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Black File  作者: 葱鮪命
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File036 〜発光人間〜

「イザベル!! 一人で行けるのか!?」

「はい」

「俺がついていく?! 俺がイザベルの前を行こうか!?」

「大丈夫です」


 星3のイザベル・ブランカ(Isabelle Blanca)は兄弟子のハロルド・グリント(Harold Grint)に両手を包まれていた。


「大丈夫なわけないでしょお!!」

 ハロルドは必死な形相でイザベルに迫る。今にもイザベルに抱きつきそうな勢いだが、何故か彼は椅子から立ち上がろうとはしない。


「イザベルが迷子になったらどうすんのさ!! 俺は毎晩悲しくて泣いちゃうよ!? もう仕事なんてやってらんないよ!?」


 既に泣いているハロルド。イザベルは困ったな、と彼を見下ろす。


 イザベルは今からお使いに行く予定だ。行先は大倉庫。そこで昨日借りてきた実験器具を返さなくてはならないのだ。


 本来ならば大倉庫はイザベルのような新米が行っていい場所ではない。果てしなく続く暗闇は、歩き慣れたベテランでなければ_____ベテランでも自分がどの方向から来たのか分からなくなるほどだ。であるから、本当なら目の前のハロルドか、先輩であるタロン・ホフマン(Talon Hoffman)に行ってもらうのがいいのだが_____。


「ただいま......って、ハロルド、何しているんだい」


 タロンがオフィスに戻ってきた。扉を開けるや否やハロルドがイザベルを困らせている雰囲気を察したらしい。


「先生!! イザベルを大倉庫なんかに行かせてはいけません!!」

「じゃあ君が代わりに行ってきてくれるのかな」

「はい!!」

「はい、じゃないよ」


 タロンは呆れ顔でオフィスの扉を後ろ手に閉める。そして自分のデスクに、両腕に抱えた分厚いファイルを置いた。


「足を捻挫している君は廊下でさえ歩くのが難しいのに、大倉庫になんか行かせられるかい」


 タロンの言葉にイザベルはハロルドの右足に目を落とす。昨日の実験でハロルドは足を捻挫してしまった。かなり痛いようで、松葉杖が無ければ歩くことはおろか、立っていることも不可能だ。今日もオフィスに来るまで同じ部屋で寝泊まりする研究員におんぶしてもらってきたのだ。そんな彼を大倉庫になど行かせてはいけない。


「でも......」

「イザベルはしっかりしているから平気だよ。昨日渡したメモは持っているかい?」


 タロンがイザベルに問う。イザベルは「はい」と言って白衣のポケットから小さく折りたたまれたメモを取り出した。そこには大倉庫に無数にある棚番号が書かれた紙があった。大倉庫は物をしまうための棚が何列にも渡ってあるが、その膨大さ故に棚には番号と数字が振り分けられてあり、目印となっている。


「イザベルが目指すのはF-12という棚だよ。そこに道具を返してくるんだ」

「はい」


 イザベルの足元にはダンボールがある。様々な道具が入っているが、別に重くはない。


「私はこのあとも会議があってね。おっと、もうこんな時間だ。次の会議に出ないと」


 タロンは腕時計に目を落として、オフィスのスチール棚からさっき抱えてきたものとは違うファイルを取り出した。タロンのような研究員は会議が毎日ある。伝説の博士とさほど変わらない多忙さだ。


「じゃあね、イザベル。迷ったら焦らずに棚番号を確認するんだよ。それとハロルド、間違ってもイザベルにはついて行かないでね。君が迷子になったとしても私は君をおんぶはできないからね」


 タロンは白衣を翻してオフィスから出ていく。イザベルもハロルドに掴まらないうちにそそくさとオフィスを出た。


「ああ、イザベル、待ってえええ!!」


 *****


「で、えっと、明日は実験で」


 星5研究員のジェイス・クレイトン(Jace Clayton)は明日の実験についてまとめた紙をバインダーに挟んで用意していた。


「必要なのはジョウロと、ブルーシート......って、うっわ、持ってこなきゃじゃん」

「持ってくるって、大倉庫からですか?」


 ジェイスにそう問うのは星3研究員のノールズ・ミラー(Knolles Miller)。ジェイスの助手である。


「そうそう。うーん、ノールズにはちょっとまだ早いしなあ。俺が今から行ってくるかー」


 ジェイスはバインダーを置いて立ち上がる。


「ついでに飯も買ってくるよ。何がいい?」

「新作でクリームシチューパイってものが出てました!!」

「何だって?? 買い占めてくる!! じゃっ」


 ジェイスはオフィスを出ていく。どこか抜けている彼ならば大倉庫に行く前に食堂に寄ってそのまま帰ってきそうだな、とノールズは心配になった。


 *****


「F-12......此処は、C-1ね」


 イザベルは大倉庫へと来ていた。エレベーターを一番下まで降りると大倉庫に辿り着く。巨大な棚が支配するその空間は天井にある電気の光がほとんど届くことがない。棚の高さは何メートルもあり、上にあるものはどんなに背伸びしようが見えないほどに高い。そして、同じような高さのものが何列も連なっている。


 これだけの巨大な倉庫を用意する必要があるのは、B.F.では外に出ることが禁止されているからである。実験に使う器具をいちいち外に買いに行っては、一般人の目にそれだけ多く止まることになる。


 また、このフロアは実験道具だけでなく、無害で意思がない超常現象を置いておくスペースでもあるのだ。意思があり、尚且つ危害を加えることがあるものは地下7、8階の「有害超常現象保管フロア」という場所に保管されている。


 棚の間を進みながら、イザベルはF-12を目指す。此処はCの列なのでFの列はもう少し奥に行かなければならない。


「C-3、C-4......」


 イザベルは懐中電灯で辺りを照らしながら進んでいく。怖いものはない彼女でも暗い場所に長時間いるのは気が引ける。このフロアは行方不明者が出るほどなのであるから、迂闊に道を外すと戻るのは難しいのだ。


「D-1......」


 Dの列まで来た。もう少しでF列だ。イザベルは自然と足が早くなる。が、それは一瞬だった。


「......?」


 気のせいだろうか、遠くにチラチラと光が見える。イザベルは懐中電灯の光を消してみた。遠くの通路がぼんやり光っている。そしてその光は、明らかに此方へ近づいてきている。他にも職員が居るのかもしれない。が、その光は音もなく彼女に近づいてきていた。物凄いスピードで。


「......!!」


 イザベルはこの世のものではないものを見たような気がした。背中にゾッと冷たいものが走り、彼女の頭に危険信号が鳴り響く。


 逃げなければ。


 彼女は踵を返して走り出した。懐中電灯をつける間もなく走り出したので前が見えない。が、頭の中で地図を描きながら彼女は走る。


「待って、ちょっと!!」

 後ろから声が聞こえる。それは明らかな人間の声だったが、あのスピードで近づいてくる人間をイザベルは知らない。背中にジェットでも付けていなければあんな速度出るはずがない。


「お嬢さあん!!」


 声が遠のいていく。イザベルはそこでようやく走る速度を遅めた。息が荒く、何とか振り返って懐中電灯をつける。そこには既にあの光はなかった。何だったのだろうか。


 イザベルは大きく息を吸い込んで呼吸を落ち着かせ、改めて辺りを見回した。


 J-6。咄嗟に目に入った札だった。


 F-12は?


 イザベルは急いで周りを見回す。頭にあった地図を頼りに進んだためか、完全に迷ってしまった。何処を見ても同じような風景である。イザベルは血の気が引いた。このまま戻ることが出来なかったら_____ハロルドとタロンに会えなくなってしまう。二人の期待を裏切ることになってしまう。二人の名前を汚すことに_____それだけはなんとか避けなければならない。


 イザベルは懐中電灯を握りしめる。タロンに言われたことを冷静に思い出す。迷ったら先ず近くの棚番号を確認すること。そうすれば確実に戻れるのだから、落ち着いて_____。


「ぎゃあああ!!!!」


 背中に耳を劈く悲鳴を聞いてイザベルは完全に膝から力が抜けた。


 まさかさっきのあの幽霊が戻ってきたというのか。イザベルは立ち上がろうとしたが、腰に力が入らない。完全に腰が抜けてしまった。


「え、え、誰......って、イザベル!?」


 それは知っている声だった。さっきの知らない声とは違う、聞きなれた男性の声だ。


「ジェイスさん......」


 そこに居たのはジェイスだった。


「ご、ごめん、大声出して。何してんだよ、こんなとこで」


 ジェイスはイザベルの傍らに座り込んだ。そしてイザベルの腕の中にあるダンボールを見て「ははー......」と頷く。


「お使い頼まれちゃったか?」

「はい」

「そっかあ、タロンさんとハロルドは?」

「タロンさんは会議で忙しくて......ハロルドさんは昨日の実験で足を捻挫しているんです」

「それでイザベルが、か......偉いなあ、こんなとこまで来て」


 ジェイスはポンポンとイザベルの頭に手を置く。


「俺も明日の実験で使う道具借りに来たんだ。イザベルのそれは返すのか?」

「はい。ただ、迷ってしまったみたいで......F-12なんですが」

「F? 此処Jだぜ?」

「はい。さっき追いかけられて......此処まで逃げてきました」

「は? 追いかけられた?」


 ジェイスが眉を顰める。その時だった。遠くの方で光がチラチラと踊っているのが二人の視界の端に映った。ぼんやりとした白い光。ジェイスの顔が真っ青になる。


「待って、なにあれ」

「分かりません......」

「イザベルが追いかけられたのってあれ?」

「はい」

「......」


 光は確実に近づいてきている。ジェイスが立ち上がる。


「イザベル、すぐ用事済ませて帰るぞ!!」

「は、はい......あの、でも」


 イザベルも立ち上がりたい。だが、さっきのジェイスの悲鳴で完全に腰が抜けていた。


「え、ごめん俺のせい!?」

「いえ、そんなことは......」

「任せろ!! 女の子の一人くらい!! イザベル、しっかりそれ持ってろよ!!」


 ジェイスがイザベルの横にしゃがみ込んだ。そして、イザベルの膝裏と背中に瞬時に腕を差し込み、彼女の体を持ち上げる。


「あれ、人が増えてる!! なあなあ、お兄さん!!」

「ああああ!! こっち来んな!!」


 大倉庫に大絶叫が響き渡った。


 *****


「イザベル、F-3まで来たぞ!!」


 イザベルはジェイスに抱えられながら、何とかFの列までやって来ていた。やはりジェイスくらいにならなければこの倉庫は歩けない。イザベルはダンボールを返す準備をしていた。彼の腕から後ろを覗くとやはりあの光はついてきている。今回はかなりしつこい。


「ねえ、まだついてきてる!?」

「はい」

「ひいい!! 何なのあいつ!! 超常現象!?」


 ジェイスの走るスピードもなかなかである。イザベルを抱えて走っているのだから、相当力があるのだ。


「はい、イザベル、着いたよ!」


 ジェイスが速度を緩めた。イザベルは棚にダンボールを置いた。ジェイスはそれを見て再び走り出す。


「おっしゃ、いいぞ!! 次はN-2ね!! イザベル、お前後方確認係な!!」

「はい」


 イザベルはジェイスの後ろを再び見る。光はついてきている。だが、イザベルは気づいた。あれは光だが、ただの光ではない。喋るという時点で確かにただの光ではないのだが、それだけでなくあの光は、


「ジェイスさん」

「ん!?」

「あの光、人の形です」

「えっ!?」


 人型の発光物。更には走って、話す。これはおもちゃや道具の類ではないだろう。


「ちょっと、止まってみる?」

「はい......考えてみれば、危害を加えてくるようなことはしなさそうな雰囲気でした」


 ジェイスはその場に止まった。すると、


「ひいい!? 急に止まるな!!」

「うっわ!! 眩し!!」


 ジェイスの背中に接近する人型の発光物。その光の中から声がする。それは男の声だった。光の眩しさにイザベルもジェイスも目を開けることが出来ない。


「あーっと、ごめんごめん。ちょっと光弱めた方がいいかな?」


 二人の反応を見て自分の眩しさを悟ったらしい。イザベルは瞼に感じる光が弱まったのが分かった。目を開くと、間接照明程の柔らかい明かりになっていた。


「......これでどう?」


「平気です......」


「調節できるんだ」


「いやあ、はは、大倉庫は真っ暗だからついつい眩しい方がいいのかなあ、って思ってたけど、近くで見たらそりゃ眩しいよねえ」


 発光物は頭の部分を掻いている仕草をした。発光さえしていなければ彼は普通の人間なのかもしれない。


「もっと光を弱められないのか? お前、普通の人間じゃないの?」


「やだよ、おっかないこと言うな!!」


 発光物は途端ジェイスから距離をとった。体を縮こませるような仕草を見せる。


「俺は完全に発光しなくなったら闇の中に消えちゃうの!! そんなの悲しすぎるでしょ!!」


「また光ればいいんじゃなくて?」


「そんなことできない! 闇に一度溶け込むと二度と戻ってこられないんだ。やったことは無いけれど、この体になってから、それが頭に叩き込まれてる」


 声は寂しげだった。イザベルとジェイスは顔を見合わす。今の彼の発言に引っかかるところがあったのだ。


 この体になってから。


 それは彼がもともと発光物でなかったことを証明させる。つまり彼は元々人間だったのだ。きっと何らかの形でこうして超常現象になってしまった。


「そうだ、君らは大倉庫に用事があって来たんだろ? 俺がお望みの場所に連れてってやるよ! 大倉庫は庭みたいなもんだしさ」


「いや、元はと言えばお前のせいでこれだけ手こずってるんだけどね?」


 ジェイスの言葉を聞いているのかいないのか、発光物は二人の前を歩き出した。ジェイスもイザベルを抱えてその後ろを歩き始める。


「もともとは人間ってことよな?」


 ジェイスは発光物に聞こえないくらいの声量でイザベルに問う。


「おそらくそうだと......大倉庫に住んでいる超常現象って、知っていますか?」


「んにゃ、全然。てかブライスさんに知らせないといけないんじゃないの? こいつ、明らかに無断で施設に入ってきてるだろ」


 発光物は二人の会話が聞こえていないらしい。ルンルン、と軽い足取りで二人の前を歩いている。


「いやあ、俺から逃げずにちゃんと道案内に応じてくれる人なんて久々に現れたよ〜。待ってみるもんだねえ、ははは」


「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「おお、じゃんじゃか聞いてよ。俺が答えられる範囲でならね」


「お前ってもともと人間だろ」


「おや? 随分シビアなところを責めてくるんだねえ。まあ、五年前まではね。此処で普通の研究員として普通に働いていたわけよ」


「研究員?」


 イザベルもジェイスも聞き返す。まさか、彼はB.F.研究員だと言うのか。


「そ。俺の名前はデービン・ウィンターズ(Davin Winters)。君らと同じくB.F.研究員さ」


「じゃあブライスさんにはこの倉庫で超常現象として住みついているっていうのは言っているのか?」


「ああ、そりゃね。ナッシュさんもドワイトさんも知ってるさ。ベティさんもね」


 発光物は此方を振り返った。と言っても顔がないのでどちらを向いているのかは分からない。だが、足の方向的に今は後ろ歩きで歩いているのだろう。


「突発性発光症候群。シャーロットさんが名付けてくれた奇病の名前さ。患者は世界で俺一人。完璧に治すことは無理だって」


「ある日突然そんなことになったのか?」


「ああ、そうだよ。朝起きたら、暗闇の中で体が輝いてるんだ。で、電気をつけると自分の存在が薄まっていくような感覚に襲われる。だから、光の下は歩けないだろう? そこで大倉庫に住むことになったってわけ」


「え、でも......食事とかは」


「ああ、ないね」


 声が弾んだ。


「この体になってから食べ物を口にしてない。飲み物も。排泄なんかもちろんないし、ただただこうして光を出すだけ。楽なもんだろう? ま、エネルギー源が何なのかはまだ詳しくは分かってないけど。ブライスさん曰く、記憶、だってさ」


「記憶......?」


 イザベルが聞き返すと発光物の頭が揺れる。頷いたらしい。


「そう、記憶。近年、光が弱まってきてるんだよ。さっきは二人に眩しいって言われたけどさ、あれでも最初の頃に比べたらだいぶ弱いし、あれより眩しくはできない」


 声は寂しそうだった。


「それは、俺が皆から忘れられている合図でもある。徐々に忘れられていって、最後に誰も俺の事を思い出せなくなったとき、俺は完全に消滅するんだ。この世に居られなくなる」


 くる、と発光物は前を向く。


「でも、いいんだ。今日は君らに会えたから。二人に覚えてもらえたなら、俺はまだもう少しこの世に居られる、ってことだな」


 発光物は足を止めた。


「ほい、此処だよ。お嬢さんは持っててやるから、君は荷物を取りなよ」

 発光物がイザベルに腕を伸ばす。


「イザベル、平気か?」

「はい、大丈夫です」


 イザベルは発光物の腕に渡る。ほんのりと暖かい。


「こんな美人な研究員も居たんだなあ。俺ももうちょっと皆みたいに仕事してたかったなあ」

 発光物の言葉を聞いてイザベルもジェイスも何も言えなかった。


「もし大倉庫の外に行けるなら、何かしたい事はあるのか?」

「したいこと? そうだなあ......」


 声は少しの間考えているのか黙った。


「会いたい人が居るな。ペアの研究員なんだ。何らかの実験で命を落としてなければ、会いに行きたいところだな。まあ、俺が此処に居ることはあいつも知ってるし、わざわざ降りてこないってことは俺のこと忘れちゃってるのかもなあ」


「それはないよ」


 ジェイスの声は真剣だった。


「ペアを忘れるわけない。俺がブライスさんに相談してみる。お前が何とか大倉庫の外に出て、その研究員と会えないか」


 ジェイスの言葉に発光物は黙った。少しして、


「本当か? それが本当になったら、すごいな。夢みたいだ。じゃあ、ちょっとだけ待つことにしようかね」


 *****


「良かったんですか、あんなこと言って」

 エレベーターの中でイザベルはジェイスに問う。彼女は一人で立てるようになっていて、ジェイスの横で数字を見上げていた。


「うーん、まあ、あんなの悲しすぎるじゃんか。悪いやつじゃなかったし、どうにかしたいからさ」

 ジェイスは頬を掻いていた。


「今一番知りたいのは、あのデービンってやつのペアの研究員が生きてるかだな。ペアのことなら降りてこないって事はないだろうし、何か理由があるのかもな」

「そうですね......」


 イザベルも考える。何か良い案はないだろうか。あのデービンという発光物が外に出られるとしたら、どんな状況を作り出すべきなのだろうか。


 *****


「じゃ、イザベル。今日の19時に、食堂に集合な。ブライスさん達掴まえて、話し合える時間とってもらおう」


 ジェイスはイザベルをオフィス前まで送って行って言った。イザベルも頷く。


「分かりました」

 今は13時なので、夕食を食べたら彼のもとに行くのが丁度いいだろう。


「今日は色々とありがとうございました」

「いや、こっちこそごめんな? 後ろで大声なんか出しちゃってさ」


 ジェイスがあはは、と笑って頭を掻いている。


「今日のことは、とりあえずブライスさんたちに報告しないと。きっと一緒に打開策を考えてくれるよ」

「はい」


 二人が頷きあっていると、


「イザベル!!!」


 バタン!!と大きく扉が開いた。そこにはハロルドが居た。松葉杖は持っていない。代わりに椅子に座っていた。オフィスのものは移動式の椅子なのでそれに乗って此処まで来たようだ。


「ハロルドさん」

「え、ちょ、ジェイスさん!?」

「あれ、ハロルド、身長縮んだねえ」


 ジェイスがにんまり笑ってハロルドを見下ろす。


「いや、俺は大きいです!! でも今は緊急事態で!!」

「そっかあ、ま、大倉庫にイザベルと行く適任者は俺だったかな? 俺ならイザベルを抱っこできるもんね?」


「......」


「......」


「......はあああああ!!?」


 とんでもないことを聞かされたハロルドが今にも立ち上がりそうな勢いで椅子の肘置きに手を置く。


「ハロルドさん」

 立ち上がらせるわけにはいかない、とイザベルは彼の傍らに行く。


「ああ、ありがとうね、イザベル。ってちょっとジェイスさん!! 何ですかそれ!! 俺のイザベルに何したんですか!!?」


「そんじゃ、イザベル後でな!」


 ジェイスはイザベルに手を振って廊下を小走りで行ってしまった。イザベルはそれを見送って、ブライスらに説明をする第一声をなんと言えばいいのか考えていた。とても真面目な彼女は常にシナリオが頭にないと不安なのだ。


 当然隣でゴゴゴゴと恐ろしい殺気のオーラを放っている兄弟子には気づかないわけで。


「イーザーベールーちゃーん」


 物凄い低音ボイスにイザベルは驚いてそちらを見た。闇のオーラに今にも包まれそうになっているハロルドが居た。デービンが光を纏っているならハロルドは闇を纏っている。


「いっぱい聞きたいことがあるんだけど、とりあえず」


 ハロルドはイザベルの両手を取る。


「おかえり」


 *****


「お、イザベル〜」


 オフィスでハロルドにギリギリまで止められていたイザベルがやっとの思いで食堂に着くと、ジェイスは食堂の入口で待っていた。


「ハロルドに止められてたな?」

「すみません」

「いや、謝るの俺だからね? イザベル、俺の事そろそろ怒ったっていいんだからね?」


 あまりに呆気なく謝られたのでジェイスの心に罪悪感が芽生える。ちょっとした出来心でからかっただけだが、ハロルドは根に持つタイプなので今日のようなことは今後しないようにしなければ。


「ブライスさん達は......」

 イザベルはブライスらを探す。


「ああ、いつものとこに居ると思うよ。行こうぜ」


 ジェイスはイザベルの前を歩く。イザベルは彼の背中についていく。ブライスらが食事をするのは食堂の一番奥。四人がけのテーブルにだいたい三人で座っている。


「あ、いたいた」

 ジェイスは遠くに見えたいつもの席に三人が居ることを確認した。


「どうする? イザベルが話しかけてみるか?」

「えっ」


 てっきりジェイスが何か言ってくれるのかもしれないと考えていたイザベルは完全に意表を突かれた。考えてみればあの三人に自分から話しかけるなんてことは初めてかもしれない。


「ま、これも経験。ほい、行ってらっしゃい」


 ジェイスにひょい、と前に出されたイザベルは軽く背中を押される。イザベルは恐る恐る三人の待つテーブルへと歩いて行った。


「こんばんは」


 イザベルは三人に向かって言った。三人の目が一斉に此方を向く。ドワイトが「おや」と優しい笑みを浮かべる。


「イザベル君、こんばんは。どうかしたのかい?」


 タロンとドワイトが仲良しなこともあってやはり最も親しみやすさがあるのは彼だった。イザベルは次の言葉を考える。


「大倉庫にいる超常現象のことでお話があります」

「大倉庫?」

 ナッシュが目を細める。


「デービンのことじゃないかい?」

 ドワイトがブライスを振り返った。ブライスの目は少し離れた場所に立っているジェイスに向けられていた。


「お前はそこで何してるんだ」

「え!? 席待ってる風の人を演じていたつもりなんですけどね?」

「バレバレだ。話したいことがあるんならさっさと来い」


 いやあ、と頭を撫でながら搔きながらやって来るジェイスを見て、イザベルは自分は完全に遊ばれているな、と思った。


 *****


「デービンの光が弱まっているのか」


 話を聞いたブライスは眉を顰める。


「はい。彼の光は記憶に関係してるとか......」


「そうだね。確かに彼が人間だった頃に周りに居たメンバーは大半が実験で命を落としているからね......それが大きな原因かもしれない」

 ナッシュは頷く。


「でも、デービンは一人だけ会いたい人が居るって言ってました。ペアの研究員だそうです」


「デービンのペア......オリオンかな」


「オリオン?」


「オリオン・ペスター(Orion Pester)だな」


 答えたのはブライスだった。


「デービンはオリオンと三年ほどペアを組んでいた。デービンが発光症候群になった後でも少しの間共に仕事をしていたな」


「今も......その研究員は居るんですか?」


「ああ、いる」


「でも、デービンに会いにいくっていうことはしないんですか?」


「それは、本人次第だな。デービンに大倉庫に行くよう勧めたのもオリオンだ」


「え......」


 イザベルとジェイスの声が重なった。二人の想像では、デービンが大倉庫に行くようになったのはブライスが言ったものだと思っていたのだ。なのに、それを勧めたのはペアのオリオンだという。共に仕事をしていた仲間を突然大倉庫に行かせるなど、何を考えているのだろう。


「正直その提案をされた時俺らも驚いたが......デービンは光の中には居られない。闇の中に溶け込むことも不可能だ。彼奴はあの体になって食うことも飲むこともしなくて良くなった。あいつにとって過ごしやすい環境は大倉庫だろう、とオリオンは言った」


「でも、デービンは寂しそうでしたよ! 何年も一緒にいたペアを大倉庫に行かせるなんて......」


「オリオン本人がどう思っているかだな。最初はデービンもそれで納得した。知らぬ間に彼の気が変わったとして、それはオリオンに言わなければ届かない」


「......じゃあ、俺らが何とかします」


 ジェイスは言う。イザベルはジェイスを見上げた。彼は真剣な目をしていた。


「どうにかして、デービンを皆の記憶に刻んであげて、そして彼をオリオンと再会させてあげます。その許可さえ貰えれば俺らはいいんです。あとは好きなようにしてもいいですね?」


「構わん。デービンの話は大倉庫に彼が言ってからほとんどしなくなってしまったからな。何か策があるなら、試して欲しいところだ」


「任せてください。イザベル、行こうぜ」


 ジェイスはイザベルの背中を押してその場を離れた。


 *****


「ブライスさん、ちょっとばかし疲れ気味だったなあ」


 ジェイスとイザベルは廊下の休憩スペースへと来ていた。二人でベンチに腰かけて、コーヒーをすする。


「もうちょっと情報くれるかと思ったけど、あの様子じゃ、俺らが何とかするしかなさそうだな」


 ジェイスはコーヒーを飲み干している。イザベルはその隣で少しだけ驚いていた。表情を表に出すことがないブライスだが、声にあれだけ感情が出ることにびっくりだった。疲れるのも無理はないが、彼のどんなことにも動じない超人的な鉄の心は、案外夢のような話なのかもしれない。


「しっかしなあ。二人を再会させるとして、デービンは廊下に出せないよな。だって光の下に居ると消えちゃうんだもん」


「はい。それに、完全な暗闇もダメだと......」


「どうしようかなあ。大倉庫くらいの暗さなら良いのかな?」


「そうですね......」


 イザベルは大倉庫の暗さを思い出してみる。巨大な棚に天井の灯りを遮られているせいで、かなり暗い。懐中電灯で足元を照らさなければならないほどだ。


「うーん......施設全体をあの暗さにするとか?」


「施設全体をですか」


「そうそう。まあ、他の研究員の迷惑になっちゃうからあんまりいい案とは言えないけどさあ」


 ジェイスは「どうしたもんかなあ」と手の中で缶を転がしている。だが、イザベルはハッとした。


 迷惑。


 それを逆手にとることができるのではないだろうか。


「ジェイスさん、それは良い案だと思います」


「え? 施設を暗くするの?」


「はい」


「でも迷惑って......」


「迷惑をかけられるだけかけたらいいんです。そうしたら_____」


「......なるほどな。一石二鳥ってわけか」


 ジェイスは頷いた。その顔には少年のようなイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。


 *****


「イザベル、最近楽しそうだね?」


 オフィスにて、イザベルが仕事をしているとタロンがイザベルの顔を覗き込んできた。イザベルは目を丸くして彼を見上げる。


「好きな人でもできたかな?」

「なんっだってえええ!!!???」


 タロンの言葉に過剰に反応を示したのはもちろんハロルドである。


「先生!! それはどういうことですか!! イザベル、まさか、ないよな!? 俺以外に、そんな好きな人だなんて!!!」


「イザベルがハロルドを好きだといつ言ったんだい......」


 ハロルドを呆れ顔で見やって、タロンはイザベルに視線を戻す。


「何か企んでいるなら、私も参加したいな。イザベル」


 どうやらバレているようだ。だが、味方が増えてくれるのは素直にありがたい。イザベルは彼らにひとつお願いをすることにした。


 *****


 オリオン・ペスターは第二会議室に呼び出されていた。最近仕事も落ち着いてきたので時間を自分のために使えるかもしれないと考えていたが、会議室に呼ばれるということは相当大きな仕事が入ってきたのだろう。


 彼の足は重かった。


「失礼します」


 会議室に入ると、予想していたメンバーではなかった。そこには四人の男女がいた。ただしオリオンが知っている顔はタロンくらいだ。他の男女は知らない。


「オリオン・ペスターさんですか」


 一人の男性が立ち上がって問う。黒髪を後ろでひとつに纏めて、金色のピンで髪を止めている。胸には金の鎖のネックレスを付けており、かなりチャラチャラした見た目をしていた。


「俺はジェイスといいます。こっちはイザベル、ハロルド、タロンさんです」

「はあ......」


 てっきりブライスかナッシュかドワイトがいるものだと思っていたオリオンは拍子抜けした。勧められた席に腰を下ろす。


「俺になにか」

「最近大倉庫に行きましたか?」


 ジェイスが突然聞いてきた。オリオンの表情が固まる。彼にとってその言葉は、少しの間距離を置きたいものだった。


 大倉庫。


 それは自分の元ペアである、デービン・ウィンターズがいるところだ。


 彼はある日世界で彼しか発症例がない奇病「突発性発光症候群」にかかってしまった。


 そして自分はそんな彼を大倉庫という暗い場所へと追いやった。追いやったという言葉が正しいだろう。あれは故意で自ら彼を突き放した出来事なのだから。


「いいや」

 ジェイスの問いに対してオリオンはぶっきらぼうに答えた。


「じゃあ、デービン・ウィンターズという人は知っていますか」

「......知ってるけど」


 何を企んでいるのだろう、この男は。自分のことをからかっているのだろうか。もしかして、彼の奇病を面白がって、何か論文でも書くつもりなのだろうか。


「俺のペアだったから。数年前までは。てかさ、呼び出しといて何? 思わせぶりな質問しておいて、結局何がしたいのさ」


「オリオンさんとデービンを再会させたいと考えているんだけど、お前はどう思う?」


 バッサリとジェイスは言い切った。オリオンの声にトゲがあったのがそうさせた原因だろう。オリオンは彼の言葉を聞いて耳を疑った。


「何だって?」


「オリオンさん、デービンさんと再会する気はないのか。大倉庫に行かない理由も含めて話して欲しい」


「......」


 どうして見ず知らずの男にそんなことを話さなければならないのだろう。

 オリオンは唇を噛んだ。もしかして、デービンに何か良くないことがあったのだろうか。自分さえ忘れなければ、彼は存在することができるはずだ。


「......どうして大倉庫に行かないかだって?」


 オリオンはジェイスと他の三人を見やった。


「簡単だ。あいつに会う顔がないからだよ」


 オリオンは言い放った。嘲るように、冷たい笑みを貼り付けて。


 *****


 突発性発光症候群。それが彼についた病名だった。ある日オフィスにやってきたデービンはまるで全身が電球になったかのように光り輝いていた。声や仕草は彼そのものなので、オリオンは一発でデービンだと分かったのだが、明らかに普通の人間というものとはかけ離れていた。


「すごくね? これなら停電になっても俺がいれば安全だな!」


 デービンは突然のことでもすんなりと受け入れていた。彼にはもともとそういう力が備わっていた。実験でも、予想外の展開に動じず、どんなことをすればいいかを瞬間的に考えるような男だった。


 驚きを隠せなかったオリオンだが、彼はやはり彼で、変わったのは見た目だけだとそう考えた。声も仕草も全部そのままの彼なのだから、ちゃんと受け入れられると考えていた。そうしようと努力していたつもりだった。


 だが、自分が気をつけていても、周りはそうはいかなかった。オリオンは気づいてしまったのだ。デービンを見る周りの目が奇妙なものを見る、侮辱的なまたは忌避するようなものであること。それがまだデービンだけに向けられているのならば良かった。いや、この言い方は考えを改めて変えるべきだが、少なくとも当時の自分はそう思っていた。


 デービンだけに向けられていたその目が今度は自分にも向けられるようになったのだ。彼とペアを組む人間は可哀想だ、あまり近寄りたくない。そんな雰囲気が周りの人間の空気感から簡単に読み取ることができた。


 だが、デービンはそれに一切触れることはなかった。勘の良い彼ならそれらの眼差しに気づいていたはずだ。変わってしまった自分の体のことを裏で何と言われているか、想像など容易にできたはずだ。それでも彼はいつもの彼と変わらなかった。何一つ。


 しかし_____自分は違う。彼なんかよりずっと弱い自分は、己に向けられる眼差しに耐えることが出来なかった。だから、最低で最悪な提案をブライスにしたのだ。


『デービンのためにも、彼奴は大倉庫に行くべきです』


 彼が必要なのは記憶と僅かな光だけであった。それだけが彼が存在できる条件であり、その条件が揃うにはやはり大倉庫しかないと思ったのだ。周りからすれば自分はデービンの為に思い切った提案をした研究員だと思われただろう。反感を買おうが、彼を大倉庫に置くことによってあの蔑みの目から開放されるのだ。それならばどんな手段でも良いと考えてしまった。


 デービンが大倉庫に送られたその日、オリオンは誰もいなくなったオフィスにて声が枯れるほど泣いた。相手の気持ちを重んじず、自分のためだけに行動した自分にナイフでも突き立てたい気分だった。


 彼は何も悪くないのに。悪いのは全て自分だというのに。


 *****


「だから、俺は会いに行くなんてしない。あいつに会う顔なんて無い」


 オリオンは顔を覆った。ジェイスはその様子をじっと見ていた。


「覚えているなら、それでいいと思うようにしたんだ。あいつが消えなければ。正直俺が消えたい気分だけどさ」


 オリオンは鼻で笑った。


「......デービンさんがもし大倉庫の外に出られたら何をしたいか、ジェイスさんが質問していました」


 口を開いたのは金髪の少女だった。オリオンは指の隙間から彼女を伺う。顔が整った綺麗な研究員だった。そんな彼女の目が自分を見ている。


「彼は、会いたい人がいると言っていました。ペアの研究員だそうです」


「......」


 オリオンはぽかんと口を開けて少女を見た。顔を覆っていた手がするりと下に落ちた。


「大倉庫に降りてこないということは、忘れているかもしれないと言っていました」


「そんなことあるか!」


 オリオンが立ち上がった。彼は必死な顔で彼女を見る。


「忘れるわけないだろ!! 何を......」

「じゃあ、会ってください」


 彼女も立ち上がる。


「会うと約束してください」

「......」


 オリオンは力なく椅子に腰掛けた。


「だって......だって俺、あいつに酷いことして......」


「じゃあ、このままでいいんですか。このまま誰も大倉庫に行かなくなって、彼の存在が忘れられて、最終的に貴方が何らかの形で命を落としてしまったら、彼はどうなるんですか」


 オリオンは髪を掻き毟った。


「そんなの、分かってる。でも、どうしようもないだろ......」


「会いたがってるんです。あなたのわがままを彼は受け入れたんだから、今度はあなたがそのわがままを受け入れるべきです」


 彼女の言葉にオリオンは目を見開いた。


「......」


 彼は彼女の強い視線に負けたように下を向いた。そして、小さく口を開いた。


「......わかった」


 *****


 その日、放送が鳴った。それはタロンの声だった。


『研究員の皆さん、良い夜を過ごしていますか? 今日は一年に一度の神秘的な夜。地下で唯一月と星を楽しめる、幻想的な日』


 突然始まった放送に研究員らは足を止める。不思議そうに顔を見合わせる者、なんだなんだと声を上げる者。


 タロンの声はまだ続く。


『そして、二人の研究員が、一年に一度会うことができる日』


 バツン!!と施設中の照明が落ちた。だが、不満を言うものは誰もいない。それは次の瞬間には歓声に変わっていたからだ。


 壁に張り巡らされた豆電球。廊下に等間隔に並べられた間接照明。施設全体の廊下を明るすぎず、暗すぎないぼんやりとした光で照らしている。


『感動的な瞬間を、皆さん、どうかお静かに見守り下さい』


 エレベーターの扉がゆっくりと開く。出てきたのはイザベル、ジェイス、そして体全体が発光している研究員_____デービンである。


 三人は幻想的な廊下を歩いていく。周りの研究員らは固唾を飲んでその様子を見守っている。まるで何かの儀式のように、神聖なものを祀るように、施設全体の雰囲気が厳かなものへと変わっていく。


 光の廊下は食堂へと続いていた。食堂の扉が開かれている。扉の傍らにはドワイトとナッシュが居た。デービンを見ると、「久しぶり」と微笑んでいる。デービンが嬉しそうに手を振った。彼の光が少しだけ強くなった。


 食堂の中も暗い。が、所々に張り巡らされた電球は仄かな光を灯してまるで蛍のようだ。食堂の真ん中に、デービンは懐かしい顔を見た。暗闇の中で慣れた目は、見つけるのがとても素早い。その人物を目に入れた途端、彼は走り出した。


「オリオン!!」


 食堂の真ん中にはオリオンが居た。オリオンはまっすぐ自分に向かってくる彼にどうしたらいいのか分からなかったが、ジェイスが腕を広げる仕草を後方でしてみせたのを見て、ぎこちなく腕を広げた。デービンはその中に飛び込んだ。


「いった! お前手加減しろよ!!」

「いいじゃん、いいじゃん!! 感動的な再会してんだから!!」


 デービンはオリオンの腕の中で幸せそうに言う。彼の光は明らかに強くなっている。


「元気そうでよかった」

 オリオンは考えていたことを何とか口にする。デービンは「うん」と頷いた。


「オリオンを、俺のことで色々悩ませちゃったのは知ってんだ」

 デービンがオリオンから少し離れた。表情は分からないが、声は悲しげだった。


「お前が思い切った決断をしてくれたから、俺はあれ以上傷つかず済んだ」

「違う」


 オリオンはデービンの肩を掴んだ。


「違う。違うんだ。全部全部俺のせいだ。俺が取るべきだった行動は、周りの人間に何かしら言うことだった。お前のことをどう思っていようが、お前をあんな目で見るんなら許さないって、一言でも二言でも言ってやるべきだった。なのに俺は、俺は......自分のことしか考えないでお前をあんな場所に追いやったんだ。悪いのは俺なんだ。俺がお前に一番傷をつけたんだ」


 オリオンは声を震わせた。いざ目の前にすると、言葉が沢山出てきて、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。それでも一番伝えたいことをまだ彼は心の中から取り出していない。


「オリオン_____」

「これだけは言わせてくれ」


 オリオンはデービンの肩を掴む両手に力を入れた。


「俺は、お前を死んでも忘れない。来世だってその次も。忘れようだなんて思ったこと、片時もないんだ」

「......うん」

「だから、消えるなよ。来年も絶対会うから。なあ」

「うん、いいよ。約束。来年も会おうな、親友」


 オリオンはその時一瞬だけ見た。彼の光の中に、懐かしい笑顔が浮かんでいることを。


 そして気づいた。彼の光が、最初に見た日よりもずっと強くなっていることを。


 *****


「一年に一度、二人が会う日を作ることで、施設内の研究員全員にデービンの存在を知らしめることができる、ねえ」


 幻想的に彩られた食堂の中を、扉の傍らで見守りながらナッシュは隣のドワイトに言う。


「よく考えたよ。彼の光の強さは記憶が関係している。一年に一度なら誰も忘れることは無いし、次の世代にも彼の記憶は引き継いでいける」


 ドワイトも微笑んでいた。


「ジェイスもイザベルも凄いね。こりゃ驚いたよ」

「本当だよ。デービンもオリオンも幸せそうだ」


 デービンとオリオンは食堂の真ん中で仲良さげに話をしている。一年に一度の、尚且つ一時間という限られた時間の中で彼らはどんな話をするのだろうか。


「それで」

 ナッシュは辺りを見回す。


「この計画に一番に携わった彼はどこだい?」

「恥ずかしがって部屋から出てこないよ」

 ナッシュの問いにドワイトが苦笑して答える。


「やれやれ......これだけの豆電球を買ってきて......足元のライトはオマケ、だってさ」

「地上と此処を何回も行き来していたからね。結局一番優しいのは彼だよ」

「同感だな」


 ナッシュとドワイトは顔を見合わせて笑った。


 *****


 あれから数年後。その日になると施設は光り輝く。もうジェイスという研究員は居ない。タロンも、ハロルドも居ないが_____、


『研究員の皆さん、良い夜を過ごしていますか?』


 あの放送は一年に一度、突然流れるのだ。綺麗な女性の声で。


『今日は一年に一度の神秘的な夜。地下で唯一月と星を楽しめる、幻想的な日』


 彼女の名前はリディア・ベラミー(Lydia Bellamy)。ブライスという人間に憧れて放送委員の座を手に入れた女性研究員である。


『そして、二人の研究員が、一年に一度会うことができる日』


 エレベーターの扉が開いて現れるのは、体が発光している研究員だ。皆が彼に手を振っている。彼も手を振り返す。


 研究員らが一年に一度楽しみにしているその日。その研究員の名前に基づいて「デービン祭」と名付けられたそれは、今宵も幕を開けた。


『感動的な瞬間を、皆さん、どうかお静かに見守り下さい』

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