ミサンガ
B.F.星3研究員のマヤ・ピアソン(Maya Pearson)は先輩であるカレブ・リンメル(Caleb Rimmell)の手を引いて会議室前の廊下へと来ていた。
カレブは盲目で、マヤは彼の手を引いてオフィスの外を歩くことが多い。今日は日曜日で日曜会議がある日である。そのため彼女はカレブを会議室まで送りに来たのだ。
「ありがとうマヤ、此処までで大丈夫だよ」
会議室前に着くとカレブが言う。彼は左手に杖を持っていた。それを今までマヤが握っていた右手に持ち替える。
「わざわざ利き手で私と手を繋がなくてもいいんじゃないですか?」
カレブの利き手は右だ。杖も右で持つ方が安定しているだろうに、彼はマヤと手を繋ぐ時は右ではなく左に杖を持つ。マヤの言葉にカレブは微笑んだ。
「いいんだよ。マヤと一緒の時は特別だから杖に頼らないんだ」
「はあ......」
特別と聞いて悪い気はしないが、マヤは声に喜びを出さないように気をつける。
「カレブ、マヤ君、こんばんは」
優しい声がした。見ると会議室の中からドワイトが出てくる。
「ドワイトさん、こんばんは」
カレブがドワイトの方を向いて言う。
「席まで案内するよ」
「よろしくお願いします」
カレブが杖を右から左に持ち直した。ドワイトは彼の右手をとって席へと彼を連れていく。マヤは呆れ顔でそれを見ていた。
浮かれていた自分が馬鹿だったらしい。どうやらカレブの思う特別は、マヤが思うよりも、もっと範囲の広いものらしかった。
*****
食堂に行って、マヤは夕食を乗せたトレーを受け取る。今日はステーキにした。食べやすい大きさに切ってもらい、特製ソースにディップして食べるのだ。食堂でも人気のメニューのひとつである。
マヤは空いている席を見つけて一人モグモグとそれを食べ始めた。日曜会議があるときは食堂は空いている。といっても待っている職員のためにもさっさと食べ終えてしまわなければ、と、マヤは口を動かす。周りは机を囲んで談笑しているグループがほとんどだ。
マヤは此処に入ってきてほとんど仲間を作らなかった。常にカレブと共におり、仕事以外で誰かに話しかけることをしなかった。
別に寂しいわけではない。カレブとは順調に先輩とその助手という関係性を築けていると思うし、もしも自分が他の仲間に気を取られるようなことがあれば、カレブはカレブで孤立してしまうかもしれない。
気づけば皿の上には何も無くなっていた。オフィスに戻ってやることは多い。マヤはすぐに席を立った。
*****
部屋で待っているとカレブが戻ってきた。彼の手はブライスが繋いでいた。それを見てマヤは慌てて立ち上がる。
「カレブさん、電話でもくださったら向かいに行ったんですよ」
「いいんだよ、マヤ。ブライスさん、ありがとうございました」
「いや、構わん。マヤ、会議の資料だ」
ブライスはマヤに紙の束を手渡す。マヤはそれを受け取った。
「ありがとうございます」
「ああ。俺は戻る」
ブライスが居なくなってマヤはカレブを見る。彼はデスクでお菓子を開けているところだった。甘党でもある彼は嬉しそうだ。
もしかしたら自分は_____。
マヤは考えていたことを振り払おうと頭を振った。
決してそんなわけはない。きっと、きっと。
「マヤ、どうかしたのかい?」
カレブが口をもごもごさせながら問う。マヤは「何でもないですよ」となるべく明るい声で言って、彼のデスクに資料の束を置いた。
*****
次の日、カレブが合同実験の会議に参加するのでマヤは再び彼を送っていった。小さなオフィスには既に何人かの研究員が居て、カレブに対して親しく話しかけている。マヤはすぐにその場を離れた。
そして食堂に行き、昨日とは違ってサラダだけを頼んだ。今日の食堂は混んでいる。いつもの事だ。昨日は日曜会議だから空いていただけである。
座る席がないので、マヤはオフィスに戻って食べようかと歩き始めた。
だが、
「此処空いてますよ」
突然声をかけられた。自分に対してかは分からなかったが、マヤは止まった。二人用の席に一人の女性研究員が座っている。マヤはその顔を見たことがあった。日曜会議にカレブを送り届ける際によくブライスや他の研究員と親しげに話しているのだ。確か名は、
「リディアさん」
「やっほお〜、んーと......」
「マヤ・ピアソンです」
「マヤちゃん! カレブさんのとこの!」
どうやら顔くらいは覚えてもらっていたようだ。マヤは頷いて、リディアの向かい側の席に腰を下ろした。彼女は嬉しそうだ。
「そっかそっかあ、可愛い助手だって聞いてたし、実際に話してみると本当に可愛いねえ」
マヤはサラダに伸ばしていた手を止めてリディアを見た。
「カレブさんがそんなことを言っていたんですか」
「そうだよ。頼りになる優しい助手さんだって。いつも手を引いて会議室に連れてくるでしょう?」
「はい......」
まさかそんなことを思われているなど思ってもいなかった。マヤは少しだけ嬉しかった。自分の知らない場所で彼の話を聞けるのは楽しい。
「マヤちゃんは凄く強い子だって。初級研修会の後にカレブさんをいじめてた人達やっつけたんだって?」
「は、はい」
まさかそんなことまで言っていたのか。
マヤは気恥ずかしくなった。
「いいなあ、カレブさんってどんな人なの? やっぱりオフィスではマヤちゃんにデレデレなのかな」
どうやら彼女は恋愛要素を含んだ話をしたいようだ。目を輝かせて体を前のめりにしてくるのでマヤはサラダを食べながら軽く身を引く。
「どうでしょうか......」
考えてみればこういった話をするのはいつぶりだろうか。此処では仲間などと思っていた自分だが、彼女はそんな壁をひょいと軽く越えてきてしまいそうな勢いである。
「綺麗な人、だとは思います」
マヤは小さく言った。
「ほうほう」
「カレブさんって、目の病気が発症して目の色が変わったそうなんです。青色と、少し薄い青色と......凄く綺麗なんです。それと、ピアノを弾いている彼は儚いけれど、音も姿も綺麗なんです。キラキラしているみたいな......でも、触れたら消えそうな感じです」
言っておいて自分は一体何を話しているのだ、とマヤはツッコミたくなった。突然こんなに語られても困るだろうに、とマヤがちらりとリディアの様子を伺うと彼女はさらに瞳をキラキラさせていた。
「そっかあ、マヤちゃんはカレブさんが大好きなんだねえ」
「だ、だ......え?」
「だってカレブさんを語るマヤちゃんの顔凄くキラキラしてるよ。昔私の先輩だった人がね、恋をする女の子は可愛くなるって教えてくれたんだ。マヤちゃんがそうだなあ、って」
「えっと......」
あくまでカレブとマヤは先輩と助手という関係である。歳だってかなり離れている。きっと自分は尊敬の意味でさっきの熱弁をしたのだろう。そう、恋などしないのだ。助手は助手。マヤはカレブの目のようなものだ。
「......カレブさんは、私を特別だと言っていました」
マヤは食べ終えたサラダのカップ容器を置いた。
「でも、彼の特別はきっと上辺だけで、私はカレブさんの何にもなれていないと思うんです。私が引き受けているこの役は絶対に誰にでもできることです」
マヤは膝の上に手を置いた。その手が強く拳を作った。
「私は特別じゃないんです。カレブさんにとって、ただの他人です。きっと、例え私がカレブさんを思っていても、一方通行で終わっちゃいます」
「そうかなあ」
リディアは首を傾げた。
「カレブさんがマヤちゃんと手を繋いでいる時とか、マヤちゃんの事を話している時って凄く嬉しそうに話すんだよ。あの顔は、例えどんなに親しいカレブさんの同期の人でも、ブライスさんやドワイトさんだったとしても、見せないような気がするよ」
リディアの言葉にマヤは目を丸くした。
カレブの手を繋いでいる時の顔。そう言えば意識して見たことがあっただろうか。
いつの間にか当たり前になっていた風景だが、カレブはあの時どんな顔をするだろう。
「今度手を繋ぐときに顔を見てみるといいよ。カレブさん、きっと凄く嬉しそうな顔をしているよ。マヤちゃんがカレブさんの一番の存在だからね!!」
*****
食事を終えたマヤは会議室にカレブを迎えに行った。ちょうど会議は終わったようで、数人の研究員が会議室から出ていく。マヤはカレブの姿を探した。彼はブライスと共に話をしていた。もう一人男性の研究員が居るが、三人とも真剣な顔で話し込んでいる。
マヤはカレブの表情をよく観察した。真剣な時の彼は時々瞼を開く。その時の目の美しさと来たら、この世のどの宝石も勝ることはないとマヤは思う。彼の持つ美しい青色は、海や空にも例えがたい、本当に綺麗な色なのだ。
さて、カレブの真剣な顔というのは実験で時折見るが、いつものオフィスで見せるコロコロと変わる子供のような表情からは想像できないようなものだった。美しい目も相まって絵のようだ。
マヤは知らないうちに自分がカレブをじっと見つめていることに気づいて慌てて扉から離れた。彼の顔なんていつでも見られる。リディアとあんな話をしたからだろうか。妙に彼が特別な存在に思えた。
10分ほど待つとカレブは会議室から出てきた。ブライスと手を繋いでいる。マヤは彼と手を繋いでいる時のカレブの表情も盗み見た。さっきの真剣な顔はしておらず、いつもの柔らかい表情をしている。瞼も閉じられていて、青色は見えなくなっていた。
「ブライスさん、カレブさん、お疲れ様です」
「ああ、マヤ。来てくれたんだね」
カレブが微笑んだ。マヤは目を見張る。
「ブライスさん、今日は此処までで大丈夫です」
「そうか。マヤ、あとは頼んだぞ」
「はい」
カレブの手がマヤに渡る。ブライスがその場を去って、二人はオフィスに向かって歩き出した。マヤは手を繋ぎながら彼の顔をチラリと見る。近くで見ると本当に綺麗な顔だ。もう少し背もあればモデルで活躍していたって不思議ではない。
「今日は確かクッキーがあったね」
カレブが言った。マヤはハッとして、「そうですね」と返す。カレブが甘党なこともあって勝手にお菓子を食べられないようにいつもオフィスのどこかに隠し、何のお菓子かも教えないマヤだが、彼の研ぎ澄まされた嗅覚でそれは簡単の見破られる。
「チョコチップクッキーかい?」
「いえ、バタークッキーです」
「バタークッキー!」
カレブが嬉しそうに飛び跳ねた。子供のように顔を輝かせるので、マヤは呆れる。自分は少なくともお菓子よりは下にいるな、と頭の中で勝手にランキングをつけた。
「明日はプディングがいいな」
「考えておきます」
マヤはカレブの顔を見つめて、微笑んだ。お菓子には勝てないとは言え、そんなこと気にするほどでもなかった。
彼の表情は誰に向けたって同じだ。それでいいのだ。それがカレブなのだから。自分はきっと軽い嫉妬をしていたのだろう。
彼の特別になれなくても、自分は一番傍に居られる存在なのだ。それだけで十分じゃないか。
マヤは一人思って、彼の手を握る手に力を込めた。
*****
一週間ほどして、カレブが再び小さな会議に呼ばれるとマヤはいつものように一人で食堂へとやって来た。
あれからリディアとはよく話すようになり、廊下で会った時にカレブも入れて三人で話すことがある。
時折彼女がマヤのカレブへの思いなどをほのめかすような発言をすることがあり、マヤは顔を真っ赤にして彼女を止めるのだが、そもそも鈍感なカレブがその思いに気づくはずがなかった。
マヤは今日もリディアの姿を探す。食堂に来ると彼女は大抵一人で食事をしているので、二人がけの席か一人がけの席を探すのだ。今日は二人がけの席だった。食事は終わっているのか、何やら熱心に手を動かしている。
「リディアさん」
声をかけると、彼女は顔を上げた。マヤだと気づいて、ぱあ、と向日葵のような笑顔を浮かべる。
「マヤちゃん! 今からご飯? 此処座りなよー!」
リディアが向かい側の席を勧めたので、マヤはそこに腰を下ろす。トレーを置きながら彼女の手元を見た。カラフルな複数の紐が彼女の指によって一本に編まれている。
「ミサンガですか?」
マヤはそれを見てピンと来るものがあった。この施設でもよくミサンガをしている人は見かける。お守りで、切れると願いが叶うと言われている編み紐だということくらいは、マヤも知っていた。
「そうだよ! いつも付けていたのが一昨日切れちゃって! 前の先輩が私にくれたものなんだけど、願いが叶ったかはまだ分からないんだよねー」
リディアは話しながらも器用に編み込んでいく。作り慣れているのか複雑な編み方で、マヤは食べるのも忘れて彼女の指先を吸い込まれるようにして見つめていた。
そんなマヤの視線に気づいたのか、リディアは、
「マヤちゃんもやってみる?」
と指を止めた。
「でも、私そんなに器用じゃないし......」
「大丈夫だよ! 簡単な編み方教えてあげる!」
リディアはそう言って自分が編んでいた作りかけのミサンガを置いた。そして膝の上に乗せていたのか、プラスチックのケースを机の上に置いた。
「なんですか?」
「紐を入れてるケースだよ! 好きな色を選ぶといいよ!」
リディアがそう言ってケースを開いた。ケースの中には色とりどりの紐が色ごとに綺麗に収められていた。虹を閉じ込めたようなケースの中身に、マヤの口から「わあ」と感嘆の声が漏れる。
「マヤちゃんはエネルギッシュだからなあ。オレンジとか赤とか、暖色系が似合うかな?」
服を合わせる時のように紐を何本か持ち上げて、リディアはマヤに遠目からかざしてみせる。
「そうだ、カレブさんにもどう?」
「えっ」
「カレブさんきっと喜ぶよー! マヤちゃんがプレゼントしてくれたら!」
「でも......」
「いいじゃん、先輩とお揃いなんて! よし、頑張って編んじゃお!!」
リディアの気に押されてマヤは「じゃあ」と頷く。
カレブに何かをプレゼントすることなんて初めてかもしれない。リディアと居ると「初めて」が多い。だが彼女が見せてくれる世界というのは、どれも輝いていた。
*****
マヤはオフィスに戻ってカレブの分のミサンガを編んでいた。自分の分はさっき食堂にてリディアに教わりながら完成させたのだ。
自分の色はリディアが勧めてくれた、オレンジ、赤、そして白だ。暖色でまとめたからか、明るい印象のミサンガができた。
カレブのものは青と黒と白で寒色でまとめた。彼へのプレゼントと聞いて、真っ先に手に取ったのが青色だったのだ。
リディアに教えてもらった編み方は簡単で、マヤでもすいすいと編むことができた。カレブはこれをもらって喜ぶだろうか、と考えながら編んでいくうちに、ミサンガは少しずつ長くなっていく。
夢中になって指を動かしていると、
「ただいまー」
「!! カレブさん!!」
マヤは椅子を倒す勢いで立ち上がった。時計に目をやると会議の時間はとっくに過ぎている。マヤはしまった、思った。ブライスもそばに居ないあたり、一人で帰ってきたのだろう。マヤは急いで彼をオフィスに招き入れる。
「ごめんなさい......時計を見ていなくて」
「いいんだよ。美味しい食べ物の匂いでオフィスの場所くらい分かるよ」
冗談なのか本気なのか、声色から落ち込んでいるマヤを元気づけたいらしく彼は明るい声でそう言った。
「すみません......」
マヤは謝って、彼のためにお茶を入れる。お菓子も用意して彼に出した。今日はカップケーキだ。カレブは早速かぶりついている。クリームを口の周りにつけていて、まるで子供のようだ。
マヤはその様子を見て、デスクに戻った。まだ作りかけのミサンガがデスクの上にはある。マヤは残りを仕上げてしまおうと黙々と手を動かした。
「マヤ、何をしているんだい?」
少ししてカップケーキを食べ終えたカレブが振り返った。
「ペンを動かしているわけではなさそうだね?」
カレブの声にマヤは「えっと」とミサンガを見る。隠していても仕方がない。どうせ彼には渡すのだ。
「ミサンガを編んでいたんです。リディアさんに編み方を教えて貰って......カレブさんのと、私の分を作ってみました」
「わあ、凄い。マヤは手先が器用だねえ」
「いえそんな......あの、今ちょうど出来たので、付けてみますか?」
「いいのかい? 是非ともお願いしようかな」
カレブが顔を輝かせて椅子を完全にマヤの方に向けた。彼が差し出してきたのは、右手だった。
「えっと......カレブさん、ミサンガってお願いごとをするんですよね」
「うん、結ぶ時にするお願い事は切れた時に叶うって話だね。どうしようかなあ」
カレブが願い事を考えているようだ。少しして、「よし」と大きく頷いた。
「付けてくれるかい。この願いにするよ」
「分かりました」
願い事を教えてはくれないようだ。秘密にするのもまたミサンガの楽しみ方なのだろう。
マヤは彼の細い手首に、彼をイメージした寒色のミサンガを付けてあげた。
「できましたよ」
マヤは彼の手首を彩る綺麗なミサンガを見て言う。自分で言うのもなんだが、初めてにしては上出来だ。色もよく似合っている。
カレブは嬉しそうに反対の手でそれに触れている。
「じゃあ、次は私の番だ」
カレブがマヤに向かって手を差し出してきた。マヤは首を傾げてその手を見る。
「貸してごらん。マヤにも結んであげるよ」
「えっ」
マヤは目を見開いて彼を見た。
「じ、自分でやります」
「私だけなんて不公平だよ。貸して」
「......」
マヤはデスクの上にある暖色のミサンガを掴む。そして、彼に手渡した。カレブはそれを触って形を把握すると、マヤの手首を優しく掴んだ。普段彼から手を掴まれることはないのでマヤは酷く緊張してしまう。
「お願い事は決めたかい?」
「あ......」
手首を掴まれたせいかすっかり頭から飛んでいた。普通に結んでしまってはミサンガの意味が無い。マヤは慌てて考える。
カレブと共にこの先もこのオフィスで仕事がしたい_____。
いいや、それでは自分が彼に依存しているように聞こえてしまう。この願いはなしだ。
ならば、と続いて思いついた願い事だが、マヤは思わず自分を殴りたくなった。そんな願い事を彼の前でするなど自分は何て酷い人間なのだろう、と。
だが、もしミサンガが願い事を二つ叶えてくれるような万能なものだとしたら、少しだけ欲張るのもありなのだろうか。
「決めました」
マヤは言った。カレブが「じゃあ、結ぶね」とマヤの手首にミサンガを巻いた。マヤはその様子をじっと見つめる。彼の目は見えていないはずだ。だが、彼はまるで見えているかのようにマヤの手首にミサンガを結んでいく。
「はい、できたよ」
カレブが言った。マヤの手首に暖色のミサンガが巻かれた。カレブと同様にマヤはそっとそれに触れた。カレブが結んでくれたというだけで特別なような気がする。
「ありがとうございます......」
マヤはミサンガを胸に押し当てた。
「いいんだよ。ところで、やっぱりお願い事は気になるもんだねえ。マヤは何てお願いしたんだい?」
カレブは身を乗り出して聞いてくる。マヤは思わず顔をそらした。
「それは......教えません」
「そんなあ。私も教えるから、是非とも教えて欲しいな」
カレブがニコニコと笑っている。そう言われると彼の願い事が気になってしまう。マヤは仕方なく、
「えっと......」
とミサンガに目を落とした。自分が願った片方の願いだ。
「カレブさんにとって私が、特別で居られますように、と」
言っていて恥ずかしい。頬が熱を帯びているのがマヤには分かった。カレブの反応はと言うと、やはりニコニコとしていた。
「そうなんだ。でも、私にとってマヤは既に特別な存在で、かけがえのない人だよ」
「......ありがとうございます」
マヤは顔を伏せた。面と向かってそんなこと言われると恥ずかしいどころではない。リディアの前でなくて良かった。彼女ならば「きゃー!!」なんて叫んで肩をバシバシ叩いてきそうだ。
「それで......カレブさんはどんな願い事を?」
「私かい? 私は......」
カレブがミサンガに触れて微笑む。
「マヤがいつまでも幸せで居てくれますように、とお願いしたよ」
「えっ」
マヤは思わず顔を上げる。
「ちょっと待ってください。それじゃあ、どっちも私に向けた願い事になっちゃうじゃないですか」
「そうかい?」
「そうですよ......私は自分への願い事をしました。カレブさんのその願い事も、私への願い事になってしまっていますよ」
マヤが言うとカレブは「そうかな」と首を傾げた。そうですよ、とマヤは頷く。
「でも最終的に私の願いはきちんと私に返ってくるよ。マヤが幸せで居てくれて、それを感じて私も幸せになれる。これは私たちどちらにも最終的にプラスになる願い事さ」
「そうですか......?」
「そうだよ」
カレブが大きく頷いたのを見て、マヤは微笑んだ。
「じゃあ......良かったです」
マヤはミサンガにもう一度触れる。
彼の願い事を聞いてから後悔が生まれてきてしまう。彼は自分をこれだけ思ってくれている。それなのに自分は、彼に対して何て最悪な願い事をしてしまったのだろう。
だが、密かに願ったもう一方の願い事も、彼女は叶う日が来ればと切実に思ってしまうのだった。




