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三国志の「劉協」になったけど、漢は滅亡寸前でした ~献帝が狂武帝と諡されるまで~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第六章 赤龍が昇る

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91話


 曹操との戦いが、まだ腕に響いている。

 思えばそれほど時間は経っていないが、こっちはほんとの御忍びで来てるわけだから長居は出来なかった。


 出来れば劉備とかも連れてきたかったが、曹操が絶対ダメって。ケチ。


 すっかり暗くなった道を、小さな御車が駆ける。


「荀攸、話はまとまったのか?」


「同盟締結後に割譲する領土は河内、河南尹。ただ、洛陽のみはこちらの支配下という形になります。河内は袁紹本拠のぎょうとも近いので、互いに益のある交渉でした。人質の件は同盟締結後に再び交渉。ただ、兵糧については、まぁ、だいぶ相手に食い込まれた形です。恐らく曹操の一番欲しかったのは、これだったのでしょう」


「まぁ、曹操は戦続きで、最近まで飢饉が起きていたからな。そのおかげで呂布は兗州から撤退したのだが」


「曹操はこれより、呂布と決着をつけて徐州を飲み込み、すぐに豫州の袁術を叩く心づもりでしょう。正式な同盟締結は、袁紹との対決が避けられなくなった、その後にしたいはずです。それまでは密約という形で、こちらは兵糧を出し、曹操は不可侵と洛陽の改築の約束を差し出すという事になりました」


「ほぅ、それは助かる。じゃあ、曹操が徐州を抑えるまでに、俺らは涼州の完全統治、匈奴との有利な交易、これを為しておかないとな」


「ただでさえ、曹操に兵糧を割かなければならない為、大規模な動員は出来ません。少数で、迅速に……一番の負担は、陛下と、鍾繇殿に圧し掛かりますな。殿下の無理を、汗水を流して臣下に納得させる陛下の困り顔が目に浮かびます」


 気楽に話してはいるが、互いに苦しい状況なのは変わりない。


 曹操が史実通りに、あの呂布に勝つことが出来るのか。

 俺も、何百年と中華を脅かし続けた匈奴に、なんとか一撃を喰らわせることが出来るのか。



「まぁ、考えたって仕方がない。とにかく俺は、前に進むだけだ」



 今晩中に帰還は難しそうだな。

 御車の中から、日の沈み切った地平線を眺め、そう思った。





「いつも、世話になっております」


「来る者を拒むことはありません。この世には今、誰かを助けようとする救いの手が必要だと、私は思っています。いつか貴方の罪も、許されるでしょう」


「有難きお言葉です」


 韓遂は地に膝をつき、頭を深く下げた。

 目の前で柔らかく微笑むのは、髪も髭も白く長い男である。

 肌の張りを見ると、まだ二十代そこらの様に見えるが、彼の出す雰囲気は老人の様な重みもあった。


 朽ちた木で組み立てられたあばら家を出て、外を見渡す。

 ここに暮らす民は皆、表情は明るく、活気があった。

 今が乱世であることを忘れてしまうかのような、不思議な感覚である。


 弱き者は全て奪われる、そんな世界で長く生きてきた。

 戦う事は苦手である。それでも一大勢力を築き、生き抜いてきた。


 これが、宗教というものか。

 あの白髪の教祖、張魯ちょうろも含め、全てが初めて見る世界である。



 全てが、気持ちの悪い世界だ。

 戦う事の高揚を忘れ、奪う事の喜びを忘れ、陥れる事の快楽を忘れた、牙の折れた家畜共が。


 あの教祖も、せっかくの地位を利用しようともせず、全てを教徒の為に費やし、善政を敷いている。

 本気で他人を救おうとするその一念だけで成り立っている人間というものが、どうしようもなく気持ち悪い。



「はぁ……しかし、今の俺に居場所はない。劉協、か。俺の全てを奪ったアイツが、狂おしいほど、憎い」


 得意としていた謀略も、全て、あの賈詡とかいう軍師に看破され、挙句には利用されてしまった。

 李傕も郭汜も、思ったほどは役に立たず、あっけなく死んだ。


 朝廷が涼州の統治に失敗し、また自分が担ぎ上げられる、そんな流れを期待したが、どうやらそれも無理そうだ。

 鍾繇という文官を始めとした、張済らの統治が比較的に上手くいっているのだ。


 目立った豪族を無理やり潰し、最初は恐怖で、そして今は信頼でもって、効率の良い統治を行っていた。


 張魯から与えられた小さな家に戻り、薪を割る。

 自分もこのまま牙を抜かれ、家畜のまま老いていくのか。

 日に日に、そんな不安に押し潰されそうになる。


 いっそ張魯を殺し、ここの信徒を吸収するか。

 そんなことを考えたが、それも不可能であった。


 信徒は張魯に陶酔しており、彼の為なら全てを投げ捨てるだろう。

 それに、後ろ盾として考えていた益州の劉焉も、全く使い物にならなかった。


 この漢中は劉焉の力によって、五斗米道が治めていると思っていた。

 しかし、それは逆であった。むしろ劉焉が五斗米道に操られているといっていいだろう。


 あの張魯の母は、未だ少女の様な若々しさを保ったまま、劉焉を骨抜きにし、好きに操っているらしい。

 一度、目にする機会はあったが、母親というより、張魯の妹の様な若々しさであった。

 好色である韓遂も、流石の妖しさに怖くなってしまい、手を出そうとは思えなかった。



「西涼の梟雄が、随分と落ちぶれたもんだな。まぁ自決もしないで、好機をひたすら待つ辺り、まだ牙はあるらしい」



 若い声。知っている声だ。

 ふと振り返るとそこには、目もくらむようなハッとした美貌を持つ青年が一人、切り株に座っていた。


「馬超……」


「久しぶりだな、叔父さん。ここまで来るのに苦労したよ。まるで巨大な要塞だ」


 馬騰の長子でありながら、身勝手に放浪を繰り返す青年。

 一族の中でも相当な変わり者でありながら、その風貌と武勇は見る者を惹きつけ、涼州での名声は相当に高い。


 裏切りの一件で馬騰に対する恨みは深いが、この馬超には特にそういった感情は無い。


「どうしてここに」


「雲の動きが、最近、激しいんだ」


「は?」


「まだまだ乱れるぞ、この天下は。袁紹も袁術も曹操も呂布も孫策も劉表も、全員が戦意を漲らせ、波乱を起こそうとしている。そしてその中心は、劉協だ」


「そうか。その戦火がこの漢中を焦がしてくれれば、俺も再び乱世に飛び込むのだがな」


「おいおい、随分としょぼくれてんな。自分で大きく掻き乱してやろうと、激動の乱世の火ぶたを切ってやろうって、どうして考えない。昔のあんたなら間違いなくそうしたはずだが」


「漢中は堅い。それに、野心も無い。下手に動けば、俺は牙が抜けるまで毎日おかしな念仏を唱えさせられるぞ?」


「馬鹿、そういうことじゃない」


 切り株から立ち上がり、韓遂の目の前で、馬超は二カッと笑う。



「俺に、戦がどういうものなのかを教えてくれ。群雄が、アイツが狂おしく愛する戦場ってのを、俺も知りたい。アイツと、戦をしてみたい」



 再び、韓遂の瞳に怪しい炎が宿る。

 天下を大きく掻き乱す。乱世を望む梟雄は、大きく翼を広げた。


「俺の戦は、汚いぞ?」


「望むところさ。俺の名前を存分に使ってくれ」




韓遂にどんどん愛着が湧いてくるぅ……。


面白かったらブクマ、評価、どうぞよろしくお願いします!


それでは、また次回!

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