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異世界転生して幻覚魔術師となった私のお仕事は、王子の不眠治療係です【電子書籍+コミックス1巻発売中!】  作者: 花宵
本編

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28、王子のNGワードに触れてしまった

 大きな化粧台の鏡が私を映し出す。

 慣れた手つきでメイドさん達は、あれよあれよという間に私の頭や顔を飾り立ててゆく。すごい、プロだ。

 来ていたローブを剥がれ、ドレス用の下着を着せられ腹部に何かを巻かれた。


「リア様、いきますよ?」と聞かれたものの何のことかさっぱり分からない。


「ええ、どうぞ」と適当に答えると、お腹に物凄い圧迫感を感じた。ぎゅうぎゅう締め付けられて胃が飛び出そうになる。そこで初めてコルセットを巻かれていた事に気付いた。


 きつーい状態で固定され、先程のドレスに袖を通させられた。メイドさん達がテキパキと袖や裾などの長さを調節してくれてピッタリサイズとなった。

 ヒールの高い靴を履かされ、王子の待つ隣の部屋へ戻るよう促される。


 一体何の罰ゲームだよ。笑いたいなら笑え、思う存分笑うがいい。どうせ似合わないんだよ。分かってるんだよ。


 そんな思いを抱えながら、開けられた扉から王子の待つ部屋へ入る。王子と目が合うも、気まずくて即行で視線を逸らした。


「これは驚いた。見違えるように綺麗になったな」

「そ、そんなにジロジロ見ないで下さい……見物料とりますよ?」

「そうか。見物料を払えば見てもいいのだな?」

「いや、やっぱり駄目です! 見世物にしたくありませんから!」


 お金払ってまでみたいなんて、なんて嫌な奴なんだ。王子はこちらを見てにやにや笑っているし、なんか無性に腹が立った。


「な、何がそんなに可笑しいんですか?」

「いつも冷静に俺を諭してくるアンタが、そんなに動揺している姿は珍しいなと思ってな」

「……あんまり調子に乗ると、ホラーゲームさせますよ? 夜一人でトイレにいけなくなるくらい、こわーい奴を」

「悪かった。許してくれ」


 わたしの言葉で王子の顔は一瞬にして青ざめた。ざまぁみろ。笑った罰だね。


「お茶会って、これ着ないと駄目ですか?」

「気に入らないなら別のドレスを用意しよう」

「これが気に入らないんじゃなくて、ドレスを……着たくないんです」

「なぜだ? 凄く似合っているのに」

「お世辞は結構です。似合わないのは自分でよく分かってますから。王子も先程、にやにやと笑って見てたじゃないですか」

「あれは、その……よく似合っていたから、俺の見立ては正しかったなと嬉しくなって、つい頬が緩んだだけだ」

「じゃあ、この格好がおかしかったから、笑ってたわけじゃないんですか?」

「そんな事で笑うわけないだろう」

「……本当に、似合ってます?」

「ああ、よく似合っている。今のアンタは可愛いよ。だから、もう少し自分に自信を持て」

「あ、ありがとう……ございます」


 可愛いなんて言われたことのない私の心に、王子の言葉が突き刺さった。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。


「よ、汚すといけないので、着替えてきます!」


 一刻も早くその場を去ろうと慌てたのがいけなかったらしい。慣れないヒールで滑って身体が後ろに大きく傾いた。

 横から見たらきっと、バナナの皮を踏んで豪快にスベった人みたいにマヌケな絵図だったに違いない。


 ああ、慣れないドレスを着た罰だ。やはりこの世界でも私はドレスを着る度に笑いものにされる運命なのか。


「リア、危ない!」


 衝撃に備えて目をつむるも、痛みは一向に訪れない。感じるのは、身体を包み込む温かい何かの体温だった。


「怪我はないか?」

「だ、大丈夫です。ありがとう、ございます」


 どうやら王子が抱きとめてくれたらしい。ほっとしたように王子は安堵のため息をもらした。近い、なんか色んなものが近い。


 でもこうやって見ると、やはりこの王子……元は美形だったんだとつくづく思う。


 この二ヶ月、きちんと睡眠をとり、しっかりご飯を食べるようになった王子の顔に、最初に会った時のような不健康そうな面影はない。カッサカサだった肌は潤いを取り戻し、目の下のクマは消え、紫だった唇も血色がよくなっている。睫毛長いし、鼻筋は通ってるし、綺麗な顔立ちだ。


 もやし体型だった身体も線が細いのは変わらないけれど、なんか堅い。胸板も腕もしっかり筋肉がついてる。私を支えても倒れないくらい、鍛えられてる。

 うん、良い兆候だね。前は風が吹いただけで飛ばされそうだったから心配だったし。


「ちょ、まて、リア、や、やめ……揉むな! くすぐったい!」

「あ……すみません。つい……」

「ついって何だ、ついって……まったく、アンタは近くに身体があったらついベタベタ触る習性でもあるのか?」

「人を変態みたいに言わないで下さい。もやしみたいだと思ってた王子にこんな力があったとは思わず、つい筋肉量を確かめてみたくなっただけです。かなり健康的な身体になられましたね」

「……もやし?」

「白くてひょろ長い野菜の事ですよ」

「……ほぅ、そうか、もやしか。アンタは俺のこと、そんな風に思ってたわけだな?」


 なんか、王子のまとう空気が一瞬でどす黒くなった気がした。


「す、すみません。あの、王子……顔が怖いです」

「ちょうどいい、そろそろ模擬戦の決勝戦が始まる頃合いだろう。今からアンタを、そこへ連れて行く」


 私を抱えて立ち上がった王子は、そのまま長い足を動かしてスタスタと歩いて部屋を出て行く。


「え、ちょっと! このまま?!」

「なにか問題あるか? ああ、不安なのか? そうだよな~、白くてひょろ長いもやしのような男に抱えられて、いつ落ちるかも分からないからな。命が惜しいなら動くなよ。アンタを支えきれず、うっかりそこの階段から落としてしまうかもしれない」


 いやそれ、うっかりでは済まされないでしょう! といつもなら突っ込む所だけど、声を出すのもはばかられた。


 だって王子、顔は笑ってるけど目は笑ってない。有無を言わせないとはまさしくこの事だろう。

 どうやら私は、王子のNGワードに触れてしまったらしい。


 もやしとか、白くてひょろ長いとか、今後王子の前で使わないようにしよう。

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