた。

 「だからこそ、イギリス空軍を妨害する」ヒトラーは言った。「それでだ、諸君らにはその妨害案について意見を出してもらいたいのだよ」

 ヒトラーは、窓の無い作戦会議室の中にぼんやりと浮かんでいる者達の顔をぐるりと見渡した。ここにいるのは、空軍とドイツ諜報機関の重鎮達である。ドイツ軍の顔であり、頭脳だった。この顔触れであれば、英空軍を妨害する案などすぐに出るだろうと、ヒトラーは思った。

 「総統閣下」

 最初に口を開けたのは、SD第6局局長のシェレンベルクSS少将だった。

 「私の妙案が御座います。発言の許可を」

 「発言を許可する。申してみよ」

 シェレンベルクは頷いた。「ここはスターリンにそのことを伝えてやるのが妥当かと。幸い、ドイツ空軍には我々が確認している範囲でも多数のソ連軍諜報員が潜伏しております。今までのように奴らに虚偽の情報を与えてやるのではなく、今回は“本物”の情報を与えてやれば……」

 「……スターリンが慌てふためき、嫌でも対処するか」

 悪くないと、ヒトラーは思った。可もなく不可もなく、ドイツにもリスクの少ないやり口だ。問題はソ連空軍や高射砲部隊だが、これは相手次第といった所だろう。そこが不安要素だが、果たして『トールボーイ』が計画通りの成果を見せられるかも疑問である。ここはこのぐらいでちょうどなのだろう。

 「総統閣下。その案は少々問題があるかと……」

 と、唐突に告げたのはカナリスだった。

 「カナリス提督。失礼ながら問題とは?」

 ハイドリヒは不満そうに言った。彼とカナリスは犬猿の仲であり、何かあれば喧嘩をしている間柄だった。ハイドリヒは本気でカナリスの暗殺を計画したこともあったし、カナリスもハイドリヒを失脚させる計画を練り上げていた。

 「情報が漏れたとなれば、その原因を究明しようと戦後にはイギリスによる当事者達への取り調べが始まり、ドイツ空軍からの漏洩が露見するでしょう。そうなれば、我々の関与がばれる危険性が……」

 確かに一理あると、ヒトラーは思った。ドイツによって意図的に情報が漏洩されていたと知れば、ドイツは再び欧州、しいては世界の敵となるのは日を見るより明らかである。それにもしかすれば『大和会』という存在さえも露見してしまい、我々の秘密がばれてしまうやもしれない。

 「カナリス君。ではどうすればいい?」

 ヒトラーの問いに対し、カナリスは淡々と答え始めた。

 「私としましては、このままスターリンの暗殺を見逃すべきかと。そもそもイギリス空軍の攻撃で本当にスターリンの命を奪い去れるかも、戦争が終わるかも分かりません。例え反スターリン派が反旗を翻したとしても、第2のスターリンによって食い止められるかもしれません。ここは危険を冒さず、現在獲得している権益だけでも持って、早々に戦争から降りるべきかと」

 既にドイツはベラルーシ・ウクライナをその手中に収め、トルコ――モスクワ陥落後、EU加盟・対ソ宣戦布告――や黒海、ウクライナ経由でバクー油田等、資源豊富なカフカース地方に侵攻を開始している。ここはソ連にとっては重要な生命線であったため、抵抗が激しく、ベラルーシ・ウクライナを侵攻していたロンメル元帥と中央方面軍は急遽、南部方面軍支援のために引き抜かれていた。

 「カフカスでの抵抗は長引くというのが前線からの意見だが?」

 ヒトラーは冷やかに言った。ここまでで確かにドイツは多くの富を得てきたが、それでもヴェルサイユ講和条約のペナルティーは過酷だった。バクー油田の確保はそんなペナルティーを帳消しにするための資産であり、絶対に確保しなければならない重要な戦略目標でもあったのだ。

 「しかし同時に、前線の将兵達が消耗しきっているのもまた事実」カナリスは言った。「兵器の質も落ち、戦車や航空機は数を減らし、補給品は足りなくなるばかりです。このままでは、戦争を満足に続けることさえ不可能となってくるのは明白でしょう」

 もっともな意見である。が、ヒトラーにとっては気に食わない意見だった。

 「もう良い。シェレンベルク、貴様の提案を採用しよう」

 「……はッ」

 カナリスとは親密な関係であるシェレンベルクとしては、複雑な気分だった。総統に自身の提案を受け入れられたのは良いが、カナリスの言い分はもっともだ。この戦争はいまや無意味な争いとなりつつある。スターリンによって仕掛けられ、ヒトラーによって拡大された大戦。止める機会を見逃せば、ヨーロッパの国々は第一次世界大戦同様、哀れな末路を歩むこととなるだろう。

 「ゲーリング君。空軍にはソ連のスパイを通じてスターリンにメッセージを送る仕事を担ってもらいたい。気が乗らんとは思うが、ここは我慢してスターリンの役に立つような情報を送ってやれ」

 「了解しました」

 ゲーリングは頷いた。

 


 1944年12月。英空軍の『クリスマス作戦』は着々とその準備を進めていた。インドでは配備されていた『アブロランカスター』戦略爆撃機が『トールボーイ』搭載仕様に独自改修を施された。一方、イギリス本国ではウォーレス卿の5t爆弾『トールボーイ』が製造され、輸送艦に搭載される。これはジブラルタル海峡を抜け、イタリア海軍の庇護を受けながら地中海を通過し、スエズ運河、紅海を経てインド洋に到達する。インドに到着したトールボーイはランカスターに搭載され、乗員と整備員の訓練の日々がその幕を開けた。

 そしてドイツ空軍は謀略を巡らし、ソ連側にイギリス空軍の動向を掴ませんとしていた。

 

 

 1944年12月13日。様々な思惑を秘めて――『クリスマス作戦』は発動した。




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