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59:せっかくのハロウィンなのだから貴女と楽しみたい!【桜SIDE】

「サクラはハロウィンにどんな衣装を着る予定なんだ?」

「ハロウィン?」


 今日受講する予定の授業が全て終わり、女子寮へ帰る途中。デュナミスがそんなことを言ってきた。

 ハロウィン。なんだか懐かしい響きである。前世でもそんなイベントがあったような……。私がぼんやりそんなことを考えていると、デュナミスが「なんだ、知らないのか?」と目を見開かせた。


「ハロウィンというのは敢えて魔族の恰好をすることによって厄を追い払う重要な伝統行事だぞ。昔、とある辺境の村人達が悪魔に襲われた際、敢えて獣の皮を被り全身に血を浴びたことで悪魔を追い払ったという御伽噺に倣ったらしい。まぁ厄払いとは言っているが、実質ただの仮装パーティだな。だが毎年大臣や陛下まで来賓されるので盛り上がる」


 そういえば、とふと思い出す。ときファンでもハロウィンは目玉イベントだったことを。全キャラクターのハロウィン衣装が公開されたり、グッズが発売されたり、個別ストーリーが解禁されたり……。特にハロウィンのレックス様の個別エピソードは本当に素敵だったんだよなぁ。衣装を揃える為に二人きりで街で買い物をしたんだっけ……。思い出すだけでうっとりしちゃう。

 しかしここで、曲がり角の向こうから誰かが話している声が聞こえてくる。この声は間違いない……リリスの声だ。誰と話しているんだろう。会話の邪魔をしないようにと、こっそり聞き耳を立ててみた。すると──


「──貴女の神経を疑うわ。あんなことがあったのに、まだこの学園にいるなんて……」

「まさか貴女、今度のハロウィンに参加するつもりじゃないでしょうね? あのへっぽこ下品女といい貴女といい、この学校の恥だという自覚がないのかしら」


 ──そんな戯言が聞こえてくる。覗けばトリトンとマキティを筆頭とする女生徒達がリリスを取り囲んでいるではないか。ちなみにトリトンとマキティとはデュナミスのファンであり、ローズに酷いことを言ってきたあの意地悪な女子二人である。そんな彼女達に睨まれている当のリリスは物怖じしていなかった。真っ直ぐ彼女達と向き合っているように見える。


(わたくし)の事は何を言ってもかまいません。それだけの事を今までしてきたのですから、受けとめます。……ですが、貴女達がサクラを侮辱するのは赦しません。あんなに純粋で心優しいあの子を“恥”だとおっしゃるならば、私一人に対して大勢で迫るような卑怯な貴女方はそれ以下の存在ということになりますわね」

「ッ! なにを、言って……! 貴女にはそんな生意気なことを言える立場も権利ももうないでしょうに! もう貴女はレックス様の婚約者でもなんでもないくせに──!」


 ……と、ここでトリトンが手を振り上げた。私はそれを見た瞬間、呼び止めるデュナミスの声を無視して走り出す。そうしてリリスの前に立ち塞がり、トリトンの平手打ちを頬で受けとめた。バチンッと皮膚と皮膚がぶつかる音が廊下に響く。私はそのまま頬を殴ったその腕を強く握った。女生徒達が突然現れた私に戸惑っている。


「──私の、()()()に、何してるの」

「い、いたいっ……」


 トリトンが怯えていた。私の怒りをはっきり感じ取ったようだ。

 ……あれ、私は一体どうしてこんなに怒っているんだろう? こんな公衆の面前でリリスを「婚約者」だと認めてしまうほどに、どうして動揺しているんだろう?


 するとマキティが声を震わせながらも、性懲りもなく私に嫌味をぶつけてくる。


「こ、婚約者ですって!? 本気でおっしゃってますの!? 貴女達、自分の性別はお分かりになって? 女性同士の恋愛なんて上手くいくはずがありません! 普通じゃありませんわ! 貴女達って本当に気味が悪──」

「そんなことはないと思うよ」


 マキティの罵倒は最後まで放たれることはなかった。デュナミスが彼女達の前に現れたからだ。デュナミスのファンである女生徒達は彼女の登場に思わず後ずさる。デュナミスは厳しい瞳を彼女達に向けていた。


「私は誰かを魅力的に感じることに性別など関係ないと思うぞ。君達は少々凝り固まった価値観を持っているようだな。そんなつまらないもの、さっさと捨ててしまった方がいい。……なぁ、そうは思わないか?」


 そこでデュナミスはそっとマキティの顎を支え、彼女を一心に見つめる。そしてやけに色っぽい表情を浮かべた。そんな百合の花を連想させるような彼女の美貌に女生徒達全員がうっとりして腰を抜かしてしまう。私達はその隙に私とデュナミスの私室へ駆け込んだ。


 部屋に入ると、ひとまずリリスを座らせて話し合いをすることにした。私達はリリスから詳しく話を聞く必要があった。トリトン達のリリスへの「ちょっかい」はもしかして私が知らない所で頻繁にあったんじゃないのか。しかし質問してもリリスは私から目を逸らして答えてくれなかった。そのためリリスの代わりにサラマが答えてくれる。


『あの女ども、リリスが一人になる時間を狙っていつもああやって吹っ掛けてきてたんだ。その上連中、目障りだからハロウィンパーティに出るなってしつこくてよ。リリスがお前らには内緒にしてくれって言うから今まで黙っていた……』


 私は唇を噛み締めた。どうして言ってくれなかったの。そんな答えの分かり切った言葉は飲み込む。きっとリリスの事だ、私達に迷惑をかけたくなかったのだろう。目を伏せる彼女を見つめ続けた。


「リリス、これからそういうことはちゃんと私達に相談してほしい。迷惑なんかじゃないんだからね。ハロウィンパーティだって勿論一緒に、」

「私は──ハロウィンパーティには参加しないつもりですわ」


 リリスの言葉に私とデュナミスは両目を見開かせる。リリスは苦笑した。


「そもそも衣装を買うお金がないわ。今のミルファイア家の財産は国に預けているのだから、そんなものに使えません。……それに私のような嫌われ者がパーティに参加するなんてとても。楽しい会場の雰囲気に水を差してしまいます……」


 そう言う彼女の笑顔は弱弱しく思える。チラリとサラマを見た。彼は強く頷く。それを確認してから私は思いっきりリリスの両頬を抓った!


「いっ!? ──な!? 何をしまふの!?」

「私、ものすごく怒ってるんだからね。リリスが何も言ってくれなかったこと」

「っ!」


 なんとなく今の顔を見られたくなくて、私はリリスの肩に顔を押し付ける。存外揺さぶられている私の心を見破られたくなかった。


 ……ああそうか私、リリスに頼られなかった自分に嫌気がさしているのか。

 でも変だな。それでもこんなに動揺するはずがないのに。リリスの「婚約者」だということを大勢の前で強調するなんて私らしくないのに。

 それでも自分の事よりも私が罵倒された事に対してはっきりと怒ってくれたリリスを見たら、なんだか……。


 私は素直に自分の気持ちをリリスにぶつける。


「私は、リリスがいてくれないとハロウィンパーティ楽しくないよ」

「っ、サクラ……」

「衣装だって私がなんとかするもん。おばあちゃんからもらったお小遣いもコツコツ貯めてあるんだから! だから、リリスには一緒にハロウィンパーティに参加してほしい。じゃないと嫌だっ! 絶対に嫌だからね!!」


 自分でも子供みたいだなって思った。するとリリスがそっと私を抱きしめてクスクス笑う。それが心の底からの笑顔だって、サラマを通さなくても分かった。


 その後、私の私室に返ってきたローズによって私達は引き剥がされたのだが──その時の騒動のせいで私は気づかなかったのだ。


 ──デュナミスが泣きそうな表情を浮かべて、私を見ていたことに。

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