10、冷静に諭してみた結果、余計な仕事が増えました
「いいですか、アシュレイ。貴方は今、惑わされているだけです」
「それはリア様の幻覚魔術によってですか?」
「いえ、違います」
一ペールにもならない仕事に、貴重な魔力は基本使いません。
「初めての事だから、心が大きく動かされているだけなのです。初めて何かが出来た時、人は大きく感動し興奮を覚えるでしょう? 今の貴方の状態はそれと一緒です」
「まともに話しかけてくれる女性がリア様が初めてだから、過大に評価し過ぎていると?」
「そうです。人は初めてのものや、未知なるものに触れた時、快感を覚えます。今の貴方はまさにその状態! それを愛と勘違いしているに過ぎません」
「なるほど……いや、でもこの気持ちは偽りでは……っ!」
目力で訴えてくるアシュレイの言葉を一刀両断。
「早計なのです! アシュレイ、貴方は早計に結論を出しすぎなのです。もしかして、これが初恋なのではありませんか?」
「……よく、分かりましたね」
目を丸々とさせて驚きを露わにするアシュレイに、やっぱりかと思わずため息がもれる。
「恋と愛は違います。恋だけでは結婚生活など出来ません。目を肥やして下さい。まずはそこからです。たくさんの女性を知り、それでもずっと傍に居たい……そう思える女性こそが真に愛する女性。即ち、結婚をしてよい女性なのです」
「なるほど……勉強になりました! リア様への愛を真実のものだと分かってもらうためにも、頑張ります!」
アシュレイが颯爽と退場して数刻後──王城内では女性の悲鳴が響き渡っていた。何事かと思い、様子を見に行くと侍女の女の子たちが必死に逃げ回っている姿を目撃。その中に居たアリスちゃんを捕まえて事情を聞くと──
「アシュレイ団長が、アシュレイ団長が恐すぎます!」
涙目でそう訴えられた数秒後、アシュレイが姿を現した。
「アリス殿、少し私とお話でも……」
「いやー! 来ないでー! 殺されるー! リア様! 助けて下さい!」
異様に怯え続けたアリスちゃんは、そのまま気を失ってしまった。とりあえずアリスちゃんをこのままにしておくわけにはいかない。アシュレイに医務室まで運んでもらって部屋に戻る道中──アリスちゃんのあの異様な怖がりようが気になって仕方が無かった。どうみても普通じゃない。
もしかするとアシュレイは……あれ疲れるからやりたくないんだよな。でも鑑定しないと分からないし……仕方ない。
「アシュレイ、少しだけじっとしていて下さい」
魂に魅せる幻覚魔術「本性暴き」を発動──魂に心理テストのようなものを行いその本質を探る魔法だ。ルーツをたどり、生まれかわる前の姿を辿ったりも出来る。
アシュレイの魂からは、強い覇者の風格を感じる。なるほど、これは女性から避けられるわけだ。
彼は遠い昔、世界を支配していたと言われる獅子王の生まれ変わりだ。
強さを魂の器に止めておけずに目から漏れてる。だからあの目力なのか。
騎士団長としてはたぐいまれな才能に満ちているけどそれ故に、耐性の少ない子供や女性にとっては畏怖の塊みたいになっちゃってる。
アリスちゃんからしてみたら、アシュレイは魔王みたいに恐い存在なんだろうな、きっと。
「アシュレイ、貴方はどうやら獅子王の生まれ変わりみたいです。その強さが魂の器からもれ出しているため、女性や子供からは畏怖の対象として避けられているようです」
「私が獅子王の生まれ変わり……そんなことが……父のように民から慕われる立派な騎士になりたくて、ひたすら強くなれるよう稽古に励んできました。でも現実は、目の前で転んだ子供に手を差し出しただけで、さらに大泣きされて怯えられます。見るからに困っている女性に声をかけるだけで、悲鳴を上げては脱兎のごとく逃げられます。私の不徳の致す所だとさらに鍛錬を重ねました。ですがそうすればするほど……」
「まぁ、余計に怖がられてしまうだけでしょうね」
私の言葉に、目に見えてがっくりと肩を落としたアシュレイ。あまりにも見ていられなくて──
「まずは皆に親しみを持ってもらえるようにする事から、初めてみましょう。私が幻覚魔術でサポートしますので」
気が付くと、そんな事を口に出していた。
「良いのですか? リア様……ありがとうございます」
あれ、自分からなんか面倒な仕事請け負ってしまった。










