File046 〜リチャード死亡認識〜
「はあ、また......」
コナー・フォレット(Connor Follett)はため息をつく。隣ではナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)が「なんだい」と言って顔を覗き込もうとしてきているところだ。
「俺が外部調査の時って、何でナッシュさん以外に当たらないんですかね」
コナーは一回目の調査を思い出す。あの時はノールズやイザベルなどの研究員が居たのにも関わらず、自分は何故かナッシュと組まされたのだ。当然、今回はペアも変えてくれるだろうと思って淡い期待を抱いていたが、バレットとエズラは二人仲良く歩いて行った。
残された自分は当然先に歩き出そうとして、
「何処行くんだい」
ナッシュに捕まった。
「一緒に行くに決まってるじゃないか。一人行動を誰が許すんだい」
「拷問かなんかにかけられてますかね、俺」
当然怖い顔をされたが、こっちだって言いたいことは言う義務がある。
せっかく大きな仕事が片付いて今日は何をしようか、あれをしようかと指折りで数えていたのにも関わらず、外に連れ出されてナッシュと歩かされる。
こんな地獄が他にあるだろうか。
後半はドワイトも一緒になるらしいが、全くもって理解し難い。何故おじさん二人と街を歩かねばならないのだ。どういう状況だ。
「はあ......」
「ため息ばっかりついてないで、少しは周りの状況に気を配らないかい。何処に超常現象が潜んでいるのか分からないって言うのに」
「そうっすけど......ため息つきたくもなりますよ。何なんですか、ほんと。俺いらないですよね? ナッシュさんだけで事足りそうじゃないですか」
「そうかな? 君の力は信頼しているよ。それなりにね」
ナッシュの言葉にコナーは出かけていた悪口を飲み込んだ。
こういうところである。
完全に憎めない自分の先輩が、コナーは尚更嫌いになる。
「はいはい、お膳立ては完璧ですよ。で、最初は何処に行くんです?」
「『透明な家』という超常現象だよ。東区のある一角に家があるそうなんだ。赤い屋根の立派な家だって話だけど、この写真を見てくれるかい?」
ナッシュが人目を気にしながらコナーに写真を手渡してきた。コナーはそれを受け取って見てみる。赤い家が建っているという話だったが、写真に写っているのは空き地だ。写真に赤い家など写ってはいない。空き地の向こうに建っている家の屋根は黒いし、隣の家は緑色の屋根だ。
「赤い家なんて何処にも見えませんけど」
「そうなんだよ。でも近所の人はその空き地には家が建っていて、中から人が出てくるのを確認している」
「何も無い空間から人が突然出てくるように見えるんですかね」
コナーは想像してみる。これまで数々の超常現象を見てきたのでそんな超常現象があることにそこまで驚かない。
「それがそうではないんだ。写真を通すとこうして透明だけれど、実際に見ると家は建っているんだって。その家に住んでいるのはウィルソン家という四人家族なんだけれど、近所との関係も良好なようだし、写真に写っていないことを除いては全く問題なく生活をしているようなんだ」
「写真だけに写らないってことっすか......そりゃまた変っすね。土地に呪いでも仕掛けられてるんですかね」
「そう考えるのもあるね。僕はウィルソン家にも何か問題があるのかもしれないと考えているよ。もし別の場所に引っ越したとしたら、その家が現れて、今度は彼らが新しく住み始める家が認識されなくなる可能性もある」
「確かに......」
コナーはナッシュに写真を返した。現場に着くまでは様々な考察が出来そうだ。周りに聞こえないようにしながら二人は考察を進めた。
信号機を渡って、再び通りを歩こうとした時だった。
「これで何人目だ?」
「えっと......八人目ですね」
風に乗って流れてきたような何気ない会話だった。コナーがぴくりと反応すると同時にナッシュが足を止めた。彼の顔は会話が聞こえてくる方向を向いている。
それは交番だった。小さな建物の前に二人の警官が立っており、困惑した顔で手の中にある資料を眺めている。
コナーはナッシュの裾を引っ張って近くのベンチを指さす。ナッシュは頷いて、二人はベンチに腰掛けた。それぞれ電話を取りだして何気ない雰囲気を醸しながら、耳は警官二人の会話に傾ける。
「昨日は何人だった?」
「10人です」
「10人!!」
一人は白髪が混ざった50代前後の警官だった。資料を手に持っているのは彼で、しわが刻まれた顔を更にしわくちゃにしている。隣にいる警官は20代に見える。ハリのある肌は隣の警官が持つ資料の紙に負けないほどぴんとしていた。
「信じられるか? こんなこと」
「いえ、自分は全く......」
「南区のエリックからも同じ話を聞いた。あっちは六人だそうだ」
「六人ですか......西区は四人でしたね」
「そう、しかも一昨日は九人。これで37。こんなこと有り得ないぞ」
「はい......」
「ブライス」
突然真隣から声がしてコナーはビクッとした。ナッシュが耳に電話を当てていた。
「『透明な家』の調査をドワイトに任せてくれるかい。僕らは東区の新たな現場に居るんだ」
ナッシュの声は小さかった。周りに聞こえないようにするためかもしれない。
「うん............ああ、わかってる。コナーも居るんだ。......うん、はいはい。じゃあ、切るよ」
ナッシュが電話を耳から離す。
「研究員カードを出して」
彼は小声のまま言った。コナーは鞄から首からぶら下げられるようになっているカードを取り出す。B.F.ではこのカードを必ず首からぶら下げている。研究員はこれで食堂で食べ物を購入したり、実験室を開けたりできるのだ。
「行くよ」
ナッシュが立ち上がった。コナーも遅れないよう彼を追いかける。
「すみません。少しお伺いしたいことがあります」
ナッシュは顔に笑みを貼り付けて警官二人に言った。怪訝な顔をした警官だったが、ナッシュが見せたカードに、年上の警官がハッとした様子で「少々お待ちください」と言うと奥に引っ込んで行った。
コナーは交番の中を覗き込んでみる。小さなオフィスのようになっている。資料が置いてある棚の前で警官が何やら資料を漁っている。そして多くのファイルを抱えて手前のデスクに置いた。
「最近何か変わったことはありますか?」
引っ込んでいった警官をキョトンとした顔で見ていた若い警官に、ナッシュは微笑んで問う。
「えっと......実は此処最近ですね、同名の人が死亡しているという通報が何度も交番に来るんです」
「同名?」
「はい......今日だけで八人です。ロペスさん、ベーカーさん、ブラウンさん、ジョンソンさん......これらは全て苗字です。奇妙なことに名前は全員リチャードで一致しています。通報の内容は『リチャード・ロペスさんが車に轢かれた』だとか、『リチャード・ブラウンさんが屋上から飛び降りた』とか同名の人が死ぬというもので......」
「つまり、リチャードなんちゃらが今日だけで八人も死んでいると」
「はい。此処最近の通報を全て合わせると37人です。これはあまりにも奇妙なことです」
「たしかにな......まるでテロだよ」
ナッシュが頷くと、交番の中から「お待たせしました。此方へ」と年上の警官がナッシュとコナーを手招きした。
「研究員カードを拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
ナッシュが彼に渡したのを見てコナーも手渡した。警官はそれを受け取り、分厚いリングファイルを開いた。細かな数字が規則正しく並んだページに太い指を沿わせている。
ページの右上に『Black File』と書いてあるのを見てコナーは小さく目を見開いたが、取り敢えず事の成り行きを見守ることにした。
警官はナッシュにカードを返し、今度はコナーのカードを見ながら再びリングファイルの数字を指でなぞった。カードにはバーコードがついている。もしかしたらその下に振られた数字を読み取っているのかもしれない、とコナーは思った。
食堂で買い物する時はそのバーコードを読み取ってもらうのだ。買い物をした分を決められた給料の分から引いてもらうというのが、B.F.で働くもの全員に共通して決められていることだ。
「......はい、ありがとうございます」
警官がコナーにカードを返した。そして、ファイルを閉じた。表紙には『超常現象研究組織 Black File 研究員番号』と書かれていた。
「すみません、Black Fileの研究員様の対応は私は今回が初めてでして......たどたどしくなってしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ」
ナッシュが微笑んで彼に優しく言った。
「ありがとうございます。私はウォーカー・ブラックといいます。あっちはクリス・キャンベルです」
「僕はナッシュ・フェネリー。こっちはコナー・フォレットです」
「ナッシュさん、コナーさんですね。大まかな話はクリスから聞きましたか」
「ええ、そうですね。何やらリチャードさんが大量発生しているとか」
「そうです。たった三日で37件......これは偶然なんかじゃありません。あなた達が来た時にああ、やっぱり、と思いましたが......」
「超常現象の可能性が高いですね。現場はどこですか?」
ウォーカーはデスクに山のように積み上がっている資料から何枚か冊子を取り出した。三日以内の事件をまとめたもののようだ。
「これは此処の交番で受けた通報の内容をまとめたものです。此処の交番では昨日からリチャード関連の通報が始まりました。一人目はリチャード・ロペス。東区七丁目の交差点で車に轢かれたとの通報で、私が現場に駆けつけました。しかし、リチャード・ロペスなんて人はそこに居ませんでした」
「死体が消えていたってことっすか?」
コナーが眉を顰めて問うと、「違うんです」とウォーカーは首を横に振る。
「そもそも事件なんて無かったんですよ。リチャード・ロペスなんて人はその場に居らず、そもそも事件なんてなかったんです」
「しかし、車が轢き逃げをして、誰かが遺体を歩道か何処かに移した可能性は?」
今度はナッシュが質問をしたが、それも違うらしい。ウォーカーは首を横に振って、「奇妙な事なんですが」と資料を捲った。
「周りに居た人に話を聞くと確かに彼は轢かれたと言っていて......全く訳が分かりません。遺体も犯人の車もその場にないのに皆口を揃えて、動揺した顔で事件があったと言うんですよ」
「でもそれなら遺体の場所を知ってるんじゃ?」
「それが、人によってその事件が発生した日付をバラバラに言うんです。ある人は昨日の午後に起きたこと、ある人は一年前、ある人は三日前......まるで悪夢の中に居るようでした」
「認識が人によって異なる超常現象かもしれないな」
ナッシュが口に拳を当てて考えている。
「事故の瞬間を見た人は?」
「かなり居ました......外見は一致していました。リチャード・ロペスは30代の男で、赤いチェックのシャツを着ていたという証言があります」
「車に轢かれるということも一致しているんですね」
「はい。ただ_____」
「事故が起きた時間だけが異なっていると」
「そうです」
「ほかのリチャードさんもまた同じですか?」
「はい。次はリチャード・ブラウン。彼はビルの屋上から身を投げています。此方もまた、リチャード・ブラウンとしての容姿は同じですが、死亡時刻が人によって異なっています。遺体も、落ちた時の血痕なども発見はされませんでした」
ふむ、とナッシュは更に考え込む。
ウォーカーの話をまとめると、リチャードという共通の名前を持つものが立て続けに死んでおり、通報者を含めて事件を見た人は確かにいるのに現場にはその証拠がない。
それ以上に不可解なのは、人によって全く違う死亡時刻で彼らの死を認識している事だ。同じ人物の死を目撃しているのに、その人物を中心に時間が歪んでいるようだった。
「他の事例の資料を差し上げます。是非ご活用ください」
「はい、いただきますね」
ナッシュは彼から資料を受け取り、コナーにも見えるように開いた。
確かに、同じリチャードという名前の人物ばかりが死んでいる。
「通報した人の証言は、全て共通して『今その場で起きた』と言っているんですね」
「そうなんです」
「それなら遺体が何処にあるか知ってそうですけどね」
コナーが首を傾げると、ウォーカーは肩を竦めた。
「それが、目を離したり瞬きをしたりした瞬間には無くなっていたというんですよ。今事故が起きたと認識している人はその証言で共通しています」
「一種のテロじゃないです? みんなで口を合わせているとか。警察を困らせようとしているんじゃ」
コナーが言うと、見えないところでナッシュが横腹をつついた。
「それにしては通報した方の声が緊迫しているんです。37人の通報者は全く嘘をついていないように聞こえます」
「はあ、なるほど」
電話の向こうなら声だけで演技も出来るが、圧倒的な通報者の数がそれを裏付ける証拠にはならないように感じる。超常現象だとしたら納得いくが、何故またリチャードに限るのだろう。
「話は分かりました。少し調べたいことがあるので、少々此処貸していただいてもよろしいですか?」
「それは構いませんよ。あった場所に戻してくださるなら資料も好きに見てくれて構いません」
「ええ、約束します」
では、とウォーカーは立ち上がると外に出て行った。
「ふむ、なかなか奇妙な事件だねえ」
ナッシュが始終顔に貼り付けていた笑みを剥がした。コナーは資料を彼の手から完全に奪い取って、それを捲る。
「俺一個思いついたんですけど」
「おや、是非とも聞かせてもらうじゃないか」
ナッシュが試すような顔をした。コナーはそれにイラつきを覚えながらも、デスクの向こうにある資料棚を指さす。
「今までの事件を調べてみませんか? この近辺で起きた、『リチャード』に関わる事件っすよ」
「ははあ、分かった。つまり君は今回の超常現象は過去の事件で因縁がある誰かが『リチャード』を殺そうとしていると考えているんだね?」
「まあ、そんなとこっすかね」
コナーの考えは次の通りだ。
仮に数年前に誰かが殺される殺人事件があったとする。その犯人に対して分かっていることは名前だけ、『リチャード』であるという情報だけなのだ。
殺された家族の生霊か、はたまた殺された本人の怨念か。もしその人物を名前だけ知っている状態で探しているとしたら、片っ端からリチャードを殺していけば、いつかは犯人に辿り着く可能性がある。
「なるほど、考えたじゃないか。資料棚で調べてみよう」
資料棚は分厚いファイルの重さで歪んでいた。コナーは適当なものを一冊引き抜いて机の上に広げた。うっすら埃が溜まっていたらしく、開くと部屋は埃っぽくなった。
「リチャード、リチャード......」
この辺で今回の超常現象が大暴れしているとしたら、やはりこの近辺の過去の事件が関係しているのだろう。
コナーはそう言えば、と研究員カードを出していたままだったことに気づいて鞄に入れた。
「B.F.のことって警察も知ってるんですね」
「ああ、そうだね。一応政府公認だから、こういう緊急の時に調査に協力を願えるんだよ。まあ、あの反応を見る限りこの交番は初めてみたいだったね。一般人には秘密裏に行われることだし、こういう場所でしか協力をお願いできないけど」
「道路の封鎖とかもしますけど、あれも警察の仕事なんですか?」
コナーは少し前の日曜会議の内容を思い出していた。超巨大な超常現象の話を聞いた時に道路を封鎖するという話が出ていた。
「ああ、そうだよ。ブライスが国に許可を得て協力を申請するんだ。彼が外によく出ていくのはそういう仕事もあるからだよ。案外忙しいだろ?」
「確かに、そっすね」
今日も一瞬だけ彼の姿は報告書の受付場所で見たが、資料の山に囲まれてペンを動かしていた。B.F.の責任者とはいえ、過労で倒れないのも不思議な話だ。
「さて、早いとこ片付けてドワイトと合流しないとね」
ナッシュが資料に戻ったのでコナーも集中して文字を目で追う。
そんな作業を20分ほど続けていると、突然電話が鳴った。ウォーカーが戻ってきて電話をとる。ナッシュがそちらを向き、コナーも作業を止めた。
「リチャード・バンクスさんですね。分かりました。あなたの名前をお伺いします............はい、クリスタ・ペインさんですか。直ぐに向かいます」
ウォーカーが電話を置き、肩を竦めて此方を見た。
「38人目ですね」
「そのようです。クリスが此処に残るので、分からないことがあれば彼に」
「分かりました。気をつけて」
ウォーカーが外に飛び出していき、二人はまた資料に戻る。
「君の仮説が正しければ、犯人のリチャードが殺されない限り警察が動き続ける羽目になるよ」
「はい、急がないと」
コナーは資料閉じた。今度はもうひとつ資料を持ってきて開く。やはり埃が舞った。すると、
「ん......?」
ファイリングも何もされていない新聞紙が挟んであるページが開かれた。コナーはそれを拾い上げて読み上げる。
「18年前ノースロップ・シティ東区の一軒家で殺人事件......犯人は未だ逃走中。家の壁の血痕には『リチャード』とダイイングメッセージが残されていた_____」
「見せてごらん」
気づけばナッシュが近くに居た。コナーは彼にそれを手渡す。そして、「これ......」と新聞の端の方に載っている地図を指さした。その地図にコナーは見覚えがあった。一度だけ見たことがあるような朧げな記憶だが、最近確かに見たのだ。
「透明な家じゃないか」
すると、ナッシュの鞄の中から携帯の震える音が聞こえてきた。ナッシュはすぐさま取り出して通話ボタンを押し、スピーカーをオンにした。
『もしもし、ナッシュ。例の家に着いたよ。赤い屋根の家が建っている。中に入ればいいかい?』
ドワイトの声が聞こえてきた。
「ああ、もしよければ中の人に話を聞いてくれ。壁に血痕が付いていたかいってね」
*****
「二つの超常現象が繋がっていたんですか」
コナーは赤い屋根の家を見上げる。立派な家だが此処で昔殺人事件が起きたと考えると纏う雰囲気は重くなる。
「そういうことだね。で、ドワイト、なんだって?」
ナッシュが隣のドワイトに問う。既に質問は終わったようだ。ドワイトはメモをした紙を取り出した。
「此処に今住んでいるウィルソン家は、事故物件としてこの家を購入したようだよ。壁はリフォームと同時に壊して新しくしたんだって。確かに殺人事件があった家で間違いないそうだね」
「前に住んでいた人の名前は?」
「コールマン・キングという男性が一人暮らしだって。リチャードと壁に書いたのは彼だね」
「知り合いだったのかな。でもこれで警察を混乱させている人の名前が分かったよ。彼を安心して眠らせてあげるには、犯人の名前を明らかにしないとならないってわけだ」
ナッシュは息を吐いて、携帯を取り出した。
「ブライスに説明をしてくる。二人はそこで待っていて」
ナッシュが離れていき、コナーは赤い屋根の家をもう一度見上げる。
「たった一人を探して彷徨い続けてる幽霊ってことっすか」
「かもしれないね。少し悲しい話だね」
ドワイトも家を見上げている。
「きっとコールマンさんは記憶を掘り起こそうと頑張っているんだよ。今までの人生で出会ってきた『リチャード』さんを片っ端から思い出しては殺しているんだと思う。他にも、色んな時間の色んな人の記憶から取り出して人物像を作り出してね。彼が本物に辿り着くことはないと私は思うけどな」
ドワイトの言葉にコナーは家から目を逸らした。
何故か目に入れるのも億劫になった。コールマンは犯人のリチャードに恨まれていたとしたら、それは自業自得かもしれない。だが、終わることの無い悲しみを自分もよく知っている。
「終わったよ。一度交番に戻ろう」
ナッシュが戻ってきた。
*****
交番に戻るとウォーカーが電話番をしていた。さっきの『リチャード』の件は一段落したらしい。
しかし、また彼は電話を耳に当てて、
「リチャード・ウッドさんですか......」
とうんざりしたように繰り返している。
「ウォーカーさん、代わってください」
ナッシュが彼に手を差し出す。
ウォーカーがナッシュにおずおずと電話を差し出す。ナッシュは電話を受け取り耳に当てるなり、
「コールマン・キング。君の探すリチャードはもう此処には居ないよ。諦めてリチャード探しはやめるんだね」
ナッシュは少しだけ黙っていた。電話の向こうで男の声がする。何かを話しているがコナーが居る位置では聞こえない。
「ああ、それがいいさ。おやすみ。安らかに」
ナッシュが電話を置いた。
「これで大丈夫だよ。もう不可解なことは起きないさ」
「コールマン・キングって......」
ウォーカーはハッとした様子で資料棚を見る。
「うちの助手がたまたま新聞記事を見つけてね。でも今言ったら、何も此処じゃなくて天国で探せばいいや、って簡単に諦めてくれましたよ」
「......そうですか。ありがとうございます」
「少し眠った方が良いかと。ずっと気を張っていてお疲れでしょう」
「ええ、もう本当に。すぐにでもベッドに潜り込みたい」
ウォーカーは安心したように笑った。リチャードの件で何日も寝ていなかったのか、彼の目の下にくまが浮かんでいる。
「じゃあ僕らはこれで」
「はい、ありがとうございました」
三人は交番を出た。少し歩いたところでナッシュが思い出したように鞄から写真を取りだした。コナーが初めて見た時には空き地だけだったが、今は赤い家が建っていた。
「復活してますね」
「上手く空に昇れたようだね。やれやれ、飛んだ足止めを食らったよ。次の調査に向かわないと」
「もう昼過ぎっすもんね......」
コナーは腕時計を見る。13時を回ったところだ。あと二つ残っているが、ギリギリ一つ調査できるくらいだろうか。
「どうするんすか。一個無理ですよね、こんな時間」
「何を言ってるんだ?」
ナッシュが写真をしまいながらいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「走れば間に合うさ。ドワイト、競走しようじゃないか」
「おや、いいよ」
「えええ!!! 何言ってんですか!! ドワイトさん、正気っすか!?」
「もちろん!! コナー、私はまだまだ若いからね!」
「そうだぞコナー。僕らに負けたら昼飯奢りだ!!」
「いや、まじ勘弁してください!!」
コナーが言い終わらないうちに二人が走り出した。何故こうなる、とコナーは頭を抱えたが冗談抜きで離れていく二人に仕方なく着いていく他なかった。




