22、様子がおかしい王女様
王城に来て二ヶ月が過ぎた。
サロンのカフェを毎日利用していた私は、一通りメニューを制覇した。もちろんその際、目力を封印した団長サマを引き連れて、女性との交流も深めてもらっている。
たまたまそこに、王女様がよくいらっしゃるようになって、当たり前のように同席される。うん、なんでだろう?
私がお昼ご飯を食べている目の前で、優雅にティータイムをとられる。最初はアシュレイ目的だと思ってたけど、最近はそうでもないらしい。
「リア! ちょっと聞いて下さいまし!」
その一言から始まって、昨日は慈善活動でどこに行っただの、夜会で礼儀知らずの男爵令嬢に灸を据えてやっただの、ふらっと現れては楽しそうに近況報告をしていかれるのだ。
私は王女様のマシンガントークに相づちを打ちつつご飯を頂き、たまに言葉を返す。話し終わって満足すると、「それでは、ごきげんよう」と去って行かれる。何というか嵐のようなお方だと思う。
だけど、今日の王女様はいつもと違った。普段より一際ゴージャスな装いをされている。自信に満ちあふれた王女様から、いつもの覇気が感じられない。生気が抜け落ちたかのように、心ここにあらずなご様子で、顔色も優れない。
「どうかなさいました?」
ボーッとされている王女様の様子が気になり尋ねると、ハッとした様子で現実に戻ってこられた。
「ルークのこと、頼みます。最近あの子、良い方向に変わってきてるの。これも貴方のおかげね、感謝するわ」
「それは勿論ですが……シャーロッテ様、いつもとご様子が……」
「スノーリーフ王国へ、嫁ごうと思ってるの」
嫁ぐ……王女様は、アシュレイの事が……ああ、だから顔色が。
涙を必死に堪えるようにそう紡がれた王女様の声は、震えていた。
「本当にそれで、よろしいのですか?」
「私は王女ですもの。国のためなら、仕方の無い事ですわ……それに、昔からよく知った仲ですし、悪い話でもありませんの」
話を聞くと、カレドニアの北に位置するスノーリーフ王国の王子、アレックス様からの熱烈なアプローチにより縁談がまとまりかけているそうだ。
こちらに留学されていたアレックス様とは、学生時代の旧友でもあり、その頃から慕われていたと。でも王女様は、昔からアシュレイの事を慕っていたと。
カレドニア王国ほどではないけれど、スノーリーフ王国もそれなりに大きな国だ。隣国同士、さらなる親睦を深めるためにも、悪い話じゃないと王女様は思っていらっしゃるようだ。
身分とか地位とか、色々気にしなくちゃいけないんだろう。でも無理して笑おうとされる王女様の姿を、見ていられなかった。
王女様は、いつも肌身離さず扇子を持っていらっしゃる。それは昔、アシュレイが王女様へあげたものらしい。
王妃殿下がお亡くなりになって、ルーク王子があんな状態になって、陛下が悲しみに暮れて、その当時は自分が何とかしなければいけないと王女様は常に己を奮い立たせていたそうだ。
でも中々うまくいかなくて隠れて泣いていた時、アシュレイがあの扇子をくれたそうだ。
『シャーロッテ様、一人で無理をなさらないで下さい。辛いときはこの扇子が、貴方をきっと守ってくれます』
人前で涙が出そうになった時、その扇子を使って注目をそらせば誤魔化す事が出来るからと。
その思いが、その気遣いが、とても嬉しかったと王女様は語っていた。
本当にアシュレイの事が好きなのだろう。それでも国のためと自分の気持ちを割り切らなければならない。平民の私には分からないその境遇が、とても不憫に思えた。
「もうじきアレックス様がおみえになるから、今日はもう失礼しますわ」
王女様はそれだけ言うとサロンを後にされた。その寂しげな背中を眺めてたら、食事が喉を通らなくなった。美味しいはずの料理が、何だか味気ない。少しうるさいくらいだったのに、一人ではない食卓が、楽しかったんだと気付かされた。
向かいのテーブル席には、王女様の大切な扇子が置きっぱなしだった。忘れて行かれるくらい、動揺されていたのだろうか。それとも、決別の意味を込めて、ここに置いていかれたのだろうか。
でもその扇子はきっと、ここにあるべきものじゃない。それだけは分かった。
…………届けに行こう。
追いかけた所で自分に何ができるのか分からない。でもその先に王女様の幸せがあるのかどうか、せめて確認したかった。
最初は強烈な王女様だと思ったけど、話を聞いているうちにその偏見も薄れた。自信にあふれ少し高飛車な所はあるけれど、その内面は恋する普通の女の子だったから。
面倒だなって思ってた時もあるけど、自分の体験した事の無い王女様の話は、未知数で面白くもあった。もう聞けなくなってしまうのが、無性に寂しくて仕方なかった。










