36、お針子の仕事始めました
「アリスちゃん、どこか良い働き口はないかな?」
翌日、朝食をセッティングしてくれているアリスちゃんにダメもとでそう尋ねてみた。
「急にどうされたのですか?」
「一刻も早くお金を貯めたくて……」
借金返して奴隷から抜け出す。話はまずそこからだ。
「そうですね。そういえば、露天商人のポーラさんが人手不足で困ってるって噂で聞きましたけど……」
「露天商人のポーラさんだね。ありがとう、行ってみるよ!」
朝食を急いで済ませた私は、アリスちゃんに教えてもらった露天商人のポーラさんを探して、貴族階級にのみ開放された城内の東側に位置する特別エリア、露店街を目指した。
今までサロンと図書館しか利用してなかったから少し迷ったものの、何とか辿り着いた。けれど、何の露店をしてるかぐらい聞いてくればよかった。ドレスや帽子、装飾品から帽子や靴と、ズラリと並ぶ露店馬車を前に、思わず圧倒されていた。
「あーもう! 急にほんと何なのよー!」
その時、一番端にある古びた露店馬車から女の人の叫び声が聞こえてきた。窓から中を覗き込むと、女の人が一生懸命何かをチクチクと縫っている。
横にはまだこれから縫わなければならないのだろう布が山積みになっていて、今にも雪崩れそうだった。
この人がポーラさんかもしれない。裏口から回って中に入って声をかけた。
「あのー、もしかしてポーラさんですか?」
「そうだけど、アンタは誰だい? 見たところお客様じゃなさそうだし……って、特別功労者様?! これは失礼いたしました!」
ポーラさんが立ち上がった瞬間、横に詰まれた布の山が崩れおちそうになった。
「危ない!」
急いで駆け込み、何とか間一髪の所で雪崩を回避できた。
「助かったよ、ありがとね。じゃなかった、ありがとうございました」
「そんなかしこまらないで下さい。あの、もし人手が足りてないのなら、私を雇ってもらえませんか?」
「え、と、特別功労者様を?!」
「申し遅れました。リア・ブライアンと申します。どうしてもお金が必要なので、空いた時間に働きたいなと思いまして。裁縫は一通り出来るので、もしよければ……」
「本当かい?! 今、猫の手も借りたいほど忙しいんだ。助かるけど、出来高給でもいいかい?」
「構いません」
「それじゃあ早速説明するよ。今うちで主に作ってるのは、城下で大人気の抱き枕のカバーなんだ」
どうりで、L字型の布がたくさんあるはずだ。ゲンさん、きちんと皆に広めてくれたんだね。
「ここは主に寝具のカバーを取り扱ってる店なんだけど、なにせ買いに来るのは貴族様ばかりでね。全てのカバーが完全オーダーメイドなんだ。こんな感じでね」
うわー。とんでもなく女の子らしいデコデコしい抱き枕カバーだ。逆にここまでやると使いにくそうだけどな。可愛いを追求するのは、どこの世界でも一緒らしい。
「上質な扱いにくい布ばっかり要望される上に、手の込んだ刺繍が多いから、手縫いじゃないと作れない。リアちゃんにやって欲しいのは、このカバー作りだよ。あたしが刺繍を入れた布を設計図通りに組み合わせてカバーに仕立てておくれ。手間と暇がかかるからね。賃金は一枚につき一万ペール出すよ。頼めるかい?」
「はい、頑張ります!」
「じゃあ早速、裁縫の腕前見せて欲しいから、これで試しに何か作ってもらえるかい?」
「分かりました。お道具、お借りしてもよろしいですか?」
「ああ、ここのを自由に使っておくれ」
渡された布をチクチクとひたすら縫っていく。お師匠様の所で掃除、洗濯、裁縫と何でもやっていたからこれくらい、何てことはない。小さな巾着を作ってポーラさんに見せた。
「さいっこうだね! リアちゃん、アンタ凄いよ! 早速、こっちのを頼めるかい? 設計図はここにあるから。一枚ずつ確実にお願いするよ」
「はい、喜んで」
それからしばらく、お金のために無心でチクチク針仕事をしていると、急に外がざわつき始めた。何事かと窓から覗くと、王子が露店街をうろついていた。
何故かその手には、私があげた特製抱き枕を抱えている。うん、目立つ。
昨日、強制的に眠らせてから顔を合わせていない。正直今は会いたくない。そんな私の気持ちとは裏腹に、王子がこの店を訪ねてきた。
ポーラさんが外のお店番に行った所で、バレないようにこっそりと窓からその様子を窺った。
「あら、ルーク王太子殿下。ようこそおこし下さいました」
「これのカバーを頼みたい」
「かしこまりました。デザインは如何なさいますか?」
「中身が汚れなければそれで良い。適当に任せる」
「かしこまりました。採寸させて頂いてもよろしいですか?」
「ああ。決して汚すなよ。これは大事なものなんだ」
大事なもの……その言葉で嬉しくなる自分の単純な心を無理矢理静めた。
「心得ております。では、少々お待ち下さい」
おっといけない。ポーラさんが戻ってくる。中断していた手を慌てて動かした。
そんな私に構うこと無くポーラさんは、テキパキと作業台で抱き枕の採寸をし始めた。
「悪いけどリアちゃん。そこに紙と羽ペンあるから、ちょっと取ってくれるかい?」
「はい、分かりました」
言われた通り戸棚を開けて、紙と羽ペンを取り出していると──
「今、リアって言ったか?!」
露店馬車の中に、王子が乱入してきた。










