25話 過去へ
マナに厳しい過去の現実を突きつけた流王は、俯く彼女を哀れに思いながらも話を進めた。
「……では、そこの三名、フォルトアでしたか? それと緋倉の弟達。貴方方は過去へ行って貰いますわ。歴史は大きく変わってしまいますが、ケリンを片付けて下さい。彼と共に過去へ行った司ともう一人の処遇はお任せします。よろしいですわね?」
フォルトアと緋刃はためらわずに頷いたが、緋媛はマナと離れる事、歴史が変わると彼女と会えないのではないかという不安が頭を過った。緋倉の体の事もある。本当は残った方がいいのだろうが、戦力を考えると行かざるを得ない。
「緋媛、お前はどうだ。行ってくれるな?」
「はい。あのクソ親父に引導を渡してやりますよ」
イゼルの問いに返事をするが、視線はマナの方を向いている。彼女に行ってしまうのかという悲し気な視線を向けられたとき、ぱっと顔を逸らし、また俯いた。マナの表情が暗くなる。
「マナ姫、貴女には、私の跡を継いでもらいます。下界にいるよりここにいた方が安全ですし、そろそろ私も百年の任を終えますから、早く交代したいのです」
過去が変わったら、一体どうなるのだろう。これまでの日々が大きく変わってしまうのかもしれない。それより緋媛と離れ離れになって、帰りをここで待てというのだろうか。マナの脳裏に様々が考えが浮かぶが、百年近くずっと流王としてこの神殿にいた女性を解放しなければ哀れだと思った。
「わかり、ました」
だが、マナにとって一番大切な事は――
「さて、では扉を開きますわ。準備が必要でしょうから、ケリン達のいる一年前にしましょう」
ダリス城で見たものと同じ大きな扉が龍神の後ろに現れた。皆立ち上がり、扉の方へ向かうが、マナだけは座ったままだ。
「フォルトア、これを。これを過去の俺に渡してくれ」
イゼルが手渡したものは書状。急に未来から来たと言われても困るため、状況が書かれているという。緋媛はまだ俯いているマナに近づき、頭を撫でた。
「そんな落ち込むなよ。俺がアンタを護っていたのはイゼル様の命令あっての事だけどよ、今は違う。アンタをまた護りながら、なんつーか……。とにかく、さくっと終わらせて帰ってくるからな」
本音など言えない。笑って誤魔化す緋媛は、寂しそうな表情をするマナから離れた。
「昔のミッテ大陸かー。そこに里があったんだよね。楽しみー!」
「ったく、お前は。遊びじゃねえんだよ」
口笛を鳴らして楽しそうにしている緋刃は、扉を早く開けてほしくてたまらない。本来は禁忌であり、有り得ない体験に心を躍らせていたのだ。
――流王が扉に手を触れた。扉が音を立ててゆっくりと開く。開いている時間はほんの僅かしかない。見える景色は豊かな森。日が差し込み、緑を色鮮やかに照らしている。この扉が繋がっている場所を見たイゼルが目を細めた。
「懐かしい。ミッテ大陸の森だ。……お前たち、気を付けろ。この時代は今より平和ではない」
美しい森を見て信じられないという表情をする緋媛と緋刃だが、真剣なフォルトアの表情を見るとイゼルの言葉が真実だと悟る。平和ではないとはいえ、そこまで酷くはないだろうとも思いながら扉をくぐった。
(行かないで)
ゆっくり閉じていく扉の中にいる緋媛の後ろ姿を見たマナ。このまま離れたくない。一緒にいたい。感情のままに体が動く。
「姫!?」
「戻りなさい! 貴女は行ってはいけません!」
扉が人一人分になるまで閉じたとき、マナは体を滑り込ませた。そして、扉は完全に閉じ、そのまま消えた。
「何てこと! あの子までUS2051年に行ってしまうなんて……!」
「US2051年? US2064年ではないのか?」
マナまで過去へ行ってしまった焦りもそうだが、イゼルは別の事のが引っ掛かった。流王が繋いだのは、ケリン達のいる一年前のはずなのだ。
「ケリン達が行ったのはUS2052年ではなかったかし……あーっ! 間違ったわ!」
抜けている事のある流王だが、肝心なところを失敗するとは思っていなかったイゼルは頭を抱えた。これには龍神もため息をつく。だがこうなってしまっては、過去へ行った緋媛達を信じるしかない。
(俺にはやるべきことがある。頼むぞ、フォルトア、緋媛、緋刃)
***
一方、過去に行った緋媛達は、マナが追いかけてきた事に驚きを隠せなかった。
「姫様、あなたまで何故……!」
「ば、馬鹿かアンタは! イゼル様がこの時代は平和じゃないって言ってたろ! 何で付いてきたんだ!」
「だって……」
緋媛から離れたくなかったと言いたいが、恥ずかしくて言えないマナ。ところが緋刃はさらっと代弁した。
「鈍いなぁ、媛兄は。姫様は媛兄と一分一秒たりとも離れたくないから、付いて来ちゃったんだよ」
本当か、とマナの方を見ると、顔を真っ赤にして逸らした。緋媛も恥ずかしくなる。とはいえ、こうなっては元の年代に戻る術が分からず、彼女を護りながら行動するしかない。
「……俺達から離れんなよ」
「はい」
照れくさそうに言う緋媛に、笑顔で答えるマナ。
彼女達はまだ知らない。ここがUS2051年であることを。そして、この時代がいかに危険であるという事を――。





