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69:せっかく目が覚めたのに誘拐されているなんてツラすぎる

 目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。部屋というよりは牢獄……かな?


「は? なにここ。っていうか、なんで私は拘束されてるの!?」


 わけも分からず周りを見渡すと、目の前には不自然にどす黒い樹木が生えている。石壁の隙間から太い枝が強引に伸び、脈のようなものがドクドクと動いていて、不気味。

 だけど私が言葉を失ったのはその樹木のせいじゃない。


「──ローズ?」


 そう。樹木にはローズの両手と下半身が一体化していた。開かれた彼女の胸元には黒樹木の脈のようなものが浮き出ている。

 その脈が動くたびに、ローズは苦しそうに呻いていた。


「う、うぅ……」

「ローズ!!」


 助けようとしたけれど、私の方も両手足が手錠で拘束されているため動けない。

 こうなったら「誰かいないの!?」と試しに大声を出してみるけれど……


「うるせぇ! 静かにしやがれっ!!」


 バンッと牢獄の鉄扉が乱暴に開かれ、頭がハゲたおじさんが現れた。おじさんは左目に眼帯をしており、歯もボロボロ。剥き出しの上半身も傷だらけで、どうみても悪党の風格だ。


「静かにできるわけないでしょう!! ここはどこ!? どうしてローズがこんなことになってるの!? っていうかどうして私は拘束されてんの!?」

「教えるわけがないだろボケ! 静かにしねぇと……」

「とにかくローズを解放して! 私も自由にして!! じゃないとこのまま騒ぎ続けて──がっ!?」


 視界が揺れた。殴られたことに気づいたのは数秒後だ。反射的な涙が、じんわり滲んでくる。

 眼帯ジジイはそんな私の顔を見て嘲笑っていた。


「お前さんの方は痛みつけてもいいと言われてるんだぜ?」


 ベロリと腰に提げていたナイフを取り出し、唾液がついたナイフを見せつけてくる男に私は悔しいけど恐怖で震えた。

 なにも分からないこの状況で涙が溢れてしまうのは当然のことだろう。


 眼帯ジジイは私が静かになったのを確認し、そのまま牢獄を出て行った。また閉じられる鉄扉。ジンジン痛む頬。聞こえてくる、ローズの苦しそうな声。


 ……怖い。本当に、やばい。一体なにが起きているの?


「……ぐすっ……ひぐっ……意味わかんない……っ!! はやく、はやく助けにきてよぉ……お兄ちゃん……っ!!」


 私は情けなく、そうメソメソ助けを呼ぶことしかできなかった。


 だからその時、本当に微かにだけれど、ローズの身体がピクリと揺れたことには気づかなかった……。




***




「サクラが攫われた?」


 一方その頃、父親に呼び出され実家のアンドレイヤ家にいたデュナミスは主従関係を結んでいる妖精アイレムから桜が誘拐されることを知った。


「はい! たった今、全妖精達へローズ様から救援要請が届いたのです! ローズ様は私達に自らの視界を共有して、場所を特定させようとしているようなのです! それを見るに、暗い牢獄の中で桜が怖い男の人に殴られて泣いてました!」

「なんだと!?」


 デュナミスは怒りで顔をしかめ、すぐに壁も立てかけていた己の愛剣をとった。

 らしくもないピンクのドレスを破り捨てるように乱暴に脱ぎ、戦いやすい服に着替える。


「アイレム。すぐにサクラを助けに行く。位置は分かるか?」

「今、他の妖精達が場所の特定を急いでいますが……もう少し時間がかかりそうです」

「そうか。では、レン達と合流してから向かう方がいいか」


 その時、デュナミスの私室のドアがノックされる。

 入ってきたのは──デュナミスの父であり、エボルシオン王国騎士団総団長のレインザック・アンドレイヤである。鷹のようなその鋭い眼光と、巨人の血が混ざっていると言われても誰も疑わないような巨体が彼の威厳を際立たせている。


「デュシー。セドリック殿が来たぞ。準備は……。なにをしておる」


 戦いやすい服に既に着替えていたデュナミスを見るなり、レインザックはより一層顔を険しくした。デュナミスの腰に提げられている剣を見て、さらに眉間の皺が増える。


「セドリック殿が用意してくれたドレスはどうした」

「たった今、友人が誘拐されたと聞きました。ドレスでは彼女を救えないでしょう」


 デュナミスは表情を変えずにそう言うと、レインザックの横を通り過ぎようとした。しかし、その腕をレインザックが掴み、阻止する。


「待て。お前が戦う必要はない。儂の部下達にすぐに現場に行かせる。お前はもう戦わなくてよいのだ。お前はセドリック殿とここにいろ。お前は──()なのだから」

「ッ!!」


 それはレインザックの口癖のようなものだった。デュナミスはグッと拳を握り締める。一歩も動こうとしないデュナミスにレインザックはため息を吐いた。


「何回も言っているだろう。儂は……お前の母、ディリアを失ってから、お前をもう戦わせないと誓ったんだと」

「それは父上の中での話です。私の意思ではない。それに母は父上にも並ぶ優秀な騎士だったはず。なら、私だって!」

「お前の言う通りだ。確かにディリアは素晴らしい騎士だった。だがそんな彼女でさえ魔族との戦闘であっさりと命を落とす。……儂の目の前でな」


 レインザックの大きな手がデュナミスの両肩に乗った。ずっしりと彼の腕の重みがデュナミスを締め付ける。


「だから儂は……絶対にお前を戦わせない。お前がなんと言おうともな。お前はセドリック殿と結婚し、女としての幸せを掴むんだ。裕福で安全な場所でな」

「……ッ!」


 父の気持ちは理解できる。だからこそデュナミスは父がそう望むならと、大好きな桜を突き放した上でセドリックの婚約者になることを了承した。


 だが──先日のハロウィンパーティで思い知らされた。目の前で桜にあんな大怪我を負わせてしまった。自分は間抜けに転んで何もできなかった。守れなかった。

 その時、デュナミスは思い出したのだ。自分が騎士を目指しているのは誰かを護るために戦う両親のような強い人間になりたかったからなのだと。


「……誘拐されたサクラは私の初めての友人です。私は今まで周囲の求められるままに、流されるままに自分を演じてきたところがありました。本当の自分はもっと臆病で優柔不断な未熟者だと自覚していながらです。父上を含めて、周りを失望させるのが怖かったから……」


 デュナミスは目を瞑る。瞼の裏に天真爛漫な桜の笑顔が浮かんだ。それと同時に初めて「友達になろう」と桜が言ってくれた時、どれほど自分が嬉しかったのかも思い出した。


「サクラは……初めて嘘偽りない私を受け入れた上で大好きだと笑ってくれた人なんです。私がなにか失敗しても失望するどころか手を差し伸べ、助けてくれる。サクラのおかげで私は自分のやりたいことや思っていることを素直に主張できるようになってきたんです。だからサクラは……私の光と言ってもいい。それくらい大切な人です」


 だからこそ──デュナミスはレインザックを見上げる。もうその瞳には一切の迷いもない。優柔不断な自分は今切り捨てた。

 

 ──この想いは別に実らなくていい。ただサクラの傍にいたい。ずっとあの、花のような笑顔を一番傍で護りたい。ただそれだけが、私の──


「父上。私はやはり騎士になります。誰かに守られているだけの未来はいらない。私の夢は、貴方や母上のような強い騎士になって、大切な人を守り抜くこと。それのみでございます!」

「デュシー……!」

「いくら父上の命令でもこの夢は捨てません。少なくとも私がデュナミス・アンドレイヤである限りは」


 その時、再びデュナミスの私室のドアがノックされる。部屋に入ってきたのはセドリックだった。彼はデュナミスの恰好を見るなり、キョトンとする。


「デュシー? どうしたんだい、その恰好は!? 僕が渡したドレスは気に入らなかったかい?」

「セドリック様、」

「君にその……男性のような恰好は似合わないよ。君はせっかくこんなにも美しいんだから。そんな野蛮な剣()()()捨てて、僕の胸に飛び込んで……」


 セドリックはギョッと目を見開かせる。デュナミスとレインザックの顔に怒りが滲んでいることに気づいたからだ。


「こ、こほん! 今のは少し失言だったからな。でもこれは君を心配しているからだよ! 君は大人しく僕の腕の中で守られていればいい」

「……れ」

「え? なんて言ったんだい? 僕のスウィート……」

「黙れと言ったんだ。このクソヘタレ野郎」

「へ!?!?」


 セドリックの胸倉を掴んでそう言い残すなり、デュナミスはスタスタと部屋を出て行ってしまった。


「な、なんだ今の口のきき方は! 未来の主人である僕に向かって!! ちょっと義父上! アンドレイヤ家の躾はどうなっているんです!?」


 数秒ポカンとした後、我に返ったセドリックは困ったようにレインザックに視線を移す。

 しかしその瞬間、唇が思わず引きつってしまった。蛇に睨まれた蛙のように、レインザックの殺意剥き出しの威圧を浴びて、失禁してしまいそうになる。


「これは失礼。どうやらデュシーは()()な貴方とは釣り合わないようだ」

「はぁ!?」

「婚約破棄の書類は後程そちらに送りましょう。今後一切儂のことを義父上と呼ばないようにお願いしたい」


 呆気にとられるセドリックを屋敷からさっさと追い出し、レインザックは客間に飾られている巨大な絵画を見上げる。

 それは亡きデュナミスの母であり、レインザックの妻であるディリアの似顔絵だ。


「……子の成長がこんなに早いとは思わなかったぞ、ディリア。儂は……儂自身の理想をあいつに押し付けてしまっていただけに過ぎなかったようだ」


 悲しいような、嬉しいような。そんな複雑な思いを胸に抱き、レインザックは熱くなった目頭を指で押さえた。

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