クリスマス
ノールズとラシュレイが食堂に入ると、食堂の中は賑やかだった。いつもメニューが書いてある看板にはサンタクロースの帽子が被せられており、食堂内でかかっているbgmもいつもと違う。
「あー、もうクリスマスだねえ」
ノールズが食堂を見回してしみじみとそう言った。ラシュレイもそう言えばと思い出す。カレンダーを見る機会はよくあったが、忙しかったからかすっかり忘れていた。
B.F.のクリスマスは特別である。ただでさえ季節感がおかしくなるこの施設では、こういうイベントは重要な役割を果たしている。職員の心を休めるという意味でも、または別の意味でも_____、
「ノールズさん、ラシュレイさん、メリークリスマス!!」
横の列から声をかけられて二人はそちらを見た。赤茶の髪にアホ毛が立った若い研究員がキラキラとした顔で此方を見ていた。
「おー、メリークリスマス!」
キエラ・クレイン(Kiera Crane)である。ノールズの同期であるイザベルの助手だ。
「まだ21日ですよ」
すっかりクリスマスムードの中、ラシュレイは一人白けたような顔をしている。
「いいじゃーん、12月になったらクリスマスしかイベントないんだから。12月なんて全部クリスマスだよー!」
ノールズはラシュレイの背中をポンポンと叩く。
「で、キエラ。イザベルは?」
いつもなら彼の前か後ろにはあのクールフェイスが居たはずだが、今は誰も居ない。辺りを見回してもそれらしい人は見当たらない。
「ああ、イザベルさんならオフィスでお仕事しています! 今日は一緒にオフィスで食べる予定なんです!」
「へえ、いいねえ。クリスマスっぽくて」
クリスマスは家族と過ごす日であるが、B.F.に居ればそれはまず叶わない。イザベルにとってキエラは家族同然ということなのだろうか。確かに自分もラシュレイとは三年も同じオフィスに居るのだ。家族とほとんど変わらないような気がする。
「じゃ、また!」
キエラの列がずんずん前に進んでいく。ノールズも「またねー」と手を振った。
「うーん、俺らもオフィスで食べようか?」
ノールズがラシュレイを振り返る。
「いやいいですよ、此処で」
「えー、ラシュレイだって俺と二人きりで食事したいって思うでしょ?」
「思わないですけど」
「そっか......」
キッパリ言われてノールズは肩を落とした。
「次の方どうぞー」
「あ、はーい」
ノールズは呼ばれてカウンターへと向かった。
*****
『第五回! クリスマス・サンタクロース決め大会!!』
ドワイトの声が会議室の中にマイクを通して響き渡る。口笛や大きな拍手が聞こえてきて、会議室はとても賑やかだ。場所はとても広い第八会議室である。しかしそこにも入り切らない研究員たちは廊下まで溢れだしている。
「今年はどうなるんだろうなあ」
「俺はもう絶対にやりたくない」
廊下と会議室の境目で赤い髪の研究員と青い髪の研究員が身を寄せ合うようにして立っていた。星4研究員のバレット・ルーカス(Barrett Lucas)とエズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)である。
二人は、この人だかりが何なのかをよく知っていた。
B.F.には毎年恒例のイベントというのが存在する。クリスマスはもちろん、ハロウィンやイースターなどは形だけとは言えども、一通り行われるイベントだ。
主催するのは主に食堂だが、クリスマスだけは伝説の博士、主にドワイトが仕切っていた。ドワイトは助手会議という会議の主催も務めるが、彼がそのようなイベント時には大抵何かよからぬ事を企んでいることを、助手会議に参加したことのある研究員は知っている。
五年前から始まった、クリスマスの恒例行事。それは研究員の中から30人の人間を選び、選ばれた者は12/24と25はサンタクロースの格好をしていなければならないというものであった。
流石ドワイトの考える企画である。初めて聞いた時のブライスは顔を顰めていた。ただ案外職員たちには好評だったらしく、毎年行われていくようになった。
今年もそのサンタクロースの抽選が始まっていた。
会議室の一番前にはドワイトが居り、マイクを片手にくじ引きをしている。バレットとエズラが居るこの位置からはほとんど、というか全く見えないが、マイクはこの施設全体に通してあるので、廊下のスピーカーからもドワイトの声が聞こえる。
『一人目、スチュワート・ルーサー(Stuart Reuther)!!』
「うわ、スチュワートだ」
「可哀想にな」
一人目の研究員の名前が呼ばれた。スチュワートはバレットとエズラの同期であった。あまり顔を合わせたことはないが、挨拶程度なら交わしたことがある。しかも彼は今回で二度目のサンタ役であった。
『あれ? スチュワート、去年も当たっていなかったかい?』
ドワイトも気づいたのかマイクを通してそう言う。何処かでスチュワートらしき男の声が聞こえてきた。
「ドワイトさん!!! 勘弁してくださいよ!!!」
どっと笑いが起こり、やがて再びそれは静まる。ドワイトが二人目を選ぼうとしているらしい。エズラは手を組んで祈るばかりだ。実は彼は一昨年、サンタとして選ばれてしまった。似合うと周りにフォローは受けたが、リディアとバレットには転げ回るほど笑われたのが苦い思い出だ。
今年こそは自分がそっちの立場になりたいものである。
『さて、続いては......おお、リディア・ベラミー(Lydia Bellamy)!!』
「はーーい!!!」
廊下の奥の方で声がした。リディアである。バレットがニヤニヤしてエズラを肘で突いてきたがエズラは無視をする。
だが、素直に驚いた。まさかこんなに知っている人間が抽選するとは。一昨年は自分が知っている人など誰も当たっていなかったというのに。
*****
ドワイトの楽しげな声は施設全体に響いている。それは食堂も例外ではなかった。
「毎年楽しそうだねえ」
ナッシュが食堂の一角でココアを飲みながら隣で資料を読み込む相棒に微笑む。
「ああ、そうだな」
棒読みの返事が返ってきた。資料に集中しているらしい。クリスマスくらい休めばいいのに、と言っても彼にそんなこと通じるわけが無い。
ナッシュはココアを口に含みながら、すっかりクリスマスカラーに染った食堂を見回す。みんなドキドキした様子で放送に聞き入っている。
呼ばれた者は「うわあー!!」と頭を抱え、それを周りの者がはやし立てている。楽しみが少ない研究員達にとっては、少しでも楽しめる時間になっているのではないだろうか。相変わらずドワイトはこういう企画を作るのが上手い。
『23人目!! コナー・フォレット(Connor Follett)!!』
「おや」
ナッシュが驚いて思わず天井のスピーカーを見上げた。コナーはナッシュの元助手である。軽く探したが食堂にはいない。彼のことだからわざわざドワイトを見に行くようなマネはしないだろう。きっと自分のオフィスに居るか、廊下でベンチに座りながらでも放送を聞いているはずだ。どんな顔をしているのやら。
「顔が悪いぞナッシュ」
気づけばブライスが資料から顔を上げて自分を見ていた。
「あはは、悪い悪い、ちょっとね。だって面白そうじゃないか。彼がサンタクロースになるだなんて。想像しただけで笑っちゃうよ」
「そんなこと言っていると当選するぞ」
「さあ、それはどうだろう。僕よりブライスの方が似合うと思うよ?」
「それはないな」
ブライスはコーヒーカップを持ち上げると口元に持っていく。
『27人目!! おおっ!!? ブライス・カドガン(Brice Cadogan)!!』
ブフッ、とブライスはカップの中に飲んでていたコーヒーを吹き出した。ナッシュも飲んでいたココアを吹きそうになって慌てて口元を抑える。
「......何故だ」
「そりゃあ抽選だもん。確率的に有り得ない話ではないだろう?」
「......だとしてもだろ」
周りの目線が熱い。ナッシュは頬杖をついてニマニマと彼を見る。
『ブライス、残念だけど引いてしまったよ!! ちゃんと君の分の衣装も用意しておくからね!!』
弾んだ声がスピーカーから降ってくる。ブライスはため息をついてコーヒーを飲み干した。
「いいじゃないか。君が衣装を着ればもっと親しみやすさが上がるよ」
「親しみやすさを求めて衣装を着るのは間違っているだろう」
ナッシュは「そうかなあ」と笑いながら、ココアをもう一口飲む。
ドワイトの企みなのか、それとも低い確率にたまたま当たってしまったのか、それは分からないが_____、
だが、今年のクリスマスは忘れられないものになりそうだ。
*****
サンタクロースの衣装を着ることになった研究員たちは、第六会議室に集められていた。
カーラはドワイトに頼まれ、着付け係に呼ばれた。B.F.のクリスマスは盛り上がるなあ、とあの日の放送を聞きながら思っていたが、まさか最高責任者のブライスでさえこんな役をやらされるようなイベントだとは思わなかった。
会議室の中にはドワイトが衣装を円形のテーブルの上に寝かせるように置いて、準備をしていた。カーラはその隣で帽子を用意したり、縫い目が解れていないかを確認したりしていた。
「カーラちゃんも選ばれたの?」
驚いて顔を上げるとリディアだった。彼女は二人目のサンタクロースとして名前が呼ばれたのだ。真っ赤な衣装がきっと似合うに違いない。
「いいえ、私は皆さんのお手伝いです」
「そっかあー、カーラちゃんも着たら絶対かわいいと思うんだけどなあ」
リディアはカーラの隣にしゃがみこみ、帽子を手に取ってまじまじと見ている。
「これ全部ドワイトさんが作ったのかな?」
「どうなんでしょう」
ドワイトは器用な方ではあるが、チクチクと裁縫をしているようなイメージが、カーラにはない。リディアも浮かばないらしく、首を傾げている。帽子も衣装もどちらも手作り独特の温かみが感じられた。
「それはシャーロットさんが作ってくれたんだよ」
上から声が降ってきた。ナッシュである。
「シャーロットさんが?」
リディアが顔を輝かせた。カーラは聞いたことがないので首を傾げていると、リディアが説明をくれた。
どうやらリディアの元ペアらしい。今はB.Fを退職して地上にいるようだが、此処で医者として働いていたそうだ。
そういえば、ベティも医者である。それについて問うと、ベティもまた、シャーロットのもとで医者として腕を磨いてきたようだ。
どうりで治療や手当が上手いわけである。シャーロットは腕が確かなようで、医者だった頃はどんな怪我でも病気でも、彼女の手にかかればたちまち良くなったようだ。
「こんなの作ってたなんて知らなかったなあ」
リディアは懐かしそうに目を細め、そして帽子を手にぎゅっと抱き締めている。
カーラも帽子を被ってみた。成人用のためかサイズはぶかぶかだが、暖かくて心がほっこりする。母親がそこにいるような、不思議な安心感があった。
「うわああっ、嫌だ!! 嫌だ!!!」
「早く入ってくださいよコナーさんー......」
会議室の入口にバレット、エズラ、そしてコナーの三人が居た。バレットとエズラは、会議室に入るのを渋っているコナーの背中をグイグイ押している。が、コナーは負けじと踏ん張っていた。サンタクロースになりたくないのを全身で伝えてくる。
「早く入って来なよコナー。もう此処まで来たら入る他ないよ」
ナッシュが呆れ顔でコナーに言う。
「そりゃ、わか、って、ますっ、けどっ.....!!!」
バレットが位置を変えてコナーを会議室の中へと引っ張り始めた。成人男性三人の取っ組み合いとなると派手さも増す。
「お前ら俺の味方だろっ!!?」
「コナーさん一昨年俺のこと見て笑ってたじゃないですか!!」
エズラはどうやら根に持っているようだ。
「それはもう昔の話だろうが!! 今日は今日!! いいから離せ!!」
「いやです!!」
「コナーさん絶対サンタクロースなったらかっこいいですよ!!」
「......ほんと?」
コナーが途端抵抗を止める。あまりにも急に力を抜いたためかバレットとエズラが床に転がりそうになっていた。
「は、はい。ほんとです」
「わかった。絶対笑うなよお前ら。この二日間、笑ったら来年はお前らになるように抽選に手加えておくからな」
「おっかないですね」
こうして二人が部屋を出ていったので、コナーは観念した様子で机の周りにやって来た。
「まさか君が選ばれる日が来るなんてね」
「本当ですよ。抽選箱に細工でも施したんじゃないですか?」
コナーはじとっとした目でドワイトを見るが、ドワイトは話を聞いていないのか、ブライスに服の上から衣装を合わせては楽しんでいた。
「それにしても、ブライスさんが抽選ですか」
「ね、僕もびっくりだよ。ドワイトは本当に全員の職員の名前を抽選箱に入れているみたいだねえ」
ナッシュが頷き、「さてそろそろ......」と一番近くの衣装を手に取る。
「みんな、お着替えタイムだね」
そう言ってニヤリと笑った。
*****
30人の集められた職員たちは互いに服を着せあったりして、やがて部屋の中は鮮やかな色で溢れた。
「うん、凄く可愛いと思うよ」
帽子を最後に被せれば、30人のサンタの出来上がりである。
「サイズもピッタリみたいだし、今年も大成功間違いなしだね」
満足気に頷くドワイトの隣で、ナッシュは腹を抱えて笑っている。
「ナッシュさん!!」
コナーが物凄い目でこちらを見てくるのでカーラが慌てて止めに入った。
「いやあ、よく似合ってるよ、コナー。そこに髭を着けたら本物だね」
「来年は絶対にやりません!!」
顔を真っ赤にしてコナーは体ごと反対を向いてしまった。一方、リディアはというと、
「目が潰れる!!」
「失礼なやつだな」
「褒めてるんだと思うよ」
ブライスのサンタ姿を見て目を覆い隠して天井を仰いでいた。怪訝な顔をするブライスをドワイトが微笑みながら宥めている。
「さて、私も着るとして......ナッシュ、君も着ないと何だか盛り上がりが足りない気がしないかい?」
「いや、僕は遠慮しておくよ_____」
「ええ、着せちゃってください」
コナーがナッシュの背中から手を回し、彼を羽交い締めにした。
「お? コナー、よくも_____」
「うん! じゃあ、これがナッシュ用かな!」
ドワイトは余っていたらしい衣装をもう一着取り出したのだった。
*****
「伝説の博士が三人ともサンタクロース......」
食堂にてノールズはラシュレイと共に、遠くで揺れる赤い衣装を見て苦笑していた。
今年のサンタクロースはなかなかの破壊力である。特にブライスが衣装に身を包んでいることに、皆驚きを隠せないようだった。
放送で彼の名前が呼ばれた時にリディアの反応も見てみたかったが、彼女もまたサンタクロースの一人だった。ブライスの横を陣取って幸せそうな笑顔を振りまいているので、こっちまで嬉しくなってくる。
サンタクロースの役目というのは様々である。主に食堂が配っているお菓子を代わって配ったり、クリスマスの飾りを付けたり。
「ナッシュさんも着たんですね」
ブライスとドワイトに並んでナッシュも赤い衣装を着ている。銀髪だからかよく似合っていた。サンタクロースにしては細すぎる気がしたが、いつもは見られないレアな格好に職員の目を惹くには十分な魅力を持っていた。
「ナッシュさんはブラックサンタだよ」
ノールズがコソコソと耳打ちをしてくる。なるほど、あれほど黒い笑顔が似合わないサンタクロースもなかなか居ないだろう。
「なんだって?」
「!!」
「!?」
気づけば奥の方にナッシュは居なくなっていた。その代わり後ろから声が聞こえてくる。
「ノールズ、ブラック......なんだって?」
「へ、あ、いや......!!」
「ラシュレイ、ノールズは今なんて言っていたんだい」
ナッシュの目がラシュレイを向く。ノールズが祈るようにラシュレイを見ている。ラシュレイは口を開く。
「ブラックサンタだそうです」
「ラシュレイィィイイッ!!!!!???」
「ほお......君には取っておきのプレゼントをあげなきゃねえ、ノールズ」
「ひぃぃいい!! ごめんなさい!! ごめんなさいぃいい!!」
食堂は今まで一番の人だかりができていた。
*****
クリスマスも終わりを告げようとしている。25日の夜、サンタクロース達はやっと衣装を脱ぐことが出来た。
「お疲れ様、みんな。とっても可愛かったよ」
たんまり写真を撮って満足げのドワイトがカメラを小さく振って言う。
「慣れればどうってことなかったね」
ナッシュは衣装を畳みながら言う。
「もう二度とやらんからな」
ブライスはため息混じりにそう言った。
「来年もまた三人で出来たらいいなあ」
ドワイトは相当楽しかったらしい。この面子で衣装を着られた事が最も嬉しかったのだろう。
やがてサンタクロースは解散となった。各自部屋に戻って残りのクリスマスをペアで過ごすのだろう。三人もオフィスに戻る。
「来年はブラックサンタも入れてみようか」
「ブラックサンタ?」
ナッシュの提案にドワイトが首を傾げる。
「そうさ。ノールズが僕のことをそんなふうに呼んでいたからね。お仕置に今度の報告書をプラス一枚してやったよ」
「わあ......それはブラックだねえ」
*****
ドワイトが部屋に戻ると、助手のカーラがせっせと仕事に取り掛かっていた。サンタクロースの衣装の片付けは、彼女ではない職員が引き受けてくれたので、彼女はすぐに仕事に戻ったらしい。相変わらず仕事に熱心な子だなあ、とドワイトは感心した。
「ただいま、カーラ」
「おかえりなさい、ドワイトさん!」
彼女は紅茶を淹れてくれた。食堂から貰ったお菓子を摘みながら二人でティータイムを楽しむ。
「クリスマスはどうだった?」
ドワイトが彼女に問う。彼女にとっては初めてB.F.で過ごすクリスマスだった。きっとこんなイベントだとは思っていなかっただろう。
「楽しかったです。あまりイベントは無いと思っていたんですが、あんなに派手に行うんですね」
「うん、そうだよ。毎年私と食堂で職員を楽しませるために行っているんだ。少しでも皆に癒されて欲しいからね」
「確かに、とっても癒されました」
日々の疲れが吹っ飛んでいくようなドワイトのサンタクロースであった。カーラは来年もこれを見られることがとても嬉しかった。ドワイトは毎年抽選に構わず自分も衣装を着るらしい。彼は雰囲気からしてサンタクロースが良く似合う。
「カーラも今度は一緒に衣装を着ようか」
「私ですか......サイズが合えば、やってみたいです」
「そうだねえ。カーラは小柄だから、一番小さなサイズが欲しいところだね」
ドワイトが頷く。そして、
「そう言えば、まだカーラにはクリスマスプレゼントを渡していなかったね」
「えっ」
カーラはカップを落としそうになった。彼がプレゼントを用意しているなど思ってもいなかったのだ。ドワイトはデスクの引き出しを開いて、中から紙袋を取り出した。その袋には赤と緑のリボンが付いている。
「女の子に渡すものとなると迷ったんだけれど、君なら上手く使ってくれそうな気がしてね」
紙袋を渡されて、カーラはそっと袋を覗き込む。
「ブランケット?」
中には赤いブランケットが入っていた。
「そうだよ。ひざ掛けにちょうど良さそうでね。夏はこの施設、冷房が効きすぎるから風邪を引いてしまうし......それに君は、よく何もかけないで寝てしまうだろう?」
「そ、そうですね......」
入社当時も、今も、カーラは仕事をしていて眠ってしまう。ほとんど寝ずに仕事を片付けようとするからこういうことが起きるのである。反省はしていたが、なかなか止め時は分からない。
大抵起きれば、背中に仮眠用ベッドの毛布がかけてある。ドワイトがかけてくれるのだろう。
「肌触りも良かったからよく眠れると思うんだ。気に入ってくれたかな」
「はい、ありがとうございます! 大事にします」
カーラは紙袋を抱きしめる。ドワイトからのプレゼントである。彼女の心に暖かいものが広がっていく。
だが、彼には一体何をプレゼントすればいいのだろうか。
食堂で買えるお菓子ではいつもと同じである。買いに行くにしても個人的な買い物のためにエレベーターを動かしてもらうわけにはいかない。
カーラが悩んでいると、ドワイトはふふ、と笑った。
「私は君から既に最高のプレゼントを貰っているんだよ、カーラ」
「え?」
カーラは顔を上げて彼を見る。彼に最近何かをあげた記憶はない。あげたとしてもコーヒーを淹れてあげたり、食堂で買った昼食を渡したりなどである。プレゼントとは程遠い。
「君の存在自体がプレゼントじゃないか」
「!」
「カーラがオフィスに居てくれるだけで私は毎日プレゼントを貰っているようなものだよ。返しきれないくらいのものをね」
「......」
みるみるうちに赤くなっていくカーラの頬を見てドワイトは愛しげに彼女の頭を撫でる。
「私の傍に居てくれてありがとう、カーラ」
「はい......」
オフィスの中にはゆったりとしたオルゴールの音が雪の代わりに降っていた。




