16、食べ物の尊さを、とくと味わうがいい
ミシェイル公国の辺境に位置する物凄く貧しいメリダ村。岩肌に囲まれ干からびた土壌で作物もあまり実らない。万年水不足に陥るその村はかなりの食糧難だった。
税金として畑に実った作物を納めれば、自分の所に残る物など本当にわずかな傷ついた二級品の芋だけ。
そのほんの少しのふかした芋をすり潰し、外で摘んできたかろうじて食べられる少ない雑草を刻んで混ぜ込み、かさ増しして薄くのばして焼く。ほとんど草の味しかしないそのせんべいみたいなものを一日二つ味わって食べる。
たまに仕掛けた罠に鳥がかかっていた時は、ご馳走の肉にありつくことも出来た。羽をむしって内臓を取り出し血抜きした鳥を丸焼きにして、父と母と貪るようにその肉を食べた。
当時五歳だった私は、常時空腹に苛まれながらも、畑仕事を手伝いながら細々と生活していた。それでも両親が居た頃は、そうやって食べ物にありつく事が出来たから、まだ幸せだったと思う。
メリダ村の唯一の水源は、近くの山の砂礫層から湧き出る水だった。子供は家族のために毎朝それを汲みに行く事から一日が始まる。
あるとき、大きな竜巻によって村は甚大な被害を受けた。たまたま水を汲みに山に行っていた私と五つ年上の少年ランディは被害に遭わずにすんだものの、帰ってきた時には村は無くなっていた。全て風で吹き飛ばされたのだろう。家屋が消え、ただの荒れ地が残っているだけだった。
そんな大きな災害に見舞われて、家も家族も故郷も一気に無くしてからは、日々のご飯さえままならなくなった。
汲んできた水を大事に抱えて、ランディと共に隣の村までひたすら歩いた。
だが、困窮していたのは私の村だけではなかったらしい。余所者を受け入れる余裕など隣の村にもなかった。わずかな食料を渡され、そのまま別の村に行ってくれと追い出されたのだ。
干し肉と小さなパンが一つだけだったが、食料をくれただけまだ良心的だったのかもしれない。たとえそれが、一人分にも満たない量だったとしても。
久しぶりにまともなご飯にありつける。そう思った時、ランディがその食料を独り占めして走って逃げた。
目の前が真っ暗になった。
必死に追いかけたものの、ひたすら空腹に耐え、雑草で空腹を満たしながら誤魔化してきた体は限界だった。
ランディを見失い、走る気力も立ち上がる気力も無くなった私はその場に倒れた。
喉、乾いたな……お腹、空いたな……
失いかけた意識の中で最後に思い浮かべたのは、家族で一緒に食べたあのせんべいの味だった。
***
ひもじい思いをさせたまま王子の気を失わせ、食欲をかきたてる良い香りで目を覚まさせた。
目を覚ますと食卓には豪華なご飯が並んでいる。パッサパサのやせ細った鳥の丸焼きなど目じゃない、嚙んだら脂がほとばしる肉厚のステーキ。冷めて固くなどなってない外はカリッ、中はふわっとした柔らかい焼きたてパン。鼻腔をくすぐるじっくりことこと煮込んだスープ。宝石のように輝く彩り豊かなフルーツの盛り合わせ。
王子がそれらをがっついて食べようとする寸での所で幻覚を解く。
「いかがですか? 食欲、わいてきたでしょう?」
「ああ、ものすごく腹が減った。それに、食べ物のありがたみがよくわかった。これからは、残さず食べよう」
「ええ、是非そうして下さい」
「それにしてもあのランディという男、見つけたらただじゃおかん!」
まぁ、あの後私はお師匠様に拾われて一命をとりとめた。ランディがあの後どうなったのかは知らないし、興味も無いけれど。
確かあの死にかけていた時、私は前世の記憶を思い出したんだっけ。目の前で魔法を使って色々ファンタジーなことをするお師匠様に目が点になったのをよく覚えている。
そもそもお師匠様は人間ではない。あの時アシュレイには天使なんて架空の生き物は居ないって言ったけど、本当は居る。うじゃうじゃと。ただ普段は姿を消しているから見えないだけ。
夢を司る精霊ドリーマー、それが私のお師匠様の正体だ。
助けてもらった際、お師匠様の血を分けてもらった私はかろうじて姿を見ることは出来るけど、普通の人にはまず見えない。
行くあてのなかった私は、小間使いとしてお師匠様の身の回りの家事や仕事のお手伝いをしながら、頼み込んで暇な時間に幻覚魔術を教えてもらった。
勿論、無料ではない。先行投資ということで、たかーい授業料や道具代の支払いがまだ残っている。その額、およそ九百万ペール。本当の意味で自由気ままに過ごせるのはこの借金を全て払い終えてからだ。
ここで稼いだ給料と褒美で完済できないかなーって思ってる、今日この頃だった。










