46 せっかく妖精学の授業をとったのに先生が見覚えありすぎる。【桜SIDE】
「んむぅ……。……?」
なんか息苦しい。そう思って私は目を覚ました。朝起きが苦手な私でも、この息苦しさには目を覚ますしかなかったようだ。目を開ければ私の顔を襲う謎の柔らかい──
「──おはようサクラ! 随分お寝坊さんなのね」
「んむ! んむうむう!!」
「あら? なんて言っているのかしら」
「そ、その前にサクラから離れろ破廉恥女王! お前の胸でサクラが窒息死してしまうだろう!」
相部屋のデュナミスがすぐに私をローズの乳から救ってくれた。やっと口が解放された私は思い切り酸素を味わう。デュナミスが心配そうに私の頭を撫でた。
「だ、大丈夫かサクラ?」
「う、うん。ありがとうデュナミス。もう少しで乳で死ぬところだったよ」
「あーん! ワタシのサクラを取らないでよ~」
「サクラを窒息死させかけときながら何を言っているんだ!」
ローズはそんなデュナミスに頬を膨らませると、ピシャリと窓を開ける。
私はローズにどこに行くのと尋ねた。
「そういえば用事を思い出したの。サクラとあっと言わせるサプライズがあるんだから!」
「あ、ローズ!?」
そのまま寝室の窓から飛んでいくローズ。私とデュナミスは顔を見合わせた。
「ローズの用事だって。デュナミス、心当たりある?」
「いや、ないな。まぁ、あの気まぐれな妖精女王のことだ。きっとしょうもないことだろう。それよりもサクラ、髪を梳いてやるから早く制服に着替えるといい」
「はーい」
制服を着た後、やけに幸せそうなデュナミスに髪を梳いてもらいながら私は今日受ける授業の確認をする。夏休みのうちに事前に選択していた授業はたしか魔法言語学と魔法遊戯学、魔法陣学と悪魔学と……あ、今年の二学期から急遽始まることになった妖精学もあるな。ローズと契約したこともあって、妖精のことをもっと知りたいと思ったから選択した科目だ。多分これはデュナミスとリリスも一緒に受けるだろう。妖精のことを知ることは魔法を使う上でとても重要だし、きっと人気の科目なんだろうな。
そうして準備を終えた私とデュナミスは女子寮のロビーでリリスと合流すると、さっそく妖精学の授業へ向かった。妖精学の授業は薬草学の授業同様、フックの森で行うようだ。移動式魔法陣で森に行けば、木製の長椅子が綺麗に並んでいた。どうやらここで授業をするらしい。私を真ん中に三人でその長椅子に座る。
「そういえば妖精学の先生って見たことある? 二学期から突然始まったことになったらしいけど」
「いや、見たことないな。おそらく新任教師だろうが……それか魔法生物学のガーネット先生が兼任するのかもな」
「でもガーネット先生は対魔魔法学も兼任してますわよ。ハードワークすぎるわ」
「じゃあやっぱり新しい先生かぁ」
一体どんな先生なのだろう。せっかくなら仲良くなりたいなぁ。ガーネット先生は凄く厳しい先生だけど授業が終わったらこっそりお菓子くれるし、スルーマ先生に至っては授業がたまにお茶会になる。……楽しみだ!
すると授業を知らせる鐘の音が聞こえる。妖精学の授業を受ける生徒は私達も含めて三十人にも満たなかった。思ったより人気がない。私は首を傾げた。
「ハァーイ! 皆さん! おはようございます!」
「「「!?」」」
な、なんか聞き覚えあるようなないような……。い、いや、気のせいだよね。デュナミスとリリスも顔をひくひくさせている。そうして、なんと空から花を散らして現れたのは──
「今日はお披露目会ということで、ワタシ張り切って登場しちゃいました! イエーイ! サクラー! びっくりした!? びっくりした~!? サプラーイズ!」
「──ローズぅ!?」
私は思わず立ち上がる。顔が熱くなった。周りの視線が痛い。すぐに座るものの、なんだこの身内がやらかしちゃったみたいな恥ずかしい感じは!!
しかも今のローズの服装はいつもの葉っぱや花でできたものではなく、ちゃんと布でできた黒スーツだった。しかし豊満な胸をシャツが抑えきれずに谷間が見えてしまっているし、タイトスカートから色気溢れる太ももがその本領を発揮している。後ろから「いい……」という男の子の声が聞こえてきた。
ローズはそっと地面に降りるなり私を抱きしめる。
「サクラぁ! ワタシ、先生になっちゃいました! 教師と生徒の禁断の恋ってすっごく素敵ネ! どう? どうデス!?」
「ちょ、ちょっとローズ! ちゃんと授業して! は、恥ずかしいよぉ!」
「もう! 分かってます。ワタシはこれでも妖精女王。ちゃんと給料分の授業はするつもりよ」
……ほんとかなぁ。私はえっへんと胸を張るローズに疑いの目を向ける。
しかしローズはその後、意外にも真面目(?)に「妖精への挨拶の仕方」という基本的なことから教えてくれた。自分の契約した妖精とペアになって実践していく形式だ。
「まず妖精と仲良くなるには礼儀は大事デース! 妖精と出会ったら、頭を下げて妖精語で挨拶を。人間の言葉でもいいですが妖精語の方が妖精達も安心ネ!」
「……いい授業だな。実践的で、役に立つ知識だ」
デュナミスが私にそう囁く。妖精とのコミュニケーションに悩んでいたリリスは「もっと早く知りたかった知識ですわ」と苦笑していた。
私は生徒達に妖精の生態を生き生きと話すローズを見つめる。
──あの気まぐれなローズが先生、か。なにか思うところでもあるのかな……。
──まぁ、ローズが楽しそうならそれでいいんだけどね。
そう思って、私もローズの授業に集中した──。




