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三国志の「劉協」になったけど、漢は滅亡寸前でした ~献帝が狂武帝と諡されるまで~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第六章 赤龍が昇る

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90話


 睨み合いだとか、間合いだとか、正直俺の性には合わない。

 木刀を握ると同時に飛び出し、曹操の脇腹目がけて全力を叩きつけた。


 弾かれ、身を翻し、再び叩きつける。


 刀を握るその腕ごと折れろ。

 型も何もない、ひたすらに連打。その全てに全力を込めた。


「なるほど、戦場で活きる太刀筋ですな」


「余裕かましやがって……」


 曹操はこちらの連撃を全て弾くと、次は自ら動いた。


 俺の様な大ぶりな動きではない。

 必要最小限に踏み込み、鋭く刺し、払う。


 まるで小枝でも振るっているかのようだが、一撃一撃があまりに重い。

 思わず後ろに退いて逃げようとするも、曹操がそれを逃がすわけもない。


 今度はこっちが防戦一方になる番であった。

 全く、隙が無い。攻撃に移ることが出来ないのだ。


 それでも、負ける事は出来ない。

 曹操の提示してきた条件は、正直あまりにも内容がひどすぎる。

 これは対等な同盟というよりも、服従に近い。


 真意は交渉でどこまですり合わせるか、という事も考えての内容だっただろうが、こっちも譲れないものが多すぎる。


「昔は剣を手放していたものですが、粘る様になりましたな」


「これを手放せば、間違いなく死ぬ。俺が生きてきたのは、そういう世界なんだよ!!」


 曹操の攻撃を防ぐだけではない。

 今度はこっちも、一撃一撃に力を込めて、弾く。


 返ってくる反動で、腕の筋肉が悲鳴を上げ、全身がビリビリと痺れる。

 それでも思い切り歯を食いしばり、限界を超える力で叩き返す。



「ドオオオラアアァア!!」



 真正面からの殴り合い。

 どちらが先に根を上げるかの勝負。


 確かに、技でも、力でも、経験でも、全てにおいて俺はこの曹操に勝てるところはない。

 ただ、この意地汚い根性だけは負けてないつもりだった。


 死にかけて、それでも何度も立ち上がり、決して戦う事は止めなかったからこそ、今がある。


 俺は、籠の中の鳥になるつもりはない。

 天をあまねく駆ける「龍」になるのだ。



 木刀、というよりはバットでも振るうように、両手で曹操の一撃に渾身の力を叩きつける。

 曹操もいつしか、片手ではなく両手で木刀を握り、正面から捻じ伏せんと迎え撃つ。


 派手に、音が響く。


 俺の木刀は半ばから折れる。

 迫る、曹操の一撃。

 折れた木刀を放り、喉元を噛み千切らんと地を蹴る。



「────はい、そこまで!」



 俺は顔面を鷲掴みにされたまま地に押し付けられ、曹操の木刀も真上へ跳ね上げられる。

 二人の荒い息が静かに響いた。


 間に立っていたのは、大柄の武人。

 子供の様に、底抜けに明るい笑顔が印象的である。

 顔は凡庸だが、ふっくらと伸びた大きな耳たぶがやけに目を引いた。


 鞘に収まったままの剣で、曹操の木刀を跳ね上げたらしい。

 俺はその手を振り解こうともがくが、全然、ビクとも動きやしねぇ。


「何の真似だ、というか、どうしてこんなところに居る。劉玄徳りゅうげんとくよ」


「いやぁ、面白そうな臭いがプンプンと俺の鼻腔をくすぐるもんで、誘われるままに来てみれば、何やら楽しそうなことしてるなぁってな! 俺も交ぜてくれよ、曹操さん」


 劉玄徳りゅうげんとく、つまり、こいつはあの。


 三国志の主人公にして、劉の血を引く本物の「英雄」。

 名を、劉備りゅうび。三国の一つ、蜀を建国した男だ。


「……余計な邪魔を」


「おいおい、そりゃないぜ。確かに、これが試合ならこのガキの負けだが、これが殺し合いなら、曹操さん、アンタ死んでたぞ? こういう手の奴は、首を斬っても喰いついてくる」


 劉備りゅうびはようやく俺の顔面から手を放し、その底抜けの笑顔を向ける。



「お前、良い目をしてるなぁ! 俺と一緒に来ないか? いや、俺の養子になれ! 曹操さん、コイツ貰っちまって良いか?」


「貴様ッ! 身の程を弁えろ!!」


 たまらず楊奉が飛び出して剣を抜き、劉備に振り下ろす。

 しかし、劉備はのっそりとした動きでその一撃を余裕で躱し、逆にその剣を踏みつけた。


「良い一撃だ、かち合えば恐ろしく重いだろうな。ま、当たらなきゃ意味はないが」


「クッ……」


 胸を反らしカッカッカと笑う劉備。

 オイオイ、マジか。楊奉は個人の武勇で言えばウチで随一、あの馬超とも互角なんだぞ?


 それを余裕で。


 これが、天下の戦場を駆け巡り、戦に生き、戦で天に上り詰めた男。

 演義とは真逆のタイプだなオイ。



「あ……」


「ん? どうした? 小僧、俺の顔をポカンと眺めて」


「いや、その、後ろ」


「え?」


 劉備が振り向くと、そこには劉備よりも一回り大きな巨人。

 体躯で言えば馬騰と並ぶであろう。


 ただ、この男だけは一目見るだけで、誰かが分かった。

 長く美しく伸びた顎髭あごひげ。顔は日に焼けて茶褐色に染まっている。


 恐らく、これが関羽かんう

 忠誠心は曲がる事無く、後世では神として祀られるほどの軍神。


 その軍神は、砲丸の様に大きな拳を勢いよく振り抜き、雷鳴の様な音を響かせ、劉備の顔面を捉えた。

 何が何やら。

 一瞬のうちに劉備は伸びてしまい、関羽かんうに担がれてしまう。


「曹将軍、そして、そこの高貴な御方、ウチの兄貴が大変な無礼を。申し訳御座らん。この関羽の拳に免じ、どうか兄貴をお許しくだされ。所望とあらば、我が指を切りましょう」


「い、いやいや、そこまでしなくても。え、と、劉備は、生きてる?」


「兄上は頭の中まで筋肉ですので、これくらい殴らねば反省しますまい。それではこれにて、御免」


 一つ一つの所作があまりに綺麗だ。

 静かに水が流れるように、関羽は一礼し、そのまま庭園から出ていった。



「……殿下、あれは呂布に徐州を奪われた劉備です。呂布とはまた違った種類の、戦の天才でしょう。徐州を奪われても陽気で、逃げてきたというよりは、私の顔を見に来たような変人です」


「配下にするのか?」


「あれが配下になれば、どれほど心強いか」


「いやぁ……」


 一目見ただけで分かった。アレは絶対に人の下に付かないタイプだ。

 多分、誰かに命令されたり、いや、助言ですらも激しく拒絶するような。

 爆発的な激情を持つ性格をしてるだろう。


 曹操もきっとそれは分かっているだろうが、手放せないのだろう。

 確かに、それほどまでに強烈な人材であることは俺にも分かる。



「勝負は、どうしようか」


「引き分けでしょう。強くなられましたな、殿下。驚くほどに」


「さて、荀攸! 公平になる様に調整してくれ」


「郭嘉! お前も、荀攸殿と意見を交わし、調整せよ。今日中にだ!」



 最初からそうしろよ。


 まるでそう言いたげな、顔に明らかな不満と呆れ顔を浮かべる軍師二人。

 大きな溜息を吐き、とぼとぼと並んで地図のある部屋へと戻っていった。




最終話まで、残り数話となりました。

ブクマ、評価、どうぞよろしくお願いします!


それでは、また次回!


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