16話 ダリス帝国③~開かれた扉~
「答えろ! 姫に、何をした!」
腰の刀に手を掛け、今にも斬りかかろうとする緋媛に口を開いたのは司だった。口元は笑っている。
「破王に逆らうんでな、命令に従うように強めの暗示を掛けてやったんだよ。下手に解けば廃人になるぜ」
その瞬間、プツンと切れた緋媛は刀を抜いて司に向かって行った。しかしその刀を小太刀日本で受け止めたのはキルクだが、だが緋媛の刀の重さに苦悩の表情を浮かべる。龍族にとって人間の作る刀は軽すぎるので、イゼルが術をかけて重くしているのだ。龍族と初めて対峙したキルクにとって、その重さは予想外だった。
「どけえ!」
力任せにキルクを弾き飛ばした緋媛。こうなる事は想定済みであったフォルトアは、緋刃の方をちらりと見る。
「緋刃、緋媛の援護を! 僕は破王を捕える!」
「うん!」
「ほう……」
捕えられる事さえも楽しそうにしている破王は不敵な笑みを浮かべた。王を護らなければと、キルクは司から王に視線を移し、彼の前に立つとフォルトアと応戦する。だが、やはり緋媛同様、いやそれ以上に剣が重い。
「姫!」
マナに手を伸ばした緋媛は、剣を抜いた司に手を斬り落とされそうになると、瞬時に引っ込める。その司は彼女を抱き寄せ、片腕一本で緋媛と緋刃の相手をしようというのだ。
「姫を離せよクソ親父!」
「何でこんな事するの、父さん!」
剣で捌きながら、緋媛の腹部に蹴りを入れ、双剣の小太刀を使う緋刃は刀で刀を引っかけて部屋の壁まで弾き飛ばした。
「ったく、片手に姫っつーハンデつけてやってんのに……この様か。そっちのガキが緋刃か。緋紙に瓜二つだからすぐ分かったよ。俺の息子だってな。会うのは初めてか」
「だったら、どうして……」
「俺がダリスに付く理由か? さっきは破王が言っただろ。未来のためだ。その為ならば手段は問わない。時間は掛かったが、ようやく――」
その時、爆発音が破王の方から聞こえた。振り向いた緋媛達は、吹き飛ばされて頭から血を流しているフォルトアに驚く。自分より強い彼が、何故人間に倒されたのか。
「ふむ……。初めて力を使ったが、悪くない。龍族はこの力を持っているのか」
「申し訳ございません。拙者が無力なばかりに……!」
人間だけの力で戦おうとしたキルクが破王の下で跪く。咎められるだろうか。彼に焦りの色が伺えるが、破王は上機嫌だ。
「良い。たまには楽しませろ。司、息子相手に手を抜いてる訳ではあるまいな」
「……まさか。小娘抱えてるハンデがあっても全力ですよ」
隙が出来た――! 立ち上がって司に距離を詰めていく緋媛と緋刃。フォルトアは水の刃を破王に投げた。しかし、急に重力が増し、床に四つん這いになってしまう。司の術だ。
「学習しろよガキ共。緋媛、お前これ二度目だろ」
ギロリと睨む緋媛達はこの重力から抜け出そうと足掻くのだが、足掻けば足掻く程、重力は増していく。
「さて、そろそろ扉を開いて貰おうか。観客も大人しくなったしな。司」
破王は司に、マナに過去への扉を開かせろと視線で合図をする。司は緋媛の方をチラリを見ると、薄く笑みを浮かべてマナの顎をくいっと上げた。やはり、彼女は何も反応しない。
「やってくれるな、姫。US2047だ」
口元を隠すように手を彼女の頬に添えると、司の唇が彼女の唇に近づいていく。緋媛には、自分のモノに口付けをされた、手を出されたように見えた。
「この、野郎……!」
司がトンと彼女の背中を押すと、破王は右手を前に出す。すると、大きな扉―時空の扉―が現れた。見事な装飾が施されたその扉から、得体のしれない力を感じる緋媛達。重力に逆らい、ようやく立ち上がったフォルトアが歩み出そうとすると、司が更なる負荷をかけ、キルクは術を使って雷を落とした。膝を付くフォルトア。緋媛の怒りが込み上げてくる。
「そこで見ておれ、無能な龍共」
扉の前に立ったマナは、そっと扉に触れる。すると、彼女の瞳が金色に変わり、ギィィと重々しく扉が開いた。その向こうには雪景色が広がっている。
「キルクよ、先に行け」
「御意」
扉は難なく通れた。ゼネリアの事だ、開いた瞬間に何か仕掛けをしているのではと思っていた破王だが、それは杞憂だった。破王はそれをキルクを使って試したのだ。次に通るは破王。最後に司が右腕でマナの肩を抱いて通ろうとした時、彼の右腕が斬りおとされた。
「姫は、返してもらった!」
重力から抜け出した緋媛の仕業。彼は瞳が金色のままのマナを抱き寄せる。不意を突かれた司は、驚きながらもどこか嬉しそうな表情で緋媛の方を向いたのだった。
「ざまあみろ、クソ親父……!」
同時に司の術が解け、フォルトアと緋刃が解放される。司は踵を返し、扉の向こうへ歩を進めた。息を切らし、父親の右腕を斬った緋媛がざまあみろと吐く。扉の向こうの白い雪が赤い血で染まってゆく。時空の扉はゆっくりと閉じ、すーっと消えた。息を切らせている緋媛達。マナの様子は変わらないので、掛けられた暗示は解けていないようだ。
「姫、おい、俺が分かるか?」
彼女は緋媛の呼びかけに応じない。
「暗示が解けない……? 父さんはいなくなったのに……」
「里に戻って、緋倉様に相談した方がいいね。強力な暗示だって言っていたな」
騒ぎを聞きつけた兵士がやってくるらしく、ガシャガシャと鎧の音が聞こえる。ここで考えている余裕はなさそうだが、フォルトアにはまだやる事があった。
「本来の目的は果たしたんだ。緋媛、緋刃、先に城から抜け出して里に戻ってくれ」
「え? フォルトア兄さんは?」
「城の地下に行く。この城に入ってから、かすかに同族の匂いがしていたんだ。助けられるものなら助けたい。たぶん、外にも一体いると思う」
「俺も手伝う! どれぐらいいるか分からないけど、兄さんだけじゃ心配だよ」
「僕が緋刃に心配されるなんてね……。じゃあ頼むよ。……緋媛?」
マナの反応がなくて落ち込んでいた緋媛は、話を聞いていなかった。ビクッと体を震わせると、青ざめた顔でフォルトアの方を向く。
「いいかい? 姫様を連れて先に里へ戻って、イゼル様に全て報告するんだ」
「……はい」
瞳が金色のままぐったりしているマナは、緋媛の腕の中でゆっくり目を閉じた。
「姫っ」
「しっかりしろ緋媛! 姫様は力を使い過ぎただけだ。今は里に戻る事を考えろ!」
滅多に怒る事のないフォルトアに言われ、緋媛はハッと気がつく。彼女を抱え、部屋の窓から外へ出ると城壁へ飛び移った。
「姫……」
里へ戻るまでの間、マナが目覚める事はなかった。





