15、時間外だが、仕方ない
「これはこれは王子様。本を読みたいのですが、図書館はどこですか?」
「俺に道案内をさせるのか!?」
「いえいえ、尋ねているだけです。教えてもらえれば自分で行きますので」
「付いてこい。俺も今から向かう所だ」
王子の後をついていくと、それは立派な図書館についた。館というよりは塔だ。本の数が半端ない。案内板を見るとどうやら十五階まであるらしい。
変な塔が立ってるなーとは思ってたけど、これが図書館だったなんて。言われなければ絶対気付かないよ。
「どうした? そんな呆けた顔をして。ただでさえ馬鹿っぽい面がさらに間抜けに見えるぞ」
「はいはい、そうですね。ご丁寧に案内して頂きありがとうございました。ではどうぞお仕事に戻られて下さい」
中へ一緒に入ってこようとした王子を外へ促す。
「べ、別に俺はアンタを案内しに来たんじゃない」
まったく、姉弟揃ってツンデレキャラですか。
「ルーク様! いらっしゃるなら返事して下さい!」
遠くの方でこの王子を探しに来ている声が聞こえるっていうのに。護衛の騎士を伴ってない時点であそこに王子が居たのが不自然以外のなにものでもなかった。
まぁ、それを知りつつ図書館に行きたいがために利用させてもらった私も悪いとは思うけど。
「戻られた方がよろしいんじゃありませんか?」
「どうしてもアンタに言っておきたい事があった」
「はい、何でしょう?」
「昨日は、その……ありがとう」
昨日と言えばこの王子に無理矢理起こされたんだっけ。そして問答無用で謁見の間に連れて行かれ王様に雇われた。その後団長サマをからかったらえらい目に遭って……何だかんだで濃い一日だったな。
王子に関わったのって朝と夜の仕事の時ぐらいだけど、そんなお礼言われるようなことしたかな?
「えーっと……何かしましたっけ?」
「母上の幻術をみせてくれた、ことだ」
「ああ、そうでしたね。よく眠れましたか?」
「おかげでよく眠れた。その……最初、疑って酷いことを言ってすまなかった」
「いいえ、それより王子。熱でもおありですか?」
王子のおでこに手を当てて体温を測ると、みるみる上昇している。
「な、きゅ、急に何をする!?」
王子はひどく慌てた様子で私から離れていった。
「お仕事を抜け出してまでわざわざそのような事を言いに来るなんて、熱のせいで頭がおかしくなったとしか思えないでしょう」
「ほんと自然に失礼なやつだな。俺にそんな事を言ってくるのは……リア、アンタくらいだよ」
「あら、私の名前をご存知だったのですね?」
いつも胡散臭い魔術師としか呼ばれないから、名前覚えられないのかと思ってたけどそうじゃないらしい。
「これから世話になるんだ。名前くらい知っている。だから、…………なんて、させないからな」
「え、何をさせないんですか?」
聞こえなくて聞き返すと、王子は何故か恥ずかしそうに頬を赤く染めて口を開いた。
「アシュレイと結婚など、させないからな!」
昨日の今日で、どうしてこんなにも情報が広まるのがはやいのか。どうやら王城には優秀な間諜がいるらしい。
「えーっと、私もするつもりはございませんが?」
折角良い職場を手に入れたっていうのに、そう簡単に手放すはずがない。
「そ、そうなのか?」
「ええ」
「そうか、それならよかった」
ほっと安堵のため息をもらしたルーク王子。その頬はかなり緩んでいる。
「どうして、そんなに嬉しそうなんですか?」
「は? 別に嬉しくなどない! か、勘違いするなよ!」
初日に鋭い視線で睨んできた王子とは思えないほど、コロコロと表情を変えられる。目の下にあったクマも、少しだけ薄くなっているようだ。良い兆候だろう。
でもこの王子、身長の割に線が細すぎる。頬も相変わらずこけたままだし、王族とは思えない脂肪のなさだ。
何れは幻術に頼らず眠れる体を作ってもらわねばならない。そのために不可欠なのは、健康的な体だ。
「何を勘違いするのかはよく分かりませんが、それよりも王子、お食事はしっかり取られてますか?」
「ああ。先程すませた」
「何をお食べになりました?」
「ミックスサンドを一つつまんだぞ」
「それだけですか?! じゃあ、朝は何をお食べになりました?」
「朝は食欲がないので食べてはおらぬ」
モヤシだ。そのモヤシ体型はそうやって培われたのか。
というか、勿体ない! 素晴らしいシェフが居て、美味しい料理を食べ放題な環境に居て、サンドイッチ一つだと?! けしからん!
「いいですか、王子。私は陛下より不眠治療係を仰せつかっております。何れ貴方には、幻術に頼らず眠れる体を作って頂かねばなりません。それなのに……その食事量はふざけすぎです! 人の体はエネルギーが無ければ動きません。もっとたくさん摂取なさい!」
「エネルギー? 何だそれは。仕方ないだろう。食欲がわかないのだから」
「分かりました。食欲がわけば食べるのですね?」
「ああ、そうだな」
「そこだと邪魔になるのでこちらへ」
問答無用で王子の手首を掴んで連行し、図書館に備えつけられたソファに座らせる。
掴んだ手首があまりにも細すぎてびっくりだわ、本当に!
「特別に、時間外ですが! ご飯が食べたくて仕方なくなる幻覚をみせてあげます」
食べたくても食べるものがない。貧困に苦しむ子供の現状を鮮明に、一人の少女を軸にして幻覚として王子にみせた。
その少女とは、お師匠様に拾われる前までの幼い日の私だ。










