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異世界転生して幻覚魔術師となった私のお仕事は、王子の不眠治療係です【電子書籍+コミックス1巻発売中!】  作者: 花宵
本編

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29、目覚めると悪夢の始まりでした

 いや、うん、分かってたよ。こうなることは。王子の手がプルプルしてる。足はガクガクでロボットみたいになってるし、もう限界なんだろう。きついよね。息乱れてるよ。


「あの、王子……意地張ってないでそろそろ下ろして下さい。自分で歩けますので」


 毎日身体を鍛えているであろうアシュレイならともかく、流石に王子には厳しいだろう。

 この無駄に広い王城から騎士の訓練場まで、どれだけの距離があるのか。普通に歩いて行くだけでも疲れそうなのに、人を抱えて歩くなど言語道断だ。


「アンタ、ヒールで歩くの慣れてないんだろう? また転ばれても面倒だ。いいから、大人しく掴まってろ」


 いや、ほんと、貴方の方が今にも転びそうなんですけど!

 まだ私が自分で歩いた方が絶対に転ばないからね?!

 台詞だけ聞いたらどこの二次元のイケメンだって思ったけど、その青ざめた顔と台詞が全く一致してませんから!


 頑固な王子に止めろと言っても逆効果だと、これまでの道のりでよーく分かった。そのせいで今現在、余計意固地になって下ろしてくれなくなったから。

 このままだと、限界がきてそのままぶっ倒れる可能性が高い。巻き込まれるのはごめんだよ!


 こうなったら、北風と太陽作戦でいこう。王子がわざと下ろしたくなるように仕向けるのだ。

 太陽は、旅人を照らして暑さを感じさせることにより、コートを脱がせる事に成功した。

 王子はもやしと言われたことに怒っている。それならば──もやしの素晴らしさを分かって好きになってもらえば、下ろしてくれるに違いない!


「王子、もやしという野菜はとても万能な野菜なんですよ。茹でても焼いても美味しいし、安いのに量も多いから、かさ増しに使えて庶民の食卓の味方なのです。王子は将来、王になられるのでしょう? 貴方なら、もやしのように庶民から慕われ国を引っ張る、素晴らしい王になれると信じています。いいじゃないですか、もやし! 最高ですよ、もやし! よっ、にくいね~もやし王子!」

「リア……」

「はい、何でしょう?」

「もやしは好きか?」


 何だろう、この質問。ただの二択なのに、間違ったら取り返しがつかない事になりそうな威圧感を感じる。

 だが、もやしを褒め称えた手前……そこまで好きじゃないとは言えない。


「え……ええ。大好きですよ」

「そうか。それならしばらく、アンタだけ特別に、サロンのメニューを全てモヤシ料理に変更してやる! 大好きなんだろう? 前菜からデザート、飲み物に至るまで、全てがもやし尽くしだ。良かったな~毎日大好きなモヤシ料理が食べられて」


 ノォオオオー!!

 お、鬼だ。悪魔だ。私の唯一の楽しみが……全てもやしになってしまった。


──北風と太陽作戦、かなりの大打撃を受けて失敗。


 ここで屈してなるものか。嘆いてなどいられない。次の作戦を執行しよう。サロンがもやし尽くしになる事以上に、苦しいことなどないからね。


 先人は偉大な言葉を残してくれた──押して駄目なら引いてみろ、と。

 下ろしてくれと連呼するから下ろしたくなくなる。それならば、あえて今の状況がどれだけよいものなのかを見せつけてやれば、苛ついて下ろしたくなるはずだ。


「あの、王子」

「何だ?」


 うわー超不機嫌だ。さっきの絶対まだ根に持ってるよ、これ。


「肩に手を回してもいいですか? その方が重さが分担されて、多少は楽になるかと思いますので」

「ああ」

「それでは、失礼します」


 わざとらしく王子の背中に手を回してしな垂れかかって頬を寄せると、王子が一瞬、ビクリと大きく身体を震わせた。


「ついたら起こして下さいね」

「ちょっと待て」

「何か?」

「寝るのか?! 俺を枕にして、寝るのか?!」

「ええ、揺りかごで揺られているみたいに気持ちよくて。いいですね、人肌。温かくて気持ちいですよ」


 あれ、なんか意外といいぞこれ。

 春が来たとはいえ、今日は何だか肌寒いし。湯たんぽだ。王子の身体は湯たんぽみたいに温かい。少しだけ目を閉じた私は、いつの間にか本当に意識を失っていた。


***


「おい、リア! 起きろ!」


 誰かが私を呼んでいる。


「全く、いつまで人のベッドを占拠するつもりだ!」


 もー、うるさいな。人が折角気持ちよく寝ているというのに。寝ぼけ眼をゴシゴシと擦りながら身体をおこす。


「これは王子、どうなさいました?」

「『どうなさいました?』じゃない! 今、何時だと思ってるんだ?!」


 はてさて、何をそんなに怒ってらっしゃるのか。窓のカーテンが閉まっているという事は、夜か朝のどっちかだろう……って、おかしい。私の部屋にあんな豪華なカーテンはない。


 ちょっと待て、ここは何処だ?!


 恐る恐る部屋を見渡すと、とっても見覚えのある部屋だと気付く。主に仕事の時にやってくる、一番豪華な部屋だ。ここはもしかしなくても──王子の部屋じゃないか!


 何だこのデジャブ感! 夢だ、そうだこれは夢に違いない! あの時みたいに夢なんだ!


「言っておくが、夢じゃないからな」


 グサッと一刺し、鋭いナイフで心臓にトドメを刺された気分になった。


 何故、私はここで寝ている?

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