45、能ある鷹は、鋭い爪を隠し持っていました
さっきステージで使った広範囲の幻覚魔法と、青年にみせた千倍速の幻覚魔法のせいで魔力が底をつきそうだった。
やばい。これは結構ピンチかもしれない。魔法を使ったら意識が飛ぶ。
そこで成功するならいいけれど、もし失敗したら……目を覚ました時、王子に成り済ましたこのクズ男が目の前に居たら最悪だ。
「光栄に思え。俺が王位を継いだ暁には、お前を晴れて王妃にしてやる。俺の変化魔法とお前の幻覚魔法があれば、この国を牛耳る事など造作ないはずだ」
どうしよう、全然嬉しくない。むしろ別に王妃とかどうでもいい。こんなクズ男なんて、どんなに権力を持ってようが願い下げだ。
ルーク王子だから、傍に居たいのに。
たとえ彼に王子としての地位がなかったとしても、それで構わない。生活力は私の方があるから、少しずつ教えてあげればいい。真面目で素直だから、すぐに覚えるだろう。
贅沢なんてしなくていい。傍に居てくれるだけで、温かい気持ちで満たされるから。
こんな事になるなら、変な意地はってないできちんと気持ちを伝えればよかった。
この指輪をはめてくれた事で気持ちが筒抜けなのは分かってるけど、それでも……自分の言葉で王子に伝えたかった。
世界で一番、貴方が好きです。私を、貴方のお嫁さんにして下さい。
そう言ったら、どんな反応してくれるかな? 忠犬みたいな眼差しでこちらを見て、嬉しそうに笑ってくれるかな?
それとも顔を真っ赤に染めて、金魚みたいに口をパクパクさせて固まるかな?
ああ、一目でいいから……ルーク王子に会いたい。
「ほぅ、これは中々綺麗な肌をしているな」
触るな。気持ち悪い。虫ずが走る。私に触れて良いのは王子だけだ。
そう心の中で悪態ついても、力の入らない手足では青年の力に抗う事も出来なくて、されるがままただじっと耐えるしかなかった。
こんな男に汚されるくらいなら、いっそこのままここで舌をかみ切って死んだ方がマシかもしれない。
でもそうしたら王子はまた、心を閉ざしてしまうかもしれない。それだけは駄目だ。こんな所で死んでたまるか!
その時──何かを派手に壊したような衝撃音が聞こえた。
「リア、怪我はないか?!」
息を切らして部屋に入ってきたのは、今一番会いたくてやまない人だった。
「約束通り一人で来た。シリウス、今すぐリアから離れろ!」
「久しぶりだな、ルーク。俺から全てを奪ったお前が、俺に命令か?」
「卑怯な手で罠にはめたのは貴様の方だろ!」
「人聞きが悪いこと言うな。騙されて王家の秘密をベラベラ喋る奴が悪いんだよ。ここだってお前が昔、案内してくれたじゃないか。冒険ゴッコに付き合ってやってな。あの頃のお前は本当に馬鹿で可愛かったなぁ。大きくなったらシリウス兄様みたいになりたいって、キラキラ目を輝かせて何でも教えてくれた。本当に馬鹿だったぜ」
「黙れ! 貴様のせいで、母上は……っ!」
「おっとそれ以上近付くな。お前の大切な婚約者が、傷物になるぜ?」
懐からナイフを取り出したクズ男は、それをベッドに横たわっている私の喉元につきつけた。
「まずはその剣を捨てろ」
「王子! 言うことを聞いてはいけません! この男の目的は……」
「おっと、お前は黙ってな」
クズ男に無理矢理手で口を塞がれた。
「リアに手荒な真似はするな! 言われた通り剣は捨てた。リアを離せ!」
「良い判断だぜ、ルーク。お前に選ばせてやるよ。王太子としての地位を取るか、この女を取るか。選ばなかった方を俺に寄越せ」
被っていた小冠とマントを外した王子は、何のためらいもなくそれをクズ男に差し出した。
「地位が欲しいならくれてやる。さぁ、今すぐリアを解放しろ!」
本当にこの王子様は、嬉しいことを言って下さる。でもこのままじゃ、あのクズ男の思う壺だ。
「そうか。なら約束通り女は返してやる」
喉元からナイフが消えた。クズ男が離れていく。
「リア、怪我はないか?!」
それと同時に駆け寄ってきた王子が、心配そうに私の身体を抱き起こそうとする。
「私は大丈夫ですから。それより後ろ、気をつけて下さい! あの男の本当の目的は、貴方と成り代わる事なんです!」
背中を向けたりなんかしたら危険だ。
「はっはっはっ! これで俺は王太子だ! そしてルーク、貴様は未来の王太子妃を拐かした犯罪者だ。その罪、死を持って償え!」
小冠とマントを拾い上げたクズ男は、ルーク王子に変化してそれらを身につけていた。そして、王子めがけて黒い魔法の波動を飛ばしてくる。
「王子!」
そう必死に叫ぶも、間に合わなかった。クズ男が飛ばした黒い魔法の波動が、王子の背中に直撃した。このままでは王子がクズ男に変化させられてしまう。
「案ずるな、リア。俺に悪意のある魔法はきかない」
王子に頭を優しく撫でられた。すると、身体に巣食った悪しきものが浄化されるかのように、手足の痺れがとれた。
よく見ると、ルーク王子の身体から神々しい光があふれ出している。
私を背に隠しながら立ち上がった王子は、クズの方に向き直る。
「シリウス。貴様が侮辱した母上は、光の精霊の加護を受けていた。亡くなる間際、俺は母上からその力を譲渡されたのだ。貴様の陳腐な変化魔法が、俺に効くと思うのか?」
「そ、そんな馬鹿な?! 俺はこの力を手に入れるために、右目を犠牲にしたんだぞ!」
「母上は、命を捧げて俺に力を託してくれた。その重みの違いも分からぬ程、貴様が馬鹿だったとは思わなかった」
一歩ずつ王子がクズ男に近付くと、彼の変化魔法が見るも無惨に解けてゆく。
「昔、アンタは確かに俺の憧れだった」
「ひぃぃ、く、来るなぁああ!」
尻餅をつき壁に背を取られ動けないクズ男の前まで来た王子は、彼の目線の高さまでしゃがみ込んで声をかける。
「怯えてないでほら、はやく自慢の変化魔法でも使って下さいよ。シリウス兄様、僕を憧れの貴方に変えてくれるんでしょう?」
「や、止めろ! 止めてくれぇええ!」
王子が手を差し伸べた瞬間、悲鳴を上げながらクズ男はその場で意識を失った。
「無様だな」
そう吐き捨てた王子の横顔は、何故かとても悲しそうに見えた。










