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異世界転生して幻覚魔術師となった私のお仕事は、王子の不眠治療係です【電子書籍+コミックス1巻発売中!】  作者: 花宵
本編

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38、いじらしい王子

 あれから一週間、空いた時間は無心でチクチクと針仕事をした。夕方まではポーラさんのお店で缶詰状態で作業して、夜は自室に持ち帰って続きをやる。

 一枚完成させるのに、およそ三から四時間ほどかかっている。装飾が多いものはさらに時間がかかっているだろう。


 とはいえ、正確にかかった時間を把握するのは中々難しい。この世界において、正しい時を刻む魔石時計はとても高価なものだ。家を建てるのと同じくらいの値段がする上、定期メンテナンスにもお金がかかる。とてもじゃないが平民が持てるものじゃない。

 そのため時間を把握するには、魔石時計の置かれた時計塔から鳴らされる、六回の鐘の音で把握するしかない。

 一回目に鳴るのは前世の時間で表すと大体朝の六時くらい。そこから三時間おきに鳴って、最終が夜の九時くらい。それぞれ朝から順に、朝、明、陽、晴、夕、宵の刻とこの世界の人々は呼んでいる。


 それより細かい時間を知りたい時は、鐘が鳴ると同時刻に約六分の一の時間を示す砂時計を手動でひっくり返す。そうすれば約三十分ごとに時間を計ることが出来る。ただ砂が落ち終わった時に気付かないと、そこで時間のラグが発生する。それにより、アバウトにしか時間を計測できないのだ。


 今のところ、一日で作れるのはかなり頑張って三枚が限度だった。ポーラさんの作業場で二枚と、持ち帰りで一枚。

 自室で二枚と頑張りたい所だけど私の場合、睡眠時間を減らすと魔力の回復量に影響が出る。時間ある限り夜なべしてやりたいところだけど、王子の寝かしつけもあるし魔力は一定量温存しておかないといけない。最低一日三枚が、今の目標だ。


 宵の刻を回った頃、八割方完成したカバーを一旦置いて、私はアシュレイに連れられてもう一つの仕事先へと向かった。最初は気まずいかなと思ってたけど、職務中の団長サマはいつも通りに接してくれて、私も普通に言葉をかえすことが出来る。


「リア……顔色が悪い。大丈夫か?」


 部屋に入るなり、王子が心配そうに顔を曇らせてこちらへ駆け寄ってくる。


「あまり無理をするな。アンタから食欲と睡眠欲を取ったら、何も残らないだろ?」

「王子。そんな心配そうな顔をして、サラリと人をけなすのは止めて下さい」


 まぁ、確かに……最近はギリギリまで睡眠時間を削って、食事もとりあえず胃におさめてる感じだ。昔のように、優雅に味わう余裕がない。なんか、ブラック企業で働いてるみたいな生活してるな。

 でも目標のために頑張ってるから、きつくても辛いとは思わない。


「べ、別に悪い意味で言ったわけじゃないぞ? アンタは本当に何でも美味しそうに食べるし、ついつい何でも食べさせたくなる」

「餌付けするのは止めて下さい。肥満の元です」

「寝ている時のあどけない顔も、可愛いし癒やされる」

「人の寝顔をマジマジ見るとか、変態ですか。気持ち悪いです」

「だからな、ちゃんと食べてしっかり寝てくれ」

「それなら王子、いい加減サロンのメニューを元に戻して下さい」


 もやし尽くしにされたせいで、昼は離宮の方でお弁当作ってもらって持参してるんだよ。


「モヤシが好きなんだろう?」


 もやし王子なんて、褒め称えなければよかった。今更そこまで好きじゃないなんて、言えないじゃないか。


「そ、それは……ほら、いくら好きでもそればっかりだと飽きるでしょう? たまには違うものも食べたくなるのですよ」

「それもそうか。なら、明日から通常メニューに戻しておこう」

「ありがとうございます!」


 よし、これで明日から昼はサロンで食べれるぞ。


「では、お喋りもこの辺にしてそろそろ休まれて下さい」


 王子をベッドへ促すも、彼はその場を動こうとしない。


「リア、喉は渇いてないか?」

「いえ、特には」

「城下で話題の新作お菓子があるが、どうだ?」

「この時間は結構です」

「そ、そうか……」


 最近は図書館にも通ってないし、王子と会うのはこの夜の時間くらいだ。

 少しでも一緒に居たいと思って誘ってくれているのだろう。あの手この手でなんとか引き止めようとしてくれるその姿は、見ていて何ともいじらしい。


 本当はその誘いにのりたいけれど、まだ部屋に戻って仕事の続きをしないといけない。だからあまりここで時間を取るわけにはいかず、ここ一週間、王子のそんな誘いを断り続けていた。


 王子も気を遣ってくれているようで、誘ってはくるけどしつこく引き止めようとはしない。でも、目に見えてしゅんと項垂れる王子を前に、心がズキズキと痛む。


 積み重なったその痛みに負け、「す、少しだけなら……」と了承すると、王子はぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべてくれた。


「本当か?! 分かった、すぐに準備しよう。そこにかけて待っていてくれ」

「王子、私が淹れますよ」

「いや、俺にやらせてくれ。アンタのために、試行錯誤して特別ブレンドを考えたんだ」

「それならば、こちらでお待ちしております」

「ああ、是非そうしてくれ」


 そんなに嬉しそうに笑ってくれるなら、コーヒーの一杯ぐらい断らなければよかったと少し後悔した。

 しかも私のために特別ブレンドを考えてくれたなんて、素直に嬉しいじゃないか。

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