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異世界転生して幻覚魔術師となった私のお仕事は、王子の不眠治療係です【電子書籍+コミックス1巻発売中!】  作者: 花宵
本編

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32、汲み取りましょう、貴方の心を!

 なんか身体に重みを感じる。目を開けて横を見ると、何故か王子の顔が近くにあった。身体の上に乗っかっているのは、どうやら王子の腕のようだ。そこで思い出す、一緒のベッドで寝ていた事を。


 王子の瞼は閉じられたままで、規則正しい寝息が聞こえる。どうみてもこれは、寝ている。幻覚をかけてないのに、眠っているじゃないか! しかも悪夢に苛まれて奇声を発する様子も見られない。


 これは──不眠が治った?!


 あー王子を叩き起こして今寝てましたよね?! って確かめたい! 確かめたいけど、折角眠っているのを起こすわけにはいかない。

 そんなジレンマに陥ってると、不意に身体の締め付けが強くなった。さらに足までのっかってきて……完璧にこれ、抱き枕状態だ。


 今すぐこの手と足をどかしてぇ……でも、折角自力で気持ちよさそうに寝ていらっしゃるのを起こすのは、流石に気がひける。

 この状態を持続して、何れは一晩きちんと睡眠をとれるようになってもらわないといけないわけだし。今、そのチャンスの芽を摘み取るわけにはいかない。


 そこから導き出した結論……気にせず寝よう。起きたら王子が自分から離れていくだろうし。再び良い感じの眠気に襲われた私は、そこで意識を手放した。


***


 何故かあの一件以来、王子がまともに目を合わせてくれなくなった。話しかけてもどこか挙動不審だし、毎日やってきていた図書館にも現れなくなった。


 心にすきま風が吹くような寂しさを感じるのは、何故だろう。


 あの日の晩の事に触れようとすると、『いいか? あの件は他言するな。絶対だぞ!』と言い残し、急用だと席を立って居なくなる。


「リア様、殿下と何かありました?」


 流石に露骨に私を避けすぎる王子の様子が不審だったようで、アシュレイが心配そうに尋ねてきた。

 だがあの日の晩のことは他言するなと言われているし、もし語れば自分の醜態から全て話さなければならなくなる。私としてもそれは避けたい。結局言えたのは「いえ、特には」と誤魔化すことだけだった。


 あの日の晩、昼前に私が起きたら王子は既に居なかった。断末魔の叫びに起こされなかったということは、王子も普通に目覚めるまでは眠られていたのだと思う。普段と何が違うのか考えて、その答えはすぐに分かった。


 抱き枕だ! 抱き枕があったから、王子は眠れたんじゃないだろうか。

 私も前世でよく使っていた。某ホームセンターが売ってたL字型の抱き枕。頭をのせられつつも抱きつける。あれがあれば、普通の枕なんて要らない。何とも画期的かつ気持ちよさを追求した素晴らしい代物だった。


 王子はきっと抱き枕が欲しいのだ。でも恥ずかしくて言い出せない。それならば……その心、私が汲み取りましょう!


 あの面接の時、私の前に合格していたおじさん。彼は街一番の布団職人だと言っていた。彼に極上の抱き心地の抱き枕を作ってもらえれば、王子の不眠も治るかもしれない。


「アシュレイ。街一番の布団職人の方にお会いしたいのですが、取り次いで頂けないでしょうか?」

「構いませんが、何をなさるのですか?」

「王子を安眠に誘う、魔法の商品を作ってもらうのです」

「かしこまりました。直ちに手配致します」


***


 仕事の早いアシュレイは翌日、布団職人のゲンさんを連れてきてくれた。そのゲンさんに、幻覚で作ってもらいたい抱き枕のイメージをこと細かに伝える。


「嬢ちゃん、すごいな! こんな発想、今までになかった。間違いない……コイツは寝具の世界に、旋風を巻き起こす!」

「お願い出来ますか?」

「ああ、任せろ! 一週間あれば出来るだろうから、楽しみに待っててくれ!」

「はい、お願いします」


 それから一週間後、ついに頼んでいた抱き枕が完成した。


「完成したぜ、嬢ちゃん。見てくれ!」

「こ、これは……触り心地もなめらかで、肌に吸いつくようにフィットする弾力感! 頭に添うよう考え込まれた絶妙なL字カーブ! 何をとっても完璧な代物ですね!」

「ハッハッ、そんな褒めんじゃねぇよ。照れんだろ」

「ゲンさん、もし良かったらこの商品を世間に広めて頂けませんか?」


 抱き枕を使うことは恥ずかしい事じゃない。むしろ、安眠の強い味方なのだと世間に印象づけるのだ。そうすれば、王子も心置きなく使えるはずだ。


「いいのかい? これは間違いなく売れる。むしろこっちが金払って店でも売らしてくれってお願いしようと思ってたくらいだ」

「私にとって今大事なのは、この商品の良さを皆さんに分かってもらうことなのです。なのでどうか、お願いします」

「ありがとな、嬢ちゃん! 寝具に困ったらいつでも俺の所に来な! いつでも力になると約束しよう」

「はい、頼りにしてますね」


 よーし、これから忙しくなるぞー! と、意気揚々とゲンさんは帰って行った。

 帰り際に、作ってもらった抱き枕の代金を渡そうとしたら、「良い商品教えてくれた礼だ。それは受け取れねぇ!」 って、もらってくれなかった。男前だね、ゲンさん!


 さぁ、これで準備は調った。今晩、王子にこれを使ってもらうとしよう。不眠が治ってくれたら嬉しいな。

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