6、胡散臭いって、それ禁句ですから!
その日の晩、アシュレイに連れられルーク王子の寝室にやって来た。
「失礼します、殿下。リア様をお連れしました」
「ああ。入れ」
酷く不機嫌そうな声に出迎えられて、中に入る。
「初めまして、ルーク王子。本日治療を担当させて頂くリア・ブライアンと申します」
目の下に酷いくまを作った、元は美形だったんじゃないかと思われるルーク王子。伸びた金髪はくすみ、頬はこけてやつれ果て、見てて可哀想になるぐらい痛ましいお姿をされている。
「アンタは何をする? 歌か? 音楽か? もう聞き飽きた。そんなもので眠れなどせぬ」
牽制するかのように、ルーク王子はそう言い放った。毎晩毎晩日替わりで誰かがやってきて、面倒なんだろうな、きっと。
「私は幻覚魔術師です。何でも好きな幻覚をみせる事が出来ます。ルーク王子、何か希望はございませんか?」
「幻覚魔術だと? 胡散臭い」
「まぁ、そうおっしゃられずに。試してみませんか?」
「誰がそんな胡散臭いものやるか! アシュレイが連れてきたから期待したというのに、全くもって残念だ」
営業モードでにこやかに接しているのに、王子は聞く耳を全く持たない。
「殿下、リア様の幻覚魔術は本物です。どうか試されてみて下さい」
「アシュレイ、お前……この女に毒されたのか? こんな胡散臭いものを信じるなど、らしくないぞ。もういい、お前も下がれ」
見かねたアシュレイが説得してくれようとするも、フンと鼻を鳴らして王子はそっぽ向いてしまった。
私はわざと王子の視界の先に移動して、ニッコリと営業スマイルで問いかける。
「……今、また胡散臭いって言いました?」
「ああ、言ったぞ。胡散臭いことこの上ない。分かったら帰れ」
シッシッと嫌なものを追い払うかのように手を振る王子に、私の短い堪忍袋の緒が切れた。
「幻覚魔術師なめんなよ! こちとら習得するのにつらーい修行を十年もコツコツコツコツやってきたんだ。胡散臭いかどうかは、その身で味わってから決めな!」
ありったけの魔力を込めて、若々しく健康に満ちあふれた優良体を幻覚魔術で王子の身体に憑依させた。
「な、なんだこれは……っ! 力がみなぎってくる! 頭痛も倦怠感もない!」
「あくまでそれは幻覚です。実際の王子の身体はボロ雑巾みたいなんですから、無理はしないで下さいよ」
後から治療費や慰謝料など請求されたらたまったもんじゃない。少しだけ冷静になった頭が辛うじて働いた。
「とても幻覚とは思えぬ。これが幻覚魔術か?」
「ええ、そうです。王子が望むならば、どんな幻覚だろうが再現出来ます。さぁ、これでもまだ胡散臭いって言いますか?」
「ああ。凄いとは思うが、胡散臭い」
「また胡散臭いって言ったー! そんな事言う奴はこうしてやる!」
「な、何だこれは……急にテーブルが大きく?!」
「如何です? 鼠になった気分は? ちょこまかと動けてさぞ楽しいことでしょう?」
「ハハハ! 世界が違って見える。小動物の視点から周囲を眺めるのも面白いな」
「それならこれはどうだ!」
「今度は空を飛んでおる! これはこれで楽しいぞ!」
くっ。泣きべそかかせたかったのに、何故か王子は楽しそうだ。
私が初めてお師匠様にこの幻覚をかけられた時は怖くて泣いたっていうのに。
それならこれはどうだ!
と、色んな動物になる幻覚魔術を使っていたら魔力を使い果たしてしまった。くっ、ここまでか。負けを悟ったその時──
「ほら、次は何の……動物に……Zzz……」
疲れたのか、王子は倒れるようにベッドに崩れおちた。断末魔の叫びをあげることなく、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。
か、勝った! 勝ったぞー! でも、もう限界……そのまま私も気絶するように眠ってしまった。










