23話 龍の神殿⑤~破王の見た未来~
破王と言う名の人柱の交代が行われ、約三か月後の事。当時の流王は十六歳の少年ながらも、彼なりの考えを持って龍神にこう告げたという。
「新たな破王、ケリンだっけ。ずっと未来を見てるみたいなのねん。あわよくば時空の扉を開こうとしたり……。負担は増えるけどオイラ一人でも扉の管理は出来るから、あいつから能力を奪って下界に戻した方がいいと思うのねん」
龍の神殿に来てからというもの、ケリンは今生きている生物全ての未来を見ていた。それは体に負担が掛かり、心身共に疲労してしまうのだが、それでも彼は未来を見続ける。そしていつの日か、この世界の未来を見ることが出来るようになったのだ。だが、未来を見る事が出来ない者が数名程いて、それを流王に尋ねる事にした。
「特定の者の過去や未来が見えない、という事が有りうるのか?」
答えようかどうか迷ったが、見えない者相手に対処のしようがない。流王は仕方なく教える事にした。
「……あるのねん。オイラ達は互いの過去や未来が見えないのねん。それは交代する相手も対象なのねん。あとは、オイラ達の事を知っている龍族の一部。龍族の長や幹部は、見られないようにする術を持っているらしいのねん。どういう仕組かは知らないけど」
この時、未来が見えなかった者は、龍神、流王、当時の龍族の長、イゼル、司の五名である。龍神は神である為に見えなくて当然だが、他の四名は流王の話で納得したのだった。だが、流王は彼を怪しんでいる。
「……あのねん、オイラ達は扉の監視者であって、誰かに過去も未来も教えちゃいけないのねん。過去はともかく、未来を教えるのは――」
「分かってる! 子供に言われなくても、それぐらい分かってる!」
図星かのように怒ったケリンは、その場を去って行った。恐らく彼は、何か大きなことをするのだろう。流王はこの一部始終を龍神に話した。そしてある日――
「龍神様、ケリンがいないのねん。地上に降りたのねん?」
「うむ。今、龍族に探させている」
「……本当はどこにいるか知ってるくせに」
常に下界を見下ろしている神が知らないはずがない。教えようとしないのは、地上の生き物が自らの力で動かなければならないからだ。そうしなければ、思考を持つ生物はあっという間に衰退する。そもそも神が手を貸すというのも、おかしな話なのだ。
「――という訳でお前達、ケリンを探すのじゃ。そう遠くへは行ってはいないだろうが、念のため各国の国王へも通達しておいてくれ」
先代の族長の命令により、イゼルと司、そしてもう一体の龍族で世界中を探す事になった。イゼルはレイトーマへ、司はカトレアへ行き、もう一体はダリスへ向かった。その一体とは後のフォルトアの父親である。彼はダリスへ行った後、二度と戻る事はなかったという。
二週間後、これに異を唱えたのは先代の族長。しかし、それまで友好的であったダリス帝国は急に聞く耳を持たず、以降、徐々に軍事国家となっていったという。
***
「――その後、司の調べでケリンの名が町中に広まり、国民の多くが奴の言うとおり生きるようになったのだ」
一通り話を聞いたマナは、ネツキから聞いた話のほとんどが違うのは何故か推測した。龍の神殿で人柱になる為、あえて伝承上では悪者としたのかもしれない。これをネツキに話したところで信用してくれるかも解らないが、過去を覗く力を持つ者として、これは話してはならないのだと察した。
「あやつはただただ人の役に立ち、人に感謝されたかったのだ。それだけの為に、名の知れているカトレアではなくダリスへ行き、世界の理を知っている当時のダリス国王をも抱き込み、やがて王位に就いた。病気と見せかけ、龍の毒で毒殺をして」
「龍の毒……。もしかしてその龍は、あの広場で繋がれていた……?」
ダリス城に攫われた時、窓から見た悍ましい光景がマナの脳裏に浮かぶ。生かさず殺さず、血と毒を抜かれ続けているあの光景が――
「もしかして、あの龍が、フォルトア、あなたのお父様……?」
青ざめたマナの視線がフォルトアに移ると、彼は視線を逸らした。彼女を救出する際に唯一救えたのが自分の父親だった事は、彼自身も、誰も知らない。何故なら彼は、両親の顔を知らないのだから。
「……龍神様の話を聞いても、やはり僕の父はあの毒龍のようですね。確かに、どことなく近いものを感じました。でも確証がない。それに、この話はしたくありません」
拳をぎゅっと握り、眉間に皺を寄せるフォルトアを見るのは、緋媛でも初めてだった。いつもにっこり笑う事が多い彼だが、この件は彼の傷に触れるものなのだろう。
「すみません、あなたのお気持ちも考えずに」
「……いえ。それより龍神様、続きをお願いします」
いつも通りにっこり笑うフォルトアの表情が、マナには引き攣っているように見えた。
「うむ。……ダリス帝国の国王となったケリンは、ある日ついに世界の終わりの未来を見たのだ。このままでは、クレージアは滅びてしまう。龍族と人間の争いで」
「え~? だったら俺らとっくに滅んでるでしょ。二百年前にダリスが異種族狩りをしたんだから。そうでなきゃ媛兄も俺も生まれてないよ」
菓子をポリポリ食べながら疑問を口にする緋刃は、少しは自重しろという緋媛の殺気を感じ、一気に紅茶で口の中の菓子を胃の中に流し込んだ。
「治癒能力を持つ龍族の血肉を巡り、この後五百年後に起こる未来を奴は見たのだ。ダリスだけではなく、レイトーマ、カトレアでも同様の事が起こるのだと。普段は穏やかな龍族だが、これに激昂し人間を滅ぼす決意をし、やがて双方共倒れになる――。あ奴はそうならぬよう、自身が生き延び、自らを中心に世界を動かそうと企んだ。龍族の血肉を食らい、ゆっくり歳を取ってゆく……。これが、今の破王なのだ」
先の見えぬそんな未来を信じたくはない。マナはレイトーマの子孫までもが愚かな真似をするとは信じがたかった。緋媛達龍族も、次の龍族の長が誰かは見当もつかないが、人間を滅ぼす命令を下すとは思えず、この話に半信半疑である。
その疑問の答えは、現流王の口から語られるのであった。





