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Black File  作者: 葱鮪命
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一触即発-3

 ノールズが目を覚ましたのは、彼がイザベルたちの元に戻ってきてから30分ほど経過した時だった。相変わらず脱走の糸口が見えず、答えが出ない討論を繰り返していると、彼の呻き声が聞こえてきたのだ。


「う、うう......」

「!」

「ノールズさん!!」


 彼の近くに居たラシュレイが彼を抱き起こした。ノールズはラシュレイの腕の中でぼんやりとしていて、やがてゆっくりと牢屋の中を見回した。彼からしたら初めて見る光景である。


「......あ......あれ、此処......どこ?」

「牢屋よ。一時間以上は此処に閉じ込められている状態よ」

「ああ......そっか......」


 ノールズはまだぼんやりとしていたが、ラシュレイを見ると弱々しく笑った。


「あー、かっこわる......散々痛めつけられてやんのー......」

「何言ってるのよ」

「そうですよ! 僕たちを守ってくれたんですから、ノールズさんは英雄です! 悪いのはあいつらですよ!!」


 イザベルに続いてキエラが力強く言った。ノールズはそれを聞いて苦笑する。


「英雄、かあ」


 ノールズは小さく呟いて、ゆっくり自分で起き上がる。時折顔を顰めているのは傷が痛むのだろう。


「安静にしていてください。逃げる時はおぶっていきますから」


 ラシュレイがノールズの背中に手を当てる。


「おお、ラシュレイが? 潰れたりしない? 俺重いし、俺がおぶってくよ」

「頭ぶっ叩かれたんですか」


 ラシュレイは冷ややかな目をノールズに向けたが、その顔はどこか安心していた。ノールズの調子が少しずつ、いつもの感じに戻ってきている。イザベルもそれを感じて胸をなでおろした。


「さて......色々あなたには聞きたいことがあるんだけれど......」


 イザベルの言葉にノールズは頷く。


「うん、もちろん話すよ。ただ、あんまり新しい情報は期待しないで欲しいな」

 そう言って小さく肩を竦めた。


「いいのよ、今はどんな些細な情報でも重要なの」

 イザベルが首を横に振ってそう言った。


 *****


 ノールズが一通り自分の身に起きた事を説明し終わる頃には、皆神妙な顔つきになって俯いていた。


「まあ、この通り傷は痛むけどピンピンしてるし、心配しないで」


 ノールズは腰に手を当てて得意げに言った。いつもの彼に見えるが、やはりどこか動作がぎこちなく、演技らしいところがある。傷が痛むのを隠しているらしい。カーラに対するそれなりの配慮をしようと頑張っているようだ。


「そんで......ラシュレイが電話を落としてきた可能性がある、と?」

「まあ......はい」

「良くやったぞ!! 流石は俺の助手!!」

「頭撫でないでください」


 わしゃわしゃと自分の黒髪を両手で撫でてくるノールズに、ラシュレイは迷惑そうに言った。


「取り敢えず、僕らの情報をあの人達が望んでいるのは本当みたいですね......」

 キエラが胡座をかいて首を捻る。


「研究員ファイルも取られてしまったから、もう十分な情報は彼らに渡っているとは思うんだけれど......一体これ以上どんな情報を望むのかしら」


 イザベルが神妙な顔つきで床に視線を投げている。


「カーラのことも気になるしね......」


 カーラはさっきから黙って話さない。イザベルがずっと彼女の手を握っているが顔色は一向に良くならない。寧ろ最初よりも青くなっている。ぎゅっと真一文字に結ばれた唇は小さく震えていた。


 大人でさえこの状況を、まだ子供の彼女が怖くないわけがない。


「電話が出来ればいいんだったよね?」

 ノールズがイザベルに問う。


「ええ、そうよ」

「うーん、もう一度彼処に行く機会があったらその時にあの前を通るだろうし......」


 ノールズがガラスの向こう側の電話を指さす。


「その時にかけてみる、とか?」

「そんなこと出来るわけないでしょう。受話器を取った瞬間に殴られるに決まってるわ」

「だよねー......うーん、あの通風口も気になるけど、何も無いのかなあ」


 ノールズは続いて天井を見上げた。蓋に取っ手がついたハッチのようなものの他に、この部屋の天井の四隅には通風口がある。通風口は人が通れる大きさでは無いが、ハッチは蓋さえ開けば、ここに居る全員が通れそうな大きさだ。


 ただ、天井には手も届かない。


「あれって、上の階と繋がってるのかな?」

「さあ、それはどうかしらね」

「でも、あんなに高いと届きませんよー......」


 キエラが天井に向かって手を伸ばすが、当然届くはずもない。


「よし!!」

 ノールズが膝をぱん、と叩いてラシュレイを見た。


「ラシュレイ!! 肩車だ!」

「それで届くなら最初からやってますよ」


 ラシュレイが冷たく言い放った。ノールズはしゅん、と肩を落とす。


「もう少し動きがあるまで待ってみるしかないかなあ」

「それが一番良いかもしれないわね......」


 ノールズが床に横になるのを見て、イザベルは頷いた。


 *****


 暗い部屋の中に五人の男女が集まっている。


 ベルナルド・ウィンバリー(Bernard Wimberley)、フランチェスカ・エルドレッド(Francesca Eldred)、マヌエル・プリチェット(Manuel Pritchett)を始めとしたエスペラントの中心メンバー。その後ろに立っているのは、同じくエスペラント職員であるチェルシーと、キュルスであった。


 チェルシーは落ち着きがなかった。今此処で何が起こっているというのだろう。さっきキュルスからチラリと聞いた話では、エスペラントがB.F.の職員を五人誘拐してこの施設に連れて来たそうだ。理由は、彼らから情報を聞き出すということらしかった。


 暗い部屋には、テーブルが置いてあり、そのテーブルの上には多くの資料や携帯電話が置いてある。どうやらあれが誘拐したB.F.職員から押収した物のようだ。


 ただ、三人の背中にそれは隠れて、チェルシーが居るこの位置からそれがよく見えない。


 チェルシーがもっと知りたいのは、自分が何故此処に呼ばれたかであった。自分はまだまだ経験が浅いエスペラント職員だ。自分より腕が長けている人間はこの施設に大勢居るというのに、何故自分がこの部屋に呼ばれているのか、チェルシーは理解が出来なかった。


 キュルスは隣でじっと机の上のものを見ているようだった。彼の身長はチェルシーよりも頭一つ分ほど高い。スラリとした身長に、綺麗な顔は、テレビや雑誌で活躍する俳優を思わせるほどに心を奪われそうになる。


「悪くは無い収穫物だな」

 ベルナルドの低い声がそう言った。彼はテーブルの上に広げられているファイルのひとつを手に取ってペラペラと捲っているようだ。


「あいつらが調べてきた超常現象がきちんと明記されている。特にあの金髪の女と男はかなり長いことB.F.で働いているようだ」


 チェルシーは金髪、と聞いて少しだけ反応した。それに気づいたのは、彼女の隣にいるキュルスだけであった。


 ベルナルドの声に続いて、部屋には女性の声が響いた。


「あの金髪君は生きているのかい? ゾーイに任せたら命が飛ぶんじゃないかって思っていたんだけれどねえ」


 声に楽しげな笑いが混じった。フランチェスカだ。エスペラントではベルナルドの右腕として職員を動かしている。


「安心しろ。武器は持たないように伝えてある。しかしB.F.職員は、驚いたことに護身術もわきまえているようだった。あの金髪のノールズという男は、ゾーイに一瞬の隙をついて攻撃しようとしていたからな」


「へえ? やるじゃないか」


 フランチェスカが声を弾ませたまま言う。

 ベルナルドは更に続けた。


「ラシュレイ・フェバリットのファイルから出てきた赤い箱という超常現象は、職員の武器練習用のものらしい」


「ふーん? じゃあ彼らはそれで護身術を身につけているってことかい」


「そうだろうと思ったが、カーラ・コフィとキエラ・クレインのファイルからはそれに関する情報が見つからなかった。恐らく一部の人間のみが学べるものなんだろうな」


 ベルナルドが持っていた資料を閉じ、机に置いてあるものを掻き集める音がした。


「俺はもう少し資料を読み込むことにする。余裕があればあの金髪の女、イザベル・ブランカにも話を聞きたいところだな。彼女はあの中で最も聡明だ。ただ、口を割らない可能性は十分にある。ノールズもかなり芯が強い研究員のようだ」


 ベルナルドの言葉にチェルシーは今度こそきちんと反応した。口の中で小さく「イザベル・ブランカ......」と名前を唱える。


 キュルスがチラリと彼女を見たが、それは一瞬のことですぐにベルナルドに視線を戻す。


「チェルシー、キュルス」

 ベルナルドが二人の名前を呼んだ。


「はい」

「は、はい」


 キュルスに少し遅れてチェルシーも返事をした。


「お前らは、マヌエルとゾーイのチームであいつらを見張っていろ」

「かしこまりました」


 キュルスが上品な笑みを浮かべた隣でチェルシーは顔を強ばらせた。何かやましい事でもあるのか、視線を床へと投げている。なかなか返事をしない彼女を怪訝に思ったのか、ベルナルドが口を開く。


「どうした、チェルシー。返事をしろ」


 ベルナルドの言葉に、キュルスはチェルシーの肩を抱いた。そして上品な笑みを崩さずに彼に言った。


「今回のことに関して、彼女には特別な理由があります」


 チェルシーは少しだけ驚いた顔をして、キュルスを見上げた。綺麗な顔はどこから見ても絵になる。


 ベルナルドはキュルスの言葉に眉ひとつ動かさない。


「ならば、ゾーイのように顔でも隠して奴らの対応をすればいいだろう。そろそろ奴らの仲間が勘づく頃だ」


 ベルナルドは低い声で続ける。


「時間はない。出来る限りあいつらから情報を聞き出さねばならん。いいな?」


「......」


 チェルシーは少しの間沈黙していたが、やがて小さく頷いた。


「はい......ベルナルドさん......」


 *****


 彼は電車から降りてすぐのホテルに向かった。この辺ではかなり宿泊料も高いホテルである。


 しかし、フロントで電話主のことについて彼が聞くと、


「まだ来ておりません......」


 という困惑した声が返ってきた。


「チェックインは16時からだったのですが......」


「そうですか......ありがとうございます。此方で確認してみますね」


 彼はフロントの女性に微笑み、ホテルを後にした。腕時計を見てみると、17時を少し過ぎた頃である。


 それにしてもB.F.職員が外に出るなんて事はあるのか。

 自分がいない間に新しい調査方法でも出来たのだろうか。


 そう考えながら、彼は手元の携帯電話を操作する。電話の主が居ないとなると、かける相手はただ一人である。


 彼は大きく深呼吸した。彼と話すのは久しぶり過ぎる上、彼と電話をすること事態初めてかもしれない。


 昔、助手が熱を出した時に休みの連絡を内線で入れたことはあったが。


 そもそも、今のこの状況をどう説明したらいいのだろう。


 彼は意を決して、発信ボタンを押した。


 *****


 ブライスは電話を耳に当てた。電話の奥から声が聞こえてきたが、その声はラシュレイの声では無かった。


『も、もしもし......』


 男性ではあるが、ノールズの声でもキエラの声でもない。しかし、次の瞬間に聞こえてきた言葉にブライスは呆然とした。


『ジェイス.....です。ジェイス・クレイトンです......ブライスさん......ですか?』


「......ジェイス?」

 ブライスが言った名前に、彼の前に居た二人が反応する。


「何だって?」

 ナッシュが眉を顰めて聞き返した。


 ジェイス・クレイトンは三、四年前にB.F.を辞職した研究員だ。様々な事件が積み重なり、彼はB.F.を自分から辞めたい、と言い出した。助手であるノールズを残して。


 そんな彼から何故ラシュレイの名前で自分の元に電話がかかってくるというのだろうか。

 彼はジェイスを装った他の誰かなのだろうか。


 いや、だが、声は確かに彼本人である。


 何年も自分の下で働いてきた研究員の声を自分が聞き間違えることも考えづらい。


 ブライスは半ば疑いながらも、


「何の用だ」


 と、冷静に聞いた。


『ラシュレイって子が携帯を落としたみたいで......俺がそれを拾ったんです。電話が鳴っていたので出てみたらB.F.からで......電話の向こうの人に、持ち主はホテルの居るって言われたんで、行ってみたんですけど......チェックインがまだらしく_____』


「チェックインしていないだと?」


 ブライスは自分の腕時計を確認した。チェックイン予定時刻の16時はとっくに過ぎている。そこまで難しい調査内容でもないが為に、寧ろ予定よりも早くホテルに着くだろうと考えていたのだ。


「ジェイス、今どこだ」


『コンクエストホテル前です』


「そうか......」


 ブライスの顔が険しくなるのを、ドワイトもナッシュも心配そうに見守っている。


「......分かった。今から俺がお前を迎えに行く。その時に一緒に携帯電話は回収する。いいな」


『はい、分かりました』


「ノールズとイザベルも外部調査に出ている。電話をしてみろ。繋がらなければ、キエラとカーラにかけてくれ。俺がそっちに向かう間に頼む」


『分かりました』


「切るぞ」


『はい』


 電話を切ったブライスは、すぐに目の前の二人に車に乗るように言った。そして、乗るや否やすぐに車を発進させる。


「一体どういうことだいブライス」


 後部座席に乗ったナッシュが、ハンドルを握る彼に後ろから問う。


「ジェイス君がどうしてラシュレイ君の電話を......」


 同じくナッシュの隣に乗り込んだドワイトも、心配そうな顔で彼の後ろ姿を見る。


「ラシュレイが落し物をするなど珍しい。それに、ノールズらはまだホテルにチェックインしていないそうだ」


「もう17時だよ?」


 目を丸くして自分の腕時計を見るドワイトに、ブライスはハンドルを握りながら頷く。


「何かあったのなら、急いだ方が良さそうだな」


 ブライスの顔は厳しく、前を向いている。


 どうも彼には嫌な予感しかしないのであった。


 *****


 ジェイスはブライスが到着するまでの間、ノールズ、イザベル、カーラ、キエラと電話をかけてみたものの、誰にも繋がらなかった。コールは鳴っているので恐らく電源は切られていないのだろうが、これだけの人数にかけて誰も出ないのは変である。


「大丈夫なのか......?」


 ジェイスは不安になってきて空を見上げる。もうだいぶ暗くなっていている。


 *****


 ベルナルドは読んでいた資料から顔を上げた。さっきから押収したものを並べた机の上で、四台の携帯電話が震えている。


「......気づかれたか」


 誘拐した研究員は五人だ。しかし、ベルナルドのもとに届いた携帯電話はたったの四代だった。一人が意図的に携帯電話を落としたか、もしくは、もともと持たされていなかった事が考えられる。だが、おそらく前者だ。


 調べてみると、携帯電話を持っていないのは、あの金髪の男の研究員の助手のようだ。名前はラシュレイ・フェバリット。さっきゾーイから入った情報だと、ゾーイに対して反抗的な態度を取ったらしい。かなり気の強い研究員のようだ。


 彼がワザと携帯電話を落としてきたのだとしたら、B.F.の施設の前で襲われたあの一瞬での判断だったのだろう。だとしたら、相当優秀な研究員だ。


 ベルナルドの表情が厳しくなった。


 *****


 ジェイスはリストの中にある名前を何周かしてかけてみたが、やはり一度も繋がらなかった。気づかないにしても変な話だ。


 ジェイスがため息をついて携帯電話をポケットにしまったところで、ホテル前に黒い車がやって来て停車した。運転席の窓が開いて、そこから懐かしい顔が現れる。


「乗れ」


 ジェイスはグッと唇を噛んだ。待っている間、ドキドキと心臓が痛いほどに速い鼓動を刻んでいた。何年ぶりの声と顔だろうか。最後に見た時には、彼の顔など涙でほとんど見えなかったが、今も少しだけ視界が滲んでいる。


「......はい」

 ジェイスは車に近づいて、助手席へと乗り込んだ。


 *****


 隣でブライスはハンドルを握っている。彼がスーツに身を包んでいる姿を見ることはごく稀に、研究員時代にあった話である。ただ、運転しているところとなると、何だかとても新鮮だった。そして、


「久しぶり、ジェイス」

「久しぶりだね」


 後部座席に乗る二人の男性もまた懐かしい。ドワイトとナッシュである。彼らもまた、ブライスと同じくスーツに身を包んでいた。ただ、二人はスーツの上にコートを着ている。そう言えばかなり冷え込んできた。夜はすっかり冷たくなって、薄着では歩けないくらいだ。


 ジェイスは改めてブライスに視線を送る。彼は真剣な顔でハンドルを握っている。


「一体、何が起きているんですか? B.F.職員が外に出ているということに、俺は取り敢えず驚いているんですが......」


 ジェイスの問いに対して、ブライスは前を向いたまま答えた。


「外部調査という新しい調査体制を最近設けた。文字通り外の超常現象を調査するものだ」


「そんなものが出来たんですか......」


 もし、自分が居た時にそれがあったのなら_____パーカーは母親に会えたのだろうか。


 もう会うことは出来ない、懐かしい顔を思い出していると、


「どうだ、ノールズ達には繋がったか?」

 ブライスが聞いてきた。ジェイスは慌てて携帯電話を取り出す。


「え、あ、いいえ......何度かかけてみたんですけど、イザベルにも他の子にも繋がらなくて......着信音は鳴ってるとは思うんですけど......」


 ブライスは「そうか......」と呟いて、あとは黙った。黙り込んだブライスの代わりに後ろに座るナッシュが口を開く。


「変だね......ノールズもイザベルも外部調査が初めてではないし......この辺は一度歩いているはずだし......」

「うん......それに気になるのは、グループで分かれて活動しているはずなのに、どちらにも電話は繋がらない」


 ドワイトとナッシュの声が後部座席から聞こえてきて、ジェイスはだんだんと不安が募ってきた。


「ラシュレイが落し物、ねえ」

 ナッシュが神妙な顔つきで外を見るのが、バックミラー越しに見える。ジェイスは首を傾げた。


「あの、ラシュレイって?」

「ん? ああ、そうだね。ノールズの助手だよ。星4のね。キエラはイザベルの助手。で、カーラが......」

「私の助手だよ」


 ミラー越しにドワイトが微笑んだ。

 それを聞いたジェイスが眉を上げる。


「え......ドワイトさんって、助手とったんですね」

「うん、とっても可愛い子だよ」

「まるで娘とお父さんだよね」

「歳が離れているんですか......」


 意外だったが、確かに一人目の彼の助手もまだ幼い少年の研究員だったことをジェイスは思い出していた。


 いつの間にか風化していた研究所での日々が少しずつ頭の所々で浮かび上がってくる。


 そして、彼には驚いたことがあった。ノールズが助手をとったということだ。


 星4_____自分がB.F.を出ていった直後にとったのだろうか。


 何だか少し寂しいような、嬉しいような複雑な心境だった。


「イザベルも助手をとったんですか」

「うん、キエラ君だね」

 ドワイトが微笑む。


「ノールズにそっくりでイザベルにベッタリだよ」

「何だか想像つきますね」


 ナッシュの言葉にジェイスが苦笑したところで、ブライスが車を停めた。そこは大きなマンションの前だった。


「どうしたんだい、ブライス? トイレか?」


 ナッシュが問うが、彼はそれに応じず車を下りるとマンションのエントランスへと姿を消してしまった。


「全く......考え事してると呼び掛けにも応じないんだから、彼は......」


 ナッシュの呆れ声を聞きながら、ジェイスはもう一度携帯電話に目を落とした。そしてしばらくの間、黙ってリストに並ぶ助手達の名前を見つめていた。


 *****


 チェルシーは廊下が永遠に続いてくれればいいのに、と思っていた。


 彼女の前には、ゾーイ率いる武装した男性が二人。マヌエルは他の団体に指示を出すためにさっき別れたところだ。チェルシーの隣にはキュルスが歩いていた。


「キュルスさん......ごめんなさい。色々迷惑をかけていますよね、私......」

「どうして?」


 キュルスの目が自分の方を向いたのを感じて、チェルシーは視線を床に下げた。


「だって......さっきもベルナルドさんの問いに答えてくれたのはキュルスさんじゃないですか......私、助けられてばかりで......」


 チェルシーは自分の秘密をキュルスとベルナルドにだけは話していた。エスペラントと敵対するB.F.に置いてきた自分の秘密。だが、その秘密を抱えているからこそ、キュルスは自分の近くに居てくれているらしい。


「僕も、君の気持ちは大いに分かるからね」

 キュルスが前を向く。


「気まずいよね。でも、きっといつか、和解できる日が来るよ」

「和解、ですか......」


 チェルシーは床に視線を下げたまま小さなため息をついた。真っ白な床が天井の蛍光灯の光を眩しく反射させている。


「......キュルスさんも......和解、したいんですか?」


 チェルシーはようやく床から視線を上げて、隣を歩く彼を見上げた。彼はいつもの優しい顔をしていたが、目だけはいつもよりか冷たい色を孕んでいることにチェルシーは気づいた。さっきまでこんな目はしていなかったのに、恐らく今の質問が原因だろう。


「もちろん、できることなら僕だってそうしたいよ」


 でもね、とキュルスは続けた。


「彼はとにかく頑固者なんだ。自分の居場所を意地でも離れようとしない。可哀想にね。墓場で、死に向かいながら、研究を進めているなんて。きっと小さい頃に頭でも打って可笑しくなってしまったんだな」


 キュルスは苦笑した。


「だから僕は、彼を殺してでもあの施設から出して上げたいのさ。研究所という皮を被った監獄から、ね」


 最後は背筋も凍るような声色になっていたので、チェルシーは彼から目を逸らした。


 彼にも自分と同じような理由がある。


 自分の場合、「彼女」を監獄から出そうと考えているわけではないが。自分はキュルスのような勇気もなしに拳銃を持った。ただ、あんな人生二度とごめんだ、と思って人を殺す道を選んだ。


 そしたら案外、こちらの道の方が自分には合っていた。


 此処には自分の才能を認めてくれる人間が居る。


 何しろ、キュルスが居てくれさえすれば、チェルシーは何でも良かった。


 彼こそが自分の全てを理解してくれる人だ。同じ状況下で、同じような理由を持って此処に入ってきた人間なのだから。


 自分は今、エスペラントで働いていることがとても幸せだ。此処は自分に居場所をくれる。あの頃とは違う。


 チェルシーはキュルスをチラッと見上げた。もうあの怖い目ではなくなっている。優しくて、いつもの彼に戻っていた。


 いいのだ、自分はこれで。こうして、この人の隣を今自分が埋められているのが、姉への一番の復讐なのだから。


 *****


 扉を開くと、そこにはB.F.職員が閉じ込められている場所がある。ガラスで隔てられた向こう側の部屋から、次は何をされるのかと此方を警戒した様子で見守っている。


「お前らの子守りを上から任された」

 ゾーイが冷たい目でガラスの向こうの彼らを見た。


「今から簡単な質問に答えてもらう。もし答えられなければ」


 ゾーイの隣に居た男の一人が、何やらボタンを取り出した。


「毒ガスでお前らを殺す」

 小さな黒髪の少女が小さく悲鳴をあげた。ゾーイはそれを見て楽しげに目を細めた。


「この毒ガスはエスペラント製の、とても強力なものだ。苦しみながら死ぬ事が出来る。それが嫌ならば_____」


 ゾーイがキュルスとチェルシーに顔を向けた。二人は腰からぶら下げているホルダーから拳銃を取り出した。


「撃ち殺してやってもいい」


 ゾーイは声を弾ませた。ガラスの向こう側に居る少女や小さな少年の研究員が泣きそうな顔で震えているのが楽しくて仕方が無いようだ。


 彼はそういうことを楽しむ人間であることをチェルシーはよく知っている。


 最初は理解が出来なかった。人間を殺すことに快感や楽しさを感じるということが。


 だが、彼はそうなるしかなかった。小さい頃の彼には、銃を持って生きるか、銃を持たずして死ぬかのどちらかしか選択が無かったのだという。

 そして彼は銃を持って生きるという道を選んだ。


 そのことをチェルシーはキュルスから聞いていた。


「お前らの命などもうどうだっていい。寧ろ、さっさと死んでくれた方が此方としては仕事が減って助かるんだよ」


「いい加減にしなさい!」


 突然、その場を切り裂くような声がした。


「簡単に殺すなんて言葉使うもんじゃないわ! 命はおもちゃじゃないのよ!!」


 金髪の女性研究員、イザベル・ブランカであった。彼女はガラスの向こうからゾーイを睨みつけている。ガラスを挟んでるといえども、その気迫はかなりのものだ。


 しかし、ゾーイはそんな彼女に冷ややかな目を向ける。


「死神共が何を言う。死に対して意識が薄くなった人間が使うものでは無いな」


 ゾーイがふん、と鼻で笑った。


 イザベルは再び口を開く。


「死神ですって? ならあなた達は天使、神とでも言うのかしら。人を暴力で痛めつけた上に恐怖を植え付けるなんて、悪魔そのものでしょう!!」


 イザベルの鋭い言葉にゾーイは小さく舌打ちした。


「この女......」

「黙らせますか」


 ゾーイの隣には立つ男の一人が彼に軽く耳打ちしたのが、チェルシーには聞こえた。


「まあ、待て。いたぶるのは任務を遂行してからだ」


 ゾーイが一歩下がり、キュルスとチェルシーに合図を出した。二人は前に出る。手にはバインダーを持っていた。


 この、命がいつ飛ぶか分からない状況下では素直に質問に答える。理由は勿論、死にたくないからである。


「簡単な質問を今から投げるので、きちんと答えてください」


 キュルスが優しい声色でそう言いながらしゃがみ込んだ。床に座っている彼らと同じ目線になるためだろう。勿論、彼らの警戒は解けない。


 チェルシーはガラスの向こうにいる人間を一通り眺めてみた。金髪の男はノールズ・ミラーというらしい。そして、その助手の黒髪の少年がラシュレイ・フェバリット。黒髪の一番小さな少女はカーラ・コフィ。赤毛の少年はキエラ・クレイン。そして、金髪の女性研究員、イザベル・ブランカ。


 イザベルは自分のことに気づいてはいないようだ。チェルシーはベルナルドに言われた通り、顔を隠していた。口と鼻を布で軽く隠すだけだが、やはりわからないものなのだろう。


「B.F.の今の職員の数を、ざっとでいいので教えて頂けますか?」

「そんな情報、何かの役に立つんですか?」


 ノールズが彼を睨みつける。


「それは分からないです。上からの命令で我々は動いているだけですので」


 まるでカウンセリングをしているかのような優しい声色と笑みで、彼はノールズの問いに答えた。ノールズもイザベルも黙ってしまう。


「......人数は分かりませんか?」

「......」


 ノールズとイザベルが目配せをした。


「詳しい情報は本当に分かりません。俺らはただの職員です。少なくとも、300人は居るんじゃないかと」


 ノールズがキュルスを睨みながら答えた。チェルシーはペンを握り、彼の言ったことを手元のバインダーに記入していく。


「結構多いんですね」

 キュルスは少し演技じみたように眉を上げた。


「皆さんは同じ場所で働いているんですよね。B.F.の施設はあの場所だけしか存在しないのでしょうか。それとも、他に本部のような場所があるのでしょうか?」


「知りません」


 ノールズは頷きも、首を横に振りもせずに、答えた。


「俺らは基本的に外に出ないですし、そういう質問は上しか知らないかと」

「上、というのはブライス・カドガンさんのことですか?」

「もっと上がいるかもしれませんけど」


 ノールズが肩を竦める。


「こんなものでいいですか」

 イザベルが口を開いた。


 キュルスは「では」と微笑む。


「個人的な質問をさせて頂いても宜しいですか?」

 彼はノールズとイザベルの顔を交互に見ながら問う。


「そちらの施設でソニア・クーガンとニコラス・ファラーを預かっていただいていると聞いたのですが......。彼らはどうですか? 今、どんな状態でしょうか」


「別に、普通の人間として、普通の職員として平穏に暮らしています」


 ノールズが答える。キュルスは更に質問を続けた。


「二人に対して何か実験は行いましたか?」

「俺らはしていませんけど」

「そうですか。では、誰が?」

「......」


 キュルスの質問に対してノールズが初めて黙った。代わりにイザベルが口を開く。


「クローン人間を担当した人までは、私たちは知りません。ただ、今確実に分かっていることが、ふたつあります。ひとつ、クローン人間は法律で禁止されているということ。ふたつ、そのクローン人間をエスペラントが違法に造っていたということです」


「エスペラントで造っていたことをご存知なんですね」


 キュルスが大袈裟に驚いて見せた。彼の演技じみた表情と声色が癪に障ったらしく、イザベルは少しだけ眉を顰めた。


「もしこのことが世間の目に明らかになれば、あなた達はすぐに刑務所に放り込まれると思いますよ。少なくとも、この時点で誘拐もしている。暴力も振るっている」


「それが......何故刑務所に入るという事に行き着くのでしょうか」


 キュルスの発言に、今度はイザベルが驚いた。


「なんですって?」

「僕らがしていることは、世界を平和にするためには必要なことなんです。そんなヒーロー達を世間は罪人だと罵ることがあると思いますか?」


「......」


 イザベルは絶句して彼の話を聞いていた。ノールズやカーラ、ラシュレイ、キエラも全員が目を丸くして彼の話に聞き入っている。


「今はまだ光に照らされていない僕らでも、それなりの努力と犠牲の上に立って、世界を助けようとしている。勘違いしないでください。エスペラントはそんな組織なんです。これの何処が刑務所に関係するんでしょう」


 キュルスの笑みが少しだけ剥がれたことにチェルシーは気づいた。


「僕らはどうやら、哀れなあなた方とは分かり合えないようですね。残念です」


 ガラスの向こうの人間たちは全員唖然とした表情でキュルスを見ている。


「質問は以上です。ありがとうございました」


 キュルスが立ち上がった。そしてゾーイに向かって、


「僕はベルナルドさんのところに報告に行きます。チェルシーも連れて行きますね」


 チェルシーは彼の言葉に弾かれたようにして立ち上がった。布が一瞬落ちそうになるのを、慌てて彼女は手で抑えた。


「行くよ」


 入口でチェルシーを振り返るキュルスに、チェルシーは走り寄る。


 さっきよりもしっかり布で鼻と口を隠したが、名前を呼ばれてしまったことで自分は今動揺している。


「ああ、そうだ」

 キュルスが何かを思い出した様子で、ガラスの向こうの彼らに向かって言った。


「上からの質問がこれ以上無かった場合、カーラ・コフィだけを置いてあなた方を解放します」

「そんなの許されるわけがないだろっ!!」


 ノールズが叫んだ。キュルスはそんな彼に微笑みかけ、行こう、とチェルシーの肩を抱く。チェルシーは部屋から出る一瞬、彼らをもう一度見てみた。


 ノールズは怒り、キエラもラシュレイも此方を睨み、カーラは怯えた顔をしている。しかし、イザベルだけは時が止まったかのように瞬きひとつせずに此方を見つめていた。


 *****


 大きく椅子を傾けて、バレットが天井を仰いだ。


「んんー!! やーっと終わったー!!」

「うんうん、よく頑張ったよ、私たち!!」


 ケルシーも大きく伸びをしている。


 四人はようやく報告書の作成を終わらせた。あれから何度かラシュレイに電話をかけてみたが、一度も繋がらなかった。結局手に入りそうもなかった情報は、仕方なく過去の資料から引用してきた。


「あとはこれを届けるだけだな」


 ビクターは資料を纏めてファイルに閉じ、机の上を片付けると立ち上がった。脇には作成した報告書を挟んでいる。


「じゃあブライスさんに届けてくるな」

「あ、俺も行く」


 手伝ってもらった上に提出に行くのまで手伝ってもらうとなると申し訳ないと思い、エズラがガタッと立ち上がった。二人が部屋を出て行ったのを見届けてケルシーとバレットも立ち上がる。


「いやー、まじでありがとなー。お前ら居なかったら、多分、一生終わらなかったわ」


 バレットが座りっぱなしで腰が痛いのか、立ったまま前後ろに体を倒していた。


「確かにすごい量だったもんねー」


 あの量をバレットとエズラの二人で片付けるとなると、確かにかなり時間がかかっただろう。


 ケルシーとビクターは星4の中でも特に仕事が早い事で有名である。基本的に引き受けた仕事はその日のうちには片付けてしまう。実験となると、予定を立てて行うのでまた別だが。


「そういや.....ラシュレイに携帯返ってきたかな」


 バレットが会議室の壁にかけてある電話を見る。最後に電話をかけたのは一時間も前だ。携帯電話はB.F.が貸し出しているものなので後で回収される。ラシュレイがナッシュやブライスに怒られている場面などバレットは想像すらできなかった。


「きっと大丈夫だよー。ほら、次の人も待ってるしこの部屋開けないと」


 ケルシーはそう言って、バレットの背中を押しながら彼と共に部屋を出たのだった。


 *****


 ビクターらは報告書を提出する場所までやって来ていた。

 受付所のようになっているそこには、いつもならブライスとナッシュが交代で報告書の受け付けをしているのだが、今日は彼らの代わりなのか、B.F.星5研究員リディア・ベラミー(Lydia Bellamy)がそこに座っていた。


「何でリディアが居るんだよ」


 と、聞いたのはエズラだった。彼は彼女の元で星4になるまで助手をしてきたのだ。


 リディアはエズラを見て大袈裟に驚いて見せた。


「あれ! エズラが報告書を持ってくるなんて!! 明日は槍でも降るのかな?」

「そんなに珍しいことでもないだろ」


「リディアさん、ブライスさんは何処に居るんですか?」


 ビクターが廊下を見回すが、ブライスやナッシュらしき人の姿は見えない。


「ん? 実はまだ外から帰ってきてないんだよー。ブライスさんとナッシュさんの代わりに、私が報告書の受け付けやってるんだあ!」

「そうなんですか......」


 伝説の博士は今日外に出ているということは聞いてきたが、それにしても遅くないだろうか、とビクターは思った。外での会議が長引いているのかもしれない。


「じゃあ、これをお願いします」


 ビクターはさっき完成させた報告書をリディアに手渡す。彼女は笑顔でそれを受け取って、軽く目を通した。


「うん! いいよー! じゃあこれを後でブライスさんに渡しておくね! おつかれさま、二人とも!」


 リディアがそう言ったときだった。けたたましく彼女の後ろの壁掛け電話が鳴った。リディアが弾かれたように立ち上がって、電話をとった。


「はい! リディア・ベラミーです!」


 二人は彼女が電話を切り終えてからその場を去ることにし、彼女の電話が終わるのを待っていた。電話をとったリディアは何やら嬉しそうな顔をしている。

 エズラは彼女の表情でだいたい電話の相手が誰だかが分かった。


 きっとブライスだ。


 彼女は彼に対して入社当時から変わらない恋心を抱いている。リディアが今日此処の受付をしているのも、きっと彼女から役を引き受けたに違いない。


「はい! え? え......そうなんですか......はい.....はい......わかりました」


 何があったのか、リディアはさっきの顔とは違い、何やら深刻そうに眉間に皺を寄せている。


「はい......はい......わかりました。すぐに用意しますね。では、失礼します」


 電話を切った彼女は、


「ブライスさんだけ、今から戻ってくるって」


 と、待っていたビクターとエズラを振り返った。


「ブライスさんだけ?」

 エズラが眉を顰める。


「うん」

 リディアが深刻な顔のまま、声のトーンを下げた。


「ノールズ達、今外部調査中なんだけど、行方不明になっちゃったみたい」

「え......」

「は......?」


 ビクターもエズラも一瞬時が止まったように言葉を失った。


 行方不明になった。

 何かの超常現象にやられたのか、それとも誘拐でもされたのか。


 だが、彼らは今回、五人で調査に行った。

 全員が姿をくらましたというのだろうか。一人残らず?


 エズラもビクターも突然のニュースに衝撃が隠せず、ただただ黙り込んでいた。


 ラシュレイに電話が繋がらなかったのは、つまりそういうことだったのか、とエズラはようやく理解した。


「取り敢えず」

 リディアが慌ただしく動き出す。


「ブライスさんが今から緊急会議を開くために戻ってくるみたいだから......私、会場設営の係任されたから、此処の受け付け、二人に頼んでもいいかな?」

「それは......構いませんけど......」

「大丈夫なのか? ラシュレイ達......」


 二人の顔から不安の色は消えない。リディアもさっきよりも険しい顔をしていた。


「まだ詳しいことは分からないんだってさ。ナッシュさんとドワイトさんが引き続き皆を探すって言う話だったから、私たちはとにかく出来ることをやらないと。じゃあ、よろしくね!」


 元気づけるようにエズラとビクターの肩をぽん、と軽く叩いて、リディアは廊下を走って行った。二人はその場に取り残されて、彼女が走って行く後ろ姿を眺めていた。


「......誘拐か......?」

 エズラがボソリと言う。


 もしそうだとしたら、相手は一体何を要求すると言うんだ。イザベルも一緒に行っているという話だったし、彼女の綺麗な顔に犯人が惚れて誘拐したなんて可能性も考えられないわけではない。だが、ノールズもラシュレイも、キエラもカーラだって、誰一人として見つかっていないのなら......。


 これはかなりの大事件になるのではないだろうか_____。


「とりあえず、仕事すんぞ」


 ビクターがエズラの背中を軽く叩いて、受付所へと入って行った。


 *****


 ブライスはマンションから戻ってきた。特に何かを持ってきたわけではなさそうだ。


「何をしていたんだいブライス」


 車に乗った彼に対してすかさずナッシュが問う。かれこれ10分は待たされていた。ブライスはシートベルトをかけながら答える。


「嫌な予感がしたからな、少し応援を頼んだ」

「応援? でもここ、誰のマンションだい? 泥棒とか.....してないだろうね」


 ナッシュが怪訝な顔をして言うのでブライスは、


「人聞きの悪いことを言うな」


 と、車を発進させながら言った。


「ノールズ達が超常現象に巻き込まれたとしたら大事件だが、他にも可能性はある」

 車を走らせながらブライスは言う。


「誘拐や何かしらの犯罪に巻き込まれた、とか言うんじゃないだろうね」


「その通りだナッシュ。実はここ最近、妙に国が騒がしくてな。裏で何か大きな組織が動いているので気をつけるよう忠告されていたんだ。残念ながらその組織の正体というものは、全く掴めていないそうだが」


「大きな組織、ですか?」


 助手席に座るジェイスが彼を見上げて問う。ブライスは「ああ」と頷いた。


「国に対して異常に俺らの情報を欲しがる組織がいる。もちろん、国は組織に情報など教えてはいないらしいが」


「その組織ってまさか_____」


 ドワイトが嫌な予感を覚えた。超常現象を調べる会社など、B.F.の他に存在するのは、彼の中で知っている限り一社だけだった。


「そのまさかだろうな」

「エスペラント......」


 ジェイスが小さく呟いた。

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