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三国志の「劉協」になったけど、漢は滅亡寸前でした ~献帝が狂武帝と諡されるまで~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第四章 狂武帝「劉協」

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59話


「ッ……」


 最悪の気分だった。

 目に入る日の光が、脳に突き刺さる。


 激しい嗚咽に襲われるが、何かを吐き出そうとする元気すら、俺の体には残ってないらしい。

 腕一本動かす事すら難儀で、寝返り打とうとすれば背中が張り裂けそうに傷んだ。


「お目覚めですか? 意識は?」


「最悪だ……」


 俺が寝ているのは、どこかの民家の様だった。

 古ぼけた木造建築。寝床も藁を束ねているだけの粗末なもの。


 荀攸は近くの椅子に座り、多くの竹簡に筆を走らせていた。


「陛下は三日、寝ておられました。目が覚めても、水を飲むか、厠に起きるか。覚えておいでですか?」


「全く覚えていない……覚えているのは、そうだ、韓遂の部隊を撃退して、そこからは……無理だ。わからん」


「では、ざっと周辺の情勢も併せてご説明しましょう」


 撃退したのは韓遂の先発部隊であり、本軍は後方に控えていた。

 しかし馬騰が追撃を阻んだため、韓遂はやむなく撤退。それに合わせて我が軍も退却した。


 現在、我が軍の被害は大きく、何よりも俺の意識が落ちたことにより、休息をとる必要があった。

 そこで近くの農村を借り、軍の再編成をしているのが今らしい。


 ただ、嬉しい誤算だったのが、韓遂の軍を局所的ではあるが、撃退した我が軍の声望が周囲で高まったらしい。

 飾りであった皇帝が、僅かながらに力を持った。この勝利は、大きな意味があった。


「陛下はこれより、誰の目にも触れられてはなりません。陛下が『死んだ』という事を隠蔽している、そう、見られる必要があるので」


「俺が、死んだ? そんなことをすれば、今いる兵士は続々と離れるだろ。むしろ死んでも、生きていると偽装すべきところなんじゃないのか?」


「私の策は今、董卓を討つ、その一点のみを見据えております。どうか、従って頂きたいのです」


「分かった分かった、全て任せる。だが、どう討つ。数千の兵力じゃ、長安は落とせない」


「陛下の死は董卓の望むところ。陛下が死んだこの軍ならば、敗残兵として長安へ迎え入れるでしょう。そこで挙兵し、董卓を攻めます。さらに、内では王允殿が謀略を巡らせています。内と外より攻めかかれば、恐らく、董卓を討てる」


 俺の死を隠蔽するのは、今いる兵を離脱させないためと、董卓へ流す虚報を信じさせるため。

 今、荀攸はその根回しをするために、馬騰、韓遂と交渉中らしい。


 俺の首は現在、韓遂が持っているという事にする。韓遂が俺の首を董卓に届ける為に、無理難題な対価を吹っ掛ける。

 こうすれば、俺の首の現物が無くても筋は通る。


 ただ、今の韓遂がその策に乗る為の対価として要求しているのが、郿城である。

 董卓の築いた要害堅固の城塞。長安の首元に突き付けられた、ナイフのようなものであるだけに、荀攸も悩んでいた。


 それでも、飲まなければならないだろう。

 幸い、俺の重傷に心を痛めている馬騰が積極的である為、交渉は上手く運びそうだとのこと。


「現在、近隣より兵を募って、損害分の穴埋めを図っています。調練は各校尉と、董承将軍が実施。ある程度、形になる軍には仕上がるかと」


「董卓に、勝てるか?」


「極めて細い線ではあります。全ての根回しが成功しなければならず、加えて董卓の直属の兵はあまりに強力。それでも、各将軍が散っている今しか、好機はありません」


「出発は」


「早くて、明後日」


「よし、とにかく肉を食わせろ。腹が減った」





 董旻は眉間にしわを寄せ、難しげに唸る。


「どうした」


 大きな体を揺らし、歩く董卓。

 この政略に秀でた弟が、頭を悩ませているというのは今に始まったことでは無い。


 ただ、時期が時期である。


「兄上。やはり、韓遂は一筋縄ではいかないようです。陛下の首の代わりに、郿城と、そこに蓄えてある全ての資源、人間を寄越せと。到底受け入れられません」


「董承はしくじったか」


「というよりも、あの陛下のご気性です。先陣を切って敵軍に攻め込んだとか。董承は、韓遂に再び攻めかかるつもりで兵を徴集して調練していた様ですが、帰還を命じました」


「ここで郿城を与えようなら、俺が陛下の殺害に関与したと宣言している様なものだ。韓遂の奴め……まぁ、良い。城はくれてやる。ただ、中の物は全て長安へ移せ」


「良いのですか?」


「構わん。牛輔らが戻り次第、韓遂を潰す。兵糧の蓄えがなければ、いくら堅固でもすぐに諦めよう」



 劉協が、死んだ。


 そうなる様に仕向けたのは自分だし、当然の結果でもある。

 しかし、あのガキが本当に死んだのかと、どこか不思議でもあった。


 何と言い表せば良いのかはわからない。


 こんなものか。

 そういう思いが拭えなかった。


 何よりも首である。首を見て初めて、劉協が死んだと信じることが出来るだろう。


「本当に、陛下は死んだのか?」


「え、あ、はい。むしろあれで生きて帰れる方が奇跡かと。それに、戦場で陛下が敵兵に斬られたのを見ている者が多数おります」


「そうか……何か引っかかるのだ」


「まぁ、陛下が死んだとは公表できませんからね。董承はあくまで隠蔽してるようですが、そのせいもあるのでは?」


「であればいいのだが。なら、次の皇帝を誰にするか、だな。ただ、劉弁は駄目だ。あいつは近い内に、王として辺境へ飛ばす」


「霊帝の様に、末端の王族を拾うのが一番でしょう」


「それは任せる。それで、董承はいつ戻る」


「もうじき着くかと。敗残兵を率いての帰還です」


「徐栄に迎えさせよ。俺は少し疲れた、董承の帰還まで休むとする」


「分かりました」



 董承率いる、傷跡の深く残る敗残兵が、長安へとたどり着く。

 その数、負傷者も合わせ、およそ八千。


 赤き「漢」の旗は、汚れてみすぼらしく靡いていた。



 門が、開く。




 ここに、歴史が大きく変わる一戦が、行われようとしていた。





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