41、王家に伝わる……呪いの指輪?!
借金を返すことで頭が一杯で、王子をないがしろにしていた感は否めない。
与えてもらうばかりで、私は未だに何も返せていない。
災害で両親を亡くし、ランディには見捨てられ、お師匠様にも捨てられた。
全然、いいところがない。可愛げも無いそんな自分なんて、いつ愛想を尽かされてもおかしくないという事に今頃気付くなんて。
「リア、居るか?!」
その時、扉の外で王子の声が聞こえた。
まさか、もうその話をしに?! だから朝から廊下で王女様とバトルを?!
余計なことを言わないでと釘をさしていたし、勘違いした王女様を追い払おうとしたが失敗。改めて話に来られたのだ。別の女性の存在を……
王子にまで捨てられたら──また独りぼっちだ。
あー駄目だ。一度ネガティブ思考にハマったら、昔から中々抜け出せない。だから色々考えないようにしていたのに。
こんなの、私らしくない。そう分かってるのに、不安で押し潰されそうだった。
今はこの顔を見られたくない。それに、確かめるのが怖い。もしそうだと言われたって、奴隷の私に引き止める資格なんてないのだ。
「リア、居るのだろう?! お願いだ、開けてくれ!」
王子のこの必死さ。そんなに必死になるほど、私に話しておかなくてはいけない事があるということだろう。
忙しい合間にここまで足を運んでくれた事を考えると、王子の時間をこれ以上無駄に使わせる事は出来なかった。
「はい、開いてますのでどうぞ」
顔を見られないよう、わざと反対向いて仕事をしているていを装う。
「先程は、姉上がいきなり押しかけてすまなかった。その、変なことを言われなかったか?」
「いえ、何も。ただ世間話をしに来られただけですよ」
やばい。少し鼻声になってしまった。
「それなら何故、後ろを向いている? それにその声……」
こちらに歩み寄ってきた王子に、泣き顔を見られた。最悪だ。
「やはり姉上が何か余計なことを?! すまなかった。変なことを言わないようキツく言い聞かせておくから」
「違いますよ。王子、貴方のことを思ってお話に来られただけです。弟思いの良いお姉さんじゃないですか。何も心配するような事はございません」
「だったらリア、何故そんな顔を……」
「温かい人の気持ちに触れると、たまに無性に苦しくなるだけです。私には誰も、そうやって心配してくれる方なんて居ませんから。大丈夫ですよ、時間と共にこの不安な気持ちは風化されますから」
無理に笑おうとして、失敗した。王子がますます心配そうにこちらを見ている。
「……いつもそうやって、独りで抱えていたのか?」
「そうですね。誰も頼れる人は居ませんから。幼い頃、両親は災害で亡くし、ランディにも見捨てられ、お師匠様にも捨てられましたし」
「ランディ……って、まさか……あの時みせてくれた幻覚はリア、アンタの記憶だったのか?!」
「そうですよ」
声にならない声を上げた王子は、何故かそのまま私を自身の胸に引き寄せた。
「俺は絶対にリアを離さない。アンタが嫌だって言っても、どこまでだって追い掛けてやる。だから、独りでそうやって泣かないでくれ。寂しい時はいつでも呼んで欲しい」
背中に手を回され、きつく抱きしめられた。凍えた心が溶かされるように、温もりに包まれてますます涙腺が崩壊させられた。
「リアの気持ちの整理がつくまで待とうと思っていたが、やはり待てない。そうやってアンタが独り苦しむのなら、不安にさせないよう新たな絆を結びたい」
私の左手を取った王子は、懐から取り出した指輪を私の薬指にはめた。
「これは王家に伝わる伝統の鉱石で作られた由緒正しき指輪だ。俺が生まれた時、伴侶となる王太子妃に贈るために、王家の紋章を刻み込み、特殊な印を施し作られたものなんだ。俺と結婚してくれ、リア。返事は急がない。その指輪がお前と共に生きたいという、俺の確かな気持ちだ……って、何故外そうとする?!」
驚きやら嬉しさやら、疑ってしまった罪悪感など、色んな感情が入り交じって頭はパニックだった。
しかし、左手の薬指にはめられた自分にとって分不相応なその指輪にだけには、正しい判断を下すことが出来た。
「そんな大切なもの無くしたらどうするんですか! 私、とてもじゃないけど弁償出来ませんよ!」
手なんてよく使う場所に装飾品を常時つけておくなんて、平民にはまずありえない事なのだ。
大事に大事にしまっておかなければ!
そう思って外そうとするものの、ピッタリと指にはまった指輪は取れなかった。
「心配するな。一度はめると取れない仕様だ」
「え……それって……呪いの指輪…………」
「失敬な! 特殊な印が施されているからな。簡単に取れないが、はめるのも難しいんだぞ。本当に両思いじゃないと、はまらないからな。リアの指にはまってくれて……正直今、ホッとしてる」
両思いじゃないとはまらない。つまりそれは、私が王子を好きだと露見してしまったって事じゃないか!
いきなりやってきて、何てもんはめてくれてんだよ!
「本当は首飾りにして、預けておこうと思ってたんだ。でも、これは必要なかったみたいだな」
そう言って、王子は用意していたらしい皮紐をポケットにしまった。
うぅ……なんか、悔しい。悔しいけど、これほど嬉しいものもなかった。
「無くさないよう、大切にします。お返事は、まだ待って下さい」
悪あがきしている子供のようで格好悪かったけど、王子は「ああ、勿論だ」と笑顔で了承してくれた。
口には出さないけど、分かっているよと言わんばかりの眼差しを向けられ、恥ずかしい気持ちで一杯だった。
「殿下、ルーク王太子殿下! いらっしゃるのならお返事して下さい!」
その時、廊下から王子を探す声が聞こえてきた。私の事を気遣って、出て行こうとしない王子に声をかける。
「行かれて下さい、王子。私はもう大丈夫ですから」
「だが……」
「貴方のお心はこちらにお預かりしております。ですから、大丈夫です」
「そうか。すまない、リア。時間になったら護衛を向かわせるから、それまで部屋で待機していてくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
名残惜しそうに去って行く王子を見送って、私は作業に戻った。
一刻も早くお金を貯めなければ!
そう再認識させてくれたおかげで、お茶会が始まるまでに、何とか一枚完成させる事が出来た。










