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異世界転生して幻覚魔術師となった私のお仕事は、王子の不眠治療係です【電子書籍+コミックス1巻発売中!】  作者: 花宵
本編

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33、さぁ、心置きなく抱きしめて下さい

 宵の刻を迎えた頃、アシュレイと共に王子の部屋へとやってきた。案の定、入室して視線が合うなり即行で外された。


「は、はやく幻覚をかけてくれ」


 そして素早い動きで布団の中に潜り込んだ王子は、布団を被ったままそう訴えてくる。あの日以降、いつもこうだ。


「分かりました。その前に王子……」


 ベッドサイドまで近付いた私は、容赦なく王子の掛け布団を引っ剥がした。いきなり布団を奪われるとは思わなかったのだろう。王子は驚いた顔でこちらを見た後、顔ごと背けてサッと視線を逸らした。


 まぁ、迷惑かけたしこんな反応されても仕方ない。しかし、今は仕事中だ。

 私は公私混同しない主義なんで、避けられようが仕事は全うする!


「さぁ、王子! まずは心置きなく抱きしめて下さい」

「……は? だ、抱きしめる?! 俺は、何も抱きしめてなど、ないからな!」

「つべこべ言わずに、さぁ! 抱きしめて下さい!」


 ゲンさんに作ってもらった抱き枕を、何故か真っ赤に染まっている王子の顔に押しつける。


「な、何だこれは?!」

「王子のために作ってもらったスーパー安眠グッズ、特製抱き枕です。気持ちいでしょう?」

「確かに、触り心地はよいが……アンタが、俺のために作ってくれたのか?」

「そうです。街一番の布団職人、ゲンさんに依頼して作って頂きました。こちらに頭を乗せて。さぁ、心置きなく抱きしめて下さい」

「だがしかし……急に抱きしめろと言われても……」


 使い方を説明するも、王子は戸惑っていらっしゃるようだ。


「何も恥ずかしがる事はございません。こちらは既に大量生産を依頼しており、まもなく市場にも出回る予定です。誰もがもう、この抱き枕無くして眠れなくなるに違いありません。なのでこれを使うことは決して恥ずかしい事ではございませんよ」

「そう言われてもな。リア、何故アンタはこれを作ったのだ?」

「貴方の心を汲み取ったまでです」

「……それはどういう意味だ?」


 アシュレイに聞こえないように、私は小声で王子に話し掛けた。


「ですから先日、私を抱き枕にして眠られていたでしょう? 幻覚魔法を使ってないのに、気持ちよさそうに眠られていたので、抱き枕があれば寝れるのではないかと思いまして」

「なっ! あ、アンタ! 起きてたのか?!」

「途中で一度目が覚めただけですよ。まぁ、すぐにまた寝たのでご安心下さい。私からは指一本たりとも、王子の身体には触れておりません」

「……アンタが居たから、眠れたんだ」

「はい?」

「隣で脳天気な顔して気持ち良さそうに眠っていたから、色々考えるのが馬鹿らしくなって、いつの間にか寝ていた。だから、抱き枕があったから眠れたわけじゃない」

「ボリューム! 声のボリューム落として下さい! アシュレイに聞こえてもいいのですか?」

「構わない。むしろここからは聞かせたいくらいだ」

「……聞かせたい?」


 抱き枕を置いて立ち上がった王子は、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。


「今まで、アンタを避けるような態度をとってすまなかった。離れれば、この気持ちを静めることが出来ると思っていたが、逆だった。何をしていてもアンタの事が気になって仕方がない。リア、どうやら俺は……アンタを好きになってしまったようだ」


 どうしよう、デジャヴ感が半端ない。

 誤魔化すことは簡単だけど、人間不信の王子が心を開いたというのはかなりの進歩だ。

 かといってお師匠様との誓約もあるし、今の私にはその気持ちに応える事も出来ない。


 ここは、正論で返すしかないか。


「私をそこまで信用して下さったのですね。そのお気持ちは大変嬉しく思います」

「だったら俺と、結婚を前提に付き合ってくれ」

「ルーク王太子殿下、貴方は将来この国を背負って立つお方です。貴方の隣に並ぶべき女性には、高い教養と身分が問われる事でしょう。私はそのどちらも持ち得ません。ですので……」

「安心しろ。身分にこだわるそんな古臭い習わしは、父上が撤廃してくれた」

「……はい?」

「父上は市井で母上を見初め、大恋愛の末に結婚したのだ」

「えーっと、それって、つまり……」

「身分など関係ない。教養など、これから身につければ良いだけだ」


 やばい。やばい。下手に出たのが失敗だった。変な方向に話が進んでいる。


「お待ち下さい、殿下!」


 その時、壁側で静かにこちらを見守っていたアシュレイが、珍しく声を上げた。


「何だ、アシュレイ」

「リア様を殿下にお渡しするわけにはまいりません」

「お前は一度、振られたのだろう? だったら潔く身を引け」

「この二ヶ月、私はリア様に与えられた試練をずっと耐えてまいりました。ですがやはり、リア様以上に素敵な女性はいらっしゃいませんでした」


 こちらに近付いてきたアシュレイは、跪いてそっと私の手を取った。


「私は本気です。どうかリア様、もう一度考え直して頂けませんか?」


 うわー、どうしよう。またややこしくなってきた。

 二人とも、目がマジだ。真剣だ。とても笑って誤魔化せる状況じゃない……

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