138:とおく群衆を離れて
お母さん登場です。お父さんは現在漁に出ています。海の男なのです。
ローカル線にのんびり乗車して揺られること30分。隣の市との境にさしかかろうとする辺りで電車を降りる。
駅に降りて感じるのは潮の香り。海の近さが香りを運んで来て鼻腔をくすぐる。
街中ではしない新鮮な刺激に戸惑う目に飛び込んでくる一面の緑……ではなく趣のある街並み。高い建物も無く空がくっきりと見えるそこから日が燦々と降り注ぎ肌を焼いていく。
時折通る車の音が良いアクセントになるほどの静けさ。
真っ直ぐ続く道の向こうには幾つもの田畑が生命の営みを助けるべく今日も新鮮な野菜や果物を育んでいる。
静謐を愛する者にはこの上ない風情である。
はい、そうです。単なる田舎です。それも中途半端な感じの。いや、そりゃまあ中心街でさえシャッター通りで全国的に有名になったとこだよ? 外れの方とかホントなんもないよ!
あ、ニワトリは居ます。割と沢山。
「じゃあここから歩くよ」
そんな中で私は駅から実家に向けて歩く。タクシー? 滅多に通らないし、呼ぶと中心街から来るからだいたい20分くらいかかるよ?
……電車よりもタクシーで来た方が早いんだよね。
「ビショップ、おんぶしてください」
「女王様、まだ五分しか歩いてません。歩いてください」
「五分「も」ですよ。いつまで歩けばいいの?」
「ウチは近いからもうすぐ着くよ」
「ならいいか」
「うん、あとはこの坂上がるだけだから」
「へ?」
ブランちゃんが顔を上げてそしてガックリと項垂れる。
「ひとみ、あのね、これは「坂」って言わないの。これは「山」っていうのよ……」
「あー、私、おんぶしますよ?」
「! ありがとう楓!」
ブランちゃんが楓ちゃんにダイブした。慣れてない人がこの坂道って割ときついと思うんだけど……ハルとか最初はバテて家に辿り着けなかったもんね。ってあれ? ハル?
「ひとみんー」
「何バテてんの? いい加減慣れたんじゃなかった?」
「いや、これは割と毎日通ってないとダメなやつだよ? ほら、葵さんとか下で完全にダウンしてる」
ホントだ。ごめんなさい葵さん。
「仕方ない。グラビトン」
全員の重力調整して身体に係る負荷を軽減した。
「あ、これなら歩けそうです。ありがとうございますひとみさん」
葵さんが希望を見いだしたらしく立ち上がった。
みんなで坂を上りきった先に一軒の家がある。周りには畑があり、作業をしている女性が居た。
「ただいまー」
「あらおかえり、ひとみ」
しゃがんだ姿勢から立ち上がったのはどう見てもオバサン。おしゃべり好きな中年女性である。顔立ちは私に似てるから美人かどうかはノーコメント。あと、おっぱいそんなに大きくない。……やはり遺伝なのかな?
「電話で話した友達連れて来たよ。ちょっと大勢だけどよろしくね」
「ああ、そうだったわね。皆さんはじめまして。ひとみの母です。娘をよろしくお願いしますね」
「ご無沙汰してます。ハルです。娘さんは必ず幸せにしますので!」
「あらあら、ハルちゃん、大きくなって……相変わらずひとみの事が大好きみたいで嬉しいわ」
ハルは長い付き合いなので当然ママと面識がある。こんな事言われると照れるのだけど。
「他の人も紹介するわね。葵さんと楓ちゃんと澪ちゃん。それとブランちゃんにビショップさん。電話で話した通りだよ」
「随分沢山になったわね。ハルちゃんしかお友達がいなかったあの頃が懐かしいわ」
ほっといてよママ!




