83話
活動報告に、たくさんのコメントをいただきました。
本当にありがとうございます。
そこでも告知させていただきましたが、本作品は残り十数話で完結となります。
最後まで盛り上げていきたいと思っていますので、どうぞお付き合いの程、よろしくお願い致します。
正式に役職も整えられたことで現在、朝廷はバリバリ稼働中である。
ん? 俺?
俺は大体、こういう内政系の話し合いには呼ばれませんよ?
参加するだけで、いつの間にか戦費が膨らむとか、皆に愚痴られてるらしい。
つまり今は、大人しく引っ込んでいてくれと、遠回しに言われてる状態。
我、無上将軍ぞ?
「あの、殿下」
「お、戻ったか」
おだやかな昼下がり。
今日も今日とて、リハビリがてらに木刀を振るっていた。
まだ違和感はあるが、痛みはほとんどない。よかったよかった。
いつの間にか、俺の居室に立っていたのは翠幻である。
無表情はいつもの事だが、何だか不満げというか、呆れ気味な雰囲気だけは感じ取れた。
「我ら汚鼠の仕事は、主に謀略や工作です。何故、奥方様の様子を見るためになど。ご自身で確認なされば良いじゃないですか」
「怖いもん……」
「戦場で、あれほど嬉々とする殿下でも、怖いものがあるのですね」
なんだかんだ言いながら、ちゃんと指示通りに動いてくれるから助かるよね。
俺だって分かってるわ、これくらい自分で何とかしろって。
分かった上で、翠幻に頭を下げとんじゃ。
「奥方様は、まぁ、まだ怒ってはおられるようですね。ただ、どこか塞ぎ込んでもおられます。起きてる間はずっと、筆を執って一心不乱に竹簡へ文字を綴っておいでです」
「えー……怖い。どうすれば良いと思う?」
「さぁ。我らの仕事は、指示通り動くことのみ。自分の意思は持たないようにしてます」
翠幻は一礼し、そのまま部屋を出ていった。
結局、何も現状は変わっていない。
「直接、会いに行くしかないのか」
木刀を置き、汗を布で拭った。
☆
溜息を飲み込み、重すぎる扉を開けた。
充満する墨の臭いが、鼻の奥まで押し寄せる。
「……あら、殿下」
「あぁ、寝ていたのか、すまない」
「ちょっと、うとうとしていただけですよ」
机に突っ伏して寝ていたらしい。
顔や腕に、うっすらと墨汁がついている。
髪ももさもさとしていた。
「すいません、すぐに着替えてきます」
「いや、別に良い。そのままで」
しばらくの、無言。
お互いに、何から話せばいいのか分からない、そんな感じ。
すると蔡文姫はその場から立ち、寝所に腰を下ろした。
近くに来いと言いたいのだろうか?
俺も自然と、蔡文姫の隣へ腰を下ろす。
「……怒っているのか?」
「そうですね、そうかもしれません。私は怒っています」
「ぐぬぬ」
ここまで正面切って言われると、ぐうの音も出ないのが正直なところ。
蔡文姫の目は、こっちに向いてもいなかった。
別に人から嫌われるのなんて屁じゃないし、気にしたことも無い。
ただ、蔡文姫と気まずいままなのは、どうにも具合が悪かった。
董卓討伐の際や、それ以前から色々と、あまりにも世話になり過ぎた。
俺が生死の間を彷徨っている間もずっと、涙を流してくれたのだし、共に戦いたいとまで言ってくれた。
そんな人に嫌われるというのは、辛いものがある。
「あのさ、蔡文姫。その、正直なところ俺は、あんまり他人が何を考えているとか、そういうのがてんで分からない」
そういうのが分かっていればきっと、賈詡を早くから配下に出来ただろう。
もしかしたら董卓とか呂布なんかと、手を結ぶなんてことも出来たかもしれない。
「今、お前が怒ってるのも、何となく俺が悪いってのは分かってるんだ。分かってるけど、どうすれば良いか分からない。もしお前が望むなら、側室の話は断るし、俺に出来る事なら何でもしようとは思ってる。だから、その、機嫌を直してはくれないか?」
恐る恐る、言いたいことを言い終える。
蔡文姫は一つ大きな溜息を吐いた。
ヤバい、また何か癇に障る事でも言ってしまったのだろうか。
「別に、側室の事に怒っているわけでも、殿下の察しの悪さに腹を立てているわけでもありません。それくらい、今に始まったことでは無いですし、側室など持って当たり前、十分承知の上です……私が怒っているのは、私自身なのです」
「へ?」
「殿下は言葉や態度より、行動に意思が現れます。李傕が蔡家の屋敷に攻め込んできた際、怪我をおして殿下は駆けつけてくれました。私の為に、怒ってくれました。今更、殿下の何を疑えばいいのでしょう」
「まぁ、そうだな。李傕を討つ、それだけなら別に楊奉に任せた方が良かった。ただ、それだとお前が死ぬかもしれないと、そう思った」
「はい。ですが私は、側室と聞いた時、平気な顔をすればいいのに、殿下を取られたくないと思いました。挙句、殿下を憎いとも、思いました。そう思った自分が、許せないのです」
蔡文姫は眉尻を上げ、涙を流していた。
怒りながら、必死に我慢しながら、それでも抑えきれない涙が溢れていた。
思わず、肩を掴んで、寄せる。
俺の胸に顔を押し付け、蔡文姫は声を押し殺した。
「調子が狂うな。今日はいつも以上に、お前に怒られると思って、ここに来たのに」
「……すいません」
「落ち着いたら、いつもみたいに俺を怒ってくれ。そうじゃなきゃ、俺はまたお前を泣かせてしまうかもしれん」
「私を、嫌いには、なりませんか?」
「まさか。逆はあっても、それだけはない」
「……逆もありません」
涙よ、止まれ。
そう思いながら、その小さな体を強く抱きしめた。
物語もついに佳境です!
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