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Black File  作者: 葱鮪命
76/196

File041 〜子泣き袋〜

 B.F.にもハロウィンはやって来る。職員のマンネリ防止のために行われる数少ない行事のひとつだ。


「トリックオアトリート!!」


 夕方の五時からは、特に子供の職員が仮装はせずともお菓子を貰いに籠を持ち、ペアの職員を始め多くの大人のところへと走る。


 どうやらそれはナッシュのオフィスにもやって来たようだ。


「ナッシュさあああん!!! トリックオアトリート!!!」


「ああ、そうだね」


 オフィスの扉が勢いよく開いて、部屋に飛び込んできたのは助手のコナー・フォレット(Connor Follett)。B.F.に入社してまだ少ししか経たない星1研究員だ。お菓子を貰う気満々なのか、食堂で貰えるかぼちゃ型のバケツをナッシュに突き出してくる。


 そんな彼に対してナッシュは冷たくそう言った。


「ええ!!? トリックオアトリートですってば!!」


 聞こえていなかったのか、とコナーは大声で言って更にバケツをナッシュの方に突き出した。


「悪戯っ子にやるもんなんてあるかい」


 ナッシュはコナーの方をチラリと見やり、すぐに持っていた資料に目を戻した。


「何でっすかぁあ!!! 俺良い子っすもん!!! イタズラなんてしませんもん!!!」

「どうだかね」


 地団駄を踏んで訴える彼にナッシュはやはり動じない。コナーは折れることはなかった。何か思いついたのか、その顔に悪ガキそのものの笑みを浮かべる。


「ははあ、そうっすか、分かりましたよ!! さては俺にイタズラをされたいんすね!? おっし、此処は派手に_____」

「この前のイタズラの件、ブライスに言ってやるからな」

「何でっすかぁぁぁあ!!!!」


 幼い子のように大声で喚くコナーにナッシュが眉を顰めていると、


「ナ、ナッシュさん、トリックオアトリート......」

 コナーの後ろからミゲルが顔を覗かせた。


「おや、ミゲル」

 ナッシュがコナーに見せていた笑みを引っ込めて、柔らかい笑みを浮かべる。


「ハッピーハロウィン。君ならどんなイタズラも大歓迎なんだけれどね」

「え!?」

「はい、いっぱい食べてくれ」

「こ、こんなに良いんですか!!?」


 ナッシュは予め用意していたらしい大きなお菓子の袋をミゲルに手渡した。バケツには入り切らない大きさにミゲルは困惑した顔をしている。


「何でっすか!!? 俺には!? 俺には無いんすか!!」


 目の前で繰り広げられた行為にコナーは納得できない様子でナッシュに詰め寄る。


「ふむ、コナーもこれを機に学ぶべきだね。日頃の行いがどれほど重要なのかを」

「そんなぁぁあっ!!」

「ナ、ナッシュさん......」


 今にも泣きそうなコナーを見てミゲルは苦笑いだ。そこでナッシュがようやく、


「はあ、仕方ないな」


 とため息をつきながら、ミゲルと同じものをコナーに手渡した。


「なあんだ、用意してるんじゃないっすかあ!! ほんと、素直じゃないっすよね!!」

「返せ」

「すみませんした」


 コナーは改めて袋の大きさを見て顔を輝かせている。大人に近い歳とは言えどもまだまだ子供だな、とナッシュは頬を緩ましてそう思った。


「ほら、他の大人たちにもねだってくるといいさ。ドワイトやブライスならもっと大きなものくれるんじゃないかい?」

「本当ですか!?」


 二人が顔をパッとあげる。


「ミゲル、行こうぜ!!」

「う、うん。ナッシュさん、お仕事中に失礼しました」

「うん、行ってらっしゃい二人とも」


 二人はすぐに出て行き、部屋の中には静けさが戻ってきた。ナッシュは資料に目を落とす。しかし耳にはまだ二人の声が残っていた。どうしても、ふは、と笑みが漏れてしまう。


「まだまだ子供だなあ」

 愛おしげに彼は一人呟くのだった。


 *****


 その日の施設はとにかく騒がしい。お化けに仮装しようと、ビニール袋を被る子供職員も居るくらいだ。


「ジェイスさーん!! お菓子ください!!」

「ジェイスさん、俺も!!」


 食堂の中で長蛇の列が出来ているのはB.F.星5研究員、ジェイス・クレイトン(Jace Clayton)である。


 子供たちに囲まれて満更でもなさそうな顔をしていた。


「あー、ほらほら、並びな? いやあ、参っちゃうなあ、こんなに可愛い後輩たちに囲まれちゃって」


 子供の職員の狙いは圧倒的彼の性格の甘さから貰えるお菓子の量なのだが......それに気づかない彼も彼である。一人三つほどお菓子を貰えるので効率的にバケツの中身を満たすには良いカモなのだろう。


「お前な、後先考えず渡していると絶対後で貰えなかった子にブーイング貰うからな」


 彼の同期である研究員が呆れ顔でジェイスに言う。彼もまたお菓子を大量に持っていたが、ジェイスのように大量に渡しはしていない。


「まあまあ、こういうところが頼りにされる優しい先輩ってことで後輩から親しまれるわけよ!」

「どうだかな」


 子供の列が途切れて、二人はようやく夜ご飯にありつけた。子供にお菓子を迫られる前に食事を済ませなければならないのでハロウィンは案外忙しい。二人で黙々と飯を食べ進めていると、


「ジェイスさーん!!!」


 元気な声が聞こえてきて、ジェイスはパッと顔を上げた。二人が座っている席に向かってくる二人の研究員。ノールズとイザベルだ。


「トリックオアトリート!!」

「ちょっと、やめなさいよ」


 元気良くかぼちゃのバケツを押し付けてくる彼をイザベルは止めた。


「お前ら......もう大人だよな?」


 呆れ顔でジェイスの横にいる研究員が問いかけると、ノールズは「心は子供ですよ!」と胸を張って答えた。イザベルが「あなたね、いい加減にしなさいよ」とノールズを小突く。


「ノールズの言う通り!! 子供じゃなくてもハロウィンは楽しまないとね!!!」


 ジェイスがそう言って立ち上がると自分が持っていたお菓子を机の上にばら蒔いた。目の前の二人はぽかんとしている。隣の研究員はもはや止める気が無いようで、涼しい顔でスープを啜っていた。


「はい、なんて言うのかな? ノールズ、イザベル?」


 ジェイスがにんまり笑って彼らに詰め寄る。ノールズがパッと顔を輝かせて、「イザベル、せーの」と小声で言った。


「トリックオアトリート!!!」

「......トリックオアトリート」


 合わせた割にはバラバラだったが、バケツをジェイスに差し出すという行為はイザベルもノールズを真似た。二人の後輩にバケツを差し出され、その様子が可愛かったのかジェイスの口から「はうううう!!!」と変な声が出る。


「お前らほんっと可愛いなあ!!? イザベル、うちのオフィスに来るか!!!!???」


 バケツを受け取ってその中にお菓子をてんこ盛りに入れながら、ジェイスは向日葵のような笑みをイザベルに向ける。


「遠慮します」


 イザベルが明後日の方向を見て答えると、


「遠慮しないで!! これを機にオフィスを共にしよう!!」


 隣で同期が肩を寄せてきた。イザベルが「嫌よ」と眉を顰める。


「うんうん、二人とも俺の子!! あー、後輩って何でこんなに可愛いんだ!!?」


 ジェイスがお菓子が盛られたバケツを返して二人の頭をわっしわっしと撫で回す。


「お前って後輩大好きだよな」

「好きだよ!! こんな可愛い生き物、ある意味超常現象だろ!!」

「失礼じゃないか?」


 会話をしながらジェイスは手を止めない。イザベルが髪の毛を気にしていると、


「あああああ!!!!!」


 食堂中に響く男の声。そして、


「こらああ!! ジェイスさん!!! 俺の......うちのイザベルに何てことを!!!」

「こらこら、ハロルド。走らない。声も小さくね」


 やって来たのはイザベルの師匠であるタロン・ホフマン(Talon Hoffman)と、その助手であるハロルド・グリント(Harold Grint)である。


 ハロルドはジェイスがイザベルの頭に手を乗せていることにご立腹のようで、足をどしどし言わせながらやって来た。そして、すぐイザベルを二人から引き剥がす。


「俺のイザベルですよ!? あーあー、こんなに髪の毛ぐっちゃぐちゃにされてー!! 可哀想に......よしよし」


 今度はハロルドに髪を撫でられるイザベル。何処と無くうんざりした顔をしているが、逃げ出すつもりは無いのかされるがままになっている。


「ハロルド、イザベルが嫌がってるよ」

「何だと!? イザベル、嫌か!!」

「いえ」

「イザベルの髪は綺麗だね」


 タロンが優しく彼女の前髪を整えると彼女は少しだけ恥ずかしげに俯いた。


「がーんっ」


 明らかに自分とタロンの間にある温度差を感じたのかハロルドが分かりやすくショックを受けている。


「あちゃー、ふられたねハロルド」


 ジェイスがその様子を見て笑っている。


「ふられてませんけど!!?」

 物凄い形相で彼を睨みつけるハロルド。


「今日はハロウィンか。私も皆にお菓子をあげないとね」


 タロンがそう言って白衣のポケットから飴を取り出すと人数分をテーブルに置いた。


「わー!! ありがとうございます!」

「ジェイス達も食べるといいさ」

「俺らもいいんですか!?」

「ああ、私からしたらまだまだ子供だよ」

「子供だってー」


 ジェイスがニヤニヤ笑って隣の研究員に言う。


「主にお前な」

「はあ!?」


 タロンがくれた飴玉を早速開けて、ノールズは口に放り込む。りんご味だ。優しい甘さを口の中で転がしながら彼は食堂を見回す。手作りの衣装でお菓子を貰いに来ている子供研究員もいる。大人でも十分楽しいのだから子供にとってこのイベントは本当に楽しいだろう。


 *****


「いっぱい貰ったー!!」


 食堂の一角にて嬉しげにそんな報告をするのはコナー・フォレット。

 バケツにもお菓子は入っているが、主に彼らの腕の中にあるバケツの何倍もあるお菓子の袋が嬉しいようだ。


 彼らはそれぞれ大きな袋を三つ持っていた。伝説の博士のそれぞれが用意していたものだ。一番大きいのがドワイトである。ドワイトのオフィスは人が列を成すほど繁盛しており、コナーとミゲルは最後尾だった。ちょうど二人が最後の子供で、ドワイトがオマケに小さなお菓子もバケツに盛ってくれたのだった。


「今日中に食べきれないね」

 ミゲルは袋を幸せそうに眺めながらそう言った。


「俺は食うよ!! だから飯は少なくした!!」


 コナーの前にあるトレーにはハロウィンの三日前から限定で売っているかぼちゃのプリン。そしてかぼちゃグラタンがあった。どちらも腹を膨らますには明らかに少ない量だ。


「栄養が......」

「ハロウィンくらい良いだろ!」


 さっさと食っちゃおう! とコナーがスプーンを手にした時だった。


「なんだこれ!!?」


 突然隣の席から悲鳴に近い声が上がった。それは二人と同世代の同じ歳の研究員だった。彼は小さな袋を開いて目を見開いている。


「どうしたの?」

 彼と共に食事をしていたペアらしい研究員が彼に問う。


「中身綿なんだけど!!」

「え? ちゃんとお菓子入れたよ」


 そう言ってペアの研究員が袋を彼から取り上げて中身を確認する。


「うん、入ってるよ? お菓子」

「はあ!? でもっ......」


 また袋を覗き込む彼。しかし、


「どう見ても綿だろ、これ!!」

「綿じゃないって」

「綿だってば!!」


 激しくなる会話にミゲルが止めた方がいいのかと迷っている隣で、コナーはナッシュから貰った袋の口を縛っている紐を解いていた。中身を見ると、白いふわふわしたものが見えた。一瞬綿あめかと思ったが、違う。それは明らかに綿である。


「......綿だっ!!」

 コナーが他の袋も開けるが、それらも綿が詰め込まれているだけの袋だった。ミゲルのものも確認するが全く同じ状況だ。


「ど、どうなってるの?」


 ミゲルが袋を外側から触れる。中身にお菓子が入っている感覚はあるのだ。ゴツゴツしていたり、マシュマロのような柔らかさを感じたり。しかし袋を覗き込むとそこには白い世界が広がっている。匂いも無い。綿あめではないようだ。


「やっぱりそうだよね!?」

 隣の子供の研究員が此方の状況に気づいたらしい。


「んー? そんなことは無いと思うけど」


 彼のペアの研究員が確認のためにコナーの手の中の袋を覗き込む。


「ほら、お菓子いっぱい入ってるよ」

「入ってないし!!」

「入ってませんよ!!」


 子供三人に抗議されて大人の研究員が太刀打ちできないようだ。後ろに座っていた知らない大人の研究員に声をかけ、袋を見せるが彼も袋の中身はお菓子に見えるようだ。


「子供には綿に見えるのに......」

「大人にはお菓子が入っているように見えるってこと?」

「じゃあ俺らお菓子食えねーじゃん!!!」


 三人の子供の研究員はがっかりし、袋を恨めしげに見た。


「やあ、お疲れ様」

「お疲れ様」


 そこへ二人の白衣の男がやってきた。ドワイトとナッシュである。


「こんなに沢山貰えたのかい」


 ナッシュは椅子に積み重なるように置いてあるお菓子の袋を見て目を丸くしている。


「一番大きいのはドワイトか?」

「正解。喜んでくれたかな」

「あの、その事なんですが......」


 ミゲルが事の事情を二人に説明し始めた。


 *****


「なるほど......それは災難だったね」

 ドワイトが苦笑した。


「疑わないんですか?」


 今までの大人たちと反応が違うので、コナーもミゲルも驚いた。貰った袋の中身が綿だったなんて、言い出しづらい上に馬鹿げていると笑われると思っていたのだ。しかし二人が示した反応は今までの大人とは異なっていた。


「ハロウィン限定の超常現象だよ。『子泣き袋』と言って、大人にはお菓子いっぱいの袋に見えて、子供には綿が詰められただけの袋に見える。お菓子自体は次の日になれば元に戻るから安心してくれ」


 ドワイトの説明にコナーもミゲルも、周りにいた研究員らもホッと胸を撫で下ろした。


「でも、明日までお菓子食べられないんじゃ......」

「袋から出ているものなら大丈夫だよ。超常現象の効果の範囲は布状の袋に詰められたお菓子に限るんだ。昔では毎年のように出ていたけど......最近ではあまり聞かなかったよね」


 ドワイトがナッシュを見ると、彼はコナーの袋からクッキーを取り出して摘んでいるところだった。それを見たコナーが「あーっ!」と声を上げる。


「俺のクッキー!!」

「大人なら袋から取り出して食べられるんですか」

「そうだね。もし食べたかったら大人に取ってもらうしかないかな」

「だってさ、コナー」

「食っていいとは言ってないっすよね!?」


 これ以上ナッシュに取られないようにコナーは袋の口を縛って自分の後ろに袋を隠した。


「まあ、ダイエットにはちょうどいい超常現象なんじゃないかな。お菓子の食べ過ぎは体に良くないよ」

「確かにね」


 ドワイトはミゲルの袋からいくつかお菓子を出してあげながら微笑んだ。


 ハロウィンでこれだけのお菓子を貰えばカロリーオーバーであることは誰の目にも明らかである。

 ハロウィンの日に世界中でこの超常現象が起こったおかげで、子供の肥満度が10月31日から少しだけ減少したとか、していないとか。

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