40、王女様、不吉な言葉を残して逃げないで下さい
今日はお昼から春の訪れを祝うお茶会が開催されるらしい。
貴族から平民まで、カレドニア王国民なら誰でも自由に参加資格のある結構大がかりなイベントのようで、警備の配置の再確認や会場のセッティングなど昨夜から王城内はかなり慌ただしかった。
ただ希望者全員をお城に招き入れる事は出来ないため、抽選で事前に参加者は選ばれるらしい。
王城を囲むように、それに合わせて城下では春祭りが開催されているようで、抽選であふれた国民達はそこで共に春の訪れを祝うそうだ。
平民まで参加して良いとは、ミシェイル公国では考えられない大盤振る舞いだ。あっちではお城の中に入る事さえ出来なかったからね。
流石は大国カレドニア。入国するのにたかーいお金を取られるわけだ。だけど身分に関係無く国民を大事にするその心意気は素晴らしい。
お城の侍女さん達からそんな話しを聞きながら、お茶会用に完璧な武装をさせられた。
早めに準備されたため、まだ始まるまでかなり時間がある。
最低一日三枚、目指せ三万ペール!
そうスローガンに掲げて頑張ってたけど、流石に今日は無理だろう。でもせめて、二枚くらいは頑張らねば。
自室でチクチクと針仕事をしていると、廊下で何やら男女の言い争う声が聞こえる。別の所でやってくれないかなと思いつつ耳を傾けると──
「こちらに何の用ですか、姉上!」
「少しあの子にお話があるだけよ!」
「リアは今、忙しいんですから。余計な事を言わないで下さい」
どうやら廊下でツンデレ姉弟がバトルを繰り広げているらしい。聞かなかったフリをしておいてもいいけど、ちょっと……いや、かなりうるさくて気が散る。
「私に何かご用ですか?」
我慢しきれなくなって声をかけた。
「少しお邪魔してもよろしいかしら?」
よろしくないけど、断ると何かとうるさそうだ。王女様の言葉はオブラートに全く包まれてないからね。
「ええ、どうぞ」
「ルーク、貴方は駄目よ。女同士、二人で話したい事があるのですから。それより、最終確認は終わったの? こんな所で油を売ってないで、王太子としてしっかりやるべき事を全うなさい」
そう言って、シャーロッテ様は容赦なく扉を閉めて鍵をかけた。
外では王子が開けてくれと訴えているけど、王女様はそれを「おだまりなさい!」と一刀両断。それ以降、外から何も聞こえなくなった。
相変わらず、強烈なインパクトのある王女様だ。一体何をしに来られたのやら……不安しかない。
「あら、何をしていたの?」
「カバー作りのお仕事ですよ。すぐ片付けますので、少しお待ち頂いてもよろしいですか?」
「ええ」
急いでテーブルに置いていた裁縫道具を片付け、抱き枕カバーを別の場所に移動させ、客室用ソファーをあけた。
「お待たせしました。それでお話とは?」
「式のことよ」
「式、ですか?」
お茶会の事で何か打ち合わせでもあるのだろうか?
「ほら、あの子。何でも自分で決めちゃう所があるから、もし希望があるなら早めに言っておかないと、全てあの子の理想で押し切られるわよ」
早めに希望をと言われても、一体何の希望だろうか。
「えーっと、話が全然掴めないのですが……」
「だからウェディングドレスの希望とか、会場の飾り付けとか、一生に一度の事だもの。希望通りにやりたいでしょ?」
ウェディングドレスと言えば、結婚式だ。近々誰か結婚でもするのだろうか?
もしそうだとして、何故王女様は私に希望を聞きに来られたのだ? 駄目だ、さっぱり分からない。
「えーっとそれは……誰と、誰の結婚式ですか?」
「勿論ルークと貴方の結婚式よ」
何がどうしてそうなった?! 誰がいつ結婚するって言ったよ?!
この王女様、最初は泥棒猫呼ばわりされたし、話を少々飛躍しすぎる面がある。確認のために探りを入れてみた。
「あの、どこでそんな話を聞かれたのですか?」
「ルークが腕の良いドレス商や宝石商を紹介して欲しいと言ってきたのよ。部屋には城下で人気のウェディング特集記事を集めたパンフレットまであるし。それに先日、お父様に指輪を預けたい人が出来たから近々紹介したいと言ってたのよ。あの子と親しくしている女性なんて貴方ぐらいでしょう? 案の定、貴方の名前を出した途端、顔を真っ赤に染めて挙動不審になるし」
「えーっとつまり、直接聞いたわけではないのですよね?」
「あの子、照れ屋さんだから中々教えてくれないのよ。それで私が代わりにね、聞いておいてあげようと思って」
要するに、王女様がいらっしゃったのはただのお節介ということか。
だけど、ここで一つ大きな問題が浮上する。
「あの、シャーロッテ様。私はルーク王子からプロポーズなどされておりません。何か勘違いをなされているのではございませんか?」
結婚を前提に付き合ってくれとは言われたけど、それはプロポーズではないと思う。
「……え?! そうなの?! 貴方じゃなかったの?! オホホホ、それは失礼したわね。また出直すわ」
素早い動きで王女様は部屋から出て行かれた。
一体、何だったんだ……。本当に嵐のようなお方だ。でも、弟である王子のことを心配して来られたのだろう。それだけは分かった。
王子に、ちゃんと心配してくれる家族が居てよかった。独りで生きていくのは、辛いからね。
さて、仕切り直してお仕事の続きでもしますか。設計図を見ながら間違わないようチクチクと縫い進めるものの、何故か全く集中出来ない。さっきから、何度誤って指を刺してしまったことか。
その原因はただ一つ。
王女様に言われた『貴方じゃなかったの?!』という言葉が、どうも心に引っかかっていたのだ。
私は指輪なんて預けてもらってない。
王子が陛下に紹介したいというのは──まさか、別の女性?!










