12 せっかく犬になったのに王子の闇が深すぎる。【蓮SIDE】
結局、記念すべき魔法学校第一日目はレックスにずっとついていくことで終わりを迎えた。
大広間で夕飯を食べた時は周りの目が怖すぎて食欲が湧かなかったし、もう眠りたい。「なんでお前がレックス様の隣で飯食ってんだよ」っていう周囲の心の声がはっきりと感じ取れた。だというのに桜ときたら大広間の隅の方でデュナミスと仲よさそうにしやがってよぉ……。いいなぁ、俺も桜達と飯食いたかった。
レックスが「所用があるから出る」とか言うから部屋で一人寂しく床で寝ていると、ぐぅっとお腹が鳴る。一応育ち盛りなのに夕食を食べなかったのはまずかったか。なんてひもじいんだ……。
誤魔化すように布にうずくまったところで、部屋のドアがノックされる。
レックスだったらきっと勝手に入ってくるから違うだろう。一体誰だ……?
恐る恐るドアを開けると、明らかに悪意のある舌打ちが聞こえた。
「チッ! なんだ下民かよ。レックス様はいらっしゃるか?」
な、なんだこいつ……初対面でこんな失礼な……!
しかし今日一日でこういう輩の悪意には慣れた俺は「いらっしゃらないです。何かお伝えしましょうか?」と営業スマイルで答えた。前世のコンビニレジのアルバイトの経験がここで役に立つとはな!
「じゃあこの手紙をレックス様に渡しとけ下民。そしてこのモーブ・ウザイングが殿下に渡しに来たことを確実に伝えろ。名前は特に大きな声で。……分かったな?」
「はぁ……承りました」
モーブとかいうモブ野郎は俺を睨み付け、ふんっと鼻息を残すと去って行った。変なやつ。
馬鹿な典型的な貴族だなあいつ。昼間のレックスの会話からして、ああいう下心満載なアピールが嫌われているんだろうに。そりゃ近寄ってくるやつが皆自分に媚売りたいだけのあんなやつらじゃレックスも嫌になるよなぁ。
俺はとりあえず手紙をレックスの作業机の上に置いた。
好奇心で送り先を見ると……アレス・ブルー・アドラシオン。つまりレックスの父親、エボルシオン王国現国王!?
途端に手紙に俺なんぞの指紋をつけたら殺されそうで慌てて手を離す。すると俺の背中から手が伸びてきた。俺は変な声を上げる。
「俺の机で何をしている、犬」
「ひぇっ! す、しゅいませぇん……っ!!」
とても恥ずかしい噛み方をしてしまった。俺はすぐに後ずさり、そんな俺に笑いを堪えるレックスから距離をとる。
「あ、あああの、なんか手紙、きてたから……その、」
「! 手紙だと……?」
レックスが国王からの手紙を見る。その瞬間──
「っ……!!」
常に冷静だったヤツの顔が一目見て異常が分かるほどに真っ青になっていた。
カチカチと歯が震えているのが分かる。俺はすぐにレックスの顔を覗き込んだ。
「あの、大丈夫ですか……!?」
「!」
ハッと息を呑むレックス。どうやらたった今、俺がこの場にいたことを思い出したような反応だった。
なんだよこいつ、父親と上手くいってないのか……? すげぇ震えてんじゃん。
俺はどうしようかと目を泳がせていると、レックスは有無を言わせぬ圧をかけつつ「寝ろ」と一言放った。この状況で眠れるわけがない。そんな顔を見せられて、放っておけるわけないだろう。俺はなんだかんだいってお人よしなんだ。
「れ、レックス様……何か悩みがあるなら、お聞きしますが……」
「黙れ。下民に余の何が分かるというのだ」
そりゃそうだ。なんも分かんねぇよ。前世でもこの世界でも、穏やかに暮らしてきた庶民の俺には。目の前のこの王子サマの気持ちなんてこれっぽっちも分かりゃしねぇ。
……。……。……、……。
俺とレックスの間に沈黙が佇む。レックスがもう一度、俺に「寝ろ」と言う。
俺は素直にそれに従った。寝室に入り、意味も無くでかいベッドを通り過ぎ、月の明かりが漏れる窓を開ける。
首を大袈裟に振り、俺は「おーい、おーい」と小声で何かに語りかけた。
そして──。
『なにー?』
『どうしたのー?』
男子寮を囲む木々から妖精達が俺の声に反応して現れる。
俺は両手を合わせて、妖精達にある頼み事をした。
***
父からの手紙を読みながら、レックスは大きなため息を吐いた。
常人なら押しつぶされているであろう重圧を背負っているかのように、彼は酷く疲弊していた。彼自身、それに気づいているのだがどうしようもないことだった。
無意識に手が震えている。末期だな、とレックスは再度ため息を溢す。
しかし、その時だ。
ふと、肩の力が軽くなった。ハッとして顔を上げれば、いつの間にか部屋中に妖精達で溢れており、レックスを見つめていた。
「な、なんだお前達!? 気まぐれなお前達が余に一体何の用だ!」
『レン! レンにね、お願いされたから~』
「はぁ? レン? ……駄犬のことか」
すると妖精達が一斉に歌い始める。彼ら特有の高い声は、普段はきぃきぃとあまり耳障りはよくない。しかし歌になると、なんともいえない絶世の癒やしとなるのだ。
ゆっくりで、穏やかな、子守歌のようなメロディ。
レックスの中の奥底にある小さな小さな何かに、語りかけるようなハーモニー。
レックスはその時、──涙を流した。
たった一筋だけの涙だったけれど、彼の心を揺さぶるには十分だった。
「──余計なことを……」
レックスはそう呟いて寝室の暗闇を睨み付けつつ、妖精達が気が済むその時まで、彼らの歌に包まれていた──。
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