46、貴方の抱えていたものを、私にも分けて下さい
「落ち着いて下さい、殿下。リア様は魔力が切れて眠られているだけです。どこも外傷はございませんので、直に目を覚まされます」
「本当か?! 本当に大丈夫なのか?!」
やけに、騒々しい声が聞こえる。悲壮感いっぱいに嘆いているこの声は……
「王子?」
ついたてのカーテンを勢いよく開けた王子が、こちらに駆け寄ってきた。捨てられた子犬のように瞳をうるうるとさせて。
そうか。あの後、王子の所に駆け寄ろうとしたら立ちくらみで倒れたんだ。
「リア! どこか痛む所はないか? 身体は大丈夫か? 何かあればすぐ言ってくれ、早急に対処しよう」
魔力が枯渇しているからだるさはあるけど、一晩ゆっくり休めば改善されるだろう。
そう伝えたものの、念のためということで再度医師の診察を受けさせられた。異常が無い事を確認されてから、やっと部屋に戻って良いとの許可が出た。
医務室から自室に戻るまで王子が付き添ってくれて、部屋に着くなり即行でベッドに寝かされたものの、どうしても気になる事があった。
「あの男は、どうなりました?」
「処分が決まるまで、地下牢で拘束している」
よかった、きちんと捕まったんだ。
「すみません、王子。ご迷惑おかけしました」
「リアが無事だった。今はそれだけで良いから、余計な事は気にするな」
「ありがとうございます」
気にするなと言われたものの、あの男は王子にとってトラウマのような存在なのは二人の会話を聞いていてよく分かった。
私が捕まったりしなければ、王子に嫌な思いをさせなくて済んだだろう。そう思うと、心苦しい気持ちで一杯だった。
倒れる間際に見た王子の悲しそうな顔が頭から離れない。
あまり、過去のことを聞かない方が良いのかもしれない。でも、知りたいと思った。王子の抱えていた悲しみや苦しみを、少しでも分けて欲しかったから。
「あの、王子。貴方にとって、あの方は……」
「五つ年上の従兄にあたる」
「もし差し支えなければ、昔のことを教えてくれませんか? 貴方の抱えていたものを、知りたいんです」
「分かった。少し長くなるが、聞いてくれるか?」
「勿論です」
一呼吸おいて、王子はゆっくりと昔の事を話してくれた。
「文武両道で何をやってもそつなくこなし、人望のあったシリウスは、俺にとって憧れのような存在だった。あの人のようになりたい。そう思って、昔は必死に勉学も武芸も頑張った。それでも全然追いつけなくて、王太子としての重圧に押し潰されそうになっていた俺は、その立場を代われるものなら代わって欲しいと思っていた。俺よりもシリウスの方が、王太子に相応しいと思っていたから。そんな俺をシリウスはいつも励まして支えてくれて、当時は本当の兄のように慕っていた」
人を疑う事を知らなかった王子は、本当に彼のことが好きだったんだろう。昔を懐かしむように細められた瞳が、悲しみで彩られている。
「そんなある時、父上が公務で数日間城を離れた事があった。天気の良かったその日、母上と共に中庭でティータイムをとっていたら、侍女に扮した暗殺者が突然襲ってきたのだ。咄嗟に母上は俺を庇って致命傷を負った。暗殺者はすぐに護衛の騎士によって捕まえられたものの、母上はそのまま帰らぬ人となった。黒幕はすぐに分かって、叔父は処刑台送りにされ、叔母とシリウスは身分を剥奪された上で、流刑に処された」
「すみません。私が聞いたばっかりに。辛いのなら、これ以上……」
顔面蒼白になって、苦しそうに言葉を紡ぎ出す王子をそれ以上見ていられなくて、思わず話を遮ってしまった。
「情けないな。あの時の事を思い出すと、未だに手の震えが止まらない。武芸の稽古に励んだはずなのに、丸腰の母上に守られるなど……父上の代わりに、俺が守らなければならなかったのに」
震える王子の手を、私は両手でそっと包みこんだ。
「情けなくなんてありません。手の震えが止まるまで、私が握っています。だからどうか、自分を卑下しないで下さい」
「リア……ありがとう。このまま、握ってても良いか?」
「ええ、構いませんよ」
それで王子の心が少しでも安らぐのなら、手の一つや二つ、いつでもお貸しします。
「刑が処されるまで、俺はシリウスの無実を信じて疑わなかった。その刑は不当だと最後まで父上に訴え続けたが、結局覆す事は出来なくて、そんな俺にシリウスは一通の手紙を残していった。そこには『本当にお前は馬鹿だな。それも庶民女の血筋か? 計画を立てたのも、父上をそそのかしたのも全て俺だ。そんな事も見抜けない馬鹿なお前が王に成る資格などありはしない。だから何れ、その地位を必ず奪い返してやる』と書かれていたのだ」
憧れていた人に騙されていたと知った王子のショックは、私には計り知れない。けれど、想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。
「優しい笑顔の裏側で、シリウスが今まで何を考えていたか想像すると正直ゾッとした。いつかシリウスが復讐しに来るかと思うと、疑心暗鬼になって、人の笑顔が怖くなって、毎晩悪夢にうなされるようになって、家族以外誰も信用出来なくなったんだ」
それが、不眠の始まりなのか。お城に来た当初の王子は、周囲が全て敵であるかのように威嚇していた。あれは、そうしないと自分を保てなかったのだろう。
「リアに出会って、再び人を信じてみたいと思った。表裏のないアンタを見ていたら、自分の殻に閉じこもっていつまでも怯え続ける自分が馬鹿みたいに思えたから。アンタを守りたい。今度は絶対に奪わせない。そう強く思ったら、シリウスと対峙しても不思議と怖くなかった。不安の種だったアイツを捕まえる事が出来て、全て終わったはずなのに、何故か心が晴れないのだ」
「王子……」
苦しそうに胸を押さえながら、王子はさらに言葉を続ける。
「子供の頃はとても偉大に見えたのに、あそこまで落ちぶれてしまったシリウスの姿を目の当たりにして、弱者を虐めているみたいで胸くそ悪い気持ちで一杯になった」
抱いていた気持ちが大きければ大きいほど、その落差を目の当たりにして残念な気持ちになる。
あのシリウスという男は、良くも悪くも王子にとってそれだけ大きな存在だったということだろう。
「大きな壁だと思っていたものが、壊してみると実はそんな大したものじゃなかった。そう感じたのはきっと、それだけ王子が強くなったという事ですよ。だから悲観する必要はないと思います」
「そうか……そうだな。そう考えると、前に進める気がする。リアに話して、気持ちが楽になった。聞いてくれてありがとう」
王子に笑顔が戻った。少しは役に立てたのだろうか。それなら、嬉しい限りだね。
「私も王子の事が知れて嬉しかったです。ありがとうございます。それにしてもまさか、王子が光魔法の使い手だったとは、思いもしませんでした」
光魔法は、全ての悪しきものを浄化する事が出来る究極の癒やし魔法だと、お師匠様に聞いたことがある。
なんでも光の精霊様は精霊界の中でも変わり者と有名らしく、気に入った人間を見つけると加護を与えるそうだ。
逆に人間側からどんな好条件をつきつけても、気に入らなければ加護を与えない。
だからこの世界の書物ではよく、光魔法は選ばれし者しか使えない特別な力と描写されている。
お師匠様曰くその昔、等価交換の理念から外れた行いをする光の精霊様は、能力の安売りをするなと皆に大ブーイングをくらって里を出て行ってしまい、それ以降行方不明だそうだ。
里の掟に逆らっても、自分の信念を曲げない光の精霊様はきっとナイスガイに違いないと、目の前の駄目師匠を見ながら幼心に思っていた。
そんなナイスな光の精霊様の加護を受けている王子は、この世界においてかなりレアな存在なのだ。前世の言葉で例えるなら、伝説のポケ○ン並に。
「俺にはこんな大層な力、使う資格がないとずっと隠していたからな。でも今は、母上から授かったこの力を正しく使いこなしたいと思う。もしまたリアが危ない目に遭いそうになった時、きちんと守ってやりたいからな」
それは何とも心強い。でも、王子に頼りっぱなしは嫌だ。今回の件は、会場から離れないよう言われてたのに、勝手に離れた私の落ち度が原因だ。
「……何て言われたって、もう知らない人から頂いたお菓子は食べません」
「そうしてくれ。アンタを餌付けして良いのは、俺だけだからな」
「人をペットみたいに言わないで下さい」
「勝手にフラフラどこかへ行かないように、首輪と鎖をつけておきたいくらいだ」
「束縛きつい男は嫌われますよ」
「冗談だ。そ、そんなこと、するわけないだろ!」
「目が泳いでます」
「気のせいだ」
「なら、そういうことにしておきましょう」
こうして王子とまた、他愛のない話を出来ることが嬉しくて仕方なかった。










