17 ──ちゃんと休んで欲しすぎる。【蓮SIDE】
レックスは俺の踊りで散々笑った後、手作りのパンも見事完食してくれた。そうすると、彼の瞼が次第に重くなってくる。これを俺は狙っていたのだ。レックスに寝てもらうこと。それがレックスにとって一番いい休日の使い方だと思った。だから一日という長い時間をもらったわけだし。大体働き過ぎだこいつは。
「……、う、ん? 犬、なんだか、眠くなって……」
「ここ最近眠っていないからでしょう。ほら、クッションを枕にして眠ってください。布広いんで、レックス様が寝転がってもはみ出しませんよ」
「……これは固い」
なに子供みたいなこと言ってんのこいつ!? しまった、枕も持ってくればよかったか? いやでもな……流石に枕は汚れたら嫌だし。
俺がそう困り果てているうちに痺れを切らしたのか、レックスは俺の腰に腕を回して自分の方に寄せた。
「!?!? ちょ、なにして、」
「これで我慢してやる」
うげぇぇぇええええ!! なにしてんだこいつ! こ、ここここここれって世間でいうHIZAMAKURAってやつではないのではんあなななないかね(※混乱中)!? 男同士でやる意味ないだろ!
「れ、レックス様! 俺の膝なんて固いし、」
「…………、」
え、もう寝てないかこの王子。嘘だろ、どんだけ疲れてんだよ。
顔を顰め、目を瞑るその寝顔はいつもよりほんの少しだけ子供っぽく見えなくもない。
まだ十五歳だぞこいつ。なのに、国の将来なんて残酷なもの背負わされてよ。そりゃああやって休む暇もなく頑張るしかないじゃないか。可哀想どころじゃねぇ。
……生まれる時から、大人の都合で振り回されて、息苦しかっただろうな。
「──しっかり休めよ、王子サマ」
俺は桜にしてやるように、レックスの頭を撫でてやる。そうすると、きつく寄せられた眉がすぅっと緩められた。思わず俺の頬も緩まってしまう。
すると妖精達が眠っているレックスの上に自分達の羽から溢れる粉をかけ始める。
「なにしてんだ?」
『この人、悪夢に怯えているから~私達の粉でいい夢に変えてあげるの~』
「へぇ、そんなことも出来るのか。ありがとな」
『──こほん!』
「!」
気を引かせるためのわざとらしい咳に俺はその音の主を探す。視線が目の前にいる執事みたいな服を身につけた妖精に辿り着いた。なんだこいつ、初めて見る妖精だな。
「なんだお前?」
『わたしは、ヘクトル! 今お前が膝に乗せているご主人様の忠実な精霊である! えっへん』
そういえば一ヶ月一緒にいるのにレックスと契約した妖精は見当たらなかったな。
「で? そのヘクトルさんがなんで今俺の前に顔を出したんだ? つか、なんで今まで現れなかったんだ?」
『うむ。レックス様にあまり人前に出るなと言われているからな。わたしは非常に希少な光属性の精霊であるし、レックス様に何かあればすぐにお助けできるようにと。……でも、お前は信用に足る人物だと判断したのだ。だから今現れた』
「そりゃ嬉しいけど……あ、クッキー食う?」
お近づきの印にステンドグラスクッキーを一つやる。そうすると「ほ、誇り高き光属性の私がクッキーごときで懐くはずないだろう!」と言葉は威勢がよかったものの、その表情はだるんだるんに緩んでおり、矛盾している。多分こいつ、甘いものが大好物なんだろう。
「もしかしてお前クッキー食べたくて現れたのか? レックス様が眠ってることをいいことに」
『なっ、なな!? そ、そそそんなわけない! わたしは忠実なレックス様の僕として、貴様に礼を言いたかったのだ』
「礼?」
『うむ。レックス様は小さい頃から本当に休まれていなかったからな。今までわたしが何度注意しても聞き入れてはもらえなかった。故に、こうして貴様が配慮してくれたこと、礼を言う』
俺はレックスの寝顔を眺めた。
「……小さい頃から、か」
『あぁ。将来の国王なんていう肩書きはレックス様の心を容赦なく押しつぶす。レックス様を、どこか遠くの土地へお連れして逃がしてあげたいと思うほどに。レックス様のお父上様は非常に厳しい方でな。お前は国王になるんだと、何度も何度もレックス様に言い聞かせるのだ。まるで洗脳のように』
「…………、」
『人間の王位など妖精のわたしには興味がない。しかし、それが人間一人、ましてや成人していない子供に背負えるものではないことは知っている。どうにかせねばと色々考えていたところにお前が現れたわけだ』
「俺が?」と自分を指差す。ヘクトルはうんうんと頷き、恭しく礼をした。
「お前が一緒にいるようになってから、レックス様はよく笑うようになった。年相応に」
「それは……俺も思ったかもしれないけど」
ヘクトルはレックスの額を撫でると真剣な表情で俺を見上げる。
『──だから、これからもご主人様を頼むぞ、犬』
「いや、お前は犬言うな! ……分かってるっての。部屋が一緒の間だけはこいつの世話してやる。俺は世話焼きなんでな。こんな危なっかしいやつが相部屋なんじゃ、世話も焼きたくなるし」
『……感謝する、レン』
ヘクトルはにっこり笑った。──そして。
『──それはそうと、クッキーのおかわりを頼む』
「!!」
俺はあららとズッコケそうになったがレックスの頭を膝に乗せているのでそれは出来なかった。




