32 せっかく助けてもらったのにこんなのあんまりすぎる。【桜SIDE】
『駄目よ? その子はワタシが狙ってるんだから!』
「──ハ?」
一瞬だった。突然現れた光の勢いでリリスの身体が吹き飛び、太い木の幹に突進していったのだ。そのままリリスはズルズルと下に落ちる。私は生理的な涙が流れるのを感じながら、ポカンとした。
「──あ、あぁ、あな、たは……」
『大丈夫? 危なかったわね、サクラ』
そう言って、私の額を撫でてくれるのはあの妖精女王だった。どうやら助けてくれたらしい。私は小さな妖精女王を手のひらに乗せて、頬ずりする。
「あ、あ、ありがとうぅ……本当にありがとう……うっ、怖かったぁ……っ」
『あらあら、泣かないでサクラ。もう大丈夫よ。ワタシが守ってあげるわ』
妖精女王は私にウインクすると、リリスの方へふわふわ飛んでいった。そしてリリスの胸に触れる。私はハッとなって腰が抜けて四つん這いになりながらもリリスに近づいた。
「ふぇ、妖精女王様! リリスは!? リリスはどうなってるの!? 私の大切な友達なの!」
『安心してサクラ。この程度の雑魚ならすぐに追い払えるわ。ふふ、サクラの前だからちょっと張り切っちゃうネ!』
そうすると妖精女王の手が虹色の輝きを帯び始める。その輝きがリリスに伝染し、リリスの全身に駆け巡っていった。その輝きに反応するように、彼女の中で何かが暴れ始める。彼女の身体が先程のように大きな痙攣を起こしたのだ!
「リリス様!!」
『手を握ってあげて。相当辛いはずよ』
私はその言葉に頷き、すぐにリリスの手を握りしめる。リリスが痛いっていうくらい、強く強く。次第に彼女の額に不自然な汗が滲んできた。
「う、ぁ、うぅっ……」
「リリス様! しっかりして! 戻ってきて!!」
リリスの身体が苦しそうに踊る踊る。意識はないものの、低い声で唸るリリスの表情は悲惨なものだった。私はそれを見るのが辛くなって、泣きながら痙攣する体を抱きしめる。
──お願い! もうこれ以上リリスを苦しませないで──!!
するとその時だ。リリスの口がこれでもかという程大きく開く。そして──そこから蠢く黒い煙が凄いスピードで出てきて、木々にぶつかりながらもどこかへ去ってしまった。あれがきっと悪魔の本体だったようだ。リリスの呻き声がピタリと止まった。つまり今のリリスは……。
『この子はもう大丈夫デース! ワタシの光の力を身体に流して隅々まで綺麗にしたわ。悪魔の滓も残っていないはずよ』
「あ、ありがとうございます妖精女王様!」
私はリリスの身体を抱いて、自分の胸の中にきゅっと押し込んだ。
……よかった。本当によかった!!!
「──、……ん……? あら、ここは──」
「! リリス様!」
リリスが私の声で目を覚ます。リリスは私を見るなりキョトンと瞬きを繰り返した。
「え? サクラ? 貴女、どうして泣いていますの? というかここは一体……?」
「り、りりずざまぁ」
「きゃあ!!? な、なななななちょっとサクラ! 私に頬ずりする前にその鼻水をどうにかしなさい! 汚いわよ!!」
「ふふ、いつものリリス様だぁ……」
リリスはニヤニヤしてしまう私に訳が分からないと顔で語っている。私はとりあえずリリスに今まで起きたことを話した。そうするとリリスの顔が青くなる。
「そ、そうですわ! そうよ! 確か、お父様に呼ばれて自宅に戻ったら……お父様が悪魔を召喚していて、その悪魔に私は……!!」
くらりとリリスの身体が揺れる。私が慌ててそれを支えた。リリスのお父さんがあの悪魔を召喚してたってことか。それにリリスは巻き込まれた、と。私はほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、リリスは悪魔を召喚してなかったんだね……」
「! それは……そうですわよ。──だって貴女と約束していたでしょう」
リリスがぷいっと顔を背けてそう言った。私は思わず顔の頬がだるんだるんに緩んでしまう。そこで、妖精女王が「仲間はずれは嫌デス!」と私とリリスの間に割り込んできた。
『もう、せっかくこの子の治療が終わったのに! ワタシを除け者にするなんてヒドいネ!』
「この子?」
妖精女王がそっと腕で方向を示す。その先を辿っていけば──真っ赤な妖精がぐったりと葉っぱに包まってで眠っていた。それはリリスの相棒のサラマだった。
「サラマ!」
リリスがその小さな身体を抱きしめる。そして妖精女王に頭を下げた。妖精女王には本当に頭が上がらない。リリスと私で何度もお礼を繰り返すと、妖精女王が慌てて私の口を塞いだ。
「も、もう! 流石にそんなにお礼を言われたら照れちゃうわ。それよりもいいのかしら。あの悪魔を野放しにしてはおけないでしょう? この森の妖精達は私が避難させているから大丈夫でしょうけど、今この森には学園の生徒達もいるのよね?」
「っ! そうだった! 手遅れになる前に早くあいつを追わないと!」
もしかしたらレックス様や蓮にも魔の手が及ぶかもしれない。そんなこと、絶対にさせるもんか!! 私はそう心の中で叫び、悪魔が去っていった方向へ全力で走り出した──。
***
──ニゲロニゲロニゲロ!!!
──ナンダよ!? あんな化け物いるってキイテナイよ!
──一瞬、本気でジョウカされたカと思っタ……!!
木々の隙間をかいくぐって、悪魔は進む。魔力リソースも依り代も失った悪魔は時間が経てば消えてしまう存在だ。故に、死に物狂いで己の糧となる何かを探していた。
そこで。
──イキモノ見つけた!!
悪魔は魂の匂いを辿って、そちらに直角に曲がる。そうして進んだ先にはやけに凶暴化したキメラが悪魔に威嚇していた。悪魔は心の中で舌打ちする。
──チッ、ニンゲンじゃないか。しかもオレの匂いヲ事前に感じ取っていたノか気が立っている。まぁいい、ひとまずその場しのぎダ!
悪魔はこちらに向けて吠えるキメラの口から体内へあっさり侵入する。そうするとキメラは己の中に居座る異物を追い出そうと暴れ出すが──数分もすればその場に倒れピクリともしなくなる。そのすぐ後、悪魔がキメラの口から飛びだしてきた。
──魂がオレに融合するマデ時間がカカル! 早く次の獲物を探さねバ!
すると悪魔は近くに新たな生命反応を二つ感じ取る。すぐにそちらに舵を切った。
──シメタ! これは人間ダ! 間違いナイ!
──しかも片方のタマシイは弱っていてカンタンに食えそうダ!
進む進む。己の獲物へ目掛けて。
そうして悪魔は辿り着いた先で、無事にある人間の魂を喰らうことが出来た。
その人間の名前は──
「──レン!!! おい!!! しっかりしろ! レン!!!」




