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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
5章 過去への扉

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15話 ダリス帝国②~破王の目的~

(覚えのある吐き気のする匂い……)


 窓からダリス城に侵入し、部屋の中をぐるっと見渡すと、そこはどこかの個室で誰かの部屋らしい。そんな事を考える前に緋媛はそれが誰の部屋なのか、だいたい想像がついた。その答えは近くのテーブルの上にある写真とメモ紙にある。


「倉兄と媛兄と……、誰?」


「ああ、司さんだね。緋刃、お前の父君だよ」


 緋媛は眩暈がした。そう、ここはアレクの部屋なのだ。彼が投げキッスをしてくる瞬間が目に浮かぶ。


「へぇ~、これが俺の父さんかぁ……。あは、本当に兄さん達に似てるや」


「何か書いてる……」


 フォルトアが手に取ったメモには、こう書いてある。興味のある緋刃も横から覗く。


『ボス イケメンダンディ、冷たい所もイケメンだから許せるの。

 緋倉 ボスの長男、爽やかイケメン♪ ゼネリア死ね!

 緋媛 誕生日が一緒という運命で結ばれた仲、

 アタシ達は決して結ばれぬ悲劇のヒーロー&ヒロイン! マナ死ね!!

 姫だか何だか知らないけど、真のお姫様はアタシなのよ!!!』


 一瞬固まったフォルトアと緋刃だが、ちらっと緋媛の方を見るなり咳払いをした。これは見なかったことにしよう。目的を見失ってはいけない。緋媛としては、何よりこのアレク臭い部屋から一刻も脱出したいのだ。もしアレクがこの事を知った時には、部屋の喚起をしないと言い出しそうである。


「さっさと早く行きましょう、フォルトアさん。幸いにも見張りは殆どいません」


 アレクの私室の扉を開けると、緋媛の鼻にマナの香りが漂ってくる。視界に入らない場所にいる彼女を本能的に探している緋媛だが、匂いで感情に惑わされないように理性を保っていた。敵城なのだから、慎重に歩を進めなくては。しかしこの静けさは妙である。


(外はあんなにいたのに城内の見張りがいねえ。他に誰がいるんだ?)


 それはフォルトアも緋刃も同じ事を考えていた。普通ならば警戒して警備を増やすはず。それが少ないという事は、逆に緋媛達をおびき出そうとしているのだろうか。何にせよ、マナの所へ辿り着くまで余計な人間がいないのは助かる。


「あっちだ。姫と親父と……他に誰かいる」


 マナの傍に他の雄の匂いがあるだけで、緋媛は苛立ちを隠せない。これまではその程度で苛立つ事など無かっただけに、敵城にいても自身の変化が怖くなっている。もしマナの身に何かあったとき、自分は感情的になって何をしてまうのだろうと。


「ねえ媛兄、フォルトア兄さん。あの中じゃない?」


 暫く進んでいると、ある一室の扉が少し開いており、そこから光が漏れていた。影は四つあり、その中の一つはマナだろう。匂いの先とも一致している。そっと中を覗くとそこには司と、彼に寄り添うように立っているマナがそこにいた。他の二人は移動したのだろう、足しか見えない。


「――破王、やはり鼠が三匹辿り着きました」


「ほう。入ってもらおうではないか」


 隠れていても、同族で鼻が利く司には分かってしまう。司の言い方だと来ることが分かっていたようだが、破王の反応を見ると緋媛達を泳がせていたようだ。


(あれが三百年も生きている破王……。本物を見るのは初めてだな)


 三百年生きている人間ならば、もっとよぼよぼの老人だと思っていた緋媛と緋刃だが、予想以上の若さに動揺してしまう。まだ六十代のように見えるのだから。だが、ここは顔に出さないよう、大人しく部屋の中へ入った。


「我が城へようこそ。そして歴史の変化を迎える瞬間を目撃する者達よ」


 歓迎の意を示す破王は、ある扉を前に両手を広げる。マナを手に入れた事で、過去へ向かおうとしているのだ。だが彼女はようやく力が安定し、勝手に触れた者の過去を覗かないようになり、時空の扉を開く程の力はまだない。


(あれがボスの息子か。確かに似ている)


 マナ、司、破王の他にいたのは、ダリス六華天二番目のキルク。彼はじっと緋媛を見据えたが、緋刃の事はまったく気にしていない。あまり似ていないので、息子には見えなかったのだ。


「……何だ、あまり驚かんな。龍族に歴史の変化と言えば、怯えた顔で引き攣るのだが」


「あなたの目的は知っています。姫様の力を利用して、過去にいる僕達龍族を滅ぼすつもりでしょう」


 フォルトアが探るように破王を見つめると、彼は口元に笑みを浮かべた。


「滅ぼす? それには語弊がある。有効活用するのだよ」


「まるで物のような言い方ですね。どうやって生き長らえたか知りませんが、我ら異種族は貴方の道具ではない!」


 フォルトアが怒るのは珍しい事である。それだけに、破王の行ってきた事がどれだけ罪深いかを物語っていた。


「くくく、そうだな。数多の実験の結果、確かにエルフやドワーフ、妖精は道具に成り得なかった。肉体の維持、若返りは治癒力の強い龍族の血肉でなければ」


「ちょっと待ってよ。もしかしてあんた、俺達の仲間を喰ってた……?」


 ぞっとした緋刃は、最悪の事を口にした。龍族の血肉は肉体から離れると万能薬となるが、食したという話は聞いたことがない。だがもし、龍の肉を食べ続けて体に変化があったとしたら――。フォルトアの頭にその仮説が浮かんだ。


「それの何が悪い。人間は豚も牛も鳥も喰う。その中に龍の肉が入っただけではないか」


「何の為に……!」


 フォルトアの拳に力が入る。破王はあっさり答えた。


「――世界の為だ。当初は個人的な目的だったが、そんな小さな事はどうでもよい。この世界クレージアの未来を見ると、消滅の道しかない。私はそれを阻止したいのだよ。世界の理を無くし、神となって」


「神ぃ? 地上で生きるもんが神になんてなれないよ。馬鹿じゃねーの?」


 龍族でさえもなれないのに、と呆れた緋刃に、破王は感情的になる。


「なるしかないのだ! 龍神も、今の流王も、これまでの次期破王と呼ばれる者達も皆、この世界が消滅しても良いと考えている。何故回避の道を探らんのだ! 自然の流れに任せ、世界が無くなってもよいのか!? 否!! 誰かが操作しなくてはならんのだ! 未来を! 生きる道を!」


「貴方の言い分は理解出来ます。だからって僕達を喰う事ないでしょう!」


「私と同じ考えを持つ、銀の瞳の後継者が現れないからだ。それに龍族の肉はどの肉よりも味は良いのだよ。そうだろう? マナ姫よ」


 虚ろな瞳のマナは何も反応しない。緋媛は思う。彼女ならば緋媛の名を叫び、真っ先に駆けつけるはずだと。だが今の彼女は、まるで人形だ。


「……姫に何をした」


 マナに何かが起きている――。緋媛の心臓の鼓動が、緊張で速くなった。破王も、傍に居る司も、キルクも答えない。沸々と、緋媛に怒りが込み上げてきたのだった。




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