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三国志の「劉協」になったけど、漢は滅亡寸前でした ~献帝が狂武帝と諡されるまで~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第六章 赤龍が昇る

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87話


 ようやく、腰の据えられる地盤を手に入れた。

 城壁に上り、豊かに広がる大地を見て、それを実感する。


 流浪の日々も別に悪くはなかった。

 ただ、次第に増える配下を養うには、どうしてもこういった地盤が必要だったのだ。


「殿、このようなところに居られたのですか。あまり急に、一人でどこかに出かけるのはお止め下され」


「この俺を心配するのは、先生、貴方くらいなものだ」


 城壁に一人腰を掛けていたのは呂布であった。

 そして、そんな呂布に苦言を呈しているのは、元々、曹操の参謀として働いていた陳宮ちんきゅうである。


 袁紹の手が伸びる并州から李粛と共に離れ、流浪を続けていた呂布を救ったのは、この陳宮ちんきゅうだった。


 ちょうどその頃、曹操は徐州に侵攻し、父の復讐を叫び「徐州大虐殺」を繰り広げていた。


 曹操の本拠を守る、盟友の張邈ちょうばくはこれを憂慮した。

 親友が、その怒りで目が曇り、董卓を超える暴君へ変貌しようとしている。

 張邈ちょうばくはそれが恐ろしく、参謀である陳宮へ相談した。


 正義感が厚く、戦乱の世に向かない程、優しい心を持った張邈に、陳宮は一計を案じる。

 これなら間違いなく、曹操の虐殺行為を止めることが出来る、と。



 裏切るのです。

 この兗州の地を、奪いましょう。



 陳宮は張邈と異なり、正義感は薄かった。

 それよりもこの乱世を、自らの手腕で治めてみせたいと思う野心が強かった。

 そして、己の才を活かすには、曹操は完璧すぎた。


 自分の力など必要としていないだろう、と思わせるくらいには。


 そこで呂布は、陳宮と張邈に持ち上げられ、兗州の地を奪った。

 結局、飢饉が重なり、戦の最中で張邈も死に、曹操に兗州は奪い返された。


 ただ、曹操の退いた徐州の地を、こうして幸運にも収めることが出来たのだ。


「さて、先生、俺はこれからどうすべきだ。貴方の言う通り、劉備りゅうびは追い出した。これで徐州は全て、この手に落ちた」


「袁術と手を結び、曹操に抗するのです。袁紹はこれ以上の曹操の飛躍を望まないでしょうから、現在、曹操は実質的に孤立状態。今のうちに叩くべきです」


「あくまで、曹操が敵か。まぁ、そうだな」


 何か言おうとして、呂布は口を閉じる。


 曹操と結べば、袁紹も袁術も敵ではない。

 そう言いたかったが、曹操と自軍はあまりにも因縁が深い。

 到底無理な話だった。


「なぁ、先生。袁術と劉備、味方であれば、どちらが心強いか?」


「不思議な事を申される。兵力や名声を見て、その差は歴然です。傭兵集団の劉備に、何が出来ましょう」


「そうか……まぁ、俺は戦の事しか分からん。ただ、純粋に戦の事を考えれば、俺は劉備の方が心強いと思う。あとは、そうだな、無上将軍だな。ははっ」


 戦乱の臭いは、まだ消えていない。

 兗州の方角を眺め、呂布は来たるべき戦に血潮を熱くした。





「殿、お呼びでしょうか」


「おぉ、来たか……って、相変わらず酒臭いな」


「酒毒が体に入ってないと、落ち着かないのです」


 澄ました端正な顔立ちで、酒を煽るのは若き男であった。

 ただその瞳は、見るもの全てを切り裂くような、鋭利すぎる程の才気が迸る。


 この青年を正面から笑って見据えることが出来るのは、天下広しといえど、この曹操くらいなものであろう。


「珍しいですな、私だけをお呼びになるのは」


荀彧じゅんいくには相談できない事だ、といえば、お前も察しが付くだろう。郭嘉かくかよ」


「あぁ、漢室に関しての事ですか」


 曹操は頷いて書簡を一枚、青年の、郭嘉かくかの方へと差し出した。


「先日、荀彧宛に届いた書簡だ。差出人は、荀攸」


「荀彧殿の甥ですっけ? そして、あの無上将軍の懐刀の一人」


「荀彧は身内からの書簡という事で疑われないようにと、中身を読まずに、俺に差し出して来た」


 郭嘉は曹操の話を聞き流しながら、書簡にあらかた目を通す。

 普段の素行こそ横柄で問題は多いが、目くじらを立てる曹操でもなかった。


 それどころか、荀彧の跡を継げるのは郭嘉しかいないとして、軍師として最も重用している程だ。


「まぁ、色々回りくどい話が書いてありますが、要するに、同盟の誘いですね。朝廷の立場なのだから、同盟と言わず、勅命という形にすればいいのに」


「自らの勢力を冷静に比較し、その権威が群雄には意味をなさないと知っているのだろう」


「正直、ここまで自力で立て直すとは思ってませんでしたね。董卓死後、どう考えても誰かの庇護下に収まらないと漢室は消えるとばかり」


「これを『英雄』の為す業と見るか、『馬鹿』が博打に勝っただけと見るか、それが分かるにはまだかかるだろう」


「それで、殿はどうするのですか?」


「決めかねている。今の俺は四方を敵に囲まれている。袁紹、袁術、呂布、劉表。さらに敵を増やすのは、あまり得策ではない」


「別に今の群雄が束になろうと、殿は勝てると思いますよ、私は。まぁ、その時は群雄も殿もこの中華ごと潰れ、もう数百年は乱世でしょうな」


「怖いことを言うなぁ」


 郭嘉は書簡を返し、そのボサボサの頭を掻いた。



「結んで益少なし、むしろ危険が多い。断るべき。ここで結べば、新王朝樹立を目論む袁紹に攻める口実を与える様なもの。せめて呂布との決着がつくまでは、漢室には関わるべきでない」



 曹操もその言葉に頷く。


 すると、部屋の外からガシャガシャと、鎧が音を立てて近づいてくるのが分かった。


典韋てんいか。どうした」


「あ、いや、その……ご報告があるのですが、何と言うか」


「はっきりと申せ。別に郭嘉は気にするな」


「で、では……裏門より、無上将軍、劉協皇太子殿下と名乗る者が、非公式に面会を求めております。従者は、中軍師の荀攸。荀彧様が間違いないと、殿の判断を仰ぎたく」



「「────は?」」



 曹操も郭嘉も、同じ様に口を大きく開けて、間の抜けた声を出した。




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