45 せっかく二学期が始まったのにやっぱり混沌すぎる。【蓮SIDE】
「──今、ここにエボルシオン学園第二学期が始まることを宣言する!」
そんなレックスの言葉と共に、エボルシオン学園の生徒達がグラスを掲げた。乾杯の音が会場に響く。
会場の隅で俺はグラスのジュースを喉に流し込んだ。
「……ぷはぁっ! あーあ、夏休みもあっという間だったなぁ……。つか、レックスのやつまたあんなに囲まれてるよ」
「あぁ、相変わらずレックス様素敵……!」
頬を染めてレックスを見つめる桜。どうやらレックスと結ばれるというのは諦めたものの、一応推しであることは変わらないようだ。短くなった桜の髪に若干複雑な気持ちになる。しかしその時、デュナミスが俺の腕をちょいちょい引っ張った。
「お、おいレン! あればど、どどどういうことだ!」
「どうって何がだよ?」
「あれだあれ! 桜のことだ!」
デュナミスが桜を指差す。その先ではリリスが桜の口に肉料理を運んでいるところだった。しかもリリスに対抗するようにローズもデザートを桜にあーんしている。ふむ、デュナミスが戸惑うのもわかる。夏休み中ずっとあんな感じだといえば、デュナミスは涙目になった。
「くっ! やはり剣の稽古をサボってでも私もサクラの家に押し掛けるべきだったか! 一か月ぶりに会えたと思ったらあんな鉄壁ができているとは思わなかった! あれではサクラの左右ががっちり埋まってしまって私のポジションがなくなっているじゃないかーっ!!」
「ぐえっ」
デュナミスは俺の胸倉を掴むと、ぶんぶん振り回す。くそっ! そんなの知るか! むしろ俺だってそれを聞きたいわい!! つかなんとなくそうだろうなとは思ってたけどデュナミスも桜に百合的な感情をお持ちなのか!? あいつの女たらしスキルちょっとは俺に分けてくれないかな!?!?
「あーもう! 俺に八つ当たりするな! 桜に直接言えばいいだろうが!」
「はぁ!? い、言えるか! この誇り高きエボルシオン騎士団長の娘である私がそんなこと──」
「桜~デュナミスが桜に構えないから寂しいってよ~」
「き、貴様ぁああ!!!」
桜がデュナミスをキョトンと見る。その瞬間、リリスとローズがぎゅっと桜の左右を塞いだ。デュナミスにポジションを取られないためか!! 女怖い! 桜は一体どうするんだ……。
桜はしばらく考えた後、黙って両手を広げる。デュナミスはそんな桜の意図に気づいたように一瞬で桜の胸の中に飛び込んだ。いつの間に移動したんだデュナミス!?
しゃがんで桜の首筋に顔をうずめるデュナミス。おいおい、誇り高きエボルシオン騎士団長の娘はどこにいったんだよ……。「あぁあああ一か月ぶりのサクラの匂いぃいい」とかなんとか言ってるけどあいつあそこまで変態臭かったか? つか、俺としてはあんまり桜を甘やかしてほしくはないんだけどなー。
そこで俺は先ほど飲んだジュースのせいか、尿意を催した。
こっそり会場を抜けて、人気のない廊下を歩く。あそこまで騒がしい桜の傍にいるとその静けさも強調されるものだ。さっさと済ませて戻ろう。そう思っていた矢先──
「んっ、あ、駄目よオディオ様……」
「!?!?」
艶めかしい声に俺は反応する。なんとなくデジャヴを感じた。もしかしてこれって……。
廊下の壁にピッタリくっついてそっと曲がり角を覗く。
「──駄目? 人気がないのにですか?」
「っ!」
俺はあんぐりと口を開ける。だってそこにはあのオディオが女の子を壁に押し付けていたからだ。あいつ、夏休みも違う女性とキスしてたよな!? インテリ眼鏡のくせに女癖悪いのかよ!?
「ここは嫌です……せめてどこかの空き部屋で……」
「そうですか。まぁ、貴女がそう言うなら僕は構いませんが」
いや、よくねぇよ! 俺に大迷惑だよ! まぁ、ここから去ってくれるならなんでもいいか……って、あれ? なんかこっちに向かってきてないか?
しまった。そう思った時には手遅れだった。オディオと女の子とばったり対面してしまう。刹那、女の子が顔を真っ赤にして俺の横を走って通り過ぎてしまった。オディオはそんな俺に眉を顰める。
「……貴方のせいで獲物が逃げてしまいました。どういうつもりですか?」
「は、はぁ!? そんなの知るか! 会場からトイレの通路で口説く方が悪いと思うけどな! ってか、女の子を獲物扱いなんて最低だ!」
「口の利き方に気をつけなさい。僕は先輩ですよ。君は礼儀というものを知らないのですか?」
「うっ」
そうだった。確かにこいつ先輩だ。……まぁ、それは俺が悪いな。礼儀はちゃんとしないといけない。
「……、申し訳ございません、オディオ先輩」
「! ……ふん、まぁ素直なのはいいことです。次からこういう場面にでくわしたら静かに立ち去ることですね。レックス様の婚約者さん?」
「こ、婚約者ではありません! それに言わせてもらいますけど、俺は貴方が大嫌いだ。夏休みの舞踏会でも女の人とキスしてましたよね!? オディオさんがそんな女性を弄ぶような先輩だとは思いませんでした」
「……へぇ、アレを見ていたんですか」
オディオは口角を上げると、俺に体を向ける。そうして眼鏡を掛けなおし、そのレンズの奥から俺を見下ろした。流石恋愛ゲームの攻略対象というべきか、こいつも身長高いな。ちょっと悔しい。
「ではそれは内密にお願いしますねレン君。まぁ、君は釘を刺さなくても言わない性格のようですけど」
「……!」
「あぁ、それともう一つ。僕も貴方のことが大嫌いです。特にその──この世の穢れを知らないよう瞳がね」
オディオは去っていった。俺はその後ろ姿を睨みつける。
……後で桜にあいつには近づくなって言っておかないとな。




