26、ドブネズミ呼ばわりされました
「あーら、リアちゃんじゃないのぉ。こーんな所に居るとは予想外だったわ」
「どうも、お久しぶりです」
絡まれた。最悪だ。
「あの時はよくもあたしの顔を殴ってくれたわねぇ? ほんと視界に入るだけでも目障りだわぁ」
相変わらず、くねくねしながら気持ちの悪い喋り方をなさる。でも視界に入るだけで目障りなのは同意見だ。
「それに平民風情のあんたがどうしてそんな所に座っているのかしら? 身の程をわきまえた方がいいんじゃないのぉ?」
「メディウス様は、また一段と大きくなられたようで。ソファが悲鳴をあげてますよ、可哀想に」
「何ですって?!」
「ただ事実をありのままに述べただけですよ。四人掛けのテーブルが、メディウス様がお座りになると一人用みたいですもの」
そのはちきれんばかりの巨体全身に、イメージ操作の幻覚をかけるのは本当に疲れた。見てるだけで、あの頃の悪夢がよみがえるようだ。
「ちょっとそこの騎士さーん、ここにドブネズミが座っててよー! 不快だがら追い出してちょうだーい!」
ハゲゴリラが可愛げの欠片もないおっさん声でそう叫ぶと、壁側に控えていた部隊長がこちらへ急いで駆け寄ってきた。素早い速さで腰に下げている剣を抜いた彼は、その切っ先をハゲゴリラの喉元につきつける。
「貴様! 先程の発言、我が国王を侮辱したと捉えても良いのだな?」
「な、なによ! あたしは王太子殿下に呼ばれてわざわざここまで来たのよ! 無礼なのはそっちでしょ!」
「衛兵! この者たちをすぐに捕らえよ!」
「ちょっと! なによ、離しなさいよ!」
「お止め下さい! この方はミシェイル公国のメディウス・ドミニエル男爵であるぞ! 無礼な事は止めて頂きたい!」
ほっそい体型の従者がハゲゴリラの前に立ち庇うも、全然その巨体を庇いきれていない。
女好き部隊長は何ともテキパキと指示を出し、控えていた衛兵がハゲゴリラとその従者をなんなく捕獲した。
中々仕事は出来るお方だったらしい。そうじゃなければ部隊長なんて任されないか。
「騒々しいな、何事だ?」
その時、噂の王太子殿下が現れた。
「王太子殿下! この者が、無礼にもあたしに剣を向けてくるのです!」
ハゲゴリラを一瞥した王子は、不快そうに顔を歪めた。
「カイル、何があったのか報告しろ」
「はっ!」
部隊長より事のあらましを聞いたルーク王子は、拘束を解くよう指示を出し、ハゲゴリラに向き直って口を開く。
「遠路はるばるようこそ参られた。メディウス卿、我が国は衛生面においてはかなり気を配っている。ドブネズミなど、居るはずがないと思うのだが?」
「そこに居るわ! 平民風情のみすぼらしいドブネズミのような女が! その女は幻覚をみせて他人を誑かす能力を持っているのよ! どうか欺されないで下さい!」
思いっきり指をさされた。子供か。
ヒステリックに叫びながら訴えるハゲゴリラに、王子はスッと目を細めて鋭い視線を投げかける。
「彼女は我が国王が認めた特別功労者の幻覚魔術師、リア・ブライアン殿だ。彼女を侮辱することは、それを認めた我が国王をも侮辱するのと同じこと。それを分かっての発言か?」
王子の排除モード再来。怒りを露わにする王子を前に、従者の青年は事の重大さに気付いたようで、奥歯をガタガタとならして怯えている。
「と、特別功労者?!」
そう呟いて、大きな巨体をガクガクと震えさせたハゲゴリラ。奴の方からだと、私の左胸につけたバッジは見えなかったらしい。
「も、申し訳ありませんでした」
途端に顔を青ざめさせたハゲゴリラはその場で頭を垂れた。
ミシェイル公国がカレドニア王国に戦で勝つなど億が一にもありえない。それくらい戦力差は一目瞭然だった。
いくら和平条約を結んでいるとはいえ、もしここでカレドニア王国に喧嘩を売るような事になれば、ハゲゴリラはもうミシェイル公国には戻れないだろう。無礼な男爵を一人差し出すだけで、自国が救われるのなら安い物だろうし。
「時にメディウス卿、最近我が国へ輸出してもらっている製品の件だが、ここ一ヶ月ほど粗悪品としか思えぬ品の数々が多く流通している。苦情が殺到して困っているのだが、管理はどうなっているのか伺いたい」
「じ、実は少し前から……我が商会のイメージが大幅にダウンしてしまいまして、その……売上が落ちてしまい……それに伴い従業員の数を減らさざるをえなくなりまして、工場の管理が行き届いておらず……」
目利きの能力がずば抜けていた先代の社長は、良い商品を仕入れ販売を繰り返し少しずつ商会を大きくしていったらしい。
お客さんのニーズに応える商品作りにも着手し、『少しでも安く高品質なものを!』の精神で作り上げた商品の数々は大ヒット。
派手な宣伝などは一切せず、実際にそれを手に取ったお客さんの口コミだけでドミニエル商会の製品はすごいと広まり、大きな商会へと発展させたのだ。
先代の社長はとても尊敬に値する人だった。
そんな先代の社長が築き上げた大商会を、このハゲゴリラはことごとく壊していった。
目立ちたがりのハゲゴリラは、イメージ操作で美女になり、自ら新商品の宣伝を大々的に行っていた。
広告にどんどんお金をかけ、その経費を長年尽くしてくれた職人達の首を切る事でまかなうようになった。
安い新人を雇用し見よう見まねで作らせた製品の質はがた落ち、抗議が殺到するのもわかりきっていた事だというのに。
『あんたの努力が足りないからよ!』
『ほら、もっと客の心を掴むイメージにしなさいよ!』
何かある度に全てを私のせいにして、あの男は自分の行動を一切顧みない。
何を勘違いしているのか、自分のイメージが上がれば製品が売れると勘違いしているアホだった。
汚点をあげてつっこむと、『でもでもだって』とでっかい図体をくねらせて言い訳ばかりする。先代社長の息子とは思えないほど本当に最低最悪のクズ野郎だった。
「ドミニエル商会の製品は、高品質がウリだったと思うのだが? 現状を把握しておきながら、我が国へ粗悪品を輸出し流通させていると? 人を謀っているのはそちらの方ではないのか?」
「ま、誠に申し訳ございません!」
王子に容赦なく責め立てられたハゲゴリラは、その場で土下座を繰り返している。
「本日を持って、契約を打ち切らせてもらう。貴公を呼んだのはそのためだ。視界に入るのも目障りだ。即刻立ち去れ」
「そんな! 王太子殿下、どうか今一度ご配慮を!」
ドミニエル商会にとって、売上の約六割はカレドニア王国に輸出していたものだ。それを失えばさらなる苦境を強いられる事になるだろう。
「二度は言わん。もしこれ以上滞在しようとするならば、宣戦布告の意思とみなす」
「も、申し訳ありませんでしたー!」
ハゲゴリラと従者の青年は脱兎のごとく逃げ出した。










