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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代

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5話 慣れない事

 緋倉、緋媛、緋刃の母親である緋紙は、生まれながらにして空気中毒――空気を毒として体内に取り込んでしまう体質である。そういった体質の龍族は、北のホク大陸に五十年に一度だけ生えるルフト草を煎じた薬を摂取しなければ生きられない。緋紙も彼女の母親もその父親も同じ体質であり、遺伝によるものであった。


「だからね、緋倉が空気中毒じゃないって知って安心したの」


 イゼルの屋敷の台所で倒れた緋紙は、司が持ってきた薬を飲んですぐに屋敷に一室に横になっていた。まだ少し顔色が悪いが、マナの心配する顔を見て、持病だから大したことないと安心させるために話す気になったらしい。

 マナとしては、安心するどころか逆に不安が増してしまう。現代でイゼルから空気の毒については聞いていたとはいえ、実際に倒れた緋紙を目の当たりにすると誰かが傍にいた方がいいのではないかと思う。


「……そんな辛そうな顔しないで。薬もまだあるし、今は司も傍にいてくれるから平気よ」


「そうそう、俺が一晩中付きっ切りでこいつの傍にいてやるから、人間の嬢ちゃんは風呂入って寝な。じゃねえと、その緋媛とかいう雄が煩そうだ。……俺に何の恨みがあるか知らねーが」


 廊下で落ち込みながら座っている緋媛をチラリと見ながら司が部屋に入ってくる。最後の一言が余計だと緋媛はジロリと司を睨みつけたが、司は全く気にしていない。むしろその反応が面白いようだ。その様子を見た緋刃がぼそっと一言。


「どっちもメンドクセ」


「何だ緋刃。文句あんのか」


「何でもなーい。……ところでフォルトア兄さんは? イゼル様もいないし、風呂かな」


 すると「うわっ」という声と共に、ドスンといった大きな音が聞こえた。皆がその方向を向く。廊下の角を曲がった先の部屋で何かあったようだ。緋刃がすぐにその場へ向かう。マナはこのまま緋紙を放っておけず、行きたくても行けないように廊下と緋紙を交互に見た。


「多分、イゼル様が慣れないことをしていると思うの。あの人あれでも不器用だから。私は平気だから、行きなさい」


 やや無理して微笑む緋紙にぺこりと頭を下げ、部屋からパタパタと出て行った。それと同時に緋媛も腰を上げる。


「お前、あの人間に随分くっついてんだな。あーなるほど。あの小娘に発情したのか。発情した龍族の雄は己のものだと主張するように――」


「姫はモノじゃねえ」


 舌打ちをして去った緋媛は苛立ちを抑えているつもりだったが、司と緋紙にはバレていた。


「……まだまだ子供ね」


「そのうち俺に似て色気のある龍になる」


「何? まさかあんた、私の他に雌いるの?」


「えっ……」



 ***



 大きな音の下した部屋へ緋媛が着いた時、またドスンという大きな音がした。

 ――何をしているんだ。部屋を覗いたとき、驚きで目が真ん丸になりながら呆れてしまった。


「た、助けて下さい、緋媛」


「すまない、どうもこういう事は慣れなくてだな……」


「そもそもイゼル様がやることじゃないよ、こんな事ー!」


「ははは、僕達もリーリに任せっきりだったから」


 布団一式を出そうとしたのだろう。押し入れからズルリと引き出そうとした形跡があり、一組分が斜めに掛けられている。掛け布団にカバー掛けようとしたようだが途中で飽きてしまったのか、入りきらずに中途半端だ。

 とりあえず敷布団を敷こうとマナがズルズル引きずって並べようとしているが、畳の上で何故か足を滑らせて尻もちをつく。イゼル達雄組は布団カバーをかけようとしているが、上手く出来ない。と、そこへ子供の緋倉とゼネリアが布団に飛び込んできた。


「お腹空いたー!」


「ごーはーんー!!」


 手足をバタバタと動かし、激しく音を立てて抗議するちびっ子達に、そういえばとイゼル達がハッと気づく。


「しまった、夕食時だったな。すまん、忘れていた。姫、食事は出来ていたな」


 ひょいと緋倉とゼネリアを抱き上げたイゼルは、さっさと部屋を出て台所へ向かった。


「はい。でも、もう冷めているかもしれません」


「温め直せばいんじゃね?」


「僕も手伝います」


 マナ達もイゼルを追いかけて行く。彼女達を真顔で見送った緋媛は、ゆっくりと布団で散らかった部屋を見て、深呼吸して一息つく。

 まさかと思うが食事を盛り付けすら出来ない、などという事はないだろう。布団を用意しようとした時、ガシャーン、ガチャガチャ。この音と同時に聞こえる声もまた、マナ達であった。


「ど、どうしましょう、お皿を割ってしまいました……」


「掴む箸全て折れていく……。なぜだ?」


「うわっ、一気に沸騰した!」


「術で火を起こしちゃいけないよ。僕達のは大体高温なんだから。……水か氷を入れれば冷めるかな」


 このままではいけない。血相を変えて台所へ駆けつけた緋媛はイゼルがいるにも関わらず、屋敷中に響く程の大声を上げて叫んだ。


「てめえら何もするなー!!」


 その後、食事の用意、寝床の準備、全て緋媛が行ったのであった。




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