21、苦労してクリアしたゲームって誰かに語りたくなるよね
翌日、何故か王子は前より人間不信になっていた。声をかけると──
「く、来るなー!」
部屋の片隅でガグガクブルブルと震えながらそう叫んでいる。
あーこれはリクの野郎、わざとバッドエンドに誘ったな。
「王子、昨日のゲームは如何でしたか?」
「ジキルが! ジキルが俺を裏切った!」
ジキルとは心を失った王子の名前だ。
「魔王側についてしまったのですね」
「ああ、そうだ。あれだけ助けてやったというのに、俺に剣を向けるなど! なんて奴だ!」
ストーリー上、ジキルを助けたり庇ったりする場面はあるけど、それはあくまで強制イベントでしかない。
心を失っているジキルの心を開くには、サブイベントも開放しておかないと終盤は必ず敵になってしまうのだ。
「王子、ジキルは心を失っているのですよ。途中、様々な選択肢があったでしょう? そこできちんと諭したり、怒ったり、説明したりしてあげましたか?」
「いや、心のない者に話しかけても時間の無駄だろう。長くなりそうなイベントは全て『まぁ、いいか』を選択して、レベル上げを優先させた」
「この、馬鹿野郎! それなら裏切られて当然でしょう! 呪いの消し方を道中聞いたでしょう? 歩み寄る努力をなさい!」
「だが、リクが選択肢は適当でよいと……」
「あの子の基準はラスボスの強さだけです。ジキル戦を楽しみたいから、敢えて対峙エンドに行きたいだけなのです! このゲームの醍醐味は、ジキルとの絆の深さでエンディングが変わるところです。今晩、再度チャレンジなされて下さい!」
「わ、分かったから……寄るな!」
翌日、何故か王子はアシュレイから逃げ回っていた。
「殿下、探しましたよ。こちらに……」
「く、来るな! アシュレイはこっちに来ないでくれ!」
アシュレイはということは、私は近付いても良いのだろうか?
会話が成り立つ位置まで歩み寄って声をかけた。
「王子、昨日のゲームは如何でしたか?」
「ジキルに……ジキルに監禁された……」
ああ……一番のバッドエンドに辿り着いてしまったのか。
ジキルに優しく接しすぎて、怒ったり諭したりせずただ甘やかす。そして他の仲間との絆を疎かにしてしまったパターン。
終盤、主人公がヒロインを庇う場面を見てジキルの何かが壊れる。魔法耐性のない脳筋主人公は、ジキルの闇魔法で身体を拘束され、仲間を目の前で虐殺される。
『さぁ、君と僕……二人だけの輝かしい道を作ったよ』
仲間の血で作られたレッドカーペットを歩いた先にあるのは監禁部屋。
『これからは、ずっと一緒だよ』
拘束された主人公にしな垂れかかるジキルのスチルは綺麗だったけど、恐怖以外のなにものでもなかった。
「王子、人は甘やかすだけでは駄目なのですよ。友達なら、時にはぶつかったり喧嘩したりするものです。ジキルに心はありませんが、とても聡明な子です。考えて考えて、彼は少しずつ正しい心を取り戻していくのです。それを踏まえてやり直してみて下さい」
「……嫌だ。ジキルの顔など見たくない」
「家族も国も滅ぼされ、魔王に呪いをかけられて、ジキルは本当に可哀想な子なのです。ここで見捨ててしまうのですか? 大切な人を失う悲しみは、王子がよくご存知なのではありませんか? 彼を救えるのは王子、貴方だけなのですよ!」
「……だが!」
葛藤してるね。後一押しだ。
「知りたくはありませんか? 心の底から満たされる感動による喜びを。幸せを。紡いだ絆は消えません。真実のエンディングを迎えた時、ジキルはずっと大切な貴方の友人となるでしょう」
「分かった。やる、やればいいんだろ!」
「ええ。頑張って下さいね」
翌日──王子が瞳を潤ませながら訪ねてきた。
「ジキルが! ジキルが俺を庇って、死んでしまった……!」
どうやらノーマルエンドをクリア出来たらしい。ジキルの好感度を上げて、仲間との絆もそこそこ満たしていた場合、このエンドを迎える。
「落ち着いて下さい、王子。ジキルはやり切ったのです。最後、微笑みかけてくれたでしょう?」
『君に会えて、僕は幸せだった。……っ、すまない。どうやら僕は、ここまでのようだ。今まで、ありが……と………』
そう言い残して、ジキルは幸せそうな顔をして主人公の腕の中で目を閉じる。心を取り戻したジキルが、自分の意思で行動した結果だった。
泣くよね、このシーン。悲しすぎて涙腺崩壊させるよね。
「あんまりだ! 俺はアイツに、心を取り戻したアイツに、幸せになって欲しかったのに!」
いい感じで王子も感情豊かになってきた。ここまで一人の人間を大切に思えるのなら、ゲームをやらせて正解だったかもしれない。あとは仕上げだ。
「もし、ジキルを助ける方法があると言ったらどうしますか?」
「本当なのか?! やる、俺はやるぞ! アイツを、助けるためなら、何だってやってやる!」
「それでしたら、仲間を全員集めて決して誰も死なせないで下さい。そしてサブイベントも全てこなして仲間との絆を増やして下さい。ラスボスに挑む前、石版に全員分の名前が青文字で書かれていたら大丈夫です」
やり方を教えて一週間後、王子はついに真実のエンディングに辿り着いた。
クリアした日の翌日、人の迷惑もかえりみず、朝早くから私をたたき起こしてはゲームの感想を延々としゃべり続けている。
ゲームをクリア出来た事が嬉しくて、余韻から抜けきれていないのだろう。
朝からハイテンションでゲームのことを語り続けるこの現象を、私は勝手にクリアハイと呼んでいる。
寝起きでこのクリアハイ野郎の相手をするのは正直しんどい。しんどいけれど、前世の弟、リクのせいで慣れっこでもあった。
普段はツンとクールにしている癖に、こういう時は『姉ちゃん! 姉ちゃん! 聞いてくれよ!』って嬉しそうに寄ってくる可愛い奴だったな。
忘れていた感情を呼び起こされ、懐しさがこみあげる。
リクは今頃、何しているのだろうか。王子の相手をしながら、少しだけセンチメンタルな気分になった朝だった。










