18、王子の現状を把握しよう
王子の寝かしつけ役について早一ヶ月が経とうとしていた。幻覚魔術によってルーク王子はきちんと睡眠をとれるようになったものの、何れは幻術に頼らず眠れるようになってもらわねばならない。
それをふまえてこの一ヶ月、幻覚に情操教育を取り入れながら荒んだ心のケアをしていた。主にやっていたのは幻覚内での王妃殿下だが。
そして本日、進捗状況を確認するため、幻覚魔術を使わずにどこまで眠る事が出来るのか実験を試みることになった。
王子の寝室の近くに用意された部屋で待機して待つ。何を待つかというと──
「キッサマァアー!」
王子の奇声をだ。アシュレイと共に王子の寝室に駆けつけると、王子はベッドの上でうなされながら叫び続けていた。
やはり現状ではまだ、幻覚をかけていないと悪夢に苛まれるらしい。
最初に聞いた時は怯えを含む悲鳴のようなものだったが、今現在は「貴様はここで始末してやる!」だの「ここで会ったが百年目!」だの、復讐でもしようとするかのような叫びが目立った。
勇ましくなったのは何よりだけど、王族たるもの復讐心に駆られて衝動的に動いては駄目だと思う。
「殿下、起きて下さい」
アシュレイが近くでそう呼びかけると、王子は右手の拳を思いっきり前に突きだしながら飛び起きた。
パシッという音が響いて、アシュレイは難なくその拳を受け止めた。
「ここには賊などおりません。どうか気を確かに持たれて下さい、殿下」
「アシュレイ……俺はまた……あの悪夢に……」
しんみりとした様子の王子とアシュレイに、どうも声がかけづらい。でもそのまま黙っていても何も解決はしない。
「ルーク王子」
「……見苦しい所を見せたな。すまない」
申し訳なさそうに王子はサッと私から視線を逸らした。その姿が何とも弱々しくみえる。そしてなんか調子が狂う。
「とてもご立派でしたよ、ルーク王子。貴方は夢の中で悪夢の元凶に立ち向かおうとした。最初の頃にはなかったことです。凄いことではありませんか。もっと自信を持って威張り散らして下さって構いませんよ? 褒めてあげますから」
ムスッとした感じで王子が睨みをきかしてくる。少しだけ、瞳に生気が戻ったようだ。
「……アンタは俺を褒めているのか? けなしているのか?」
「それは王子の捉え方次第ですね。喜ぶにせよ怒るにせよ、湿っぽい感情を少しでも払拭出来ればいいと思っただけですから」
「何だよそれ。本当にアンタは……変な奴だな」
「常に気を張って生きるのは疲れるでしょう? 職務時間外くらい、抜けるところは抜いておかないと、身体が持ちませんよ」
軽く息を吐いて、そうだなと王子は頷いた。
「喉が渇いた。少し付き合え」
テーブル席に促され、お茶に付き合えという事だろう。
「コーヒーでも淹れてくるから、そこで待ってろ」
「コーヒーですか?! しかも王子がご自身で?!」
「何をそんなに驚く?」
「コーヒーには興奮作用があります。寝る前に飲むのはあまりよろしくないかと」
「そうだったのか。どうりでいつも目がさえるはずだ」
「それと、お湯の沸かし方とかご存知ですか?」
「それくらい知っている! いつも自分で淹れているからな。他人に任せるなど、出来るものか……」
「人に淹れてもらった方が美味しいですよ?」
「何が入っているか分からないだろう。そんな恐ろしいもの、飲みたくもない」
飲み物に毒でも盛られた事があるのだろうか。
王子の不眠はこの過度の猜疑心のせいでもあるだろう。疑心暗鬼に陥れば陥るほど、人の思考はマイナス方向へ向かう。
苛まれる王子の心を治すには、もう一度人を信用する気持ちを思い出してもらわねばならない。
「それでしたら、王子。私が淹れましょう。治療だと思って、それを飲まれて下さい」
「アンタが淹れたものを……」
「材料も道具も全て王子が自分で保管されているものをお借りします。もちろん安全を確保するため、同じ物を私が先に飲みましょう。いかがですか?」
「だが……」
「不安なら、怪しいものを持っていないか身体検査をされて構いませんよ? 何ならここで服を脱ぎましょうか?」
足首の長さまであるローブに手をかけ持ち上げると、隠されていた足が露わになり冷ややかな風がまとわりつく。
「な、馬鹿な真似はよせ!」
王子が慌てた様子で私の手を掴んでそれを阻止した。そして観念したかのように呟いた。
「分かった。飲む、飲めば良いんだろ」
半ば投げやりにドカッと豪華な椅子に腰を下ろした王子は、ブツブツと自分に何かを言い聞かせるかのように呟いている。
王子の気が変わらないうちに、ちゃっちゃと済ませますか。










