表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志の「劉協」になったけど、漢は滅亡寸前でした ~献帝が狂武帝と諡されるまで~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第四章 狂武帝「劉協」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/94

61話


 この勝負は、勝てるはずの無い勝負。

 まぁ、でもそんなのは、今に始まったことじゃない。


 所詮は五千円の命を元手に賭けた博打だ。

 失うものなんか、何も無い。


 赤兎が、駆け出した。

 それと同時に、俺も前進を命じる。


 作戦なんかは何もない。ただの正面衝突、力比べだ。


 先頭が激しくぶつかり、呂布の方天戟に容易く切り裂かれる。

 部隊を小さく固めていたとしても、この突撃は止められない。


「俺に続け!」


 馬を駆けさせた。

 深く切り込んだ騎馬隊の右に回り込み、派手に突撃。


 しかし、止まらない。

 くさびを打ち込もうにも、全く歯が立たない。

 激突した歩兵達は皆、弾かれるか、踏みつぶされるか。


 呂布はついに、俺の部隊を貫き、再び馬首を翻す。

 もう、隊列も意味をなしていない程の崩され様であった。


「小僧! この程度か!?」


 こっちは体ボロボロなんだよ、あの馬鹿が。



 剣を上げる。

 すると部隊が二つに分かれ、中央には俺と、十数の騎馬兵のみ。


 それは、道が出来たような、滅茶苦茶な隊形である。

 間には何もない。呂布と俺が向かい合う、奇妙な戦場。


「確かに、狭い道を疑似的に作れば、兵の数的優位は関係ない。だがそれは、あんまり俺を舐めすぎてないか?」


「皇帝の俺が直々に、アンタを相手してやるって言ってんだよ」


「良いだろう。その安い挑発に乗ってやる」


 呂布は声を上げ、直線で突っ込んでくる。


 そうだよな、お前も、俺も。

 売られた喧嘩は、全部買わないと男が廃る。


 俺は思い切り手綱を引き、呂布から逃げるように駆け出した。

 全力で駆ける。相手は、赤兎だ。それでも、呂布に背を向け続ける。


「なっ……逃げるのか!?」


 雄々しき声が、けたたましい馬蹄が、背後から恐ろしい速さで近づいてくる。

 姿が見えないからこそ、呂布の像が頭の中でどんどん大きくなっていく。


 どうあがいても勝てないのではないか。

 まるで、人間が素手で、虎に挑むようなものだ。


「小僧!!」


 真後ろまで迫る。

 瞬時に、剣を上げた。


 道を開いていた部隊が一気に中央へ突進し、道を閉じる。

 呂布の後方を駆けていた騎馬隊は、一瞬にして呑み込まれてしまった。


「なっ……」


「赤兎馬は、速すぎるんだよ。だから、後ろが呑まれちまう」


 手綱を離し、両手で剣を握る。

 思い切り振り被り、馬の背に足を乗せ、蹴り上げた。


 あとは、呂布と、俺だけの戦いだ。



「──死ぃねやああああぁあああ!!」



 馬上から体が離れ、宙に飛んだ俺の体は、身をひるがえして、呂布に渾身の力を叩きつけた。

 振り返ってみれば、案外、呂布の体はイメージより大きくない。

 恐怖心が、勝手に大きくしていただけだ。虎ではない、同じ人間じゃないか。


 俺の戦いは、いつもこうだった。

 この命を餌にして、全力を叩きこむ。


 こんなに喰いつきの良い餌も、中々無い。


「面白いな、小僧」


 呂布は、笑った。


 俺の様に、無理を押し通す動きではない。

 流れるような動作で、一切の無駄がなく、方天戟は俺の剣と克ち合い、この小さな体を跳ね飛ばした。


 渾身の力は、容易く弾き返される。


 どれ程の距離を飛んだだろうか。

 思い切り地面に叩きつけられ、全身が爆発するような、あまりに大きな痛み。


 車に跳ねられた時ってきっと、こんな感じなんだろうな。


 剣はいつの間にか、手放していた。

 もう、動けない。限界をとっくに超えていた。息をするのすら、難しい。



 目の前に突き付けられる方天戟。

 呂布と、赤兎の目が、俺を見下ろしていた。


 旗下の騎馬隊も、遅れて包囲を突破している。


「良い戦だった、やはり俺の見込んだ小僧だ」


 何か答えようとしたが、声が出ない。

 痛みに喘ぎながら、地に爪を立てるだけ。


「しかし手負いの、幼き龍を屠ったとて、何の意味もない。強くなれ、その名に恥じぬ龍になれ。その時初めて、俺がお前を喰らってやる」


 方天戟は俺の鼻先から離れていく。

 その間に、あの部隊長の男が俺の体を抱きかかえ、呂布から距離を取る。


「しばらく、会うこともあるまい」


「……次は、俺が、勝つ」


「ハハハッ! 威勢が良いな。だが、次も俺が勝つ。後学の為に見ておけ、本当の戦ってやつを教えてやる」



 方天戟は、天高く掲げられた。

 すると後方に控えていた数千の騎馬隊は、隊列を組み、武装を整える。


「これより、この呂布は、陛下の勅命に従い、逆賊『董卓』を討つ!!」


 兵士は一斉に「董卓を討つ」と連呼し、呂布の意思に応える。

 数千の兵士が、まるで一つの生き物のように。想いを、動きを、全てを統一していた。


 方天戟は、宮廷に向けられた。

 掛け声が止む。


「思う存分暴れろ!!」


 赤き数千の騎馬隊は、嵐の様に、二万の近衛軍に突っ込んでいった。





 鎧を血に濡らし、呂布は一人、宮廷を歩いた。


 広い空間。

 いつもはここに、文武百官が並んでいるはずだった。


 しかし今は、呂布と、董卓だけがその場に居た。


「土産だ」


 呂布は、董旻の首を、董卓の前に放った。

 皇帝のみが座る事の許された玉座に、董卓はその巨躯を預け、大きく息を吐く。


「そうか……もう、終わりか」


「いや、まだだ」


 方天戟を地面に突き立て、剣を董卓の足元に投げる。

 呂布もまた、もう一つの剣を抜いて、構えた。


「戦え、董卓。百戦百勝の、戦で成り上がったアンタと、俺は戦ってみたい」


「理性的ではないな。戦って、何になる」


「俺に勝てば、俺の配下は皆、アンタに忠誠を誓う。そういう風に命令した。それを用いれば、陛下の奪取など容易い」


「狂人め」


 董卓は立ち上がり、剣を抜く。


 戦いは、一方的であった。

 力任せに剣を振るう董卓を、子供を相手にするように、呂布はいなし、弾く。


 そこにはもう、軍人の董卓の姿は無かった。暴君、董卓が居るのみである。


 呂布は額に血管を浮かせ、その剣を跳ね上げた。


「こんなものか!? 馬鹿にするな!!」


「はぁ、はぁ……言っただろう。終わったのだ。俺は、あのガキに負けた」


 方天戟を抜き、それを呂布に向かって振り下ろす。

 その刃は、呂布に届く前に、地に落ちた。


 董卓の体は、深く、斜めに裂かれ、崩れ落ちる。


「仙華は、最後に、何と言っていた」


「……あぁ、覚えて、無いなぁ」


 血走った眼が、光を失う。


 死んだ。

 それは、はっきりと分かった。



「誰だ」


 ふと、奥に気配を感じた。

 呂布は剣を抜身のまま、駆け寄る。


 玉座の背後。

 小さく怯えるのは、透き通った白い肌をした、一人の少女。


「仙華……仙華ではないか!!」


「呂布様」


 仙華は、涙を落とす。

 呂布は慌てて、剣を放り、震える手を握った。


「生きていたのか」


「董卓様が、生かしてくださいました。呂布様、どうかあの御方を恨まないでください。私は、あれほど寂しく、悲しい方を見たことはありません」


「……どういうことだ?」


「ずっと、一人だったのです。ずっと、ずっと、一人でこの世界に抗ってこられた御方です」


 そこでようやく、先ほどの董卓が、あれだけ生きる事を諦めていた理由を感じ取れた。


 今までの董卓であれば、どれほど醜くなろうとも、決して死を選ぶ人間ではなかった。

 おそらく、この少女が、一人で抗う董卓の心を、溶かしてしまった。


 だからこそ、生きている。いや、董卓は殺せなかったのだ。

 初めて自分の心に、入り込んできたこの少女を。


「陛下が帰還なされたと聞いた時、笑っておられました。これで、辛く、長い道も終わったと。もう、止める事は出来ませんでした」


「そうか」


「呂布様は、これからどうなされるのですか」


「天下に出てみたい。この広き中華を見て、思うがままに、駆けてみたい。お前にも、付いて来てほしいのだ」


「……私は、このような身です。目も見えず、体も弱い。きっと、足手まといになります」


「どうしても駄目なのか?」


「私は陛下にお願いし、董卓様の墓を見守る一生を送りたく存じます。もう、一人で寂しくならない様に」


「そうか……ここで、別れなのだな」


「はい。されど、いつまでも呂布様の事は、案じ続けたく思っています」


「ならば、これを渡そう」


 呂布は鎧を脱ぎ、髪をまとめていた紐を解く。

 その細い紐を、今度は仙華の腕に結んだ。


「これで私も、寂しくはありません」


「あぁ、そうだ。俺もお前が想っていてくれるなら、これ以上の喜びは無い。では、またいつか」


 剣を拾い、呂布は宮廷を出ていった。




 一九二年、董卓は皇帝「劉協」の勅命を受けた呂布により、誅殺された。




 天下は依然として、乱世である。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ