25、その執念、恐ろしすぎます
今日は騎士団で新人研修の集大成、模擬戦が行われている。そのため団長サマは忙しく、護衛につけないらしい。それで紅蓮の騎士団より別の騎士が来てくれたわけだけども……
「お初にお目にかかります、リア様。紅蓮の騎士団所属第二部隊長を任されておりますカイル・ロバーツと申します」
さすがは団長サマの部下だね。
礼儀正しい青年だと思ったのも束の間──カイルと名乗った部隊長は私の髪を一筋すくうと、流れるように自然な動きでキスを落とした。
この男、かなり手慣れてる!
「それにしても、噂に違わぬ美しさですね。団長とルーク王子の心を砕き虜にしている噂は伊達じゃありませんね。リア様、よければ私とも遊んで下さいませんか?」
にっこりと爽やかな笑顔でとんでもない事を言ってくる目の前の男に、虫ずが走った。
撫でるな。自然に手を取って、手の甲を撫でるな。
それにアシュレイはともかく、王子を虜にした覚えはない! 最近はなんか懐いてくれてるなーとは思うけど、そういう意味で虜にした覚えは一切ない!
まぁ、幻覚による王妃殿下の人徳レッスンでかなり丸くなってくれた。最近はゲームやらせて絆って素晴らしいって学んでもらって、感情も豊かになった。
根が素直な分、効果があるのか、周囲を見境なく威嚇することは無くなってきたとは思う。
そんな事より今は、目の前のこのチャラ男の排除だ。さて、どうやって排除しよう?
──その一、霊的にこわーい幻覚をみせて排除する。
「その透けるような白い肌に、艶めかしい綺麗な黒髪。貴方のように美しい女性に出会った事はありません。どうか私と、お付き合いして頂けませんか?」
幽霊に告白しちゃったよ。なんだよ、この人。見た目が女性っぽかったら誰でも良いのか。
──その二、今まで口説いてきた女性に次々と復讐される幻覚をみせて排除する。
「こうしてまで私を手に入れたかったんだね。いいよ、おいで。全ての愛を受け取ろう」
ナイフで滅多差しにされながら恐ろしい事言ってるよ。こわっ。この人の存在がこわっ!
──その三、世界から女の人が居なくなった幻覚をみせてみた。
「何故だ! 何故女性が居なくなってしまったんだー! こんな世界で私は生きられないっ!」
おお、これはかなり効いたみたいだ。自暴自棄になって駈けだしたぞ。そして、自ら崖に飛び込んだ?!
どうやらこの男、生粋の女性好きのようだ。どんな女性でも口説くところは、アレックス王子よりすごい。
でもそれなら簡単だ。幻覚で男として認識してもらおう。そうすれば害はないはず。
「カイル部隊長。何か勘違いをされてませんか? 線が細いので間違われやすいのですが……私は、男ですよ?」
幻覚でたくましく割れた胸筋を見せつけると、部隊長の顔が真っ青になって崩れおちた。しばらくして立ち上がった女好き部隊長は、何事もなかったかのように職務に戻った。
「リア様、参りましょうか」
「ええ、そうですね」
男には普通なんだ。ああ、団長サマがこの人の本性を知らないのはきっと、周囲に女性が寄ってこないからだ。じゃなかったら、こんな変な奴……絶対護衛になんてつけるはずがないと、信じたい。
とりあえずまともになった部隊長と一緒にサロンに行った。壁側の定位置に付くやいなや、令嬢達をガン見している部隊長殿。流石に口説きに行かないのは、職務中だという理性が働いているからだろうか。足がピクピクしてるけど。
気にせず私はいつもの定位置に座った。
周囲はティータイムを楽しみながら可愛らしいお菓子をつまんでいるだけだけど、気にしない。私はがっつり食べるのだ。
最初のうちはギョッとした目で見られてたけど、この胸のバッジの効果なのか文句をつけてくる貴族は居ない。
さっと視線を逸らされて、そっと席を立ち遠くへ移動されるだけだ。
令嬢達が去り、部隊長が残念そうな顔をしていても、気にしない。
それよりも、私には密かに憧れている人が居る。
いつも私より先にこのサロンに来て、がっつり食べているふくよかな腹回りのおじさま。大体いつも来ると居る。
私より先に来てて、美味しそうなものをがっつり食べてる。あまりにも美味しそうに食べているから、真似して同じ物を食べたくなる。
しかもあのおじさま、中々通な食べ方をしていて、帰られた後にコソッと真似すると、ほっぺたが落っこちそうになるほど美味しいのだ。
それなのに、何故今日は居ないんだ! 我が尊敬すべき食の伝道師!
あ、そっか。女好き部隊長をどうやって排除しようか試行錯誤してたから、時間が遅くなってしまったんだ。
あのおじさまは、服装的に文官といったところだろう。職務の休憩時間に来られているようだったし。
仕方ない、今日は自分で選ぼう。メニュー表を眺めながらなにを食べようか考えていると──
「メディウス様、こちらが空いております。どうぞこちらへ」
「あらほんとだわ。ありがとう。はぁ……ふぅ……疲れたわ……」
どこかで聞き覚えのあるオカマ声が耳に届く。思わずそちらに視線を向けると、ドミニエル商会の二世社長ことハゲゴリラが、顔や頭から吹き出る汗を布巾で必死に拭っていた。
なんと見苦しい、目が腐る。従者らしい青年はその様子を若干ひいたように見ていた。










