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53 せっかくゴブリン達と仲良くなったのだからお菓子を作ってみる。【蓮SIDE】


 オディオ領に保護されているゴブリン達と出会ってから一カ月。俺は休日があれば毎日オディオ領に足を踏み入れていた。せっかくゴブリン達と仲良くなったのだからもっと彼らの事を知りたいと思ったからだ。彼らは妖精同様甘いモノに目がないらしいので、今日は彼らの為にお菓子を作ってみた。

 いつもの時間に馬小屋に行けば、オディオが天馬を撫でて俺を待っていてくれている。ちなみにレックスは今日も用事があるとのこと。今日もオディオ領に行くというと少しだけ不機嫌になっていた。よく分からん。


「オディオ先輩! お待たせしました!」

「遅かったですね。何か用事でも?」

「用事というか……お菓子を作ってきたんです」

「お菓子ですか」


 オディオは俺の腕にぶら下がっているバスケットを一瞥すると、頬を緩める。オディオ領に足を踏み入れてから、こいつも大分俺のことを信頼してくれたようだ。その証に初対面みたいな仏頂面は見せなくなったというか、こうしてよく微笑むようになった。表情が全体的に柔らかくなったというべきか。


「あいつらも喜ぶと思います。朝早く起きて用意してくれたんですよね。ありがとうございます、レン」

「! い、いえ。あ、オディオ先輩の分もちゃんと作ってきたので食べてくださいね」


 そう言うと、オディオはそっと顔を背けて「し、仕方ないですね」と天馬に乗った。素直じゃないやつ。俺はそう心の中で呟きつつ、オディオの後ろに乗せてもらう。

 オディオ領のビルゴの森に着けば、ゴブリン達がすっかり顔なじみになった俺を歓迎してくれる。ゴブリンやオークの子供が俺の足に抱き付いて、俺のバスケットを指差した。


「レン! レン! ソレハナニ!? 甘い匂いガスルヨ!」

「御名答。お菓子作ってきたんだ。皆で食べよう」

「オ菓子!? ヤッター!!」


 全身を使って喜びを表現する子供達に微笑まないわけにはいかない。

 そのまま子供達の案内で、ゴブリン達の村の広間に向かう。そこに布を敷き、村を巻き込んでの茶会の始まりだ。魔族達にクッキーを一枚ずつ配ってやると皆ありがとうありがとうと俺に頭を下げてくれる。人間の貴族達よりも礼儀正しいな。すっかり空になったバスケットを見つめ、俺は満足げに頷いた。


「次はもっと沢山クッキーを焼いてきますね。あぁ、オディオ先輩にはこれを」

「……これは?」


 俺は布で包んだクッキー数枚をオディオに渡す。これで俺が作ってきたクッキーは完売である。


「オディオ先輩()()のクッキーですよ。甘いの苦手そうだから少し苦くしてみたんです」

「専用、ですか……」

「あ、い、嫌でしたか?」

「いいえ。むしろこれは……なんというか、心がくすぐったいですね」


 そう言ったオディオの顔はやはり俺から背けられていて見えない。こいつ、よく俺から顔を背けるなぁ。まぁ嫌ならはっきり言うだろうし、嫌ではないんだろうけど。変なの。

 その後、魔族の子供達に誘われて俺は鬼ごっこをする。久しぶりに思い切り遊んだような気がした。学校じゃ周りは貴族達ばっかりだからこうして騒ぐのは本当に気持ちがいい。しかしその途中、視線を感じたのでそちらを見ればオディオが俺の方をぼんやりと見ていた。俺はニヤリと口角を上げる。


「──おい皆! オディオ先輩も一緒に遊びたそうにしているぞ!」

「!! なっ!」

「オディオモ! オディオモオイデヨ!」


 「余計な事言うな」と言いたげなヤツに俺は舌を出した。するとオディオはそれにカチンときたらしく、わなわなと震えながら立ち上がる。


「いいでしょう……しかし僕が鬼です! もし僕に捕まったらクサイフラワーの匂いを嗅ぐというペナルティですからね!」

「「!?!?」」


 俺と魔族の子供達は唖然とした。クサイフラワー。それは文字通り超絶臭いビルゴの森に映えている花である! なんていうか、一カ月風呂入っていない人間の脇の匂いと赤ちゃんのうんこの匂いを混ぜたような匂いがするというか……とにかくオディオに捕まれば今日一日は鼻が拒否反応を起こして機能しなくなるのは間違いない! 俺達は全力でヤツから逃げた。オディオはいつものクール気取りは何処へ行ったのやら、凄く楽しそうだった。多分、こちらが素なのかもしれない。


「はぁ、はぁ……やりますね、レン」

「当たり前です……俺は一応森で育ちましたから……はぁ、はぁ……」


 ── 一時間後、ついに俺達は体力がつきた。魔族の子供達はまだまだ余裕のようだが人間の俺達はギブアップだ。オディオと息を荒げながら布の上に仰向けになる。オディオは珍しく眼鏡を外していた。こうしてみると流石攻略キャラ。乱れた髪に普段見えない眼鏡オフ顔がとっても絵になっている。思わずまじまじ見るとオディオは眉を顰めた。


「何を見ているのですか。僕の顔に何かついていますか?」

「いえ。美形だなと思いまして」

「はぁ? ……美形など、レックス様で見慣れているくせに」

「はは、それもそうですね。一学期からずっと一緒ですからね」

「…………、」


 オディオは少し不機嫌そうに目を伏せる。おっと、これは地雷だったか? 一応こいつ側近候補だし、レックスの傍に俺がいるのは気に食わないんだろう。失言、失言。するとオディオはそっと俺の顔を覗きこんでくる。


「……、君みたいな人が十年前にいてくれたら、僕も過った道に進まなくてよかったんでしょうね」

「! オディオ先輩? それはどういう──」


 しかし、その時だ!

 一人のゴブリンが俺達の元に走ってきた。その様子から緊急事態のようだ。


「オディオ、大変ダ!」

「……何があった? まさか、」

「魔族狩りダ! 魔族狩りガ、オグルノ大森林デ……! 今、ソスカラスガ届イタンダ!」


 それを聞くなり、今まで穏やかだったオディオの顔つきが豹変した。

 その瞳に宿ったのは明らかに殺意。俺はゴクリと唾を飲み込んだ──。

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